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2499. 絵画的なものと音楽的なもの

相変わらず雨が降りしきり、強い風が時折吹いている。先ほど玄関の外に出る必要があり、ふと足元を見てみると、そこには青々とした草花が咲いていた。 ほんの数週間前には全くの裸の土しかそこにはなかったのに、いつの間にやらこのような青々とした草花が誕生していたことに驚かされた。とても立派な姿でそこに生きている草花を眺めていると、自分の内側から幾分力強いエネルギーが溢れてくるのがわかった。 日常に潜むこのような光景にも、私は本当に感動を覚える。フローニンゲンの街を包む世界が徐々に生き生きとしたものに変化している。 午前中にふと、この世界には、生きた姿が芸術になっている人たちがいることに気づいた。それは芸術家に留まらず、過去に偉大な仕事を成し遂げてきた人に共通の芸術性だと言えるかもしれない。 生きることは芸術的でありうるのだ。また、芸術とは生きることそのものの中に宿り得るのだ、ということに気づかされた。 生きることと芸術の意味がまた少し新たなものとして開かれていく。生、芸術、人間発達という三つの主題については、それらを架橋させる形で探究を深めていきたい。 これは常々述べていることだが、あえてここでもう一度強調しておきたいと思う。それらは間違い無く、今後の私にとって無くてはならないテーマになっていくだろう。 午前中に過去の日記を20本ほど編集した。時間が許せば、毎日20本ずつ日記を編集していきたいと思う。 過去の日記を読みながら、内的感覚を曲としてのみならず、絵画的に表現し始めたここ数日の自分について考えを巡らせた。すると、私はかねてから足を運ぼうと思っていた、フィレンツェにあるレオナルド・ダ

2498. 「自分自身であれ」及び内的曼荼羅

早朝に一日分のコーヒーを入れ、今日の一杯目のコーヒーを飲むことにした。空気の入れ替えのため、書斎の窓を開放すると、冷たい空気が流れ込んできた。 今、フローニンゲンの街には雨が降り注いでいる。風も幾分強い。雨に濡れた通りを走る車の音が時折聞こえる。こうした雨と風にもかかわらず、一羽の鳥が私の目の前を飛び去っていった。 「雨の日固有の侘び寂びを感じることができている」そんなことをふと思った。雨が鬱蒼としたものではなく、とても静かな感覚質を持ったものとして知覚されている。 雨の日は侘び寂びの表れであったか。外の風が強いためか、窓がひとりでに閉じた。 今日から五月を迎えたが、フローニンゲンは相変わらず寒い日が続いている。窓から流れ込んでくる風はとても冷たい。冷たいのだが、その中に新鮮さがある。それが春の風というものだろう。 今朝方、起床してすぐに、「自分自身であれ」という言葉が降ってきた。そうだ、この社会は私たちを私たちでないものにさせようとする働きかけをしてくる。 私たちは気づかないうちに、自分自身でないものとしてこの世界を生きるように強いられているのだ。社会は私たちを私たちでない何者かにしようとしてくる。 そうした見えない力を乗り越え、常に自分自身であることの大切さに改めて気づく。「自分自身であれ」というのはそういうことだったのか。 今日の起床時は、新たな一日が始まったことに一瞬戸惑ったが、今はもうその戸惑いはない。新たな一日が始まったことに驚いたのは、私がまだこの完全なる全体としての大きな流れの中に生きていないことの示唆なのだろうか。 降りしきる雨を眺めていると、今日という一日が

2497. 長い冬の時代の終わりに思うこと

書斎の窓から見える街路樹も随分と緑豊かになってきた。あの長い冬を耐え、今こうして緑に色づいた木々を眺めていると、感慨深い気持ちが自然と湧き上がる。 五月を迎えた今でさえ暖房をつけていることからも、まだ冬の余韻が残っていることがわかるが、緑に色づいた木々は冬の終わりを静かに告げている。それにしても随分と長い冬であった。 昨年の十月あたりから冷え込んできたことを考えると、この地においては一年間の半分が冬だと言っても過言ではないかもしれない。だが、こうした長い冬の時間がどれほど自分の人生を深いものにしてくれたか分からない。 辛抱強く日々を生きていくこと、その中に宿る固有の充実感を感じながらこの七ヶ月ほどの冬の時期を過ごしてきた。人生における冬の季節が春への準備の時期であるならば、私はこれ以上にないほどの準備をすることができたように思う。 そう考えてみると、なお一層のこと、あの厳粛な冬の時代がどれほど大切だったかを改めて知る。そうした冬をこの地で二回ほど過ごした。今年は三回目を経験することになるだろう。 冬の過酷さに対する怯えや恐怖がまだ自分の内側にあることは確かだ。しかしながら、それらも歳を重ねるごとに変貌を遂げ始めている。 怯えや恐怖の感情を持っていようがいまいが、それは今年もまたやってくるのだ。そして、そうした過酷な季節こそが、自己を真に深めてくれることを理解し、そうした季節がやってくることを感謝の念で迎え入れる必要があるだろう。 今から四年前に、ロサンゼルスでお世話になっていた合気道の師から、「北に行くといい」という言葉を頂いたのを偶然のきっかけとして、北欧に近いこの土地で三年

2496. アムステルダムとロンドンでの学会に向けて

今朝は六時半に起床し、七時前から一日の活動を開始した。昨日の朝方には激しい雷と激しい雨に見舞われたが、今朝は至って静かである。 今日の午後からは少しばかり雨が降るようだが、明日からの天気は良くなる。気温を確認すると、明後日はまた最低気温が0度近くまで冷え込むが、明後日以降は春らしい気温になりそうだ。 気づけば今日から五月を迎えた。気づかないところで一つ一つの物事が静かに進行していく。自分の探究活動の一つ一つが、そして人生そのものが静かに進行していく様子を見て取ることができる。 それはどこに向かって進行しているのだろうか。それは今の私には分からないし、知るすべもない。 この人生において本当に大切な場所に向かうことに関して、そこに到着して初めて、そこに向かっていたことが分かるのではないかと思う。「向かっているようで向かっていおらず、向かっていないようで向かっている」というのは、まさにそうしたことを指している。 言葉で表現すると相矛盾しているかのような感覚の中で私は日々を過ごしている。今朝もそのような感覚が絶えず自分の内側にあることを知る。 先月はワルシャワとブダペストに出かけた。今月末はアムステルダムで行われる学会に参加する。来月末にはロンドンで行われる学会に参加する。どちらも共に学会で自分の研究内容を発表する機会に恵まれた。 学会に参加することに合わせて、両都市で足を運ぶべき場所に足を運ぼうと思う。アムステルダムに滞在中には、もう一度ヴァン・ゴッホ美術館に足を運びたい。早いもので以前に訪れたのは三年前だ。 この三年の間に自分の中で何かが進行して行ったのだろうか。ゴッホ美術館への訪

2495. 研究の進展:ツショル教授との久しぶりのミーティングより

今日は雨が降ったり止んだりを繰り返している。今また雨が降り始めてきた。 今日は午後から論文アドバイザーのミヒャエル・ツショル教授とミーティングを行った。中欧旅行の前に一度ミーティングを行って以来のミーティングとなる。 今日はミーティングの開始の前に、中欧旅行に行った際に購入してきたお土産をツショル教授に渡した。ツショル教授が随分と喜んでくれたので何よりである。 今日のミーティングも実に有意義な時間であった。おそらくこれまでのミーティングの中で一番実り多いものだったように思う。その要因は、ツショル教授との前回のミーティングから私の研究が随分と前に進んだことにあるだろう。 実際に論文も随分と書き進めており、ディスカッションをする材料が十分にあったことは一つ大きな要因だろう。さらには、お互いにこの研究の内容について理解が深まってきており、項目の多様性のみならず、深いディスカッションが随分となされた。その点を私は一番嬉しく思う。 ツショル教授からは、ここまでの研究の進展について高い評価を得ることができている。今日も多くの肯定的なコメントと共に多くの励ましを受けた。 ツショル教授の支援のあり方からは随分と学ぶことが多いことに気づかされる。指導の際のコメントの仕方、指導にかける時間など、どれを取っても自分が学ぶべきことがある。 今日のミーティングで得られた事柄をもとに、また研究を前に進めていきたい。ツショル教授とは昨年に一本ほど査読付き論文を世に送り出すことができ、今回の修士論文についてもそれをもとに査読付き論文を執筆する意思をお互いが持っている。 こうしたこともあり、まずはこちらの方でで

2494. 考えるべきことに向かって

歩道の水溜りの表面が、風に吹かれて揺らめいている。その様子を眺めると、歩道の水溜りが自分と近しい存在であるかのように思えてくる。同時に、水溜りと吹く風の双方が自分に近しい存在なのだということが分かる。 考えてなくてもいいことを考えること。それを強いられるのが国の外で生活をすることの本質にあるような気がしている。 あえて「考えなくてもいいこと」と表現したが、それは当然、「一人の人間として生きていく上で考えるべきこと」を意味している。この現代社会において、考えるべきことが考えなくてもいいことに成り代わってしまっているがゆえに、あえて私はそのように表現した。 一人の人間として生きていく上で考えるべきことを、私はなぜ母国で考えていくことができないのか。おそらく、それは不可能ではない。 だが、そこには激しさが一切なく、怠惰な形で考えが進んでいくことが目に見えている。そうした状態を招いているものは何なのか。一つには自己の未熟さ、二つ目には文化的呪縛が挙げられるだろうか。 この問題について考えるときはいつでも、その問題をそれら二つの要因に還元してしまう自分がいる。その他にも要因はないか?仮にその他に要因がなかったとしても、少なくともそれら二つの要因についてはもっと掘り下げていく必要がある。 自国の外で考えられることが自国の中で考えられないのはなぜなのだろうか。より厳密には、考えられる・考えられないという二分法的なものではなく、考えの深度に如実な差が出るのはなぜなのかを考えていく必要がある。 一昨日、知人との対話の中で私は、「その土地でしか考えられぬもの、感じられぬものがあり、そしてその土地で

2493. 弁証法的発達プロセス:帰るべき場所に向かって

たった今、一日分のコーヒーを作った。あくまでも作っただけであり、まだコーヒーを飲む時間ではない。いつもの時間帯からコーヒーを飲み始めることにする。 コーヒーマシーンの音とそれが引き立てるコーヒーの香りに意識を向けていると、先ほどの夢の内容について改めて考えていた。「帰るべき場所がない」と涙ながらに語った夢の中の自分に対して、ここにいる私は驚いている。 突然そのようなことを呟いたあの自分。帰るべき場所がないということを無意識の深層的な自己が思っているのであれば、それは私にとって重大な意味があるように思える。 無意識の中に現れた深層的な自分についてもう少し考えてみる必要がある。確かに私は、「帰るべき場所がない」と何かを訴えるかのように小さく叫んだ。それに対して、夢の中で現れた体育教師は「そんなことはない」と声をかけてきた。 よくよく考えてみれば、この体育教師の存在も無意識の深層的な自己の一側面が表れたものだろう。そうであれば、私の無意識の中にいる自己は、帰るべき場所がないと思っているの同時に、帰るべき場所はあると思っているようなのだ。 つまり、私の深層的な自己はこの板挟みを経験しているようなのだ。それに対して、この私はどのように思うか。おそらくこの私は、夢の中で「帰るべき場所がない」と述べた自分の姿をした自分と同様の考えを持っているのと同時に、夢の最後で一つの決心に達したあの決心を持っているように思う。 人が内面を深めていく過程というのは、つくづく弁証法的なのだということに気づく。帰るべき場所がないという一つの命題と、帰るべき場所はあるという反命題が私の深層意識の中に生じ、二つの命

2492. 帰るべき場所に向かう夢

今朝方は本当に激しい雷雨に見舞われた。フローニンゲンに住む全ての人が目を覚ましてしまうのでははないかと思われるほどに激しい雷が鳴り、激しい雨が降り始めた。 ちょうど私の家の近くに雷が落ちたようであり、その音は途轍もない轟音であった。早朝未明の二時あたりに一度目を覚まし、四時にももう一度目を覚ました。 四時を迎えた時に雷と雨の音が最も激しかったように思える。私は体を起こし、窓を通じて外の様子を眺めていた。 断続的に空が雷の青白い光に包まれている。そして、激しい雨が地上に降り続けている。そんな状態がしばらく続いた。 早朝の六時半を迎えた今は雨も上がり、今朝方未明の天候が嘘のようである。ただし、昨日よりも強い風が吹いており、それは激しい雷と雨の名残であるかのようだ。 今朝方の一件は何を暗示しているのだろうか。もしくは、どのような意味をそこから汲み取ることができるだろうか。私には、激しい雷が地上の何かを打ち壊し、激しい雨が地上を洗い流すかのように思えた。 そんな早朝に見ていた夢の内容について思い出す。夢の中で私は、実際に自分が通っていた中学校の体育館の中にいた。そこでは別段運動をしていたわけではなく、集会か何かに参加していたようだった。 そこに集まっていたのは、おそらく当時の旧友たちだろう。当時お世話になった体育教師と私たちは、自分たちの進路について話していた。 先生は一人一人の生徒と二、三言葉を交わし、彼らの進路の幸運を祈っているようだった。そこで私にも進路に関する同様の質問が投げかけられた。 体育教師:「加藤はこれからの進路はどうする?卒業まで三ヶ月あるが、その後はどこに行くつもり

2491. 儚さを超えた永遠の関与

時刻は夜の八時を迎えた。今日は午後に少しばかり小雨が降ったが、今はすっかり雨が上がっている。わずかばかり風が吹いており、辺りはまだ明るい。 今日を振り返ってみると、本当に充実した日曜日だったと言える。予定していたように、四つの文章を全て完成させた。 午前中に、協働プロジェクトに関する一つの資料と寄稿文を完成させ、午後からはまた別の資料を一つ作成した。それが終わった後にバッハの曲に範を求めて曲を一つほど作った。 作曲実践のおかげで普段は活性化させない感性が刺激され、独特の集中力と抽象記号操作の能力が養われているのを感じる。その後、研究インターンのレポートに加筆修正を行い、先ほど無事にコーディネーターに提出した。 早朝に予定した通りの仕事を進めることができて、今は非常に満足している。そうした満足感と同時に、充実感が自分の内側に流れ込んでくる。 今日はほとんどインプットの時間を取っていないが、それでいい。この世界に形を生み出していく創造行為が一日のうちの九割を占めるのがちょうど良い。 そうした創造行為に従事する形で知らず知らず私は多くのことを学んでいる。そのため、外側から何かを意識的に取り入れようとすることは最小限でいい。専門書や論文を読むことの重要性は計り知れないが、同時にそれは取るに足らないことである。 最も重要なことは、自分の内側にあるものを形としてこの世界に残していくということ。その考え方に見事に沿うことができたのが今日という一日だった。明日も同様の一日としたい。 昨日知人の方との対話を通じて感じていた静謐感を思い出す。対話後の余韻がまだ自分の内側に残っているかのようだ。あの

2490. コンポジションセラピーの可能性

天気の変動に思いを馳せていると、自己が変容するに応じて自身の関心領域が変わっていくのは当然のことだという思いが湧き出てきた。仮に自らの内面が広く深いものに向かっているのであれば、関心の対象領域が拡張し、それが徐々に深まっていくのは当然である。 今の私は、芸術と人間発達に強い関心がある。とりわけ、芸術の領域の中でも音楽に関心があり、より厳密には、作曲という創造的な営みの中にある諸々の発達現象と作曲を通じた人間発達に関心がある。 楽曲を聴くことによって得られる直接体験と作曲を通じて得られる直接体験。そうした体験の深まりについても探究をしていきたい。 早朝から空を覆っていた薄い雲がさらに薄くなっていき、ほのかな太陽光がフローニンゲンの街に降り注いでいる。書斎の窓から外を眺めると、道端の花を摘んでいる夫妻の姿を見かけた。 この生涯をかけた探究に関して、今は本当に種を蒔くことに専念したい。撒いた種から芽がなり、花が咲くのはずっと後だ。そしてそれは、ずっと後になってからでいいのである。 実った実を収穫するのはもっとずっと後でいい。もしかすると、そうした実を収穫するのは自分でなくていいのではないかとすら思えてくる。とにかく今の私にできることは種を蒔き、一つ一つの種を愛情と情熱を持って育てていくことだけだ。 今日は午後から雨が降る予定になっている。早朝に、色鉛筆を使ってデッサンをしていこうと思い立った。そこからまた衝動的に、今日近くの文房具屋に行って早速色鉛筆を購入しようと思った。 欧州での三年目の生活は、これまでの二年間以上に旅に出かけることが多くなるだろう。来月と再来月は学会に参加すること

2489.「絵画を聴き、音楽を描くこと」に向けて

今朝も相変わらず気温が低い。昨日と同様に、一日中暖房をつけっぱなしにしている。 外の景色を眺め見ると、薄い雲が空一面を覆っていることに変わりはないが、太陽の光が地上になんとか届いている。自分の内側を眺めてみると、小さな炎が揺らめきながらその強さを増しているのが分かる。 強さの増大は微々たるものが、炎が力強いものに向かっている。内面の炎の色が深く濃いものになっていく。 昨日ふと、自分の中の全ての事柄がまた新しく始まろうとしていることに気づいた。そうした始まりに対して、私は期待のようなものを持っているようだ。 静かに高まっていく期待が自分の内側で脈打っている様子を見てとることができる。脈打っている何か。 内面の炎にせよ、そうした期待にせよ、それらは全て揺らめきながら脈動する性質を持っている。脈動と躍動はここに一致するのかもしれない。 自分の内側の中で絶えず脈動するもの、そしてそれが躍動する形でどこか遥か彼方の世界に向かっていく。そんな姿を毎日、毎日、毎日見つけることができる。 そうした姿を見守ろう。そんなことを思った。 数日前から心眼や魂眼で捉えられた現象をデッサンすることを始めた。これは今の私にとって、いやこれからの私にとって不可欠な実践のようだ。 この実践を取り入れたことによって、私の中で何かがまた違う次元に向かって動き出しているのが分かる。今はシャープペンシルでデッサンをしているが、もしかしたら近日中に近くの文房具屋に立ち寄り、数多くの色が揃った色鉛筆のセットを購入するかもしれない。 黒単色の方がいいのか、色鉛筆を用いた方がいいのか、その辺りの判断は少しばかり先延ばしにする。

2488. 今日と明日以降の取り組み

昨日はいつもより10分ほど早く就寝をしたのだが、このわずか10分という時間の差によって、今朝はここ数日よりも早く目を覚ました。また、起床直後の調子も良いように感じた。 就寝時間を少し早くするだけでも随分と生活のリズムが変わることを改めて実感する。確かに、これまでも早寝早起きだったが、とにかく夜は早く寝るようにしたい。 特に、自分の脳があまりよく働かなくなってきたと思ったらすぐに休むようにする。そうしたことを心がけたい。 今日は午前中に二つのことに取り組む。それらはどちらも協働プロジェクトに関するものである。内容は異なれど、報告用のレポートを作成するという点では同じである。これら二つのレポートの提出日は少し先であるため、一度全体のドラフトを作成し、少しばかり文章を寝かせておきたい。 午後からは、午前中とは異なる仕事に着手していく。一つは、協働先の企業から依頼を受けた寄稿文を執筆していくことである。このドラフトは数日前にすでに完成しており、午後からもう一度全体を読み返し、必要な箇所に修正を施す。修正が無事に終わったら、早速それを先方に送りたい。 午後から取り組む二つ目としては、研究インターンの最終レポートを完成させることだ。こちらに関してもすでにドラフトが出来上がっており、あとは最終稿にするだけだ。 ちょうど先週の水曜日に、インターンのコーディネーターとミーティングを行い、その時にこのレポートの提出期限について聞いた。特に明確な期限はなく、こちらの都合の良い時にそれを提出できることが分かった。 すでにドラフトができているのであるから、その提出を長引かせる必要性をほとんど感じておらず

2487. 学会とギフトショップに行く夢

霧のような雲が空を覆い、小鳥の声だけがどこからともなく聞こえてくる早朝。今朝は六時前に起床し、六時を少し過ぎた時間から一日の活動を開始した。 今朝は薄い雲が空を覆っているためか、今日のこの時間帯はまだ薄暗い。また今日は日曜日であるためか、いつもより辺りが静まり返っているように思える。風もなく、静止画のような風景が窓の外に広がっている。 今朝方見ていた夢について少しばかり書き留めておきたい。夢の中で私は、ヨーロッパのどこかの街で行われた学会に参加していた。 その学会のテーマは人間発達であり、世界中の研究者がこの学会に集まった。ただし、この学会の規模はそれほど大きくなく、そこに集まった人数も驚くほどの多さではない。 多すぎず、少なすぎずの研究者たちがこの学会に参加していた。私はあるセッションに参加するために一つの部屋に入った。 すると、そこでは数年前にお世話になっていたレクティカのセオ・ドーソン博士とザカリー・スタイン博士が発表を行っていた。彼らの発表は私が聞きたいと思っていたものではなく、どうやら部屋を間違えたようだった。 部屋の中に何歩か足を踏み入れてしまったため、ドーソン博士が私に気づき、壇上から私に声をかけてきた。そして、発表を最初から聞いていない私に対して、「この発表に関して何か質問はあるか?」と尋ねてきた。 一瞬私は戸惑ったが、ドーソン博士の隣にいたスタイン博士に二、三質問しようと思った。ただし、あまりにも急な振りであったため、質問を練る時間がなく、とりあえず話に出ていた二つの概念の内容をもう一度説明してもらうことにした。 それが一つ目の質問事項だった。私の質問に対して

2486. 世界と共に生きるということ

中欧旅行を境に、私は十数年ぶりにニュースを見るようになった。中欧旅行の最中にCNNのニュースを見たとき、そこで英米仏によるシリア攻撃の出来事を目撃した。 それ以降、自分の中の何かが動き出し、この世界の現実を直視しようという思いが湧き上がった。「ニュースを見て世界で起こっていることを知る」というのは馬鹿げたことである。それこそをこの十数年避けてきた。 この現実世界で起こっていることを知るというのはで何も始まらない。知ることを超え、この現実世界に自分なりの方法で関与するためにニュースを毎日少しばかり見るようにした。 雨が上がり、夕方のフローニンゲンの街に穏やかな雰囲気が戻ってきた。小鳥たちが小刻みなリズムで鳴き声を奏でている。手前の空にはまだ雨雲がうっすらとかかっているが、遠い空は夕日で照らされ始めている。 この世界は何も変わらないかもしれない。少なくとも、私たちが思っているよりもずっとこの世界はゆっくりと進化の方向に向かっている。 確かに、表面的な変化は激しく見えるかもしれない。だが、そうした変化を超えた本質的な世界の変容は、私たちが想像しているよりもずっとゆったりとした速度で成し遂げられていく。 仮にこの世界が何も変わらなかったとしても、この世界に関与していく。一人の人間がこの世界を変えることができるという発想は幻想であり、自己肥大化の最たる例である。 だが、それを分かった上で自分にできることを行っていく。それこそが人間としてこの世界で生きていくことではなかったか。それをしないことは、社会的な生き物である人間として生きることを放棄することにつながりはしないだろうか。 中欧旅行で

⭐️【お知らせ】Back Number Vol 51(記事1001-1020)

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 過去記事1001から1020に編集をし、所々に追記をいたしました。 お役に立てる情報は少ないかもしれませんが、皆さんのご関心に合わせて、必要な箇所を読んでいただければ幸いです。 閲覧・ダウンロードはこちら:Back Number Vol 51 目次(Back Number Vol 51) 1001. 差異と差異、そして究極的な意味 1002. 問いが問いを生み、問いが問いを解決することについて 1003. 哲学の力と概念の力 1004.「金槌」と「釘」の関係を彷彿させる日本を取り巻く発達理論の現状 1005. 円周率の不思議と円の中の縁 1006. 音楽を暗示する奇妙な夢と作曲について 1007. 認識と行動を変える哲学 1008. 逆周りから得られた気づき 1009. さらなる下積み期間を求めて 1010.「実践書」について 1011. 小さな作品をじっくりと数多く 1012. 成人発達とキャリアディベロップメント、そして夢のシンボル 1013. 階層的かつネットワーク的な生命としての知識体系 1014. 拡散的な思考と留まることについて 1015. 諦めと円転運動 1016. 夢の中での投影について 1017. 新たな朝の習慣 1018. 哲学・数学・心理学・音楽 1019. ハーバード大学書店からの贈り物 1020. 発達理論と音楽で繋がる縁

2485. この剥き出しの直接感覚

雨に濡れた通りを走る車の音が聞こえて来る。先ほどの激しい雨は、しとしとと降り注ぐ雨に姿を変えた。 二人の女性が異なる原色の傘を差しながら道を歩いて行く姿が見えた。昼食前に行っていた知人の方との対話を今また思い出している。 真の対話には深く静かな感覚が伴い、真実なもの、善なるもの、美なるものの根幹にはこうした静謐な感覚が横たわっているような気がしてならない。真善美には、静と動を超えた絶対的な静けさがある。 その絶対的な静けさは絶対的な動も表す。そんな感覚に触れていたのが先ほどの時間であった。 それにしても、フローニンゲンの天気は元気がいい。ここまで目まぐるしく天候を変えれるほどの生命力には思わず唸ってしまう。 静かな雨が降っていたかと思いきや、今は少し晴れ間が顔を覗かせ、太陽の光がフローニンゲンの街に降り注いでいる。 今日の対話を通じて、一昨日か昨日に考えていた真善美の関係性が自分の中でより明瞭なものになった。それらの領域はどれも重要な価値を帯びているが、美的領域の絶対的な重要性について考えを巡らせていたのが一昨日または昨日のことだった。 美の遍満性について考える。美は真と善の領域を支える基礎として存在しているのと同時に、それらの領域を超越する形で、あるいは究極的な真と善のその先にさらに美的な次元が広がっている。 そんな考えが芽生えていた矢先、今日の対話の機会があった。知人の方と対話を積み重ねながら、その考え方があながち間違いではなく、現時点において一つの確信を自分にもたらしたかのようだった。 科学と哲学の探究はこれからの自分にとって不可欠のものになる。一方で、芸術の探究はさらに

2484. 静謐な感覚を通じて

静謐な感覚が自分の中に流れている。空は曇っているのに、どこかそうした曇り空でさえも歓迎するかのように小鳥たちが高らかな歌声を奏でている。 先ほど、知人の方と二時間ほど対話をする機会に恵まれた。二時間の対話を終えた時、その余韻を味わっていたいという感覚に包まれていた。 深く静かな余韻が小川の水のように流れていく。その流れをまっすぐに見つめ、その流れの中にただありたかったという感覚がそこにあった。 先ほどの対話を通じて気付かされたこと、学んだことを挙げれば切りがない。そうしたものを列挙することにはほとんど意味はなく、そうしたものを自己の中で温め続けていくことが大切になる。 あるいは、得られた気づきや学びの中で、今この瞬間に形として残しておくべき強い必然性を伴ったものだけを書き留めておくことが重要だ。 私たち人間はどうしてこれほどまでに多様なのだろうか。一人の人間に宿る固有の人生。そして、一人の人間が辿る固有の人生に対して大きな畏怖の念を覚える。 また、それ以上に驚かされるのは、これほどまでに多様な人生が時として折重なり、二人の異なる人間の人生が共鳴し合うということだ。今日の対話の中でそのようなことが起こった。 哲学者のヨルゲン・ハーバマスは、コミュニケート(comminicate)することの重要性を説いている。人間が行うこの営みに付されている接頭辞「co-」は、「共に」という意味を持つ。 真のコミュニケーションとは、全く異なる人生を歩む異なる人間が、共に人生のある時間を共有し、共に歩いていくことを意味しているのかもしれない。先ほど共有されていた時間、そしてその時間の中に流れていたあ

2483. 上昇を希求する夢とデッサンの実践

二羽の鳥が西の空から東の空に向かって飛んで行く姿が目に入った。今日は風もなく、鳥たちにとっては空を飛びやすいだろう。 いや果たしてそうなのだろうか。鳥たちにとってはむしろ程よい風があったほうが空を飛びやすいのかもしれない。自己に揺らぎを起こすものが自己を前に進める運動に不可欠だということを思い出す。 先ほど、今朝方の夢を振り返っていたが、改めてその夢について考えてみると、いくつかの気づきが生まれた。その中でも特に、目が覚める直前に、私が会社を退職する決意をし、エレベーターに向かった姿が印象に残っている。 会社の上司に遭遇したのは一階であり、自分が向かおうとしていたのは七階あたりであった。両者の間に存在する階層の違いに私は注目をしていた。 一階のカフェで上司と話をした時、引き続き会社で働くことは一階に留まり続けることを意味しているように思えた。また、どうやら夢の中の私は、そうした「一階」で働くことによって心身の状態を崩していたようなのだ。 そのため私は、引き続き会社で働くこと、すなわち一階に留まり続けることに躊躇していたのだと思う。「また元気に働けそうね」という上司の言葉に対しても違和感を覚えたが、その言葉に対して自分が発した「ええ、そう思います・・・」という言葉にも大きな違和感があった。 実際に、その言葉が出てくるまでに一瞬空白があり、それを言い終えた後もなんとも言えない間があった。一方で、注目に値するのは、そこで私は上司に別れを告げ、元々の目的地に向かって歩みを進めたことだった。 一階に留まるのではなく、私はさらに上の階に向かって進んでいくために新たな一歩を踏み出していた。そ

2482. 夢の中の複雑なマンション

昨日は、ほぼ一日中暖房をつけていたように思う。夜は湯たんぽを使って就寝し、今朝もまた暖房をつけている状態で一日の活動を開始させた。 春がやってきたと思ったのも束の間であり、肌寒い日がこれからまだ続くようだ。今朝方見ていた夢について少しばかり思い出す。 夢の中で私は、街の中心にある大きなマンションに引っ越すことになっていた。最初私は、この街は欧州のどこかだと思っていたが、気づけば東京都内であった。 都心の駅近くにそびえ立つそのマンションは、外観が立派なだけではなく、中にある施設も充実していた。マンションの中には、レストランやスーパー、美容室などを含めて、そこで生活が完結してしまうような充実した施設が入っていた。 さらには、スポーツジムがいくつかの階に存在しており、プールは合計で10個ほど様々な階に存在しているようだった。そのマンションはおよそ35階立てであったから、スポーツジムとプールの数はかなり多いと思う。私は七階あたりに住んでいた。 引越しをした初日、エレベーターが極めて複雑なことに驚いた。端的には、うまくエレベーターを乗り継いでいかなければ、自分の部屋にたどり着けないような構造になっていた。 また、設置されているプールはその階によって混み具合が異なるということを聞いていた。それを教えてくれたのは、このマンションのスポーツジムで働いている係員だった。 引越しの初日、私はプールで泳ぐというよりもジャグジーを使って体をほぐしたいと思っていたため、どの階にあるジャグジーを使えばいいかをその係員に尋ねた。「二階のジャグジーは、今の時間帯はたくさんの勤め人が使っているので混んでいます。

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