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【フローニンゲンからの便り】18085-18088:2026年1月23日(金)



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タイトル一覧

18085

縦横のクロマティックスケール練習

18086

今朝方の夢

18087

今朝方の夢の振り返り

18088

クロマティックスケール練習の工夫

18085. 縦横のクロマティックスケール練習  

         

クラシックギターの基礎練習として、クロマティックスケールを縦(同一弦上)と横(複数弦にまたがる形)の両方で行い、しかもさまざまなフレット位置で反復することには、単なる指慣らしを超えた本質的な効能があるだろう。それは指を速く動かすためではなく、身体化された音楽的基盤を全指板にわたって均質に育てるためである。まず、縦方向、すなわち同一弦上でのクロマティック練習の効能について考える。この練習は、左手の各指が独立して正確に落ちてくる能力を鍛えるだけでなく、ポジション内での距離感覚を鋭敏にする。1フレットごとの間隔は、ナット付近とハイポジションでは大きく異なるが、同一弦上でクロマティックに上行・下行を繰り返すことで、目に頼らずとも「この位置では、これくらい指を開く」という感覚が身体に沈み込んでいく。また、縦のクロマティックは、音を一つずつ丁寧に出すため、左手の不要な圧力や握り込みが露呈しやすい。力で押さえれば進めるが、それでは疲労が蓄積する。逆に、最小限の力で均質な音が出せたとき、効率的なタッチが自然に学習される。一方、横方向、すなわち複数弦をまたぐクロマティック練習は、弦間移動と右手との協応を徹底的に洗練させる。特に、左手が次の弦へ移る瞬間、どの指が残り、どの指が離れるのかという「指の残し方」は、和音やスケール全般の質を左右する重要な要素である。横のクロマティックは、この移行を極端に単純化した形で反復させるため、無駄な跳躍や手首のブレがはっきりと意識化される。また、右手にとっても、弦移動時の角度やタッチの一貫性を保つ訓練となり、結果として音色のムラが減っていく。さらに重要なのは、これらを特定のポジションに固定せず、指板全体で行うことである。多くの奏者は、無意識のうちに弾きやすいフレット帯に滞在しがちである。しかし、実際のレパートリーでは、ハイポジションでの正確さや安定感が問われる場面が多い。クロマティックを低音域・中音域・高音域で均等に行うことにより、「このフレットは苦手」という心理的・身体的な偏りが徐々に解消されていく。これは、指板を部分ではなく一つの連続体として認識する感覚を育てる作業でもある。また、フレット位置を変えることで、音の立ち上がり、弦の張力、サスティンの違いを身体で感じ取ることができる。この感覚の蓄積は、後にフレージングや音色選択において、極めて繊細な判断を可能にするだろう。つまり、クロマティック練習は、技術練習であると同時に、音を聴く力を育てる訓練でもある。総じて言えば、縦と横のクロマティックスケールを、さまざまなフレットで丁寧に行うことは、指の独立性・移動の経済性・全指板の均質化・音感の精緻化を同時に育てる行為である。それは即効性のある派手な練習ではないが、長期的には、どの曲を弾くときにも「身体がすでに知っている状態」を作り出す。基礎練習としてこれ以上に汎用性が高く、深い意味を持つものは少ないと言えるだろう。この練習を朝と夜に積極的に取り入れている。フローニンゲン:2026/1/23(金)05:29


18086. 今朝方の夢 

                                   

今朝方は夢の中で、哲学者のザカリー・スタインを車で迎えに行っていた。車を運転しているのは父で、助手席には母がいた。ザックとの待ち合わせ場所に行くと、すでにそこに彼はいて、速やかに車に乗せた。車に乗り込み、挨拶をすると、彼はすぐさま寛いだ姿勢で後部座席にもたれかかった。その状態で、一緒に開催する予定のセミナーの打ち合わせをし始めた。すると、自分の英語がこれまで以上にすらすらと淀みなく出てくるようになり、母国語の日本語を話しているのとほぼ同じ感覚になった。それは嬉しい現象であり、その状態で抽象性の高いテーマについてザックと自由闊達に話をしていた。そのような場面があった。


次に覚えているのは、アニメか何かで登場するような不思議の国にいる場面である。そこでは色々なミッションに従事していたのだが、最後のミッションの前に、姿が見えず、煙の状態の悪党軍団が重要な城にやって来て、そこを爆破した。その衝撃で、近くの川が大氾濫し、近隣住民だけではなく、ミッション遂行中の自分達にも大きな影響があった。それを受けて、悪党軍団と戦いに挑むことを考えたが、少し様子を見て、最適な戦略を実行することにした。


この場面の後には、正式なサッカーコートではない場所でサッカーの試合をしていた場面があったのを覚えている。自分の心身の調子はこれ以上にないほど良く、そうした状態だったので、あえて試合開始から本気を出さず、少し様子を見ることにした。試合が始まってしばらくすると先制点を相手に許してしまい、そこから自分は本気を出すことにした。すると、同点ゴール、逆転ゴールだけではなく、そこから怒涛のように5ゴールを奪い、見事にチームを勝利に導いた。本当は5ゴールでも力をセーブしていたぐらいで、自分が真に本気になったら一体何ゴール取れるのかわからないぐらいに調子が良い自分がいた。フローニンゲン:2026/1/23(金)05:42


18087. 今朝方の夢の振り返り

   

今朝方の夢は、自分の現在の到達点と、これから引き受けようとしている責務の大きさを象徴している可能性がある。まず、父が運転し、母が助手席にいる車でザカリー・スタインを迎えに行く場面は、自分の知的営為が家族的基盤の上に支えられていることを示唆しているのかもしれない。父は方向性や推進力、母は受容や安定を象徴している可能性があり、その両者に支えられながら、自分は世界的思想家を迎えに行く立場にいるのであろう。これは、自分がもはや受け身の学習者ではなく、対等な対話者として舞台に立とうとしている兆しとも考えられる。英語が母語と同じ感覚で流暢に出てくる体験は、言語的障壁の消失、ひいては文化的・心理的境界の解体を象徴している可能性が高い。抽象的テーマを自由闊達に議論している姿は、自分の思考が内在的確信と統合に向かっていることの表れであろう。一方、不思議の国の場面は、創造的世界の裏側に潜む不安定性を象徴しているのかもしれない。姿の見えない煙状の悪党軍団は、明確な形を持たない不安、批判、社会的混乱、あるいは内的な疑念の投影である可能性がある。城の爆破と川の氾濫は、自分が築いてきた構造や秩序が、予測不能な力によって揺さぶられる事態を暗示しているのかもしれない。しかし注目すべきは、即座に感情的反撃に出るのではなく、様子を見て最適戦略を練ろうとする態度である。これは衝動ではなく、熟慮による応答を選択する成熟の兆しであろう。最後のサッカーの場面は、潜在能力への自覚を象徴している可能性が高い。あえて最初から全力を出さず、流れを観察し、必要な局面で一気に力を解放する姿勢は、自己制御と余裕の表れである。怒涛の得点は、集中と決断が合致したときの爆発的成果を示唆しているのかもしれない。それでもなお力をセーブしていた感覚は、自分の可能性がまだ完全には発揮されていないという直観を映しているのであろう。全体としてこの夢は、自分がすでに高い準備状態にありながら、その力をどのようなタイミングと戦略で社会に解き放つかという課題に向き合っていることを象徴している可能性がある。知的対話の成熟、混乱への戦略的対応、そして圧倒的潜在力の自覚が三段階で描かれているのは、これから迎える人生の局面において、焦らず、観察し、最適な瞬間に最大の力を発揮せよという内的メッセージであるのかもしれない。人生における意味は、自分の内にすでに満ちている力を、恐れや過信に振り回されることなく、時を見極めて世に示すことである可能性がある。フローニンゲン:2026/1/23(金)06:59


18088. クロマティックスケール練習の工夫

        

クロマティックスケールの練習において、人差し指から中指・薬指・小指へと順番に動かす基本形は、指板上の距離感を把握し、フォームを安定させる上で極めて有効である。しかしそこに留まらず、例えば「1-3-2-4」「1-4-2-3」「2-4-1-3」などのように指の順序を意図的に変化させる練習を取り入れることには、単なるバリエーション以上の深い効能があると考えられる。第一に、神経系の可塑性をより広範に刺激する点が挙げられる。順番通りの運動はやがて自動化され、半ば反射的な運動連鎖となるが、指のパターンを崩すことで、脳は毎回「新しい課題」として処理せざるを得なくなる。これは運動プログラムの再編成を促し、指ごとの独立性を高める契機となる可能性がある。特に薬指や小指は解剖学的に他指との腱の連結が強く、単独での制御が難しいが、非連続的なパターンを反復することで、個々の指を分離して動かす神経回路が洗練されていくと推測される。第二に、左手の「予測能力」が鍛えられる点も重要である。単純な順次運動では次の指が容易に予測できるが、パターンが変化すると、常に一手先を意識する必要が生じる。この過程は、演奏中に現れる不規則なフレーズやポジション移動への適応力を高める訓練となるであろう。すなわち、クロマティック練習が単なる機械的トレーニングから、認知的負荷を伴う高度な準備運動へと質的転換を遂げるのである。第三に、力の配分と脱力の感覚が精緻化されると考えられる。異なる指順では、自然な重心移動が崩れやすく、余計な緊張が生じやすい。その微細な違和感を観察し、最小限の力で音を出す感覚を探ることは、フォーム全体の再調整につながる。特にクラシックギターにおいては、左手の過緊張は音色や持久力に直結するため、この種の再編的練習は長期的な演奏安定性に寄与するであろう。さらに、心理的効能も見逃せない。同一パターンの反復は安心感を与える一方で、惰性を生む危険も孕む。指順を変えることは、小さな不確実性を日常的に導入する行為であり、それは未知の楽曲や難所に向き合う際の精神的柔軟性を養うことにつながると考えられる。総じて、指のパターンを変えたクロマティック練習は、単なる指の筋力強化ではなく、神経制御・予測能力・脱力感覚・心理的柔軟性を統合的に鍛える方法である可能性が高い。基礎練習の中に意図的な変化を織り込むことは、音楽的自由度を拡張するための静かな土台づくりであり、地味でありながらも演奏の質を底上げする確かな道筋となるであろう。フローニンゲン:2026/1/23(金)07:25

 
 
 

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