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【フローニンゲンからの便り】17402-17404:2025年9月17日(水)



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タイトル一覧

17402

交代浴の効能/迫るIELTSの試験

17403

今朝方の夢

17404

今朝方の夢の振り返り

17402. 交代浴の効能/迫るIELTSの試験   

 

時刻は午前6時半を迎えた。この時間帯はまだ辺りは闇に包まれている。日の出時間はすっかり遅くなり、今日の日の出の時間は7時11分とのことである。ここからサマータイムが終了する10月の終わりまで、日の出の時間はますます遅くなっていく。今の気温は12度で肌寒いが、寒さを感じないのは朝の冷水シャワーのおかげだろう。最近は起床直後から随分と冷えているので、起床してすぐに湯船にお湯を張り始め、トイレに行き、歯磨きをしていると半身浴に適した湯量になり、少し体を温めてから冷水シャワーをするようにしている。これは交代浴の効果があるらしく、体の深部から温めてくれることに有益である。これからますます冷え込んでくるが、そういう季節だからこそこの交代浴を起床直後に行いたい。最高気温はもう20度に到達することはないと思っていたが、明日から3日間だけは再び最高気温が20度を超えて少し暖かくなりそうである。おそらく本当にそれが最後の暖かさになるかと思う。そこからは長い冬の時期となり、来年の6月頃まではもう20度を超えることはないだろう。


いよいよ2年振りのIELTSの試験が迫っている。この1ヶ月半弱、十分な対策をしてきたこともあり、前回以上に穏やかな心でいる。すでに1度試験を受けているので勝手を知っているということが大きく、また今回は公式問題集の過去問ではなく、実際のオンライン環境を模したオンラインベースの模擬試験を6回ほど解いたことが大きい。今日は最後に7回目の模擬試験を解く。いずれのセクションも問題を解く時間配分に関してはもうバッチリであり、本番でどのような問題が出ても焦ることなく、冷静に問題を淡々と解いていこうと思う。特にリスニングとリーディングに関しては、易問であっても難問であっても等しく1点なので、難しいと感じた問題はとりあえずの答えを出しておいて、そこに拘泥せずに次の問題に移っていくことが重要である。その意識を持てば、時間内に全ての問題を解き切ることができるだろう。スピーキング対策に関しては当日の朝まで継続していく予定だが、ライティングに関してはここから新しい問題を解くのではなく、過去に解いた自分の答案を見直すことを通じてスペルミスを犯しがちな単語を確認したり、表現の種類や方法を確認していくようにする。こうしたことを本番当日まで続けていると、今回は前回よりも良いスコアを取ることができるのではないかと思う。フローニンゲン:2025/9/17(水)06:52


17403. 今朝方の夢 

     

今朝方は夢の中で、地元の小さな山の歩道を小学校時代のある友人(TM)と一緒に歩いていた。ちょうど登り坂の中腹まで差し掛かった時に、彼は今高校の理数科に所属していながらも、仏教思想の歴史について学びたいということで、京大の文学部に行きたいと思っているがどうだろうかと相談してきた。自分もその分野への関心が高く、どの大学でその分野を学べるのかに関して土地勘があったので、彼が志望している京大の文学部は確かに魅力的な選択肢だと伝えた。彼は数学が得意だったこともあり、文系難関大学においては数学ができることは有利だったので、その点も彼に伝えた。彼としては社会科目に不安を感じているようだったが、まだ入試まで1年以上あるので、社会科目に関しては心配いらないと伝えた。すると、自分はかつて住んでいた社宅に似た階段を上がっていた。3階以降になると途端に天井が低くなっており、上に上がっていくのが一苦労で、壁に顔が擦れる形でなんとか屋上の階に辿り着いた。すると、母がエレベーターで自分よりも早く屋上に着いていることに気づき、今度はもう階段を苦労して登るのはやめにして、エレベーターを使おうと思った。屋上では父がBBQの準備を始めており、汗だくで肉を焼いていた。自分がやって来たことを父はとても喜んでいて、肉ともう1品完成したらしく、どちらを先に食べたいかを笑顔で聞いてきた。しかし自分はその前に、なぜ階段の天井があれだけ低くなって通りにくくなっているのかを父に尋ねた。自分はその謎が解けるまで食事には手をつけないつもりだった。父は自分に食事を勧めることを優先し、自分は謎の解明を優先し、2人の優先事項が異なり、お互いそれぞれの優先事項を譲らなかったので、緊張が走った。


もう1つ覚えているのは、夜の時間帯に東京のどこかの駅の外にいた場面である。そこでは、著名な武術家の先生と話をしていて、その先生曰く、1人の愛弟子が最近有名になり、それはすごく嬉しいことだが、自分の存在が忘れられつつあることに寂しさを覚えていると話してくれた。自分がそこから情報発信をしたところで、その愛弟子の人気には勝てないだろうということを述べていた。自分はその先生はまだまだ現役で輝いていると思っていたので、励ましと具体的なアクションについて伝えようとした。すると、2人の女性が大きさの違う大きな段ボールをそれぞれ引き摺りながら口論していた。自分は咄嗟の正義感から、2人の仲裁に入らなければならないと思った。すぐさま2人を止めて、2人が持っている段ボールを引き取り、駅の構内でゆっくり話をしようと提案した。2人は少しぽかんとしていたので、有無を言わせぬ形で、自分は段ボールを持って駅構内に入った。そこで駅員の前で何が起こったのかを説明してもらおうと思ったのである。すると、気づけば自分は見慣れない山の頂上付近の駐車場に止まる車の中にいた。どうやらそこに2人がやって来ることになっていて、段ボールを引き渡そうと思っていた。しかし待てども彼女たちはやって来ず、そんな中で、彼女たちはきっと背後にいる誰か別の人に唆されて、段ボールの運び屋をしていたのだと思った。おそらく、事前に言われていたお互いの段ボールの交換代金が違ったために口論していたのだろうと推測した。段ボールの中に何が入っているのかは依然として不明のままで、もしかしたら危険なものか違法なものが入っている可能性があった。そのようなことを考えていると、地元の警察官が2人やって来て、自分の車の取り調べを始めた。2人はどうやら無線情報で自分が段ボールを持ち去っていることをすでに知っているようだったが、直接的にはそれを自分には伝えず、最初は柔らかい口調で取り調べを始めた。そこで私は、日本の警察や検察官の取り調べの杜撰さ(国際的に人権侵害的な拷問と指摘される取り調べ)を思い出し、こちらが何を主張しても、相手は自らのアジェンダの遂行のために話を一切聞いてくれないだろうと思った。今後はもう正義感を発揮して下手に他人の問題には関わらないようにしたほうがいいかもしれないと考えた。フローニンゲン:2025/9/17(水)07:12


17404. 今朝方の夢の振り返り

      

今朝方の夢の第一の場面は、地元の山道を小学校時代の友人と歩く場面で始まっている。山を登るという象徴は、自己の成長や知的探究のプロセスを示しており、途中で現れる友人の相談は、かつての自己像を投影した「内なる声」として響いている。理数系の資質を持ちながら仏教思想を学びたいという彼の迷いは、「合理性と精神性」「理系と文系」という二元性の狭間に立つ現代的課題の写し鏡である。相談に応じ、安心や有利さを説く自分は、自己内部のガイド役としての存在を示している。そして階段を上る場面に移ると、天井が低く顔を擦りながら進む困難が描かれる。これは社会的上昇や自己成長の道が、想像以上に窮屈で制約的であるという現実を示唆するものである。母がエレベーターで先に到着するという構図は、努力よりも効率的手段を選ぶことの示唆であり、父が汗だくで肉を焼く姿は、伝統的な「労働と供給」の姿を表している。しかし自分は、食事よりも階段の構造的謎の解明を優先する。ここに「生の快楽」より「真理の探究」を重んじる姿勢が表れており、父との緊張は世代間における価値観の相克を象徴している。第二の場面では、夜の東京の駅という匿名的で都市的な空間に移行する。ここで登場する武術家の先生は、師弟関係の逆転を通じて「老い」と「忘却される恐怖」を体現している。弟子が有名になり、自分が影に隠れる寂しさを吐露する姿は、自らが人生のある段階で直面する「存在意義の揺らぎ」を象徴していると解釈できる。その先生を励まそうとする自分は、過去から学び取った感謝と継承の意志を示しているが、同時に「励まし」自体が自己の役割意識を強調する場面ともなる。その直後に現れる段ボールを引き摺る2人の女性の口論は、「未分化なエネルギーの争奪戦」を示している。段ボールの中身が不明であることは、人間関係や社会的取引に潜む不透明さを意味し、正義感から介入する自分は「秩序の回復者」としての役割を担う。しかし駅から山頂の駐車場へと舞台が転換する過程で、その正義感は次第に「利用される可能性」や「見えない他者の操作」に気づかされる。段ボールが危険物かもしれないと疑う時点で、善意の介入が予期せぬリスクを伴うことを示している。そして警察官の取り調べが始まる場面は、外部権力の一方的な論理に翻弄される「自己の無力感」を描き出している。正義感は必ずしも報われず、時に権力に利用され、時に疎まれることを夢は教えている。全体として、この夢は「探究と正義の二重のテーマ」を持っていると言えるだろう。山道や階段の象徴は「知を求める旅」であり、駅や段ボールの場面は「社会的正義の介入」を示す。前者は内的成長の道を、後者は外的関係性の中での試練を語っている。そして、父母とのやり取りや師弟関係の葛藤は「世代間の価値観の違い」や「存在の意味をどこに置くか」という問いを鮮やかに浮かび上がらせる。最終的に夢が投げかけるのは、「自己の優先順位をどう定めるか」という根源的な課題である。肉を食べるか謎を解くか、弟子を祝うか自分を嘆くか、正義感で介入するか距離を置くか。これらの選択の連続こそが人生であり、その選択の仕方がその人の「器」の形を作っていくのである。したがって、この夢の人生における意味は、真理の探究と社会的正義の実践という2つの衝動の間で、いかに自らの優先順位を定め、柔軟にバランスを取るかを問うことである。夢はその問いを具体的な物語として提示し、自分に「何を手放し、何を握りしめるのか」を考えさせているのである。フローニンゲン:2025/9/17(水)07:30


Today’s Letter

Laughter is the lifeblood of my existence. Without a sense of humor, my life would have no meaning. A life full of laughter enriches me. Groningen, 09/17/2025

 
 
 

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