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306. 対人支援産業について思うこと


「洋平、それは自分よりもサスキアの方が詳しいから彼女に質問してみることをお勧めするよ」ということを、私がフローニンゲン大学で在籍するプログラムの責任者であるルート・ハータイに言われたことがある。

ルートの対応はいつも実に誠実かつ紳士的であり、彼は私のメンターでありながらも、彼とは一生涯友人としての交友関係を持ちたいと思うような人物だ。これは何もルートに限ったことではなく、カート・フィッシャーなどの優れた研究者の方々と話した時にも感じたのだが、自分の専門領域が何なのかを熟知し、その分野に対して誠実な研究者ほど、自分の専門以外の話題に関して他のスペシャリストがいればその人物を紹介する、ということが慣行として行われているように思う。

こうした慣行は何も、自分の専門分野に固執して、自分の専門領域以外のことには関心がない、という態度を表しているのではない。それとは真逆であり、自分の専門領域を適切に把握し、自分の専門分野以外の研究にも等しく関心を払っているために、自分よりもふさわしいと思う人物を紹介する、という態度の表れなのだと思う。

ここでふと考えさせられたのは、人間の発達や治癒に関わる対人支援者はしかるべき時に、しかるべき人物にクライアントを紹介できるだけの資質を持ち合わせているのかどうかという点だ。

ジョン・エフ・ケネディ大学在学中に、私はカナダに赴き、インテグラル理論をもとにした発達支援コーチングの専門資格を一年間かけて取得した。資格を取得して以降、発達支援に特化した知識とスキルを向上させるべく、最初は大学の関係者を中心に様々なクライアントを募っていた。

その時、60歳を超す一人の神父が私のコーチングを受けたいと願い出てきた。最初のセッションですぐにわかったのだが、この神父が抱えているトピックというのはキリスト教に関する深い知識がなければ到底理解できるようなものではなかったし、この方が同性愛者であるという点においても性に関する心理学的な知識がなければ話を正確に理解することはおろか、この方の支援を行うことなどできないと思ったのだ。

そうした理由により、私は他のコーチを紹介することにした。サンフランシスコ在住時代は、サイコセラピストの方と交流を持つことが多かったので話を聞くと、米国のサイコセラピーの現場においては、自分の専門知識とスキルを勘案し、クライアントが抱える課題が自分の手に負えない場合、他のサイコセラピストを紹介(リファー)することがほぼ義務付けられていると言っても過言ではない。

思うにこうした慣行は、クライアントの利益を最優先させるために不可欠なものであり、セラピストが自分の力量を遥かに上回るクライアントを無理に支援しようとするのは、クライアントにとって百害あって一利なしだと思うのだ。

これはもちろんクライアントの精神的な治癒を支援するサイコセラピストのみならず、クライアントの精神的な発達を支援するコーチにも等しく当てはまる話だろう。「コーチング」と一口に言っても、それが意味する射程は非常に広く、自分の専門分野が何であり、守備範囲はどこまで及んでいるのかをコーチは的確に把握しておく必要があると思うのだ。

それらが特定できないというのは明らかに三人称的視点の欠如であり、こうした三人称的視点はロバート・キーガンの段階モデルで言うところの「段階4」に到達するあたりで芽生え始めてくるものである。そのため、三人称的視点の欠如は、そのコーチが慣習的段階に留まっていることをそっくりそのまま示すのだ。

私自身もリファーの数は一つだけであり、単純に数の問題に還元することはできないが、それでもしかるべき時にしかるべき人物にどれだけリファーすることができたかが、ある意味その対人支援者の倫理能力と自己客体能力を如実に映し出していると思うのだ。

「コーチングというのは、コーチがしかるべき知識とスキルをそれなりに持っていれば、どんなクライアントに対しても支援が行える」というのは、コーチング関係者の戯言に過ぎず、往々にしてそうした発言の出元は、商業的な地位をより強固なものにしようとするコーチング業界の慣習的なスローガンに他ならない。

コーチング業界が経済的に繁栄をするためには、多くの潜在的なクライアントが必要であり、そうした多数の潜在的なクライアントを獲得することをコーチに促すような意図が、上記の甘言に内包されているのである。

これは私の周りにいるコーチ達自身から聞いた話だが、日本のコーチング関係者の中には未だ上記のような発想を保持している方が多いそうだ。多くのコーチがそうした発想を未だに保持していること自体が、慣習的な物の見方に縛られていることの明確な証拠に他ならず、日本のコーチング業界の未成熟ぶりが露呈されていると思う。

対人支援者にとって何にもまして重要なことは、自分の狭い発想と自分の小さな器にクライアントを押し留めないことだと思うのだ。自分の力量を遥かに凌ぐ課題を持ち合わせたクライアントに遭遇した時、どれだけリファーできるのかが、対人支援産業の質と発展に関わってくるのだと思う。

少なくとも、「紹介する勇気」を持ち得ない対人支援者は、対人支援の専門家としての資格はないだろう。

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