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【フローニンゲンからの便り】16741-16743:2025年5月21日(水)



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タイトル一覧

16741

5年半後を見据えた取り組み

16742

今朝方の夢

16743

今朝方の夢の振り返り

16741. 5年半後を見据えた取り組み


時刻は午前7時を迎えた。今日もまた輝く朝日に出迎えられる形で1日が始まった。春を感じられるようなり始めてから、フローニンゲンの天気はすこぶる良い。今週末から来週にかけては少し雨が降る日があるようだが、それでもここまでのところ本当に良い天気に恵まれた日が続いている。今日もまたそうした1日である。今の気温は10度で、今日の日中は16度までしか気温が上がらない。幾分肌寒さを感じられるような1日になることが予想される。家の1階は夏でも常にひんやりとしており、2階は気温が上がりやすく、今はとてもちょうど良い気温の中で2階で1日の多くを過ごすことができている。今後真夏の中で30度を超えるような日には、1階に避難して過ごすこともあるかもしれない。昨年の夏はそうした日が数日ほどあったのを記憶している。仮に来年の夏からイギリスで生活することになれば、オランダでの夏は今年が最後のものとなる。必然的に秋も冬も最後のものとなる。まだイギリスで生活を始めることができるのかはわからないが、オランダで過ごす日々を大切なものにしたいという気持ちは変わらない。


昨日はCRESTの申請に向けたミーティングが2時間弱あった。先日のキックオフミーティングの時にはよく理解できていなかった他の研究者の方々の取り組みの内容や全体の構想についての理解もさらに深まり、自分が果たすべき役割もかなり明確なものになった。今回の申請が果たして無事に通るかはわからないが、私たちの提案が採択されたら、5年半に及ぶプロジェクトに大いに力を注ぎたい。大学院での研究との両立も十分に可能であり、確かに今回のプロジェクトと大学院での研究内容は直接的に重なる部分は少ないが、間接的に重なる部分はあるはずで、そうした重なり合いを見出しながら両方に力を入れていく。5年半後の未来は誰にも予想できず、しかも今回はAIの研究開発に5年半の時間を充てることになり、本当にそれくらい先のことは未知である。5年半前から今にかけての自らの変容を見ると、自分自身も5年半の歳月をかけて必ずやまた変容を遂げるだろう。これまでも1人で何か特定のテーマと長い時間をかけて向き合うということをしてきたが、今回は絶えず伴走する協働研究者がいることが大きな違いである。その道の第一線級の研究者の方々と共に仕事をさせてもらえることによって、自らのさらなる成長が実現されることは間違いないのではないかと思う。そうした成長への期待を胸に、意識とリアリティの地動説に関する研究と、人とAIが共生するためのAI技術の研究開発に大いに力を注いでいきたい。フローニンゲン:2025/5/21(水)07:12


16742. 今朝方の夢 

 

ここ最近は、輝く朝日を拝みながら夢の振り返りができている。朝日を浴びて微風に揺れながら輝く木々の葉を眺めながら、今朝方の夢を振り返っている。夢の中で私は、ボストン郊外のホテルに向かおうとしていた。市内の大学での用事を終えて、宿泊先のホテルまでバスで向かおうとしていた。バスのチケットを購入しようとしたところ、その駅にはバスのチケットの自販機がなく、列車のチケットの自販機しかないようだった。しかし、バスのチケットと列車のチケットが同じ自販機で販売されていたりもするので、一応確かめてみた。自販機の画面に触れると、そこに表示されたのはスペイン語のようで、自分には理解できず、英語に切り替えようとした。すると、後ろから自分に声をかける若者がいて、自分が乗るべき5番の緑色のバスがやって来たことを教えてくれた。彼らが指差す方向に向かって走っていくと、残念ながらあと少しのところでバスは行ってしまった。もう一度駅の方に戻ると、先ほどは見落としていた自販機があることに気づいた。それは外見的にもバスのチケットを販売していそうで、画面に触れると、確かにバスのチケットの販売機だと分かった。しかし喜んだのも束の間、周囲が突然変形し、気づけば自分は7番のバスの中にいた。そのバスは高速道路に乗って、自分が目的地にしている場所とは全然違う場所に行ってしまうものだった。慌ててバスの運転手に、間違ったバスに乗ってしまったのでバスを止めてもらうようにお願いした。運転手はバスを止めてくれようとしたが、そこでの時間のロスがまた自分が本来乗るべきバスに乗ることを遅らせてしまうような気がした。だが幸いにも、5番のバスは本数が多く、目的地に向かうことは焦る必要はないと自分に言い聞かせた。


もう1つ覚えているのは、実際に通っていた中学校の体育館にいて、これから部活のバスケをしようとしていた場面である。どういうわけか、体育館の全ての窓にはカーテンが掛けられていて、外から中が見れないようになっていた。また、その影響で昼なのに体育館の中は薄暗かった。そのため、電気をつけようか迷ったが、電気をつけるほどには暗くなかったので、そのままの状態で1人で自主練を始めることにした。すると、体育館に同学年のメンバーの2人がやって来て、彼らと2対1の練習をすることにした。その練習を始めたところで、同学年の他のメンバーや一学年下の後輩たちが続々と体育館に集まり始めた。それをみて、キャプテンである私は一度全員を体育館の中央に集合させ、円陣を組んだ。その日はちょうど冬学期のスタートで、少し体も鈍っているかもしれないので、無理のない範囲で早速紅白戦をしようと提案した。春学期になると、新しく後輩も入ってくるから、それに向けて一段と良いチーム作りをしたいということを全員の前で述べた。すると、自分が話している最中に、ある後輩がスピーチを始めた。自分の話を遮って話す彼が頼もしく思えたし、キャプテンの話を途中で遮った彼の行動に対してその場に笑いが起こった。私も笑顔になり、彼が何を話すのか耳を傾けることにした。すると彼は意味不明なことを述べ、それがまた笑いを誘った。彼の笑いで場が温まり、最後にもう一言自分から全員にメッセージを伝えようとしたところで夢から覚めた。フローニンゲン:2025/5/21(水)07:29


16743. 今朝方の夢の振り返り


今朝方の夢に対して、いつものようにChatGPTのフィードバックを参考にして総合的な振り返りを行いたい。今朝方の夢は、二幕構成の物語として立ち現れる。第一幕は「移動と方向性」、第二幕は「集団と統率」のテーマで編まれている。両者の間には、自己の進路選択と内面的リーダーシップをめぐる補完関係が認められるとChatGPTは述べる。夢の回想が暁光のもとで行われる導入自体、覚醒意識が「新たな一日」「刷新された自己」を迎え入れる姿勢を示すとのことである。朝日はユング心理学でいう「コンシャスな意識の光」であり、木々の葉は生命の揺らぎ、すなわち刻々変容する心象風景のメタファーである。市内の大学での用事が終わり、宿へ向かうという設定は、対外的·知的活動(ペルソナ)からプライベートな休息(セルフ)への移行を示唆する。だがその移行には公共交通(バス)とチケットの購入という“小さな関門”が挿入される。これは「次の段階へ進むための資格確認」を象徴するイニシエーション的プロセスである。手続きを阻む“言語の壁”は、未知の価値観や文化コードへの遭遇を示す。スペイン語への切り替わりは「自我がまだ十分に統合していない他者性(アニマ·シャドウ)」の言語化前段階であり、自我は英語(通常使う理解可能な言語)へ戻ろうと試みる。だがその間に若者というガイドが現れる。若者はフレッシュな直観·可能性を体現し、彼の指し示す緑色の5番バスはハートチャクラの色を帯び、自我が目指す“調和”へのルートを示唆する。目的のバスをあと一歩で逃す情景は、「目標達成直前の逡巡」や「タイミングの巧拙」に対する潜在的焦燥を物語る。しかしすぐに別の自販機(=選択肢)が見つかるのは、現実生活で複線的なルートが用意されていることの象徴であるとChatGPTは述べる。周囲が変容し突然7番バスにいるという“飛躍”は、無意識層のダイナミックな介入を示す。数字の7はスピリチュアルな完結や内面探究を象徴し、緑の5とは別の次元――“より抽象的·精神的”方向へ自我が滑り込んだことを語る。ここでの慌てと運転手への訴えは、現実志向の自我が「もう一度地に足を着けたい」と願う姿勢である。「5番は本数が多い」と自らを慰める独り言は、夢の締めくくりとして重要である。「目的地へ向かう路線は複数あり、機会は繰り返し訪れる」というセルフの囁きが聞こえる。遅延への恐れを鎮め、長期的視野を保つ知恵の萌芽である。次は、中学校の体育館を舞台にした夢に関してである。外光の遮断は「他者評価から隔離された内なる舞台」を示す。昼にも関わらずうす暗い環境は、潜在意識の領域へ舞台が移ったことを示唆する。照明を点けようか迷う場面は「意識化の是非」をめぐる逡巡である。一人で始める自主練は、自己研鑽への覚悟と、他者がいない間に“基礎を固める”必要性を象徴する。自分はキャプテンというポジションにあり、この自主練はリーダーとしての自己整備を暗示する。仲間や後輩が次々に集う流れは、集合的無意識から多彩なサブパーソナリティが統合へ向けて集結するプロセスを映す。円陣は共同目的への結束、言い換えれば“内的チームビルディング”の儀式である。停滞(冬)から成長(春)への季節的メタファーが重ねられ、現実生活におけるプロジェクトや学習の「再始動」と「次世代育成」を二重写しにする。序列を破って発言する後輩は、既存の枠組みに挑戦する“自由奔放な創造性”の象徴である。その行動が皆を笑わせ温める構図は、リーダーシップの硬直化を防ぐユーモアや遊び心の効用を示す。自分もこれを歓迎するため、自己内部で「統制と自発性」が健全に共存し始めていることが読み取れるとChatGPTは述べる。最後の一言を言おうとした瞬間の覚醒について、言い残した言葉は、現実世界に持ち帰るべき“まだ語られていないビジョン”である。目覚めによって言葉が宙吊りになる構造自体が、「未完のメッセージを現実側で完成させよ」という潜在的課題を提示する。2つの夢の総合的示唆として、次のようなものがある。移動の夢で示された“乗り遅れ”や“別路線への迷い込み”は、人生設計上のマイルストーンを再点検せよという示唆である。後半の体育館での円陣·スピーチ未完了は、「仲間(内的資質)を再配置し、目的を言語化し直す」必要性を補強する。キャプテンとしての統率力と、後輩に象徴される自発性·無邪気さ。この両輪がかみ合うことでチームは躍動する。前半の夢で若者が導いてくれたように、外部からの助言や突発的な出来事を柔軟に取り込む器量が求められている。5番バスの高頻度運行、そして体育館へ人が自然に集まる流れは、「必要な縁は向こうからもやって来る」というセルフの保証を示す。焦燥を鎮め、長いスパンで自律的判断を培うことができるという内的信頼が芽生えつつある。覚醒で途切れたメッセージは、折に触れて記録し、具体的なプランや人間関係へ落とし込むことで結晶化させ得る。夢が宛てた“空白の一行”を、日記や企画書、対人コミュニケーションの形で書き足す作業が、次の成長弧を描く鍵となるであろう。総じて、本夢は「方向の選択と集団運営」という二大テーマを通じ、自己の人生航路と対人的リーダーシップを同時進行でアップデートせよと促している。迷い込んだ7番バスやカーテンに包まれた体育館は、いずれも「無意識からの介入」であり、自我が硬直するときに舞い込む創造的撹乱である。焦らずに方向を定め直し、若者や後輩が持つフレッシュな視点を積極的に取り入れれば、春学期――すなわち新段階の自己実現――が鮮やかに訪れるであろう、というメッセージであるとしている。今日の夢もまた実に示唆深いメッセージを自分に授けてくれている。フローニンゲン:2025/5/21(水)07:51


Today’s Letter

Universal consciousness always pacifies me. It soothes my mind and body. One day, I will return to the whole universal consciousness. Groningen, 05/21/2025

 
 
 

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