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577. 推測的理論の検証のためのダイナミックシステムアプローチ


流れ星を眺めるかのように、今日という一日もあっという間に過ぎ去っていった。フローニンゲンで生活を始めてから四ヶ月が経つが、まだそれくらいの期間しか経っていないのか、という思いを持っている。

メソな時の経過は比較的ゆったりとしたものに感じられるが、ミクロな時の経過はとても早く感じられる。書斎の窓から見える景色が、その日を終える準備をし始めている様子が見て取れた。今日は、時折小雨の降る一日であった。

昨日と同様に、今日も集中的に文献と向き合っていた。今日の文献調査は、自分の研究と直接的に結びついているものというよりも、間接的に自分の研究を下支えしてくれるようなものである。専門書や科学論文というのは、自分の関心に合致するものを探せば探すだけ見つかるものであるため、この作業に終わりはない。

研究者として、こうした作業を生涯にわたって積み重ねていく必要があるのだろう。文献調査と実際の研究を進めていく過程の中で、徐々に自分の知識体系が構築されていくはずである。 ここ数年の間、特に注目をしていたのは、元フローニンゲン大学教授ポール・ヴァン・ギアートの仕事であった。ヴァン・ギアートは、カート・フィッシャーの長年の共同研究仲間であると同時に、ダイナミックシステムアプローチを発達科学の世界に導入した功績者である。

フィッシャーの執筆した論文に比べ、ヴァン・ギアートの論文には数式モデルが活用されることも多く、さらには、発達科学に関するメタ理論的な観点が盛り込まれていることが多いため、読み解くのはなかなか難解である。

そうした事情もあり、特にこの数年間は、まずフィッシャーの論文を中心に読み、その後、フィッシャーとヴァン・ギアートの共著論文を読む、ということを行っていた。フィッシャーの研究論文を時系列でほぼ全て読むことに目処が立ったため、同じ作業をヴァン・ギアートの研究論文に対しても行おうと思っている。

今日は、ヴァン・ギアートの論文リストを眺め、まだ手元にない論文を全てダウンロードする作業をしていた。これから本腰を入れて、ヴァン・ギアートが構築した理論体系と思想体系を理解していきたいと思う。

知性発達科学に関する自分なりの知識体系を構築する際に、ヴァン・ギアートとフィッシャーの仕事を避けて通ることはできない。 今日の午後、私の論文アドバイザーのサスキア・クネン先生の論文を読んで、大きな感銘を受けた。端的に述べると、ダイナミックシステムアプローチを活用した発達研究の可能性に対して、目を開かされるものがあったのだ。

そのきっかけを産んでくれたのが、 “The art of building dynamic systems models (2012)”と “Development of meaning making: A dynamic systems conceptualization (2000)”という二つの論文である。これらの論文では、ロバート・キーガンの理論モデルに対してダイナミックシステムアプローチを適用し、その理論モデルを検証するということがなされている。

何に感銘を受けたのかというと、ダイナミックシステムアプローチのシミレーション手法は、既存の推測的な理論モデルを検証する際に、非常に大きな効力を持っている、ということであった。振り返ってみると、知性発達科学の世界に参入し始めた初期は、ケン・ウィルバーなどの、科学者ではない思想家の発達モデルに強い関心があった。

ウィルバーの発達モデルは、極めて射程が広く、かつ密度の濃いいものであることは誰しもが認めることであろう。しかしながら、注意が必要なのは、ウィルバー自身は決して生粋の研究者ではなく、彼の理論モデルには、実証研究でまだ解明されていないような推測的な記述が多数盛り込まれている、ということである。

ウィルバーの発達理論と真剣に長く向き合うことによって、徐々に、推測的な記述の存在が浮き上がってきたのである。だが、そうした推測的な記述が多分に含まれていたとしても、全体としての理論モデルが依然としてこれほどまでに強力であることは、やはり目を見張るものがある。

ウィルバーは、自身のことを「物語作家」であると述べていたが、まさに優れた物語作家だとつくづく思わされる。その点に関して、「何かを物語る」というのは極めて難しいことであると最近思う。

実際に自分が知性や能力の発達に関して、何かを説明する際に、その説明がどれほど実証的なものなのか、推測的なものなのか、ということを気にしている自分が少なからず存在している。ここで推測的なものを安易に排除してしまうことは、非常に大きな問題があるように思う。

最大の理由の一つには、推測的な理論が必ずしも誤ったものであるとは限らない、というものである。上記の論文で私が感銘を受けたのは、ロバート・キーガンの発達理論の中にも、推測的な理論モデル——例えば、葛藤量と発達段階の関係に関するモデル——が含まれているのだが、クネン先生が実証データをもとに、ダイナミックシステムアプローチを活用したシミレーション検証を実施した結果、キーガンが提唱したその推測的な理論モデルが正しいことがわかったのである。

推測的な理論モデルの正誤を判断するのは非常に難しいため、このようにシミレーションを活用した理論モデルの検証は、科学的な知見を進歩させていくことに大きな貢献を果たすと考えている。結局のところ、知性発達科学は何を明確に物語ることができて、自分は何を明確に物語ることができるのか、という問題はまだ解決していない。

科学理論を創出することも難しければ、科学理論を正確に解釈することも難しい。科学を哲学的な探究対象とする「科学哲学」に関心を持ち始めている背景には、どうやら上記のようなことが関係しているのだと思う。2016/11/30

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