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1450. 円と縁がもたらす存在の不滅性

思っていた以上に日が暮れるのが早くなった。昨日よりも10分ぐらい早く日が沈み、暗闇が訪れた。 一日の振り返りをする際に、それを闇夜の中で行うのは随分と久しぶりのように思われる。書斎からの景色が真っ暗闇に包まれると、随分と自分の内的感覚が変わるものである。 書斎の中で鳴り響く音楽についての印象も変わり、静かな闇夜の世界は、自己の奥底に沈んでいくことを促すかのようである。午前中にピタゴラスの業績について考えることがあった。 その中でふと、円が存在するためには中心点が必要であるという当たり前のことに再度考えを巡らせていた。仮に自らの存在を一つの円だと捉えた時、果たして私たちは自己の中心点を知っているだろうか。 それが何であるかを明確に認識し、中心点を持つ一つの円として日々を生きているだろうか。そのようなことを考えていた。 一つの円が他の円と関係を持ち合う時、「縁」が生まれる。人と人との間に真に縁が生まれるためには、円が存在していなければならず、円が存在するためには確固とした中心点が必要である。 確かに全ての人間は縁によって関係を結んでいるかもしれないが、縁によって真に他者と強く結ばれるためには、個たらしめる中心点が必要であるように思う。さもなければ、他者と縁を結ぶための円の輪郭が曖昧模糊としたものになり、相互に影響を与え合う真の縁が生まれることはないだろう。 断続的に降り続ける雨を眺めながら、そのようなことを考えていた。 書斎の外に広がる世界が、本当に闇の世界に消え去っていく。見えるのはもはや街灯の明かりや遠くの家に灯る光だけとなった。 そして、また雨が降り始め、雨が窓ガラスにぶ

1449.「日記的作曲」実践に向けて

今日はとても寒い日だった。まだ八月中だというのに、室内では上着を着用し、長ズボンを履いている。 今日一日の天気を振り返ってみると、起床直後の薄い雲が雨雲に変わり、まずは午前中に激しい雨が降った。夕方、美しい天気雨と遭遇したことがとても印象的だ。 小さな雨粒の一つ一つが太陽光に照らされ、輝きながら地上に降り注ぐ姿はとても綺麗だった。太陽の光に照らされると、雨粒は一つ一つが確かな存在感を放っていた。 単純に夕日に照らされた黄金色の世界の中に雨が降る様子が美しかったのではなく、一つ一つの雨粒が個性を持ち、その一つ一つの輝きが美しかったのだ。その美しさに思わず書斎の机の前から離れ、窓辺に近寄った。天気雨の輝く姿を窓越しにずっと眺めていた。 夕食を食べ終えた今はまた晴れ間が広がっている。日が沈むのが早くなり始めたとはいえ、現在の時刻である七時半はまだ夕日の輝きが残っている。 ここから一時間ほどが今日の夕日の最後の輝く時間帯となるだろう。午前中の激しい雨、そして夕方に襲った天気雨が嘘のように、辺りは静かにたたずんでいる。 夕方から夕食前にかけて、オンラインゼミナールの第五回目のクラスに向けた説明資料を作成していた。資料の完成にめどが立ったところで、作曲について少しばかり考えていた。 日記を執筆するように、日々の思考や感覚を音楽として表現すること。日々移り変わる内側のリズムとメロディーを日記を書くかのように曲にしていくこと。つまり、「日記的作曲」実践の実現に向けて少しばかり考えていた。 昨日、実際にその瞬間の内的現象を曲にすることを試みたところ、作曲の実践を始めた頃に比べると随分とその進

1448. 天気とデューイのプラグマティズム的美学

早朝の鬱蒼とした雨雲が静かに立ち去り、青空が広がり始めた。薄い雲を残しながらも、広がる青空を眺めていると、オスロ国立美術館で見た印象派のいくつかの絵画作品を思い出す。 それがとても甘く感じる。空の青さと白い雲、そして穏やかな朝の太陽が相まって、甘美な世界を生み出している。それは自己が溶け出しそうな甘美さである。 九月からフローニンゲン大学での二年目のプログラムとして実証的教育学の探究が始まる。フローニンゲン大学で過ごす二年目は、もっぱら科学的な測定手法を活用しながら、教育プログラムや教育政策の効果を実証的に解明していくことを目的としている。 今回のプログラムでさらに理解を深めるであろう統計的な手法に加え、昨年に引き続き、応用数学のダイナミックシステムアプローチや非線形ダイナミクスの手法をより深く習熟していきたいと思う。それに並行して、自分の関心を引きつけてやまない教育哲学に関する探究を行っていく。 教育哲学の知見は、子供の教育と成人の教育のどちらにも深く関与し続けるための、なくてはならない思想基盤を形成することに一役買ってくれるだろう。偉大な教育哲学者は様々いるが、中でもジョン・デューイの思想は注目に価する。 二巻の全集をそろそろ本腰を入れて読み進めたいと思う。オスロに滞在中、ホテルの中でムンクの画集を眺めていたところ、デューイのプラグマティズム的美学の思想が言及されていた。 デューイ曰く、完全な美的体験というのは、まずは生命のリズムとして立ち現れるとのことである。そして、そこから自己と生命のリズムが交感する段階へと至る。 北欧の雄大な自然の中で体験していたのはまさにこれだった

1447. 南極と自己の極深化

昨日に続き、今朝の目覚めも比較的ゆったりとしたものだった。それは、北欧旅行後の何かしらの調整を自己の存在が試みていることと関係しているかもしれない。 内側に浮かぶ雑然とした思考や感覚を透き通った咀嚼物に変化させていくかのように、時間をかけて何かを発酵させようとしているようだ。内側の表層世界は未だ雑然としており、少しばかり慌ただしいのだろう。 そうした雑然さと慌ただしさを鎮めるために、比較的長い睡眠時間が必要になっているように思える。今回の旅から真に得られたものが自分の言葉となり、自分の骨身になる日は随分と先のことになるだろう。 それが実現するためには、時の経過が必要であり、時というふるいにかける必要がある。時の発酵過程を経たのち、それはこの次に待つ自分の確かな土台となるだろう。 早朝の目覚めと共に、外側の世界に激しい雨が降っていることに気づいた。何かを訴える雨の声が聞こえたのである。辺りは鬱蒼とした世界として私に知覚された。 どんよりとした雨雲から雨がこの世界に降り注いでいる。数羽の黒い鳥が空を東から西、西から東へと横切っていく。 鳥たちにとってみれば、今日が土曜日であることなど関係なく、自然は同様に曜日など気にしていない。目の前に見える自然界は時間を超越し、超然とした姿でたたずんでいるように思える。世俗的な時間感覚に縛られているのは人間だけのようだ。 昨夜の就寝前に気づいたが、随分と日暮れが早くなった。夜の九時半になる頃には、当たりがほぼ暗闇に包まれるようになったのだ。 十時に就寝する頃には辺りはもう暗かった。ひたひたとあの厳しい冬が近寄ってきていることを知る。北欧旅

1446. 発達論者・教育哲学者としてのエマーソン

夜が間もなく迫っている金曜日のフローニンゲン。今この瞬間は、早朝の晴れ渡る空と見間違えるかのようなライトブルーの空が広がっている。 西の空に雲はほとんどなく、東の空に一つ入道雲が取り残されている。その白色の入道雲がライトブルーの空に微動だにせずたたずんでいる様子は圧巻である。 夕方を迎える前の意識状態から少し変化があり、あの不思議な意識状態からは落ち着いている。今日は科学的探究の仕事に取り掛かることは一切なく、エマーソンの全集の中に記した下線や書き込みを再度読み返しながら、文章として自分の考えをまとめたり、作曲の学習と実践に多くの時間を充てていた。 それにしてもエマーソンは、発達論者としても教育哲学者としても注目に価する学者だと思う。エマーソンは、発達に向けた準備の期間に対する洞察が深く、準備を迎えていない者に学習機会を無理に与えることを危惧していた。 特に子供に対して、抽象的な概念が詰まった書物を無理に与えることを強く問題視していたのである。こうしたことは子どものみならず、成人にも当てはまり、エマーソンは発達に向けた準備期間の存在を強く訴えていた。 エマーソンの全集を読みながら、彼の発達現象を見る眼差しに大変共感し、彼の慧眼には得るものが多くあった。エマーソンが残した警句を挙げればきりがないが、もう一つ印象に残っているのは、私たちの誰もが消費者であることは確かだが、生産者である者があまりに少なすぎるということについてもエマーソンは警鐘を鳴らしていた。 人は本来、大なり小なり自分の持っている固有の才能を活かして、この世界に何かを創り出すことができるはずなのだが、エマーソンの時代

1445. 最後の日に向けた今日という最後の日

最後の日は遠いはずなのに、毎日が最後の日のように感じる。早朝のフローニンゲンは、自己と世界を隔てる一枚の薄い膜のような雲に覆われていた。 その膜のような雲は、太陽の強い光を通すことはなく、ただ少しばかりの明るさを地上に届けている。昼食後に激しい雨が降った。怒りのような、嘆きのような激しい雨だった。 書斎の窓からその光景を少しばかり眺め、何を考えるともなしに再び自分の仕事に取り掛かる。北欧からの旅を終え、やはりまだ自分の中で整理することのできないものが無数に存在しているようなのだ。 必ずやってくるはずの最後の日はまだ遥か彼方にあるはずなのに、それがとても近くにあるような気がしている。一日一日を過ごしていく日々が最後の日として知覚されるのである。 しきりに昔のことが思い出されたり、自分が出会ってきた全ての人たちの顔が思い浮かぶ。この世界で生きてきたことと生きていくことが、たった一人の歩みであるのと同時に、たった一人の歩みではないということがわかるのではなく、見えるのだ。そしてそれに触れることができるのだ。 コペンハーゲン、オスロ、ベルゲンへ訪れ、フローニンゲンに帰ってきた私を包むのは決して絶望でも希望でもなかった。自分を包むのは、静と動を折り重ねた一枚の衣のような感覚だ。 私は、一人の人間として生きなければならない。一人の科学者として研究を行い、一人の実務家としてこの世界に関与しなければならない。そこには具体的な肉体があり、具体的な活動があり、具体的な人々がいる。 そうした具体的なもの全てが、一枚の衣の中に包まれ、その衣が優しく揺れる姿を眺め続ける意識状態が続く。数年後の未来など見

1444. 北欧の旅の空の下で

北欧の旅の空の下で思いを巡らせた様々なことが、近くて遠い思い出の中に溶け込んでいく。晴れ渡る北欧の雄大な空、雲に覆われた北欧の憂鬱な空。 どんな日であっても、私は何かを考え、何かを感じながら、その日を自分の人生における真の一日にするために生きていた。薄い雲がフローニンゲン上空の空を覆っている。 カラスが赤レンガの家々の屋根の上を飛び去っていった。目の前の木々がさわさわとした風に揺られている。それら全体は、まるで鎮魂歌を奏でているかのようである。 オスロのホテルに宿泊中、ムンクの日記を読んでいると、彼の死生観について記述されている箇所を見つけた。「私たちは死なない。世界が私たちから死んでいくのだ」という一文がとても印象に残っている。 私たちの肉体は確かに朽ち果てる。しかし、私たちは死滅することのない永遠性が宿ったものを持っているのだということを忘れてはならない。認知世界が私たちから消え去っていったとしても、それは久遠なものとして残り続ける。 欧州での生活を始めて以降、悠久の世界に足を踏み入れながら仕事に打ち込んだ過去の偉人たちを何度も目撃してきた。それを目撃するたびに、人は永遠な存在となり、人がなす仕事も久遠なものになることを知った。それは人間存在の自明な真理ですらあるように思える。 今日から再び自分の仕事に着手する。人間存在の成熟過程を考究することが自分の仕事であるから、作曲家のエドヴァルド・グリーグの自伝を読むことや午前中に作曲の学習を進めることも重要な仕事の一つである。 昼食前の二時間ほどを使って、以前受講していたMOOCの作曲講座をもう一度視聴したいと思う。全六回のクラス

1443. グリーグとムンクからの啓示

夕食前に再び小雨が降り始めた。雨が窓ガラスに静かにぶつかる音が聞こえる。 ガラスに付着した一つ一つの雨滴が重力に従ってゆっくりと垂れ落ちる。窓ガラスを洗うような小雨を眺めるとき、それは北欧旅行から帰ってきても依然として続く旅の余韻を洗い流そうとしているかのように思えた。 旅の余韻の表層感覚を全て洗い落とし、自分の内側の底に真に堆積したものだけを残すのである。そのようなことを指示する雨のように私には思える。 旅行中に読んでいたエマーソンの全集と、旅行中に購入したグリーグやムンクに関する文献の中で下線や書き込みを入れたところをもう一度読み返すということを先ほど行っていた。これもまた今回の旅を整理するために重要な行為である。 旅の最中、折を見て、様々な角度からエマーソン、グリーグ、ムンクについて取り上げていたように思う。エマーソンの教育思想やグリーグとムンクを取り巻いた教育についてもどこかでまた書き留めておきたいと思う。 結局、私が絵画や音楽を鑑賞し、思索的エッセイを読んだり作曲をしたりすることの根幹には、人間発達に関する考究がある。それを起点にして、科学と芸術が自分の中に共存在しているのだ。 先ほど改めてグリーグとムンクの生涯に関する文献に目を通していると、両者の共通点について新たなものが見つかった。そして、それは今の自分にとって極めて重要なものだった。 グリーグは生前、「私はバッハやモーツァルト、ベートーヴェンと並ぶことができるとは思わない。彼らの作品は永久だが、私は自分の時代そして自分の世代のために作曲したい」という言葉を残している。グリーグはまさに、同時代と絶えず向き合い

1442. 時の最果てと陰陽的言語世界

今日も相変わらず不思議な感覚が続いている。これはおそらく旅の余韻と呼べるものなのかもしれない。 旅が自己の存在の中を通り抜け、自己の存在が旅の中を通り抜けた後に漂う余韻である。自分の中に何かが通り抜けたという感覚と、自分が何かの中を通り抜けたという確かな感覚がある。 午後から降り始めた雨を見ていると、雨滴が時間に見えた。時は液体なのだという明晰な理解を得た。 自分の内側で時間が完全に溶解し、それはいかなる形態にも変容可能なものとして捉えられている。北欧旅行から戻ってきて、少しばかりおかしな感覚が続いているようだ。 時の最果ての存在に対する確かな確信が昼食前の自分に飛び込んできた時、それは時折、自分がそうした場所に足を踏み入れているからだということを知る。先ほどいつもより遅めの時間に仮眠を取っていたが、仮眠から目覚める直前に、サトルな意識状態で知覚される千変万化するイメージ群を眺めていた。 それはいつものように、絵画的であり、なおかつ文学的なイメージとなって現れる。つまり、純粋に多種多様なシンボルが現れることに合わせて、様々な文字が節や文章の形で現れるのだ。 今の自分の心の中の静謐さをどのように表現すればいいのだろうか。それは言葉の世界からこぼれ落ちてしまうようなものであり、絵画や音楽でしか表現できないものなのだろうか。 作曲という新たな表現手段を磨く過程においても、そしてそれを高度な次元で獲得した後になっても、言葉の世界から一見漏れてしまうような事柄さえも言葉で表現できるように尽力したい。 時の溶解と変容の先に時の最果てあり。今日は夕方から就寝にかけて、時の最果てに触れた感覚が

1441. 再出発から人生の終焉へ向けて

北欧旅行からフローニンゲンに戻ってきての二日目が始まった。書斎の窓から見える木々の優しい揺れと同様に、自分の心もただただ穏やかだ。 今日から再び自分の仕事に集中できるという予感がする。夏季休暇も早いもので、残り三週間ほどとなった。ここから集中的に未読の専門書を読み進め、フローニンゲン大学での二年目の研究に備えたい。 しっかりとした準備をすること。準備に次ぐ準備の中で自分の仕事を少しずつ前に進めていくこと。それだけが今の自分にできることであり、それこそが自分の望むことである。 ノルウェーのベルゲンの初日に風邪の初期症状を患ったが、今となってはすっかりと回復した。普段も旅行中も栄養のある食事と十分な睡眠を取ることだけは心がけているため、後は外の気候に合致した格好をすることだけを心がければいいという教訓を得た。 昨日、チーズ屋の店主と立ち話をしたところ、やはり今年のフローニンゲンの夏は昨年に比べて涼しいようだ。25度を超える日がほとんどなく、20度前後の日が続く。 今朝も気温が低く、長袖長ズボンを着用しながら書斎の中で過ごしている。そうした中、今の書斎に響き渡っているのは、エドヴァルド・グリーグの曲だ。昨日も絶えずグリーグの曲を流しており、北欧の旅の感覚が自分の中で落ち着くまでは、しばらくグリーグの曲を聴き続けることになるだろう。 起床直後に英文日記を二つほど書いた。北欧旅行の前までは、起床直後に日本語の日記を一つか二つ書く習慣があったが、その前に英文日記を執筆することが自然と新たな習慣となった。 自分の日本語が、完全に言語宇宙の最果てに辿り着けるように、今の言語空間から日本語を

1440. 複数の表現形式で自己を著述し続けること

北欧旅行からフローニンゲンに戻ってきての初日が終わりに差し掛かっている。今日は午前中に洗濯などをし、少しばかり北欧旅行についての日記を執筆していた。 しかし、再びフローニンゲンでの生活を始めるにあたって諸々のことを行っていると、あっという間に一日が過ぎた感じがする。九月からのプログラムに関する授業料について質問があり、午後から学生支援課に足を運んで以降は、自宅に戻ってからも何かと事務的な手続きを行っていた。 そのようなことをしていると、書籍や論文を含めて自分の仕事をする時間的な余裕がないままに一日が終わろうとしているという感じだ。幸いにも、事務的な事柄の大部分を今日中にこなすことができたので、明日から再び本格的に自分の仕事に取り掛かれそうであり、一安心している。 今回の北欧旅行を通じて、ラルフ・ワルド・エマーソン、エドヴァルド・グリーグ、エドヴァルド・ムンクの三人の人物の仕事に深く触れることができたことは、何よりの幸運であった。それは今回の旅の大きな恵みであったとも言える。 明日以降もしばらくは、これら三人の仕事についてあれこれと考えることが多いだろう。彼らの仕事の業績を考えてみれば、そこから汲み取れることの豊かさは多大なものであることが一目瞭然であり、時間をかけて彼らの仕事と向き合うことが大事になるだろう。 彼らの仕事については書きたいことが山積みとなっており、どこから着手していいのかわからないほどである。そのような状況に現在は置かれているが、焦ることなく、着手できるところから彼らの仕事を通じて考えたことを文章に書き留めておきたいと思う。 フローニンゲンの幻想的な夕方

1439.【北欧旅行記】北欧旅行の帰路に思うこと

昨夜無事にフローニンゲンに戻ってきた。コペンハーゲン空港からフローニンゲン空港に向かう飛行機はとても小さく、初めて乗るような大きさだった。 飛行機の乗り場も空港内の辺鄙な場所にあり、それはコペンハーゲンからフローニンゲンに向かう乗客の少なさを物語っていた。機内は確かに狭いのだが、乗客が少ないためか、比較的快適に過ごすことができた。 飛行機がフローニンゲンに到着する間際に、忘れることのできない美しい光景を目にした。機内前方の窓側の席に腰掛けていた私は、着陸準備に入った飛行機の窓から何気なく外を眺めると、絵も言わぬほどの自然の美を目撃した。 フローニンゲンに張り巡らされた運河が夕日で黄金色に光っていたのだ。飛行機の動きに合わせて夕日の照射角度が変わり、飛行機の進行と足並みを合わせるかのように、運河が黄金色の輝きを見せ続けていたのである。 それは眩しいほどの光であり、運河がどこまでも続く黄金の道のように思えた。それは息を飲むほどの美しい光景だった。ノルウェーでも感じたが、自然の美は本当に偉大である。 飛行機がフローニンゲン空港に到着した。この空港を使うのは今回が初めてであり、やはりとても小さな空港だった。 機内から階段で飛行場に降りた瞬間、牧場の香りが漂ってきた。この香りは時に、自分の自宅近辺でもするものである。 それは全く嫌な匂いではなく、むしろ懐かしさとともに、自分が自然の中にいることを思い起こさせてくれる香りだと言える。 空港からフローニンゲンの中央駅までバスで移動し、そこから歩いて自宅に帰った。歩いている最中、やはりこの街は今の自分にとっての心休まる大切な場所なのだと

1438.【北欧旅行記】コペンハーゲン空港から:自由自在な作曲へ向けて

ベルゲンを出発し、コペンハーゲンに到着した。早朝のベルゲンは小雨が降り注いでいたが、コペンハーゲンは快晴である。 時刻は夕方の四時半を回り、もうそろそろしたらフローニンゲン行きの飛行機の搭乗が始まる。当然ながら列車の移動は旅の趣きがあり、移動中の景色を堪能できるという点において優れている。 しかし、旅から帰る際は、やはり飛行機の方が楽だと感じる。コペンハーゲンのラウンジで随分とくつろぐことができ、今日はゆっくりと自宅の浴槽に浸かれば、明日からまたこれまで通りに自分の仕事に打ち込むことができるだろう。 今回の北欧旅行を通じて、論文という自分の作品創出と日記を執筆するということをより本格的に行っていきたいという思いが強くなった。論文に関しては言うまでもなく、日記に関してもその表現形式が持つ可能性をより深く探求する必要があるだろう。 両者の片方を通じて自然言語による表現をしていくのではなく、両者には異なる人称言語と言語表現が求められるため、開示される知や感覚が必然的に異なったものになる。そのため、どちらか一方が欠けてしまっては、自分の探究が真に深まっていくことはないだろう。 それぐらいに両者の表現形式は重要だ。さらに、オスロのムンク美術館を訪れたあたりから、自分の思考と感覚を作曲を通じて自由自在に表現できるようにしたいという強い思いが改めて湧き上がってきた。 そして、その思いを決定的なものにしたのは、ベルゲンのグリーグ博物館だった。作曲をあたかも論文を執筆するかのように、日記を綴るように自由自在に行いたい。 日記の文章を綴るかのような作曲と論文の文章を綴るかのような作曲の双方が実現さ

1437.【北欧旅行記】エドヴァルド・グリーグとエドヴァルド・ムンクの共通点

エドヴァルド・グリーグとエドヴァルド・ムンク。この二人のエドヴァルドと出会えたことは、今回の北欧旅行がもたらしてくれた最大の恩寵であった。 この二人の思想や仕事について、書き留めたいことが山ほどあり、私が二人のどういった点に多大な感銘を受けたのかをまた改めて書き留めておかなければならないだろう。ムンクが「文芸日記」と呼ぶ日記を執筆し続けていたことは以前に言及した。 昨日グリーグ博物館に訪れた際に、なんと作曲家のグリーグも日記を書く人物だったということがわかった。グリーグもムンクも、大量の文章を書く人だったのだ。 前者は作曲家であり、後者は画家でありながらも、両者が共に大量の文章を書いていたという共通点はとても興味深い。以前から日記の持つ意義やその表現形式としての可能性と不思議な力についてあれこれと考えを巡らせており、今となってはグリーグとムンクの二人が日記を絶えず執筆していたということはとてもうなづける。 グリーグは音楽言語を通じた作曲の創作と自然言語を通じた日記の執筆に絶えず従事し、ムンクはイメージ言語を通じた絵画の創作と自然言語を通じた日記の執筆に絶えず従事していた。二人の偉大な芸術家は、二つの異なる表現形式を絶えず行き来していたのだ。 自然言語にならないものを彼らの主たる芸術言語で表現し、彼らの芸術言語をさらに彫琢していくために、自然言語による日記の執筆があったのだと思えてしかない。自分に置き換えて考えてみると、論文には自然言語でありながらも学術言語という特殊な表現形式があり、それは日記とはやはり異なる言語体系だと言える。 そうしたことからも、自分にとって論文と日記を絶え

1436.【北欧旅行記】ベルゲンでの最終日の朝に

ベルゲンでの四日目の朝を迎えた。今日はいよいよベルゲンを離れ、オランダに戻る日だ。 朝食をゆっくりと摂り、ホテルで少しくつろいでからベルゲン空港に向けて出発したい。今回の北欧旅行は、本当に充実したものだった。 今回の旅を通じて考えさせられたことや得られた感覚などについては、フローニンゲンに戻ってからゆっくりと言葉にしていくことになるだろう。今はまだ流入した思考や感覚が自分の内側で渦巻いている状態であり、それが静かに自己の存在の底に降りていく頃を見計らって、改めて文章として旅の振り返りをしていきたいと思う。 今回の旅の最中、自分の意識状態が日常とは随分と異なっているように思えることがあった。端的には、夢の中の夢にいるような感覚が続き、それでいて自己を超越的な視点から絶えず眺めているような状態が継続していた。 それは街中を歩いている時にも、ホテルの中にいる時にも継続する意識状態だった。旅を日常の延長線上に捉え、日常とひとつながりの連続的なものと認識しようとしても、意識状態は嘘をつかない。 やはり旅は、日常の意識状態から非日常意識に私たちを誘う力を持っている。おそらくそこに旅の一つの醍醐味があるだろう。 私たちは非日常意識に置かれることによって、日常をまた別の視点から捉え直すことを余儀なくされる。そこでは小さな気づきがもたらされるかもしれないし、ハッとするような大きな気づきがもたらされるかもしれない。 これまでの生き方やあり方、そして発想や認識の枠組みそのものを捉え直すような気づきをもたらしてくれるのが、そうした非日常意識であり、それをもたらしてくれるのが旅なのだ。 この世界には様々

1435.【北欧旅行記】あるのは熱情、ただそれだけを持って最後の日まで

グリーグの作曲小屋とそれを取り囲む自然を眺めながらの昼食コンサートを終えると、コンサートホールを後にして、市内への帰りのバスまでの自由時間をゆっくりとトロールハウゲンの自然の中で過ごした。 グリーグが曲に込めたこの自然の恩寵を自分の感覚を通じて確かめるかのように、ノルドオース湖を見晴らすことのできる場所に私はたたずんでいた。しばらくしてから再び歩き出し、気が付けばグリーグ夫妻が眠る墓の前にいた。 木々が生い茂る崖に石碑が埋め込まれている姿を見たとき、これが墓だということにすぐには気づかなかった。よくよく注意をして見ると、そこに二人の名前が彫られていることがわかった。 音楽をこよなく愛し、トロールハウゲンで多くの時間を過ごした二人の声が、辺りの木々の葉の静かな揺らめきとして聞こえてくるかのようだった。バスの発車時刻が迫る。私はトロールハウゲンを後にすることにし、夏の新緑の香りが立ち込める小道を引き返すことにした。 ベルゲン市内に戻ると、天気が崩れかかっていた。ホテルに到着するや否や、突然激しい雨が降り始めた。どこか自分がまだ幻想の世界の中にいるような感覚が続いている。 ホテルのロビーでコーヒーを入れ、自室に戻るのではなく、しばらくロビーで日記を書き留めることにした。フローニンゲンにいた時にグリーグの全曲が収められたプレイリストをSpotifyでダウンロードしていた。 しかし、それは11時間ほどに及ぶ長さであり、昨日改めて聞いていると音が飛んでしまう箇所がいくつかあったため、ホテルのロビーでパソコンを開き、改めてCDアルバムを七つほどダウンロードすることにした。 一番最初にダウンロ

1434.【北欧旅行記】「妖精トロールの住む丘」に建つエドヴァルド・グリーグ博物館より

この世界に存在する表現物の中に、二種類の不要物がある。それは、客観性だけを追求するものと主観性だけを追求するものだ。 残念ながら、どちらの表現物も向き合うに値しない。前者の表現物の無価値さは、知識や概念というものが、本質的には主観性を追求した先に現れる普遍性を体現したものであるということを見落としていることに起因する場合が多い。 一方、後者の無価値さは、感覚や体験というものが、本質的には客観的な普遍性に到達しうるということを見落としている場合に生じやすい。客観性という名の下に、血も肉も感じられない主観性の欠如した表現物ほどつまらないものはないだろう。 逆に、主観性のみを追求する表現物が、ことごとく独りよがりなものに陥り、それが人類共通の遺産にまで昇華していかない姿ほど痛々しいものはないだろう。私が一切認めたくないのは、美の欠落した真であり、真の欠落した美だ。 バスを降り、「妖精トロールの住む丘」と称されるトロールハウゲンの森の中を歩いている最中、真と美を追求し、さらにはそれらを善を包摂したものに具現化していく試みを、これからの一生の仕事の中核に添えることにした。 その試みにそぐわないことは一切せず、その試みに合致するものだけに従事していく。そのようにしか生きないし、そのようにしか生きることができないという強い思い。 内側に沸き立つ熱量で溶解死することができたら何と素晴らしいことだろうかという熱望感。自らの血で生み出された決意を持ちながら、私はグリーグ博物館の入り口に向かって森の中を歩いていた。 ノルウェー人のガイドの青年の後を30人ぐらいのツアー参加者がついていく。「妖精トロー

1433.【北欧旅行記】エドヴァルド・グリーグの熱量に引き寄せられて

エドヴァルド・グリーグ博物館に訪れることができたこと、そしてグリーグというノルウェーを代表する作曲家の思想と生き方に触れることができたこと。それらはどちらも今回の北欧旅行を語る上ではなくてはならないものであり、今日の感動を忘れることはないだろう。 ベルゲンの魚市場近くの観光案内所から予定通りにバスが到着し、市内から10kmほど南下したトロールハウゲンに向けて出発した。バスは満席となり、このツアーの人気の高さを物語っていた。 バスで博物館に向かう最中、バスのガイドを務めてくれたノルウェー人の青年が、グリーグに関する歴史を語ってくれた。私はガイドの話に耳を傾けながら、バスの窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。 ベルゲンの漁港とその背後に広がる小高い山、そして山の中腹に建てられた色彩豊かな家々に、私は目を奪われていた。コペンハーゲンやパリの街を訪れた際、二つの街が持つ歴史的・文化的な硬質さに圧倒される瞬間が少なからずあったことを以前述べた。 そうした硬質さは、歴史的・文化的な密度と形容して差し支えなく、両者の街が備え持つ偉大さだと言ってもいいだろう。しかし、私はコペンハーゲンやパリで生活をすることはできないという思いを持っている。 歴史的・文化的に凝縮されたものに自らが窒息してしまいそうになるのだ。ベルゲンの街が持つ歴史も、コペンハーゲンやパリが持つそれと引けを取らない。 しかし、この街は自分が求めている生活のあり方に近いものを宿している。私は決して、ベルゲンの街に歴史的・文化的な密度が無いと言っているのではない。むしろ逆に、ベルゲンはそうした密度を持っている。 だが、その密度の

1432.【北欧旅行記】エドヴァルド・グリーグ博物館へ向けて

エドヴァルド・グリーグ博物館へのバスツアーに参加するために、そろそろホテルを出発しようと思う。バスはベルゲンの観光スポットの一つである魚市場の観光案内所から出発する。 今日もホテルの朝食を十分に食べた。相変わらずノルウェーサーモンの新鮮さには舌鼓を打ち、このレストランの素材にこだわった朝食には本当に満足である。 朝食があまりに美味しいため、昨日からランチボックスを購入し、それを夕食に食べることにしている。今朝もランチボックスを購入し、自分の好きなものを詰めた。 昨日に感じていた身体のだるさは随分と良くなったが、まだ完全に回復したとは言えないようだ。その影響は精神にも及んでおり、自分の言葉がなかなか滑らかに出てこない。 思考が鈍重な感じがやはりしている。そこから改めて、身体の調整がいかに重要かに気づかされる。「体は資本」と言われることがあるが、資本などと表現してはならないほどにそれが重要なものであることを思い知らされる。 今日も無理をせず、グリーグ博物館から市内に戻ってきたら、人混みを避け、ベルゲンの自然を堪能できる場所をゆっくりと散歩しようと思う。まさにムンクが身体と精神の療養を図るために自然の中で生活をしていたように、自然の治癒力に預かりたいと思う。 今朝は過去の日記を読み返し、日記というのはその瞬間のその場限りの思考や感覚などを記録していながらも、それが未来の自分へ宛てた手紙のような役割を果たすことがあることに気づいた。あるいは逆に、日記は未来の自分から送られた手紙としての役割を担うことがある。 日記を日々の出来事の記録にとどめるのではなく、それが一つの学術的・芸術的な意味

1431.【北欧旅行記】ベルゲンでの三日目の朝

ベルゲンでの三日目の朝を迎えた。早朝起床してみると、喉の痛みもほぼ完全に取れ、すっかり体の調子が戻っていることに気づいた。 昨日は日中から体がとてもだるかったので、そのだるさが取れていることは嬉しい。今日も寒さには気をつけなければならないが、活動できるほどの状態に身体が回復したことは一安心だ。 その他にも、今日の天気が晴れであることは嬉しい限りである。昨日は少しだけ雨が降る時間帯もあったが、基本的には美術館の建物の移動だけしかなかったので、全く雨が気にならなかった。 昨日は一日中雨が降る予定だったが、雨は断続的であり、昨日の予報では今日も雨だったのだが、早朝の予報では晴れとのことである。今回の北欧旅行中、不思議なほどに天気予報が外れる。 厳密には、一日単位で天気が目まぐるしく変化し、自分が街から街へ移動するたびに天気が大きく変化しているかのようなのだ。いずれにせよ、今日は観光日和だと言える。 ベルゲンでの三日目に何を計画していたかというと、ベルゲンの街から南に10kmほど下ったところにあるエドヴァルド・グリーグ博物館に足を運ぶことだった。しかしながら、よくよく調べてみると、その博物館に行くための公共交通機関がグーグルマップに表示されることはなく、歩くと片道二時間かかるという表示しかなかった。 天気予報では三日目は雨であったから、ここを訪れるのを諦めようとしていた。しかしさらによく調べてみると、ベルゲンの市内からその博物館の近くまで路面電車が走っていることを知った。 「北欧のショパン」と形容され、ベルゲンの街が生んだノルウェーを代表するこの作曲家をより深く知りたいという思いから、

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