top of page

【フローニンゲンからの便り】17522-17527:2025年10月13日(月)



⭐️心の成長について一緒に学び、心の成長の実現に向かって一緒に実践していくコミュニティ「オンライン加藤ゼミナール」も毎週土曜日に開講しております。


タイトル一覧

17522

ギターの演奏技術の成長率を規定するもの

17523

耳コピの鍛錬方法

17524

今朝方の夢

17525

今朝方の夢の振り返り

17526

ストラミングの練習をして

17527

ピッキングの練習について

17522. ギターの演奏技術の成長率を規定するもの   

   

時刻は午前6時半を迎えた。辺りは真っ暗な闇で包まれているが、今日もまたギターを弾けることの楽しさを思うと、心が自然と輝いてくる。昨日両親とZoomでMTGをしたのだが、ピアノ演奏をしている母も自分がギターの演奏を始めたことを喜んでくれていて、音楽の素晴らしさ、そして楽器演奏の素晴らしさについて話し合っていた。能力が次の段階に向かっていくためには、質と量の双方の鍛錬が必要となることはよく知られている。カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論の観点と学習科学の知見を組み合わせてみると、能力の成長曲線の曲率を左右するのは、とりわけ実践初期の投入量にあるような気がしている。もちろん単発的に特定の日に膨大な実践をするのではなく、膨大な実践を毎日継続していくようなイメージである。すると1ヶ月か3ヶ月後に能力が飛躍的に伸びる瞬間がやって来て、そこの飛躍の高さを規定するのが実践初期の投入量であるだけではなく、そこからの伸び率もそこである程度決まってくるのではないかと思う。すなわち、最初の飛躍の瞬間をどのような成長率をもたらす実践量で迎えたのかが、その後の成長の方向性を大きく規定する可能性があるということである。もちろんそこから練習をしなくなったら能力が伸びることはないし、最初の飛躍地点での成長率が高くなかったとしても、そこからも継続的な練習をすれば、誰しもが能力を伸ばすことができる。自分がここで言おうとしているのは、その実践領域で突き抜けた存在になるための方法である。そのためには、自分の成長率を規定する最初の飛躍地点をどのように迎えるかが重要になる。少なくとも自分はそうした意識を持ってここからのギター練習に取り組む。この発想を明確に持ってみると、こうしてギターを練習している初期の段階において、卓上ピアノを購入しなくて正解だったと思う。仮にピアノの演奏も合わせて初めてしまうと、両者に練習時間が分散されてしまう。もちろん2つの楽器の演奏を通じて相互に良い影響を与えることはあるだろうし、学びが増えることもあるだろうが、それは片方の楽器に習熟してからでも起こることである。少なくとも最初の飛躍地点と次の飛躍地点、すなわち最初の6ヶ月から1年目まではギターの演奏に焦点を当てたい。その期間練習の投入量を膨大なものにしてみて、どれくらい自分の演奏技術が伸びるのかを見るのが楽しみである。よくよく考えてみると、この方法は学術研究においても自然とやって来たことである。インテグラル理論、成人発達理論、そして唯識に関して同様の方法で加速度的に学びを深めてきた経験がある。その経験をもとにすると、上記の事柄は少なくとも自分には十分に適用できそうである。自らを実験台にして、ギターの演奏領域において自分の能力がどれくらいの速度でどの程度伸びていくのかを観察することは楽しみでしかない。毎日が創意工夫に満ちた実験場となる。フローニンゲン:2025/10/13(月)06:43


17523. 耳コピの鍛錬方法 

       

理想はギターとピアノの双方で、しかしまずはギターの即興演奏を通して、多くの人を驚きの喜びに包み、楽しませられるような存在になっていきたいと思う。そのようなことを考えながら、耳コピを通じて即興演奏の材料を日々蓄積していくことを実現させたいと考えていた。耳コピができるようになるために必要なのは、才能ではなく体系化された聴取と再現のプロセスである。核となるのは三点、すなわち音高の同定、和声機能の把握、リズムとニュアンスの転写である。まず音高については、楽器を手放して声で再現できることが出発点である。基準音を鳴らし、移動ドで主音を定め、ドレミで旋律を歌う。相対音感の礎はインターバルの体内化にあるため、長二度・完全四度・短六度などを代表曲に結び付け記憶し、上昇・下降の両方向で即座に判定できるようにする。次に和声であるが、耳コピの多くはベース音の聴き分けで決まる。低域は進行の骨格であり、ここを確定してから三和音・四和音の質(長短、ドミナント、m7♭5、maj7など)を判別する。各和音のテンションや転回形は、コードトーンをハミングして重ね、濁り具合や解決感で見分けると精度が上がる。機能和声の文法――トニック、サブドミナント、ドミナントの役割――を身体化しておけば、予測が働き、聴取が格段に速くなる。リズム転写では、拍子とグルーヴの型を先に特定する。スウィングの跳ね具合、シャッフル、ハネないストレート、シンコペーションの位置などを口で刻み、譜面化する際は細分化(16分、付点、タイ)を明確に書き分ける。ミクロな表情も耳コピの要であり、アタック、レガート、ベンド、ビブラート、ゴーストノート、ハンマリングなどの奏法的ニュアンスを「言語化→記譜→再現」の順で固定する。録音を80~70%に減速してループし、EQで帯域を絞ってターゲットの音を前景化すれば、複雑な編成でも層ごとに聴き取れるだろう。実践のワークフローは一定でよい。曲全体を数回通して聴き、主音と終止感から調性を確定する。次にベースラインを採譜し、ローマ数字で進行を置く。その上にメロディを乗せ、内声や装飾を足す。最後に原音源と自分の演奏を交互に再生し、音程・音価・音色・ダイナミクスの差異を1つずつ潰す。耳を“先行させ”、手は後から追従させる姿勢が重要で、楽器は確認と微修正のために使うのがよいだろう。ギター奏者はコード分散と倍音の聴き分けに強みがあり、ピアノは鍵盤上の可視性で構造把握が速い。両者を併用すれば、聴取(ピアノ)、運用(ギター)という役割分担が可能になる。日々の訓練としては、ソルフェージュの短時間ルーチン、インターバル即答、コード品質のブラインド判定、ベースのみ・メロディのみの部分耳コピ、そして一曲丸ごとの仕上げを並行して回すとよいだろう。最も大切なのは、音を記号に落とす前に、内的聴覚で鳴らしきることである。耳コピとは、聴く・わかる・言える・弾けるが1つに重なる技であり、その統合が進むほど、音楽は自分の言語として自在に扱えるようになるのである。これらのことを意識して、少しずつ耳コピの鍛錬も楽しみながら行なっていこう。フローニンゲン:2025/10/13(月)06:51


17524. 今朝方の夢

       

今朝方は夢の中で、中学校時代のバスケ部の仲間たちとバスケの大会に出場していた。どうやら私たちは中学校時代に戻ったようで、自分たちが最終学年で、一学年下の後輩も何人かベンチにいた。大会の初戦は隣の市のなかなか強い学校で、その学校のメンバーの3人とは選抜チームで仲間だった。これまでの練習試合では一度も勝てたことのない相手だったから、勝てるかどうかわからなかったが、相手のエースの知人が怪我で欠場だったのでチャンスはあると思った。彼はベンチから応援することはせず、コートの左脇に一人立って仲間たちを応援していた。試合が始まって流れがこちらに傾いていることを感じたところで、私はコート脇の彼に話しかけて怪我の様子を尋ねた。彼を思いやる心のゆとりが生まれ、なおさらこちらのチームに勢いをもたらす舵取りができるようになっていた。そこからはこちらのチームは一気呵成に得点を重ねていき、相手を意気消沈させた。その姿を見てまだ前半であったが、勝利を確信したが、ここで気を抜いてはならないと思ったので、完全に戦意喪失させるためにさらに得点を重ねていくことにした。結果的にそれが功を奏して、最後までこちらの勢いで試合に勝利した。後半からは後輩に経験を積ませるために彼らを出場させるゆとりも生まれていた。続く2回戦の相手も強豪校だったが、その学校に対してもこちらの勢いは落ちることなく、そのままの状態で勝利を収めた。その試合の中で、なぜかボールが小さなガラス玉になり、そのガラス玉を右端の角度からスリーポイントシュートを綺麗に決めたシーンがとても印象に残っている。


次に覚えているのは、高校時代のクラスメートの女性友達(YS)と教室で楽しく話をしている場面である。随分と2人で話に花が咲き、このまま授業を放棄して外に出かけて話の続きをしようということになった。これまでお互いに一度も授業に出ないことはなかったが、2人の気持ちは何とも言えない高揚感に包まれていた。この場面の後には、小中高時代のある女性友達(YY)と大学受験の志望校選びについて話し合っていた。彼女と私は同じ大学を最初志望していたが、自分の気持ちは海外大学に向かっており、そのことを彼女に伝えるかどうかを考えていた。彼女に伝えないまま海外の大学に出願して、何も言わずに海外に行くことはこれまでの自分の性格らしいが、ちゃんと彼女には伝えておいた方がいいような気持ちが膨らみ始めていた。フローニンゲン:2025/10/13(月)07:03


17525. 今朝方の夢の振り返り 

     

今朝方の夢の構造は、過去の時空を横断しながら、自我の成長と他者への関係性の成熟を象徴的に描き出している。舞台は中学、高校、そして大学受験期という人生の発達段階を順に辿っており、それぞれが異なる心理的課題を示している。すなわち、競争と連帯(中学のバスケ部)、感情的な交流と自由への衝動(高校の教室)、そして自己決定と他者への誠実(大学受験期)という3つの局面である。これらが1つの夢の中で連続的に展開されることは、自己の内部における統合のプロセスを象徴している。まず、バスケットボールの試合の場面は、自分の内なる「チーム的自己」の象徴である。中学時代というのは、社会的自己が初めて本格的に形成される時期であり、他者との比較や競争の中で自分の位置を確かめようとする段階である。この夢では、強敵との再戦という形で「過去の自己との再統合」が描かれている。相手チームのエースが怪我で欠場しているという設定は、自分の中でかつて克服できなかった「劣等感」や「比較意識」がすでに力を失いつつあることの象徴である。その彼に対して自分が思いやりをもって話しかけたことは、勝利への鍵が「敵を倒すこと」ではなく「かつての競争心を癒すこと」にあるという深い洞察を示している。この思いやりの行為がチーム全体に勢いをもたらすのは、内面の調和が外的成果を導くという心理的真理の象徴である。さらに、後輩を試合に出す「ゆとり」は、成熟した自己が次世代、すなわち未来の可能性を信頼して委ねられるようになったことを意味している。ガラス玉のスリーポイントシュートは、自己の本質的透明性と集中力が融合した瞬間を象徴している。ガラスは脆くも透明であり、それを正確に放つという行為は、心の純度と方向性が完全に一致した瞬間、すなわち自己超越の象徴である。次の高校時代の場面は、理性よりも感情が前景化する第二の層である。授業という枠組み(社会的規範)を越えて女性友達と外に出ようとする決断は、抑制された自己からの解放、あるいは「感情的真実への飛翔」を示している。ここでは、他者との親密な対話が自我の成長を促す契機として描かれており、知的な学習(授業)を超えて、人間的なつながりそのものが学びの場となることを示唆している。その高揚感は、思春期特有の自由と冒険への憧れであると同時に、現実世界では抑え込まれてきた創造的衝動の再燃でもある。最後の大学受験の場面は、人生の岐路における「誠実さ」の課題を表している。ここで自分は、かつての友人に対して「伝えるべきか、黙って去るべきか」という内的葛藤に直面している。この葛藤は、自己実現と他者配慮のバランスをどう取るかという、成熟した人格の課題を象徴している。「黙って海外へ行くことが自分らしい」と感じながらも、「伝えるべきだ」という感情が芽生えるのは、自己の自由を確保しつつも、関係性における誠実と共感を重んじる方向へと意識が変容している証である。すなわち、夢の中の自分は「独立」と「共感」を統合しようとしている。この夢全体を貫く主題は、「成熟した自己とは、過去の自己との和解と他者への思いやりを通して形成される」ということである。かつて競い、閉ざし、去った場面に再び戻りながら、そこに愛と調和を見出すことが、自分にとっての新たな成長段階の到来を告げている。人生における意味として、この夢は「勝利」や「自由」ではなく、「調和」と「誠実」こそが次なる自己の基軸であることを示している。ガラス玉のように透き通った意識で過去と未来を見通すとき、自分の人生はもはや競争の舞台ではなく、他者と共に光を反射し合うひとつの透明な宇宙となるのである。フローニンゲン:2025/10/13(月)08:03


17526. ストラミングの練習をして 

                                 

気がつけば時刻は午前11時に近づいている。今日もまた早朝のギターの練習をし、そこから良遍の思想の研究のための転写をいつものように行い、そこからまたギターの練習を行い、気がつけば1時間半ほど経っていたので、指を休める時間として先ほどまでの練習から得られたことを書き留めておきたい。先ほど、ストラミングに特化した練習をしばらくしていた。昨日もメルヴィンからいくつかのストラミングの方法について教えてもらっていた。ストラミングとは、ギターやウクレレなどの楽器で、ピックや指を使って弦をまとめて上下に弾く奏法である。ギターでよく使われる奏法で、ストロークとも呼ばれる。これはリズムとテンポを作り出す重要なテクニックで、ダウンストローク(下向きに弾く)とアップストローク(上向きに弾く)を組み合わせて演奏する。量子論を学んでいる者として、上下の記号がどうも量子の上スピン下スピンに思えてくるのは面白い。ギターのストラミング練習は、単なる手の上下運動ではなく、「身体の中にリズムを育てる」総合的なトレーニングである。練習をしてみると意外と難しい。ここで述べているリズム感とは外部のテンポを正確に再現する能力にとどまらず、自分の内側に安定したビートを持ち、その上に音楽的な「揺らぎ」や「呼吸」を乗せられる感覚のことを指す。そのため、効果的なストラミングのトレーニングとは、技術的練習と身体感覚的な訓練の両面を組み合わせて行う必要があるだろう。まず最も基本的な練習は、メトロノームに合わせてストラミングを一定のリズムで続けることである。テンポを60BPMほどに設定し、「1と2と3と4と」と声に出しながら、右手の動きを常に一定に保つ。重要なのは、弾かないとき(ミュートや休符のとき)も手の上下運動を止めないことだ。腕全体をリズムの振り子として感じ、身体が拍子の流れを自然に刻むようにする。次第にテンポを上げながらも、どんな速度でも同じ「ゆらぎのない安定感」を維持できるようにすることが目標である。次に、アクセント練習がリズム感の精度を高める。たとえば「1拍目」と「3拍目」だけを強く弾く、あるいは「2拍目」と「4拍目」を意識的に強調する。この練習を通して、身体の中で拍の「重心」を感じ取る力が養われる。特にポップスやファンクでは後者(2と4にアクセント)が基本であり、これを自然に体現できると演奏全体が格段に躍動的になる。さらに、リズムパターンの分解と再構成も効果的である。例えば、D=ダウン、U=アップ、*=休符とし、「D U*U D*U*」のようなパターンを一定時間繰り返した後、その一部を入れ替えたり、*の位置を変えたりする。こうすることで、リズムの構造を頭ではなく体で理解できるようになる。慣れてきたら、ドラムやベースのリズムトラックと一緒に弾き、自分のストロークが全体のグルーヴにどのように溶け込むかを体感するのも良い。このアイデアは、今使っているアプリの講座で推奨されていたものである。また、ミュート・ストローク(カッティング)の練習も欠かせない。コードを押さえたまま左手で軽く弦をミュートし、右手でリズミカルに弾く。この「音が出ないストローク」を使うと、リズムの間(ま)を感じ取る力が強化される。特にファンクやレゲエなどでは、この「無音のリズム」が音楽の生命線であり、身体の中にビートが流れていないと決して自然に鳴らすことができない。もう1つの方法は、リズムの身体化である。ギターを持たずに、足で拍を取り、手拍子や口のリズム(「チャッ・カッ・チャッ・カッ」など)でリズムを再現する。ギターを弾く以前に、身体そのものがリズムを刻めるようになると、ストラミングも格段に安定する。これはまるで、言葉を発する前に呼吸を整えるようなもので、身体の内側に拍を根づかせる訓練である。最終的に、リズム感を養うストラミング練習とは、「時間の流れを身体で感じ、そこに音を乗せる感覚」を磨くことである。一定のテンポの中で、自分のストロークが「前のめり」や「後ろすぎ」にならず、自然な位置に収まるとき、音楽は初めて呼吸し始める。メトロノーム、カッティング、リズム再構成、身体表現などを通じてこの「内的時間感覚」を培っていくことこそ、ギタリストとしてのリズム的成熟への道なのだろう。そして、この練習を通じて得られる感覚は、音楽だけでなく日常の動作や会話のリズムにも通じており、人生そのものをよりしなやかに、そして調和的に奏でる力へとつながっていくのではないかと思う。フローニンゲン:2025/10/13(月)11:01


17527. ピッキングの練習について


午前中と午後の早い時間帯におけるギターの練習を終えてからジムに行った。今日の気温は16度程度だったが、それでも中盤から汗が流れて来て、爽快な気分となった。ジムに行く前に書き留めていた耳コピの実践が進んでくると、ジムの中で流れている音楽からも色々と学ぶことができるだろう。今はストラミングのためのリズム取りぐらいしかできない。しかし、それに関してもまだまだ精度を上げることができる。来月のイギリス旅行の際にはギターを持っていけないので、その代わりにコードやスケール、あるいは後ほど購入しようと思っているストラミングやピッキングに関する練習本を持っていき、まるでギターを持っているかのような姿勢で空ギターとしてイギリスの滞在先でも練習したい。ピッキングの練習にも、ストラミングと同じように「リズムの身体化」という本質がある。しかし、その性質はより繊細で、瞬間的な指と手首の制御、そして音色の意識的なコントロールが要求される点で異なる。ストラミングが「波のリズム」を感じる全身的な運動であるのに対し、ピッキングは「点のリズム」を精密に打ち出す作業である。つまり、ピッキングとは、一本の弦に宿る時間の密度を感じ取り、その粒を均等に並べながらも、音の立ち上がりや余韻を意識的にデザインする行為だと言える。まず基本となるのは、今日アプリを通じて習ったオルタネイト・ピッキング(ダウンとアップを交互に繰り返す)の安定化である。このとき重要なのは、手首の動きが硬直せず、弦に対して一定の角度と圧で当たることだ。初学者はしばしば指先や腕に力が入り、音が不均一になりやすい。これを防ぐためには、テンポを落として、各音の粒が均等に並ぶように録音して確認するのが効果的である。ここで意識すべきは、「速く弾くこと」ではなく「リズムが呼吸しているかどうか」であり、1音1音に心拍のような脈動を感じることである。次に、メトロノームとの対話的練習が極めて重要である。ストラミングのときと同様、ただクリックに合わせるだけでなく、その前後にわざとタイミングをずらして弾く練習を行う。例えば、わずかに前のめりで弾くと緊張感のあるリズムが生まれ、後ろ寄りで弾くと落ち着いたグルーヴになる。こうした「ビートの中での遊び」を体感的に掴むと、単なる正確さを超えた音楽的な時間感覚が身につく。また、ピッキング練習では音色(トーン)とアタックの研究も欠かせない。ピックの角度を少し変えるだけで、音は柔らかくも鋭くもなる。ピックを弦に平行に当てると明るく均質な音、やや斜めに当てると滑らかで温かい音になる。このように、ピッキングは単なるリズム練習ではなく、音の「質感」を作る芸術的行為でもある。自分の耳でどの角度と圧力が最も心地よいかを確かめる過程が、演奏者の音の個性を形成していく。一方で、ピッキングの練習は左手との協調によって初めて完成する。右手のリズムが正確でも、左手がわずかに遅れれば全体の流れが崩れる。そのため、単音のピッキング練習では、スケール練習を通して両手のタイミングを合わせることが不可欠である。メトロノームを使いながら、1音ずつ「右手が弾く瞬間に左手が押さわる」ことを確認し、手の連携を神経レベルで統合していく。さらに、上達のためにはダイナミクス(強弱)の意識化が欠かせない。同じリズムでも強弱のバランスを変えることで、フレーズに呼吸と感情が宿る。例えば、8分音符を「強・弱・中・弱」のように並べるだけで、音楽に自然なうねりが生まれる。ピッキングはまさにこの「うねりの彫刻」であり、リズムと感情の橋渡しである。最後に、ピッキングの練習で最も大切なのは、「速さ」や「正確さ」を目的にしないことだ。これらはあくまで結果であり、本質は「音を通して時間を感じること」にある。ストラミングが身体全体で拍を刻む芸術だとすれば、ピッキングは一音一音に魂を込めて時間を彫り込む瞑想である。両者を並行して練習することで、リズムの流れ(マクロ)と音の粒立ち(ミクロ)の両面が磨かれ、ギター演奏そのものが1つの呼吸体のように統合されていく。やがてそのリズム感は、音楽の枠を超えて日常の動作や思考のリズムにも浸透し、自分自身が世界と一体化して呼吸する感覚へと変わっていくのではないかと期待する。フローニンゲン:2025/10/13(月)16:47


Today’s Letter

Playing any musical instrument can be one of the most potent ways to reach a transcendental world. For me, the guitar is a vehicle that takes me there. Groningen, 10/13/2025

 
 
 

コメント


bottom of page