1450. 円と縁がもたらす存在の不滅性
思っていた以上に日が暮れるのが早くなった。昨日よりも10分ぐらい早く日が沈み、暗闇が訪れた。 一日の振り返りをする際に、それを闇夜の中で行うのは随分と久しぶりのように思われる。書斎からの景色が真っ暗闇に包まれると、随分と自分の内的感覚が変わるものである。...
1449.「日記的作曲」実践に向けて
今日はとても寒い日だった。まだ八月中だというのに、室内では上着を着用し、長ズボンを履いている。 今日一日の天気を振り返ってみると、起床直後の薄い雲が雨雲に変わり、まずは午前中に激しい雨が降った。夕方、美しい天気雨と遭遇したことがとても印象的だ。...
1448. 天気とデューイのプラグマティズム的美学
早朝の鬱蒼とした雨雲が静かに立ち去り、青空が広がり始めた。薄い雲を残しながらも、広がる青空を眺めていると、オスロ国立美術館で見た印象派のいくつかの絵画作品を思い出す。 それがとても甘く感じる。空の青さと白い雲、そして穏やかな朝の太陽が相まって、甘美な世界を生み出している。そ...
1447. 南極と自己の極深化
昨日に続き、今朝の目覚めも比較的ゆったりとしたものだった。それは、北欧旅行後の何かしらの調整を自己の存在が試みていることと関係しているかもしれない。 内側に浮かぶ雑然とした思考や感覚を透き通った咀嚼物に変化させていくかのように、時間をかけて何かを発酵させようとしているようだ...
1446. 発達論者・教育哲学者としてのエマーソン
夜が間もなく迫っている金曜日のフローニンゲン。今この瞬間は、早朝の晴れ渡る空と見間違えるかのようなライトブルーの空が広がっている。 西の空に雲はほとんどなく、東の空に一つ入道雲が取り残されている。その白色の入道雲がライトブルーの空に微動だにせずたたずんでいる様子は圧巻である...
1445. 最後の日に向けた今日という最後の日
最後の日は遠いはずなのに、毎日が最後の日のように感じる。早朝のフローニンゲンは、自己と世界を隔てる一枚の薄い膜のような雲に覆われていた。 その膜のような雲は、太陽の強い光を通すことはなく、ただ少しばかりの明るさを地上に届けている。昼食後に激しい雨が降った。怒りのような、嘆き...
1443. グリーグとムンクからの啓示
夕食前に再び小雨が降り始めた。雨が窓ガラスに静かにぶつかる音が聞こえる。 ガラスに付着した一つ一つの雨滴が重力に従ってゆっくりと垂れ落ちる。窓ガラスを洗うような小雨を眺めるとき、それは北欧旅行から帰ってきても依然として続く旅の余韻を洗い流そうとしているかのように思えた。...