

2526. 羽のような日曜日
今日はどこか優しい羽のような一日であった。まだ今日という日を締めくくるには早いが、早朝から夕方の今の時間帯までそのような感覚を感じている。 「羽のような一日」それは決して翼のような一日ではなく、もっと柔らかく優しげな綿のような一日だったということだ。時間的に空間的にもそうだ...


2525. 日常の背後に遍満する輝き
辺りは相変わらず穏やかな雰囲気を醸し出している。雲一つないライトブルーの空、そしてその空を舞う鳥たちの姿が見える。 優しい春の風がフローニンゲンの街を吹き抜けている。そんな日曜日も昼時となった。昼食前に午前中の取り組みについて振り返っておきたい。...


2524. 音の息吹
今日は早朝に、過去の日記を編集したいと思う。一昨日と昨日に引き続き、今日も時間のゆとりがあるため、これまでの日記を20本ほど編集したいと思う。 おそらく20本の日記の編集は午前中の真ん中あたりで完了するだろう。そこからは、現在協働執筆中の書籍のレビューを行う。...


2523. ある日曜日の朝に
今朝方、とても感動的な夢を見ていたことを思い出す。起床直後には、その感動の余韻がとりわけ強く残っていた。 今も確かに感動の粒子が自己の内側に残っているのがわかるが、その夢がどのような内容であったかは忘れてしまっている。一方で、その夢の続きであれば記憶に新しい。...


2522. 幸福感の中で
今朝はここ数日よりも早く五時半に起床し、六時前から一日の活動を開始した。今日も充実した日になるという確かな確信が自分の内側に溢れている。 今日は日曜日ということもあってか、辺りはいつも以上に静かだ。起床した時刻はちょうど朝日が昇り始めている頃だった。...


2521. 流れと最下層から
——私は流れる。ゆえに私である——リルケ 時刻は夕方の七時半を迎えようとしている。正午のような世界が今目の前に広がっている。 一切の雲がなく、晴れ渡る夕方の空。時折この街を吹き抜ける風がどこか心地よい。 先ほど夕食を摂りながら、はたと食事の手を止めた。自分は一体どこに向かっ...


2520. 清々しい土曜日の夕方から
土曜日の夕方。夕方の四時の時間帯はフローニンゲンで最も気温が高くなる。 今はとても暖かく、先ほどゴミを捨てに外に出た時、爽やかな風が頬を撫でた。西日が燦々と照っており、少しばかり眩しいので書斎のカーテンの大部分を閉めた。...


2519. 大我に至る
昨日も考えていたことだが、四年間にわたって集中的に修練をすることの意義は計り知れない。一つの領域に関して毎日絶えず研鑽を積んでいくことの尊さと価値を昨日に考えていた。 作曲に関しては、日々の歩みは本当に遅いものだが、小さく一歩を積み重ねていきたい。本音を言えば、作曲実践に一...


2518. 四年間の精進に向けて
今朝は六時過ぎに起床し、六時半から一日の活動を開始させた。風のない穏やかな土曜日が今始まろうとしている。 起床した六時頃は、ちょうど東の空に太陽が姿を現し始めた頃だった。今はその時よりもさらに明るくなり始めており、光が現れ始める最初の姿を捉えることができる。...


2517. 横山大観からの激励
——富士の名画というのは昔からあまり無い。それは形ばかり写すからだ。富士を描くということは、富士に映る自分の心を描くことだ。心とは畢竟、人格に他ならぬ。それはまた気品であり、気迫である。富士を描くことは、つまり己を描くことである。己が貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい—...