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【お知らせ】Back Number Vol 152-162(記事3021-3240)

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 過去記事3021から3240に編集をし、所々に追記をいたしました。 お役に立てる情報は少ないかもしれませんが、皆さんのご関心に合わせて、必要な箇所を読んでいただければ幸いです。 閲覧・ダウンロードは下記よりご自由に行えます。 ・Blog Back Number

3747. ゆっくり接すること:スマートコントラクトの普及を祈って

時刻は午後の八時を迎えた。これからゆっくりと、一日を締め括る活動に従事していきたい。具体的には、本日最後の作曲実践をし、その後時間があれば、いくつか気になる作曲家の楽譜を眺めたい。 昨日の日記で書き留めていたように、絵画作品を眺めるかのように楽譜を眺めていく。あえて分析的な視点で眺めてみたり、あえてぼんやりと楽譜を眺めてみたりする。 以前、ハーバード大学教育大学院で教鞭をとっているシャリー・ティシュマン教授の“Slow Looking: The Art and Practice of Learning Through Observation (2018)”を読んで学んだように、対象とゆっくりと接するような実践を意識する。それは絵画作品や楽譜のみならず、他の諸々の事柄にも当てはまるだろう。 また、そもそも対象とゆっくり接するための時間的・精神的ゆとりというものも日々の生活の中に確保しておくことが大切となる。本来は、それを確保するというよりも、四六時中ゆとりを持っておくことが、自らの固有の人生を真に深く生きていくことにおいては不可欠である。 ただし、現代社会においてそうしたゆとりを絶えず持つことが難しい場合もあるであろうから、できるだけゆとりを持った生活を心がけるようにすることが賢明だろう。 日々が滞りのない流れのように過ぎていく。今日もそのようなことを感じる一日であった。 優しい時間の流れを絶えず感じながら本日を過ごしていたように思う。いつも驚くが、いつの間にやら一日が始まっており、いつの間にやら一日が終わりに向かっているということに気づかされる。 また、そもそも自分が今日という

3746. 固有の観点と盲点:前超の虚偽

天気予報の通り、今日の天気はすこぶる良い。晴天に恵まれた今日は、どこか祭に出かけていくような気持ちにさせてくれる。 冬の優しい太陽の光が地上に降り注いでいる。そうした太陽の光を、昼食前にスーパーに足を運んだ際に存分に浴びることができた。 明後日もまた天気が良いようなので、行きつけのチーズ屋に足を運ぶことが楽しみだ。今日は午前中に、協働プロジェクトに関するオンラインミーティングを行った。また一つ意義のあるプロジェクトが動き出したことを有り難く思う。 今年の夏から私は生活拠点を変えようと思っており、その前後は少し慌しくなるかもしれない。また、秋から再び大学院に通うことになると、大学院での探究に時間を充てていく必要がどうしても出てくる。そうしたことを考慮に入れて、来季にどれだけ協働プロジェクトを引き受けるかを判断していきたいと思う。 今日のミーティングを通じて思ったが、固有の観点があるということは、同時にそれは固有の盲点があることを意味する。何かしらの協働プロジェクトに関与させていただく際には、こちらの固有の観点を基にプロジェクトを前に進めていくことが必然的に多くなるが、自分の観点に潜む盲点に対しても絶えず意識を持っておく必要があると改めて感じる。 今回は、複数の関係者の方々と協働させていただくことになっており、それが功を奏して、自分の盲点に気づかされるような体験を本日した。様々な関係者と協働することの意義の一つは、まさにこの点にあるだろう。 お互いの観点を場に提供し合い、それらの盲点に意識を当てながら、観点をより洗練されたものにしていく。こうしたことは、協働を進めていく上で非常に基

3745. 自分にとって最適な就寝時間

時刻は午前七時に近づいている。昨夜は就寝前に、シャブリエとバルトークの楽譜を眺めながらリラックスをしていた。 優れた楽譜を眺めることは、絵画鑑賞と同じような作用を心身にもたらしていることがわかる。そこには、小さな治癒と変容の作用がある。 一日の最後に楽譜を眺めるというのは習慣にしてもいいかもしれない。確かに、他の時間にも休憩がてら楽譜を眺めることができれば理想だが、日中はついついその他の仕事に取りかかってしまうことが多い。 そうしたことからも、とりあえず今は、就寝前にくつろぎながら楽譜を眺めることにしたいと思う。ここ最近は、九時半を過ぎたあたりから就寝に向けての準備を始め、十時には就寝するようにしている。 これまでよりも15分から20分ほど早く床に入るような日々が続いており、これもまた日々の心身の状態を整えているように思う。確かに、10:15や10:20から床に入るのも十分に早いのかもしれないが、それよりも少し就寝時間を早めると、目覚めた時の調子がなお一層良いものになっていることがわかる。 おそらく自分にとっての最良の就寝時間は、十時なのだと思う。今日もその時間には就寝しておきたい。 今日の目覚めは五時半過ぎであったが、大抵はその時間かないしは六時ぐらいに起床して、そこから夜の九時半まで自分の取り組みに従事することが日課となっている。一つ一つの取り組みが、自分のライフワークと完全に合致しているものであるためか、早朝から夜のその時間帯まで活動に従事してもほとんど疲れることはない。 もちろん、一つの活動だけに従事していると集中力が切れてしまい、疲労感も蓄積しやすいのだろうが、私の場

3744. 小川に沈んでいく二人の友人

また新たな一日が静かに始まった。時刻は午前六時半を回ったところである。 今日の最高気温は4度、最低気温はマイナス2度とのことであり、それほど厳しい寒さではない。また、一日を通して今日は晴れのようであるから、昼食前に散歩がてら近所のスーパーに立ち寄りたいと思う。 太陽の光を浴びれる時には、できるだけそれを享受するようにしたい。 いつもと同じように、今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、とても穏やかな雰囲気を持つ村にいた。そこには小川が流れており、小川の道には美しい草花が咲いていた。 私は、そこはどこか天国のような場所だと思った。どうやら私は、小旅行としてこの場所を訪れているようだった。 見ると、私の横には、小中高を通じて付き合いのある友人が一人いた。彼と小川の道を歩きながら少しばかり話をしていると、お互いにふざけあい、私は彼を小川の方に向かって押してみた。 それはふざけて小川に突き落とすほどの勢いであり、案の定、彼は小川に落ちた。その小川は浅そうに見えていたのだが、なんと、彼はみるみるうちに小川の底へと沈んでいってしまった。 それを見た私は、まずいと思い、すぐさま自分も小川に向けてジャンプして、小川の水面に手だけ出している彼の手を取ろうとした。すると、もうその時は時すでに遅しであり、彼の体は完全に川底に沈んでいってしまった。 そこで私は川に潜ってみたのだが、彼を救出することはできなかった。どういうわけか、私はすぐさま川の水面まで戻ってくることができ、川岸に上がった。 「まずいことになったな・・・」と思って、しばらく川岸で呆然としていた。すると、私の後ろから、私を呼び

【お知らせ】Back Number Vol 149-151(記事2961-3020)

いつも「発達理論の学び舎」をご覧になってくださり、どうもありがとうございます。 過去記事2961から3020に編集をし、所々に追記をいたしました。 お役に立てる情報は少ないかもしれませんが、皆さんのご関心に合わせて、必要な箇所を読んでいただければ幸いです。 閲覧・ダウンロードは下記よりご自由に行えます。 ・Blog Back Number

3743. 奉仕と霊性の具現化へ向けて

時刻は午後の七時半を過ぎた。穏やかなさざ波の音が聞こえてくるような一日が終わりに近づいている。明日も今日のような日であることを願う。 振り返ってみると、今日もまた充実感で溢れるような一日であった。日々をこうした流れの中で過ごしていこう。それが自分の人生を歩むことであり、自己が人生と完全に一体化していることを示している。 今日も読むこと、書くこと、作ることで彩られた一日だった。それらの活動は、この世界への奉仕であるとみなすことができる。いつからかそのように思うようになった。 もはやそれらの活動に私心が挟まれる余地はなく、無私の状態でそれらの活動を営むことができている。だからこそ、これほどまでに日々が充実感で満たされているのだ。 自分がなす探究活動と創造活動は、奉仕活動と同義となった。何かに仕え、何かのために仕えていくこと。それをこれからも続けていく。 今日はこれから、一日を締め括る作曲実践を行いたい。過去の日記の編集が順調に進んでいるのと同様に、作曲実践も毎日継続して行なわれている。 本日最後の作曲実践が終われば、今夜は様々な楽譜を眺めることにしたい。絵画の傑作を眺めることによって自らの感性が育まれていくのと同様に、優れた音楽作品の楽譜を眺めていくことによって音楽的な感性を涵養していきたい。 楽譜を意識的に眺めることと、何気なく、分析的な思考を挟まない形で眺めることを組み合わせていく。徹底的に気づきの意識を与え、言葉にしていく形で楽譜を眺めるのと、楽譜が開示する音楽世界の美を自分の存在の奥に感覚的に流し込んでいくためにぼんやりと眺めることの双方を行っていく。それらをこれからも継続

3742. 神聖なものを呼び覚ます教会旋法

時刻は午前10時を迎えようとしている。まだ雨や雪が降っておらず、辺りはとても静かだ。 灰色の雲が空全体を追っているが、それほど不気味な雲ではない。天気予報では、もうそろそろ雨か雪が降ってくるとのことであるが、それが当たるのか外れるのかを確認することが楽しみだ。 裸の街路樹が、冬の風に揺れている。そういえばここ数日間は、街路樹に意識を向けることはあまりなかったように思う。 目の前の裸の街路樹が再び青々と茂る日が来るまで、私はまたゆっくりと歩いていこうと思う。今目の前には存在していないはずの新緑の姿が想像できることに改めて驚く。人間の想像力は計り知れないものがある。 さらには、あのような輝かしい緑をつける生命力が、今目の前に見えている裸の木に存在していることも驚くに価する。このリアリティにおいて、私たちの目に見えていることなどほんのわずかであり、無数の事柄が私たちの目には見えない形で存在している。そうした目には見えないものを、想像力を働かせて見つめようと試みることを忘れてはならない。 今日は午前中に、協働者の方とのオンラインミーティングがあった。ミーティングを終え、昼食までの時間を再び自分の取り組みに充てていく。 具体的には、昨日から読み進めている“A Concise Explanation of the Church Modes (2018)”の続きを読み進めていく。教会旋法に関する理解を徐々に深めていきたい。 昨夜本書を読んでいると、教会旋法に関してこれまで私が知っていた七つのもの以外の種類が存在していることを知った。また、私が一番興味深く思ったのは、なぜそれらの作曲様式が教会

3741. 夢の続きと創造的狂気

今一日分のコーヒーを入れ始めた。先ほど、今朝方の夢について書き留めてみたところ、思っていた以上に夢を書き出すことができた。 書き出す前は、あまり夢について覚えていないと思っていたのだが、書くことが何らかの刺激となり、随分と夢について書き出すことができた。 書くことには、想起力が含まれるのかもしれない。つまり、書くことは、私たちの内側を刺激し、眠っていた事柄を外側に表出する力を持っているのかもしれないということだ。 そういえば、先ほど書き留めた以外にも、何人かの友人と、開放的なレストランでランチを共にしていたことを思い出した。私たちが店に入った時は、ちょうど昼食どきであり、店内が混んでいた。 だが幸いにも、ちょうど人数分の席が空いていた。ただし、その席だと全員が顔を合わせて話をすることが難しく、少々不便に思っていた。 するとすぐに、近くの団体客がいなくなり、私たちは彼らが使っていた席に移動することにした。そこで会話を楽しむというような夢を見ていたことを思い出す。 やはり、書くことは、私たちに自己発見を促すようだ。書かれるまで姿を見せないものが私たちの内側にはある。そして一度それについて文章を書いてみると、それは再び新たな未発見事項を引き連れて、また新しい事柄をこちらに開示してくれる。 そうした現象が起こる起点には、書くことがある。書くことは、自己発見を促す実践であり、内側に眠っている自己の側面を開示し、さらにはそれを育むことにもつながっている。今朝方の体験を通じて、そのようなことを思わされた。 今日もまた、探究活動と創造活動に励む一日としたい。自分のライフワークに打ち込むためには

3740. 今朝方の夢

今朝は五時半前に起床し、六時を迎えるあたりに一日の活動を始めた。今日から新たな週が始まった。 午前六時を迎えた現在は、辺りは闇と静寂さに包まれている。今朝は雨が降っておらず、気温もそれほど低くはない。今日の最高気温は4度、最低気温はマイナス1度とのことである。 午前10時から昼過ぎまで雨ないしは雪が降るようだが、それ以外の時間帯は曇りとなりそうだ。 いつもと同じように、夢の振り返りをまず行っておきたい。今朝方は色々と夢を見ていたはずなのだが、どの夢もそれほど覚えていない。書きながら夢を思い出すことを期待したい。 夢の中で私は、ある女性の知人の方の自宅にいた。その方の自宅は、なぜだかとても狭く感じられ、間取りに関して言えば、私が大学時代に住んでいた部屋に似ている。 知人の方の自宅には私以外にも何人か人がいたのだが、私は彼らとは面識がなかった。その場にいた全員と和気藹々と話をしていたところ、私は急にトイレに行きたくなった。そのため、知人の方にトイレの場所を聞き、トイレに向かった。 トイレのドアを開けると、そこには、妙に右側の壁に寄った便器があった。私が便器の方に近寄ると、突然、便器の向こう側に取り付けられていたシャワーからお湯が出始めた。 私はそのお湯を浴びてしまい、なんとか早くシャワーを止めようと思ったのだが、一向に上手くいかない。そのため私は逃げ出すようにトイレから一度出て、知人の方を呼んだ。 「トイレからシャワーのお湯が出始めて、それが止まらないんです」と私が述べると、知人の方は少し呆れた表情を見せながら、「そんなの簡単に止められるはずですよ」と述べた。そこで夢の場面が変わっ

【お知らせ】Back Number Vol 147-148(記事2921-2960)

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3739. 創造的狂気を守ること・育むこと

時刻は午後の七時半を迎えた。つい今しがた夕食を摂り終えた。 一月最後の日曜日がゆっくりと終わりに近づいている。今日の午前中は雨が降っていたが、夕方に雨が止み、黄金色の美しい夕日を眺めることができた。夕日の輝きにも表情があり、時間の推移に応じて、その表情は豊かに変化していった。 ぼんやりと、夕日の輝きを眺める心のゆとりが夕方にあった。日々はこうしたゆとりと共に着実に進行している。 今日もまた、ライフワークに邁進するような一日であった。過去の日記の編集もはかどり、これまでほぼ毎日20本ずつ編集をしていたこともあってか、昨日あたりから突如として編集のコツのようなものが掴め、作業がより効率的に進むようになった。 気がつけば、今日は100本ほどの編集を行っていた。来週もまた、今日ほどまでとはいかなくても、これまでよりも効率的な形で編集を進めていきたいと思う。 バルトークの作曲技術に関する書籍の再読が終わったので、本日より、“A Concise Explanation of the Church Modes (2018)”を読み始めた。本書は教会旋法に関する書籍だ。 本書を一読することによって、そこからは積極的に教会旋法を活用した作曲実践をしていきたい。最初は実験的に、シンプルな構造の曲を作っていく。 その実践に向けて、近日中に、作曲ノートに教会旋法に関するまとめを書き留めておこうと思う。こちらは、作曲理論に関するまとめをするためのノートであり、作曲実践を実際に行う時の補助ノートとはまた異なる。 補助ノートとは、作曲をする際に、曲の番号や調号などを書き留めたり、コードや試したいアイデアを書

3738. 穏やかな日曜日の始まり

起床した時には雨が降っていなかったが、先ほどから小雨が降り始めた。気温が少し暖かい日が続くのは嬉しいが、その代わりに、ここからしばらくは天気が優れない日となるようだ。 欧州での生活を始めて以降、身体のリズムと季節のリズムが調和を成しているようにいつも感じるようになった。まさに、天地と一体となった生活リズムで日々が進行していく。 一日分のコーヒーが出来上がったようであるから、ここからゆっくりと一日の活動を始めていきたい。今日は、過去の日記をいつもより多く編集したいと思う。 ここ最近は、毎日20本ほどの過去の日記を編集しているが、今日はその倍の40本ほど編集をして行こうと思う。過去の日記を読み返したいという気分にあるため、今日はあえてそうした気分に左右される形で、いつもより多く日記を編集していく。 現在執筆している日記に編集が追いつくまでには、もう少し時間がかかりそうだが、春を迎える頃にはそれが完了していることを願う。 今日もまた、作曲理論の学習を進めていく。まずは、バルトークの作曲技術に関する、“Bela Bartok: An Analysis of His Music (2000)”の再読を完了させたい。これはおそらく、今日の早い段階で完了するだろう。 再読が終わったことをもってして、ここから実際に、バルトークの作曲技術を応用する形で実践を積んで行こうと思う。その他にも今日は、昨日届いた教会旋法に関する二冊の書籍、“A Concise Explanation of the Church Modes (2018)”と“Chorale Harmonization In The Ch

3737. 化学の授業に参加しようとする夢

たった今、一日分のコーヒーを作り始めた。午前六時半を過ぎたフローニンゲンの朝は、依然として闇と静寂が辺りを包んでいる。 今日もまた、極寒の中休みのようであり、比較的気温は暖かい。 つい先ほどまで夢について振り返っていた。改めて、夢の世界の中で、あれほどまでに多様な体験をしていることを不思議に思う。 夢は無意識の中の現象なのだが、それは確実に現実世界における身体や顕在意識下における精神に影響を与える。このように毎日夢を見て、それを書き留めることを始めてからどれくらいの日が経ったのかわからないが、夢を振り返れば振り返るほど、無意識の世界がより豊かになり、それが日々の探究活動と創造活動に少なからぬ影響を与えているのが見て取れる。 今朝方の夢の続きについてもう少し振り返っておきたい。夢の中で私は、ある小さなビルの中にいた。 そのビルは縦長であり、およそ15階建てぐらいの高さを持っていた。また、ビルの外観は幾分古びた様子を持っていた。 私はビルの4階にいて、これから行われる化学の授業に参加しようと思っていた。それは、高校時代の化学の先生が行うものであり、有機化学について少し復習したいと私は思っていた。 授業が行われる教室に早く着くと、まだ教室は開いていなかった。そのため、教室の前の廊下にあるテーブルに腰掛けて、昼食を食べることにした。 昼食をいざ食べ始めた瞬間に、このビルの警備をしている人が、私に声をかけてきた。 警備員:「どうやら教室が変更になったらしいです。それとこれを差し上げます」 警備員の方から受け取ったのは、化学の洋書のテキストだった。私は有機化学を復習したいと思っており、ちょ

3736. 今朝方の夢

穏やかな日曜日がゆっくりと始まった。数日前までは白銀世界であったが、昨日の雨により、雪が全て溶け、今この瞬間は闇の黒さが際立っている。 昨日は雪が降らなかったが、なぜか雪のゆりかごにいるような感覚があった。そんな落ち着きのある土曜日だった。おそらく今日もそのような一日になるだろう。 いつも通り、今朝方に見た夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、見覚えのない部屋の中にいた。 見るとそこには、二人の友人の女性がいて、彼女たちは何か工作をしていた。見ると、黒いハサミにセロハンテープの器具を取り付けて、新しいものを作っているようだった。 友人の一人が、「やっと完成したぁ〜!」と叫んだので、完成したものを見ると、ハサミを用いて物質を切ることができながらも、セロハンテープを引っ付けることもできるらしい。 元々の二つの器具の機能そのままであり、二つが合わさったことによって、何か新しい機能が生まれているようには見えなかった。だが、興味深いことに、セロハンテープを取り付けることによって、なぜだかハサミの切れ味が増しているようだった。 私は二人に声をかけ、「新しく生まれたものにさらに付加すると良いものがある」と述べた。そこで私はその部屋を出た。 すると、部屋の扉の向こうには、巨大なホームセンターが広がっていた。それに気づいた時、私の体は突然宙に浮かび、ホームセンターの中を飛んで移動することになった。 ホームセンターの中には人が誰もおらず、中は青白い光に包まれていた。私は宙に浮かび、ゆっくりと飛びながら、ホームセンターに置かれている物を見ていった。 ある時、眼下にパソコン売り場が見えた。そこに

【お知らせ】Back Number Vol 143-146(記事2841-2920)

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3735. サティとシャブリエ

気がつけば、時刻は午後の六時に近づいている。一月最後の週末の土曜日が、終わりに向かってゆっくりと進行している。 今日も自らの探究活動と創造活動に従事する充実した一日だった。バルトークに関する書籍を読み進め、バルトークから得られるものをできるだけ得たいという思いが日ごとに強くなっている。 夕食後の作曲実践では、まずはモーツァルトに範を求めるが、その後、バルトークの『ミクロコスモス』に範を求めて曲を作ろうと思う。バルトークの作曲技術に関する書籍の再読が半分以上終わり、明日は再読が完了しそうである。書籍の中に掲載されている楽譜を再現してみるのは、三読目からにすることにした。 夕方に、郵便受けに何かが届けられる音がしたので、一階に降りてみると、イギリスの書店に注文していた二冊の書籍が届けられていた。一冊は、“A Concise Explanation of the Church Modes (2018)”であり、もう一冊は、“Chorale Harmonization In The Church Modes (2018)”だ。 どちらも共に、教会旋法について扱っている。先ほど中身をざっと確認してみたところ、期待通りの書籍であることがわかり、明日からそれらを読むことがとても楽しみだ。 作曲技術を高めるためであれば、なんでも学ぶという強い意志が自分の内側に芽生えている。そうした意志に従う形で今後も探究を続けていく。 この厳しい冬を乗り越えた後には、パリとアントワープに小旅行に出かけようと思う。パリの郊外に、サティの記念館があり、今回の旅行で訪問できるかわからないが、サティはいずれにせよ気に

3734. 統合的作曲家ベラ・バルトーク

たった今、一日分のコーヒーを入れ始めた。今日は土曜日であるから、辺りは休日の雰囲気を放っている。 時間の流れもいつもより緩やかであり、人々がどのような意識を持ってその日を過ごそうとしているかが、その場の雰囲気や時間感覚を変えてしまうことは面白い。 この世界の様々な場所において、雰囲気や時間感覚が異なるのはそうした理由なのだろう。共有されている集合意識は、場の雰囲気や時間感覚を大きく規定するのだ。 今もまだ、雨がしとしとと降っている。昨日まであれだけ積もっていた雪が、一夜にして完全に溶けてしまうというのは圧巻である。 今朝方の夢について先ほど振り返っていたが、二つの場面で共に、「トイレ」のシンボルが現れていたことは興味深い。また、普段の夢と比べて、やたらと女性の友人が夢の中に登場していたように思う。 夢の中で見た男性は、私が教室の右隅に中腰で座っていた時に左横にいた友人だけだったように思う。あとは全員女子であった。それらのシンボルが示唆することに関しては、ゆっくりと考えを巡らせようと思う。 今日もまた、過去の日記の編集や作曲実践に多くの時間を充てていこうと思う。過去の日記の編集は着実に進んでおり、これまで溜まりに溜まった未編集の日記が徐々になくなっていく様子が見える。 この調子で進めていけば、三月末までには未編集の日記がなくなるかもしれない。毎日少しずつ過去の日記を読み返していこう。 日記の編集と作曲実践に加えて、今日もバルトークに関する書籍を読んでいく。まずは、“Mikrokosmos Complete (2016)”の楽譜に適宜挿入されている、バルトークに関する解説文を読んで

3733. 今朝方の夢

今朝は七時過ぎに起床し、八時を迎える前にゆっくりと一日の活動を始めた。昨夜の就寝もいつも通りであったことを考えると、今日は十分な睡眠を取っていたと言える。 起床してみると、昨夜からの雨がまだ降り続けており、そのおかげで雪が全て溶けていた。昨日までは、歩くのが困難なほどに雪が積もっていたので、一旦雪が全て溶けたことは喜ばしい。 ここから数日間は天気が崩れるようだが、総じて気温は比較的高い。ただしこれは、極寒の冬の中休みであることを私は知っている。来週あたりにまた、マイナスの世界がやってきそうな気配がする。 今日も一日の活動を始める前に、今朝方の夢について振り返っておきたい。夢の中で私は、小中高時代の幼馴染みの女性の友人と、自転車を押しながら道を歩いていた。 彼女は怪我をしているようだったが、幸いにもそれは大きな怪我ではない。彼女の怪我の定期検査のため、私たちは病院に向かっていた。 病院の入り口に到着すると、「どこに自転車を駐車すればいい?」と彼女は私に尋ねてきた。「駐車は自分がやっておくから、早く受付に行って検査を受けて」と私は述べた。 彼女はお礼を述べ、一階の受付に入ろうとしたが、「トイレはどこだったけ?」と私に尋ねてきたので、「受付の右」と私は答えた。 自転車の駐車に関して、外に停める場所がなく、この病院は、病院内に自転車を持ち込んでも大丈夫であり、なおかつ病院内にも駐車場があることを思い出した。そのため私は、二台の自転車を押しながら病院内に入った。 するとそこは、日本の病院のような雰囲気を持っていながらも、外国人の姿がちらほら見えた。彼らの言葉に耳を傾けてみると、一様に英語

【お知らせ】Back Number Vol 140-142(記事2781-2840)

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