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1080. 「サンプルアプローチ」を導入した大学入試の選抜方法について

今日は六時前に起床し、早朝から論文を三本ほど読み進めていた。それは現在履修している「タレントアセスメント」で取り上げられているものである。 最初の論文は、このコースを担当するスーザン・ニーセンとロブ・メイヤー教授が執筆したものであり、その次に目を通した論文は、二人の論文に対して建設的な批判が加えられたものである。 また、最後に読んだ論文は、その建設的な批判に対してさらに二人が意見を述べるというものであった。一連の論文を読みながら、いろいろなことを考えさせられた。 まずは内容として、それらの論文で扱われていたのは大学入学の選抜方法に関するものであり、これらの論文は重要な示唆を与えてくれる。高校時代のGPAや筆記試験などの旧態依然とした評価方法の信頼性と妥当性を科学的に検証し、「サンプルアプローチ」というユニークな方法を提唱していることが印象に残っている。 論文を読みながら、私たちの知性や能力、そしてモチベーションというものが、領域全般的なものではなく、領域固有的なものであるがゆえに、旧態依然とした選抜方法では随分と多くのことを見逃してしまうと改めて思った。 サンプルアプローチとは、例えば、心理学を専攻しようと志す高校生に対して、入学前に、実際に大学が提供する心理学のコースを模した学習機会を与え、そこでのパフォーマンスを評価するようなものを指す。 既存の選抜方法で課せられる各種のアセスメントは、知能検査のような領域全般型の特徴を帯びており、それでは領域固有に発揮される私たちの知性や能力を正しく測定することなどできない。 サンプルアプローチを導入するにあたっては、費用の問題も含め、色

1079. 教育への関与を示唆する夢

起床直後、部屋の窓を開けて新鮮な空気を取り入れた。五月も半ばを過ぎ、ようやく早朝の寒さも無くなったため、朝起きてすぐに窓を開けれるようになった。 窓を開ける時、東の空から太陽が昇るのが見えた。じんわりと明るい色を発する朝日を見ていると、今日という一日がまたゆっくりと始まることを実感する。 何種類かの小鳥たちが、それぞれ異なる鳴き声を発している。その声が早朝の清澄な空気に染み入るように広がっていく。 私は、早朝の太陽を拝み、朝日に向かってまっすぐに伸びていくような高らかな小鳥の鳴き声を聞きながら、一日を開始する覚悟を持った。 昨夜は夢の中で、私は学校の教室で生徒として授業を受けていた。私の夢は、教育に関するものが多いことに気づく。 昨日見た夢の中には、幼少期の頃にお世話になっていた先生や当時の友人たちが現れていた。そうした夢とは異なり、成人教育に関係するような夢を見ることもある。 夢の状況設定を分類してみると、教育に関する夢は頻繁に現れる。それを考えてみると、子供の教育や成人の教育に関心のある私の傾向と夢の傾向は足並みを揃えている。 もう一歩踏み込んで考えてみると、顕在意識にせよ、無意識にせよ、なぜ教育というテーマが私にとって重要なのかという問題に突き当たる。今の私は、こうした根源的な関心は、自己の根幹と密接に関わったものであるとしか言いようがない。 そして、このような主題こそが、自分の人生をかけて取り組んでいくべきものなのだと思う。 昨夜の夢では、一人の友人が、先生からの質問に窮している場面に出くわした。先生からの質問は、それほど難解なものではなかったが、その友人は質問

1078. 多感覚的文章と探究活動について

漠然と、「見つめる文章」「聞き入る文章」「香る文章」「触れる文章」「味わう文章」などについて考えていた。それらはどれも私たちの五感と密接に関係した文章だ。 五感覚を刺激するような文章と出会うとき、私は食い入るようにそれらの文章に夢中になることがある。どうやら、自分にとっては、五感覚を刺激するような文章は「食い入る」ように「味わう」対象なのだということがわかる。 そして、時折、五感を超えて、第六感を刺激するような文章が稀に存在することも知っている。それは、五感覚を通じてでは決して感得できないような文章だ。 それは、存在や生命が宿るような文章であり、私はいつもそうした文章から大きな励ましを受ける。今日もそのような一日だった。 午前中、私は第二弾の書籍の細かな修正を行っていた。その作業が完了した時、気が早いのだが、第三弾の書籍について思いを馳せていた。 すでにテーマは決まっており、書く内容についても大枠が固まっている。だが、その大枠を埋めるための密度を確保することは、今の自分にはまだ実現できない。 実現させようとする密度とどれだけの隔たりがあるのかを確認するために、この夏に原稿を書き始めてみるかもしれない。 半年ほど前の私は、この夏に第三弾の書籍の原稿を全て書き上げることを決めていた。しかし、今の自分の内面の成熟度合いを持ってして、実現させようとする内容を納得のいく形で書き上げられるのか少しばかり懸念が残る。 第三弾の書籍に関しては、正直なところ出版をそれほど焦っていない。焦ることなく、深めていくべきことを愚直に深めることを最優先としたい。そのようなことを思っていた。 そうし

1077. 昨年の今日

夕食時、食卓の窓からぼんやりと空を眺め、昨年の今日を振り返っていた。昨年の今日に私が何をし、何を考えていたのかは、過去の日記を見ればそこに書いてある。 だが、そのように個別具体的な事柄を振り返っていたわけでは決してなく、昨年から今日に向かって起こった一つの円転運動について考えていた。あるいは、漠然とその円転運動の始まりである昨年の今日の自分について思い返していた、と言った方が正確かもしれない。 昨年の今日、私は今と同じように空を見ていたはずだ。それが日本の空であろうと欧州の空であろうと関係なく、同じ空を見ていたということが重要であり、今は同じ空から違うものを汲み取っているということが大切だ。 欧州に来てからしばらくの間、私はなぜだか空をよく眺め、特に飛行機雲の行方を見守ることがよくあった。ここ最近はめっきりそうしたことが少なくなっていると思いながら、先ほどはずっと飛行機雲を眺めていた。 一筋の長い飛行機雲が空に見える。それは東から西へ動いていた。 飛行機雲の先端がどんどん西へ伸びていき、最後尾の飛行機雲がゆっくりと消えていく様子をじっと眺めていた。その時の私は、人生の中でそれしかすることがないかのように、飛行機雲の動きだけをただ見つめていた。 昨年の今日から今年の今日にかけて、地球は確かに一回転したが、果たして自分の内側ではどれほどの円転運動があったのだろうかと考える。昨年の今日の私と今年の今日の私を眺めた時、巨視的な観点から眺めるとそれは同一の地点にあるかのように見える。 しかし、微視的な視点でそれらを眺めた時、その位置にズレがあることがわかる。このズレが私にとっては大事

1076. 春風が薫る頃に思うあの冬

春風が薫るような一日だった。昨日と同様に、今日も春の暖かさと穏やかさを象徴するような日であった。 午前中に修士論文の全体の体裁を整えていく作業を始めた。論文の “Abstract”を執筆し、 “Introduction”から順番に文章を修正していく作業をいよいよ開始させた。 “Introduction”は随分と前に書き上げていたものであり、本日改めて読み返してみると、その後の文章の展開から考えると修正しなければならない箇所が散見された。そうした箇所を削除したり、新たな言葉を与えていくことは、建築的な営み以外の何物でもなかった。 40ページにわたる全体のうち、7ページほどの手直しを加えたところで手を止めた。明日から四日間にわたって、フローニンゲン大学が主宰するアイデンティティの発達に関する国際会議に出席する。 今回は発表者ではなく、会議の運営を支える者としてこの会議に参加する。この四日間に運動をする時間的な余裕がとれないであろうことを考慮し、今日は昼食前にランニングに出かけた。 曇り空の先日に走った時と比べ、今日の私の足取りはとても快調であった。走ることは、私の身体と精神の調整に不可欠であり、身体と精神のリズムとでも言うべき新たな調性を生み出すために重要である。 午後から再び仕事に取り組み、夕方から読書に耽っていた。私は、春の到来を喜ぶのと同時に、喜びの背後に存在する別の感情に気づいていた。 春が近づくということは、あの得体の知れない、自己を押し潰すような異常な孤独さをもたらす欧州の冬が近づくことを意味していた。欧州で経験した初めての冬、筆舌に尽くしがたいほどの孤独さに苛まれるこ

1075. 作曲実践と翻訳書について

昨夜も夜の八時から九時の時間にかけて作曲の学習と実践を行っていた。日が沈む時間がとても長くなり、十時を過ぎてからようやく日が沈むようになっている。 明るい外の景色を眺めながら、作曲の実践書通りに作った音を聞いていた。本当に少しずつであるが、毎日自分が作曲に関する新たな学びを得、表現できることの幅が少しずつ広がっているのを実感する。 目には見えない静かな進行こそ、学習や発達の肝なのだと改めて思う。現在はもっぱら、ト音記号が付されている五線譜上の上段部分に絞って音を作るようにしている。 今後しばらく上段部分に絞って音を作っていくことになるだろうが、常に下段部分との関係も頭の片隅に入れておこうと思う。昨夜もベートーヴェンのピアノソナタの楽譜を眺めていた。 すると、当然だが、様々な拍子の曲があることに気づいた。その時、4分の4拍子や4分の3拍子など、拍子はどのタイミングで決定すればいいのかについて疑問を持った。 現在は、4分の4拍子の五線譜上で曲を作っている。ベートーヴェンのような作曲家は、拍子をいつどのような基準で決定していたのだろうか。 表現したい主題や旋律があらかじめあり、それに合致する拍子を選んでいくのか、拍子を先に決定しておいて主題や旋律を表現していくのか、その辺りがまだいまいち掴めていない。そのような問いを生み出すことができたので、自分の内側で問いに対する回答とさらなる問い返しが来ることを待ちたい。 時間を遡り、昨日の午後、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』という作品が非常に気になっていた。私はこれまでこの書籍を読んだことがない。 無性にプルーストが残したこの

1074. 楽譜の筆写から得られたこと

「これを生み出すにはどのような手順を辿る必要があるのだろうか?」そのようなことを昨夜思わされた。 昨夜は、夜の八時から九時までの時間を使って、作曲の学習と実践をしていた。手元には、非常に親切な作曲の実践書が三冊と音楽理論を実践と共に学べる専門書が一冊ほどある。 昨日は、実践書のうちの一冊を取り上げ、書籍の項目順に作曲の実践を行っていた。ある意味、これは作曲に関する基礎的な知識と技術を習得するための作業である。 その後、私が意識的に行っている作曲学習法に移った。それは、ベートーヴェンのピアノソナタの楽譜を書き写していくという実践だ。 厳密には、私は作曲ソフトを活用しているため、手書きで楽譜を書き写すのではなく、コンピューター上の五線譜に、一つ一つの音符や演奏記号を並べ、ベートーヴェンが残した楽譜を完全に再現するようなことを行っている。 これと似たようなことを、私は学術論文の型を学ぶ際に行っていた。実際のところ、今でも毎朝時間を取り、専門書や論文を手書きで書き写すということを行っている。 これは英語だけではなく、一時期は日本語に関しても行っていた。これは今でもやらなければならないことだと思うのだが、特に二十代の後半に、硬質な語彙と文体を持つ和書を手書きで書き写すということを行っていた。 その際に取り上げていた書籍は、井筒俊彦先生の『意識と本質』と『東洋哲学覚書:意識の形而上学』であった。今はめっきり日本語の文章を書き写すことはなくなったが、どこかの機会に再び文体や語彙の鍛錬をしなければならないような気がしている。 自分が優れていると思う書籍や論文を書き写すのと全く同じように、ベ

1073. 言語的麻痺

今日は早朝から、「成人発達とキャリアディベロップメント」のクラスに参加した。このコースもちょうど半ばを超え、最終課題と最終試験が少しずつ近づいてきている。 それにしても、このコースはいつも不思議な感覚を私に引き起こす。このコースは、産業組織心理学科に属するものであり、産業組織心理学は経営学と心理学の横断的な学問領域でありながらも、私からしてみれば、そこで扱われる文脈が企業組織のものであるがゆえに、心理学よりも経営学に寄っているのではないかという印象を持っている。 私の学士号はまさに経営学であり、さらには、最初のキャリアも経営コンサルティングであったにもかかわらず、このコースで取り扱われる諸々の言葉が真新しく思え、たいていの場合、それらが意味することがすんなりと頭に入ってこない。 つまり、いつもこのコースを受講している最中は、頭の中が真っ白になるような状態に陥るのだ。そこから私は、このコースで取り扱われる諸々の言葉を経営学に属するものと考えるのではなく、ましてや、心理学に所属するものとみなさすのでもなく、自分にとって新しい言語領域だと思うようにした。 一年目のプログラムの最後の学期に、まさかこのように理解が及ばない領域と遭遇することになるとは思ってもみなかった。また、そこで扱われる言葉が確かにこれまでの私には馴染みのないものであるのと同時に、産業組織心理学の研究手法と根幹の発想が、やはり旧態依然としたものであるという印象を拭うことができず、それが私の内在的な関心を弱めているのかもしれない。 このコースで取り上げられている論文を全て読んだが、どれも集団を相手とし、古典的な統計手法を

1072. 二つの夢から

息を切らすような夢だった。昨夜の夢の中、私はホッケー場のような場所で、ホッケーなのかサッカーなのかよく区別がつかない競技をしていた。 それは重要な試合のようだった。会場に遅く到着した私は、前半を観戦して過ごし、後半から試合に出場することになった。 私のチームが見せた前半の不甲斐ない戦い振りに対して、私は幾分苛立ちの感情を持ちながら、気持ちが高揚していたようだった。フィールドに入り、後半が始まるや否や、猛然と相手に向かい、後半開始早々に私は得点を奪った。 メンバーは年長者も多い中、得点を奪った後の私は、メンバーを鼓舞するような罵声にも似た言葉を彼らに投げかけていた。そこからは、攻撃も守備も全て一人で行おうとするような孤軍奮闘を見せ、息を切らしながら、闘うことが何なのかをメンバーに伝えようとするような自分がいた。 そこで一度目が覚めた。時刻を確認すると、早朝の四時半だった。少しばかり時間が早いと思ったため、再び眠りにつくことにした。 再度夢の世界に入ってみると、そこは銃撃戦が行われる戦場のような場所だった。しかし、それは屋外ではなく、近代的な建物の中だった。 日本人と思われる仲間と陣形を組み、身を守るために、悪だと認識する人間を次々に倒しながら私たちは建物の中を進んでいた。陣形の最前線にいた私は、何か明確な基準を持って善悪を判断しているようだった。 建物の中にいる人間の国籍は多様であり、善悪に国籍など関係なかった。人間の内側の何かが善悪を規定しているのだ。 その何かを元にして、悪人かどうかを一瞬にして見極めながら打つか打たないのかを判断しながら、建物の奥深へ進んでいった。すると、同

1071. 作曲への取り組み方の変更

今日はこれから作曲の学習と実践に取り組みたい。これまで週末にまとまった時間を確保して作曲に取り組もうとしていたのだが、意外と時間が確保できなかったりすることが多く、作曲の探究は非常に足取りが遅い。 足取りが遅いことに関しては別段問題ではないのだが、問題は作曲と向き合う時間をきちんと確保できないことが時々があるということだ。週末にまとまった時間を取ろうとすると、逆にそうした意識が作曲に取り組むことから私を遠ざけているように思えた。 私は、何かの対象と真摯に向き合うときには、必ず毎日それと向き合いたいという抑えがたい思いが湧き上がる。作曲に関してもまさにそうした思いが湧き上がっていたにもかかわらず、それを抑える形で週末に作曲と向き合うとしていたことが問題であったことに気づいた。 今日から、少なくとも、夕食後の夜八時から夜九時は、作曲の学習と実践に充てたいと思う。まとまった時間の中で何かに一気に取り組むのは私の特性と合致しておらず、やはり毎日少しずつ取り組むのが私の特性に合っているのだと思う。 最近、日常の中に新たな習慣が入り込むことが多くなっているが、作曲の学習と実践は、日々の最後の習慣としたい。当面は、これ以上習慣的なものを設けないようにしたい。 作曲に関しても、人間の成長と全く同じように、それが少しずつ深まっていく様子と共にありたい。公園に植えられた花々がいつの間にやら咲き誇っていたように、大海をゆっくりと進む船が気づかない間に途轍もない距離を移動していたように、目には見えない進行を常に感じながら、作曲に取り組みたいと思う。 私が求めるのは、建築家が建築物を一つ一つ構築して

1070. 春らしい一日の中の不必要な焦り

今日は少しばかり、目には見えないような精神的焦りを抱えているようだった。先日のサスキア・クネン先生とのミーティングで得られたフィードバックを元に、午前中に修士論文の手直しを行った。 その作業は非常に順調に進み、あとはいよいよ論文全体の細かな体裁を整える段階に入った。今週の水曜日や週末にそれらの作業を行えば、最終原稿のドラフトが完成することになるだろう。 一つの建築作業が一つの形として結実し、その最終成果物がまた次の建築作業の土台となることを実感している。論文を書き終え、少しばかりダイナミックシステム理論に関する専門書に目を通していた。 しかし、そこで記述されている内容が私の頭にすんなりと入っていくことはなかった。いや、記述内容を概念的な次元で理解をしていたことは確かのだが、そのような次元で何かを学ぶことが全くもって取るに足らないことのように思えたのだ。 おそらく私は、概念的な次元で何かを学ぶのではなく、自分の全存在をかけて対象と向き合いたいという思いがあり、また、それにふさわしいだけの対象を見極めていく必要があるのだと思った。 食欲もないのに食べ物を摂取するかのごとく、その書籍を計画していた箇所まで読み終えて、本を閉じた。昼食を済ませ、少し一息入れたところで、私はフローニンゲン大学のメインキャンパスに向かうことにした。 明日の講義に必要な発表資料を印刷するためである。メインキャンパスの図書館が工事を終え、内装が見違えるように綺麗になっていた。 図書館の入り口の左手に、大学の名前と絵画的な模様が刻まれた石碑が壁にかかっているのを見つけた。私はそれをぼんやりと眺めていた。 現代的に

1069. ひたひたと近寄る存在と夢

埴谷雄高氏の『死霊』という作品が頭から離れない。この書籍を一昨日に購入して以降、何か不気味なものが近寄ってくるような感覚がする。 この不気味さは、否定的なものというよりも、好奇心と呼ばれる感情の核にあるような、近寄ってはならないものに近づきたいという感覚質に近い。普段、仮に書籍をオンラインを通じて購入した際には、注文から書籍が届けられるまでの間は、その書籍に対して非連続的な感覚しか持たない。 確かに、書籍が届くのを待ち遠しく思うような瞬間が訪れることがあるが、それでも、注文という瞬間と書籍が届く瞬間は二つの点でしかなく、また、その二つの点の間には距離がある。物理的にも、注文した書籍はどこか別の場所にあり、それが実際に自宅に届けられるのを待つとき、注文時に書籍が存在する地点から自宅までの地点との物理的距離が少しずつ縮まっていくのを逐一気にしていない。 つまり、物理的な距離に関しても、私は、書籍の輸送を単純に二点間の非連続的な移動にしか捉えてないということだ。そして、精神的な距離に関しても、注文した書籍の存在を二点間の非連続的な移動として捉えている自分がいる。 しかしながら、注文した埴谷雄高氏の作品は全く別な感覚を私に引き起こす。『死霊』という作品が、日本からオランダに向けて、ひたひたと歩み寄ってくるのがわかるのだ。 薄気味悪い存在が静かに近寄ってくる様子は、私たちに不可避に訪れる死というものが歩み寄ってくる様子に似ているように思えた。一方で、不気味なものを漂わせる『死霊』という作品に対して、私が好奇の目を向けていることは間違いなく、そうであるならば、「死」という現象の薄気味悪さの

1068. 友人との夕食より:言葉の呪術的側面

昨日は、中国人の友人であるシェンと夕食を共にした。フローニンゲンの街の中心部にある日本食レストランに行き、三時間半ほど歓談を楽しんだ。 シェンは現在所属している言語学修士課程を修了したら、いったん中国に戻り、ヘルシンキ大学かオスロ大学で博士課程の空きのポジションが出たらそこに応募し、近い将来に博士課程に進学することを志しているそうだ。 気づかないうちに夜の10時近くまでシェンとあれこれと話をしていた。ディナーテーブルに腰掛けるや否や、シェンから孔子の『大學・中庸・論語』の原著を贈呈してもらった。 これはかねてからシェンに依頼をしていた書籍であり、ちょうどシェンが中国に一時帰国した先日に、本書を購入してくれたのだ。その場で私は書籍の包みを開け、中身を見ると、簡略化された現代中国語ではなく、古典中国語であることが嬉しかった。 私にとっては、簡略化された現代中国語よりも、古典中国語の方が姿形から意味を推察しやすいのでとても有り難い。ちょうどシェンの母が七月にフローニンゲンに来るとのことであり、その時にもまた中国の古典を購入してきてくれると申し出てくれた。 なにやら中国では、新品の書籍でも極めて価格が安く、私がもらった孔子の書籍も日本で購入すれば二千円はするであろうと思われるが、中国では二百円ほどで購入できるそうだ。シェンの厚意に甘え、老子の『道徳経』と荘子の『荘子』を購入してきてもらうことにした。 とりわけ今の私は、老師以上に荘子の思想に惹かれるものがあるが、どちらの書籍も楽しみだ。中国の思想と日本古来の思想を本格的に探究するのは、随分と後になってからのことになるだろうが、その日はい

1067. 遍く幸福感から

夕方、私は恍惚とした感情に包まれていた。仕事をしていて幸福感を覚えるのは、生きていて幸福感を覚えるのと全く同じことだとわかった。 つまり、仕事を通じて得られる幸福感と生きることを通じて得られる幸福感が等質であるということだ。仕事から得られる充実感と生きることから得られる充実感が、限りなく等しいものであることに前々から気づき始めていたが、それらが完全に一致するものであるとは知らなかった。 仕事と一体化することによって得られる幸福感、生きることと一体化することによって得られる幸福感を得たとき、「所有とはなんだ」という問題にぶつかった。これは、今の私にとって、投げかけてはならない問いだった。 というのも、「所有」という意味を考える手立てが整ってもいなければ、その問いを考えるための精神的な準備もできていないからである。「所有」という言葉の意味を直接的に考える代わりに、私は、「幸福感を得た」という自分の表現について見直していた。 先ほどの私は幸福感を「得た」のだろうか。それは、獲得され、所有されるような類いのものだったのだろうか。そのような問いが私の中に立ち現れた。 幸福感というものは、本来、獲得されるようなものでも、所有されるようなものでもないはずである。それこそ、幸福感というのは、全ての瞬間に遍く存在してしかるべきものである。そうではないだろうか。 幸福感を得ることが難しいのではなく、ありとあらゆる今という瞬間に存在しているはずの幸福感に私たちは麻痺しているのかもしれない。認識の眼が曇り、感覚が閉ざされることによって、常に今もこの瞬間に存在している幸福感を見出すことができず、それに触

1066. 日本性の獲得へ向けて:言葉と自己の偏在性

「あぁ、もう自分は日本人なのだ」ということを突然知った。これは、自分の中に日本人性が骨の髄まで沁みわたっているということや、私が日本国籍を持っていることとは一切関係ない。 それ以上に根が深い事柄である。自己の存在と日本の全てが切っても切り離せない関係にあるのだ。それは、文化的にも言語的にも精神的にもそうである。 昨日、とりわけ私は、日本語をもっと真剣に学ばなければならないと思わされた。これはもちろん、日本語の語彙を増やすということや、日本語の正しい用法を学ぶというような表面的なことではない。 しかしそれでも、日本語の辞書が欲しいと思った。それを欲した理由は、日本語の一つ一つの言葉に日本性が宿っており、私はその一つ一つを自分の存在と照らし合わせながら確かめたいと思ったことにある。 最近、一つ一つの言葉が存在を持つような気さえする。そして、それは真実だろう。 一つ一つの言葉には間違いなく、それと対応する存在が宿っているのだ。それらの一つ一つが日本性の現れであり、それらの総体が日本性に他ならない。 日本語を学ぶことの最良の道は、辞書を片手に言葉を覚えることでも、良質な日本語の書物を読むことでもない。確かに、それらを通じて私たちは、日本語の形式に関する学びを得ることができる。 しかし、最良の道は、自身の内面を深めていくことにあるのだと思う。内面の深まりが、紛れもなく言葉の深まりと対応しているのだ。 昨日も、私は自分の日本語を疑い続けていた。ある時、それは自分の存在を疑うことに等しいということに気づいた。 日本語の一つ一つに固有の存在が宿り、それらを発する私という存在は同様に

1065. 想像力について

昨夜は就寝前に、過去の記憶をあれこれと振り返っていた。特に、幼少時代の記憶である。 記憶というのは、どこまで遡れるものなのか非常に興味がある。私のこれまでの一生を記憶の範囲とすると、やはり2歳か3歳までの記憶しか思い出すことができなかった。 昨夜は、まるでとても深い森の奥に入っていくように、辿れるだけ昔の記憶に分け入っていた。たいていの記憶は、これまでも何かのきっかけで思い出したことのあるものであったが、これまで一度も思い出したことのない記憶も湧き上がってきた。 記憶というのは、無意識のどこかに必ず格納されていることを知る。過去の記憶を辿っていると、ある時から、自分の意識がどの時期に生まれたのかに関心があった。 どうやら、自己意識の芽生えと記憶で遡れる範囲が一致しているようなのだ。中には、自己意識が芽生える前の記憶にまで遡れる人がいるという話を聞くが、私の場合、そのようなことは今のところ無理である。 自己意識が芽生えたのと同じ時期の記憶までしか私は遡ることができない。また、記憶違いという言葉が象徴するように、私の記憶は時代が錯誤していたり、違う時間と空間の記憶が合成されていたりすることにも気づいた。 しばらくの間、私はベッドの上で記憶を遡ることをやめなかった。このように記憶を振り返っていると、人間の意識は時間と空間をやすやすと超越することに気づかされる。これが想像力の根源なのかもしれない。 ちょうど夢の世界に入るか入らないかのタイミングで、夢と現実の境目について考えていた。私たちが「現実」と呼ぶものは、私たちが想像力を意図的に働かせることのできる範囲のことを指し、「夢」とは

1064. ある企画の始まり

一人の人間が生きていく過程というのは、一つの主題を形作っていくことなのかもしれない。一つの主題を発見するというよりも、主題そのものを日々の行為を通じて形作っていくのだ。 そのようなことを思うとき、私は、人生におけるちょっとした企画を立てた。その中身については、ここで書く必要はない。 なぜなら、それはこれまでやってきたことの中にすでに現れているし、これからもやり続けることの中に現れていくと思うからである。 再度改めて、論文と日記について考えを巡らせていた。私にとって、論文と日記という二つの表現形式を共に日々の生活の中に溶け込ませることによって、それらは私の精神を安定させ、精神を研ぎ澄ませていく働きがあると実感している。 つまり、論文と日記を執筆するということは、私にとって等しい価値を持っている。これまでは、ややもすると、論文を執筆することの方が、価値あることのように思えていた。 また、自分の言葉で自分の文書を書くよりも、他者が書いた書籍や論文を読むことを優先させてしまうような自分がいた。だが、そうした態度は改めなければならない。 一生涯にわたって先人から学びを得ていくことは必然だが、それ以上に、自分という一人の人間が持つ、たった一つの主題を形作っていくことの方が遥かに大切なのではないだろうか。 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』、埴谷雄高氏の『死霊』、ケン・ウィルバーの『進化の構造』が生み出されたように、一人の人間が長い時間をかけて産み出した作品には、その人固有の主題が刻み込まれている。 この夏は、それらの作品のように、一人の人間が長大な時間をかけて残した書物や論文

1063. 埴谷雄高著『死霊』

そこにあったのは興奮だった。不気味な興奮が背筋を駆け上っていったのは、これが初めての経験かもしれない。 そのような出来事に本日見舞われた。今日は今朝から論文を執筆していた。 早朝に、カントの “Critique of Pure Reason (1781)”を1ページほど筆写すること意外、今日は書籍や論文に目を通すことはなかった。ただ、昨日読んでいた辻邦生先生の文章を少しばかり私は振り返っていた。 その書籍は、辻先生のエッセイであり、ちょうど先生がフランス留学を終えてから執筆したものだと思う。そのエッセイ集の中に、小説家の埴谷雄高氏についての記述があった。 以前、私はどこかで——その時も辻先生の書籍からだと思うが——、埴谷氏の名前を目にしていた。当時は特に埴谷氏について知ろうと思うようなこともなく、埴谷氏の存在は空気のように私の目の前を素通りしていた。 しかし、昨日は、素通りしてはならない何かを感じていた。埴谷氏が残した最大の傑作『死霊』という長編小説のタイトルが、絵も言わぬ不気味な妖気を放っていた。 それは恐ろしいほどに魅惑的な何かを秘めているように私には思えた。触ってはならないものに触りたいと思うようなあの感情、見てはならないものを見たいと思うあの感情が、私の内側を絶えず流れていた。 今日の昼食後、午前中に引き続き、私はプログラミング言語のRのコードを書き、データ分析に勤しんでいた。データ分析のある箇所において、回帰係数を算出した瞬間、『死霊』という長編小説が突然頭の中で跳ね上がった。 算出した回帰係数を論文に転載するよりも先に、私の思考と手は『死霊』という作品をインターネッ

1062. ピアノ協奏曲への関心と夢の振り返り

昨日の午後から一貫して、不思議な感覚が自分を包んでいる。明晰な意識を通じて、静かに自分の内側に留まっているような感覚だ。 天気予報の情報をもとにすると、今日も雨のはずなのだが、早朝のこの時間帯にはまだ雨が降っていない。それどこから、起床直後に遠くの空に見えた不気味な雲の大群が消え去り、今は薄い青空が広がっている。 その証拠に、真っ黒い鳥が空を飛んでいる姿が良く見える。今朝は早朝の六時に起床し、早朝の習慣的な実践を行った後、六時半から仕事を開始した。 仕事の始まりとともに、私はいつも音楽をかける。ここ最近、モーツァルトが残した一連のピアノ協奏曲の素晴らしさに感覚を開かされている。 以前日記で書き留めていたように、モーツァルトが残したピアノソナタについては、確かにそれらが傑作であり、美を顕現したものであることは間違いないと思うのだが、私はベートーヴェンのピアノソナタが持つ建築的かつ体系的な美の方により惹きつけられていた。 だが、モーツァルトが残したピアノ協奏曲は、少し話が別であった。また、ブラームスが残したピアノ協奏曲に対しても、私は今関心を示しつつある。 仕事の合間合間に思わず手を止めてしまう曲は、私の内側の何かと共鳴しているはずであり、それらの曲が誰の作品であり、内側の何がそれらの曲と共鳴しているのかを少しばかり考えるようなことが度々ある。 この数日間、思わず手を止めて聴き入っていたものの中に、ブラームスのピアノ協奏曲がいくつかあった。ピアノソナタのみならず、ピアノ協奏曲の持つ美的体系については、今後時間をかけながら探究を続けていきたい。 書斎の中を流れる音楽を聴きながら、

1061. ホテルマネジメントスクールへの提言

昨日は、夕食後から「タレントアセスメント」で課せられている論文の執筆に取り掛かった。その前日に計画していたのは、この課題を昼食前から取り組み始め、午後から夕方まで文章を執筆するというものであった。 しかし、蓋を開けてみると、課題に取り組み始めたのは夕食後からだった。午前中も午後も、自分が読みたいと思う書籍を読んでいたため、そのようなことになった。 具体的には、イヴァン・イリッチの “Deschooling Society (1970)”とダイナミックシステム理論に関する“Dynamical Psychology: Complexity, Self-Organization and Mind (2009)”を読み続けていた。午前と午後を使って集中的に読書を行うことができたため、イリッチの書籍は初読が完了し、後者の書籍に関しても一読目が終わりそうである。 そうした読書を終えて、ようやく課題に取り組み始めた。今回の課題は、ルーワーデンという町にあるホテルマネジメントに特化した専門大学のアドミッションに関して、データ分析に基づいた助言を提供することである。 この学校のアドミッションを担当している二人の人物が、「タレントアセスメント」のコースの最初にゲストスピーカーとしてやってきて、ホテル業界の話やこの大学が提供するホテルマネジメントのプログラムについて色々と説明をしてくれた。 大変興味深い内容のプレゼンを聞きながら、世界には色々な職業があり、そうした職業に特化した学校があるのだと感心させられた。今回の課題は、この学校の学士過程に入学してくる生徒の選抜に関して、既存の評価手法のどこか

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