No.4033 光の楽しみ_Pleasure of Light
本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)
No.1914, A Precious and Profound Time
I have had a precious and profound time so far in Japan.
The time that I have spent here would cultivate my soul gradually.
It would be a new foundation of myself.
New Chitose Airport; 09:28, 10/20/2022
No.1915, Absolute Freedom
I realized that I am thrown into absolute freedom.
If I didn’t find my lifework and leisure activities, I would die.
But fortunately, because I find them already, I could survive, and my life would constantly flourish.
New Chitose Airport; 10:10, 10/20/2022
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本日の2曲
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タイトル一覧
9284.【日本滞在記】札幌を出発する朝に
9285.【日本滞在記】生物多様性と仕事の多様性/愛・献身・奉仕
9286.【日本滞在記】新千歳空港に到着して
9287.【日本滞在記】20年ぶりの国内線に搭乗して/完全なる自由の享受
9288.【日本滞在記】様々な事情/心の故郷へ
9289.【日本滞在記】故郷に帰ってきての静かな感動に包まれて
9290.【日本滞在記】実家に向かう列車での出会い
9291.【日本滞在記】2年振りに家族団欒を過ごして/心の綺麗な人
9284.【日本滞在記】札幌を出発する朝に
時刻は午前5時を迎えた。今朝方は少し早めに起床した。宿泊中のホテルの自室には窓はあるが、それは開け閉めができず、外が見れないような加工になっているので、外の様子がよくわからない。ただしこの窓は、朝日は通してくれるので、もうしばらくして朝日が昇る頃になったら、朝日が部屋にほんのり差し込み、朝の実感が湧くだろう。今の気温は7度と外は随分と寒くなっている。今日の最高気温は17度まで上がるらしいが、札幌もかなり冷えて来た。一方の山口県はまだまだ暖かいようで、今日の最高気温は23度とのことだ。週間予報を見る限り、まだまだ20度を超える日が続く。東北地方や北海道と随分と気温が違うようなので、そのあたりの適応がまた求められる。
今朝方は1つハッとさせられる夢を見ていた。残念ながらその内容はほとんど覚えていないのだが、淡い黄色に包まれた世界の中で、自分が完全に見落としていたことを誰かとの会話の中で気付かされるというものがあった。その気づきを得た時に、私はその場に立ちすくんでいて、少し呆然としていた。そこには悲しみや痛みなどの否定的な感情や感覚があったわけではなく、むしろ逆に、新たな気づきを得たことによって静かな感動に包まれていた。そんな場面があった。その他にもあと1つ何か夢を見ていた気がするが、それについてはもう記憶の彼方にある。とは言え、想起することによって少しでも何か思い出せないか試みてみよう。
さて今日は、新千歳空港を10時20分に出発するフライトに乗り、羽田に向かう。そこから乗り換えをして、山口県の宇部空港に行き、列車に揺られてしばしして実家に到着する。10時台のフライトのため、8時までにホテルをチェックアウトしたいと思う。それに伴い、今日の朝食は早めかつ軽めに6時半にレストランが開くのと同時に摂りたい。これまでずっと和食を食べいたので洋食を摂りたいような気持ちもありながら、やはり新鮮な海の幸を味わいたいという思いがある。せっかく最後なので、今日もまた海鮮料理を食べようと思う。
新千歳空港を利用するのは初めてなので調べてみたところ、プライオリティパスで使えるラウンジはないようだが、カードラウンジとして「スーパーラウンジ」というラウンジがある。そこはアメックスのゴールドカード以上のクレジットカードがあれば入れるとのことなので、そこを利用して搭乗までの時間を過ごしたいと思う。札幌:2022/10/20(木)05:23
9285.【日本滞在記】生物多様性と仕事の多様性/愛・献身・奉仕
時刻は午前6時を迎えた。もう少しでホテルのレストランが開くので、そのタイミングでレストランに降りて行き、朝食をいただこうと思う。昨日、札幌の街を歩きながら、生物多様性と仕事の多様性との関係性について考えていた。巷で言われるように、AIによって消滅する仕事は確かに出てくるだろう。とりわけその大義名分として、効率性というものが挙げられるだろうが、果たして効率性という観点のみから仕事を消滅させてしまって良いものだろうかと考える。この間大型書店を歩いていると、『ブルシット·ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』という書籍が棚に陳列されていた。タイトルだけを見て中身を想像し、結局手に取ることはなかったのだが、世の中でどうでも良いと思われているような仕事を安易に消滅させようとする動きには慎重になりたいと思う。その仕事がよほど社会の害悪でない限り、いやひょっとするとその害悪は局所的な現象であって、この社会全体からするとその仕事があることによって価値が生み出されている仕事や存続している仕事もあるであろうから、まさに害虫を畑から簡単に駆除してはならないのと同じく、生物多様性を確保するのと同様の意味合いで仕事の多様性というものをこの社会という生態系の中に維持させておくことの必要性を考えていたのである。
静けさに包まれる札幌の朝。昨夜、協働者の方とオンラインミーティングをしていると、そのうちの1人の方が以前札幌に仕事の出張で度々足を運んでいたと聞いた。ここ数日間の滞在を通じて、札幌の碁盤のように整備された街は迷うことなくとても歩きやすい印象を持った。昨日札幌の街を歩きながらその他に考えていたこととしては、自分は父と性格が似ているのか、人に尽くすことを好む性向があるらしいことにハタと気付かされた。何か素晴らしい資質を持っている人や素敵だなと思わせてくれるような人に出会ったら、見返りを求めずに尽くすことは誰だってあるのかもしれないが、自分は特にそうした傾向が強くあることをこの数日間考えていた。見返りを求めずに人に尽くすというのは愛の現れだと言えるかもしれないし、献身や奉仕の精神の現れと言えるかもしれない。いずれにせよ、人生をゆっくりと積み重ねていくことを通じて、自分の中にそうした側面がより色濃く立ち現れてきて、それが他者や社会に放射されるようになってきたことはとても肯定的な成長の証のように思えてならない。それではレストランが開く時間となったので、着替えて朝食を食べに行こう。札幌:2022/10/20(木)06:28
9286.【日本滞在記】新千歳空港に到着して
時刻は午前9時を迎えようとしている。今、新千歳空港のスーパーラウンジというラウンジにいて、エスプレッソをすすりながらこの日記を書いている。昨夜の段階で荷造りの大半を終えていて、朝食を食べる前に荷造りがほぼ完成していたので、朝食後、速やかにホテルをチェックアウトした。すると、札幌駅から新千歳空港に向かう特急列車が予定よりも1本早いものに乗れたので、ラウンジでもより長く寛ぐことが可能になった。こちらのラウンジは普段海外の空港で用いているプライオリティパスに対応していないが、プライオリパスの発行元であるアメックスのプラチナカードがあれば、それと搭乗券を提示するだけで速やかに中に入れた。海外空港のラウンジは、セキュリティーを抜けてからの場所に設置されていることが多いが、どうやらこの空港ではセキュリティーを抜けた後にはラウンジがないとのことだったので、セキュリティーを抜ける前に今活用している。先ほどANAのカウンターの職員の方に聞いたところ、もう40分ぐらいはラウンジで寛げそうなので何よりである。この日記を書き終えたら1枚デジタル絵画を描き、そこからは読書をして時間を過ごそうと思う。
新千歳空港の周りは長閑で静かだ。ラウンジも人の話し声はほとんど聞こえず、ビジネスパーソンたちはパソコンと向かい合っている人が多く、あとは窓の外の景色を眺めながらぼんやりと過ごしている人の姿をちらほら見かける。そんな雰囲気の中で、今朝方のホテルのレストランの光景を思い出していた。6時半に開いたレストランに速やかに訪れたところ、意外と人が多くて驚いた。朝食ブュッフェは人気なことが窺え、宿泊客だけではなく、外部からも客が来ているのだと想像された。人を観察することは、職業的なものに由来するだけではなく、自分の生来の癖でもある。欧州のホテルのレストランでは、夫婦がゆったりとした雰囲気の中で笑みを浮かべながら言葉を交わしている光景が日常茶飯事だが、日本だと少し勝手が違う印象だ。もちろん会話のある夫婦やカップルもいるが、とりわけ中年においては冷めた夫婦関係を窺わせるような光景をよく目の当たりにする。そこでは、夫婦という形骸化された役割をただ演じているだけの2組の人間が同じテーブルに腰掛けているといった具合であり、それそのものを否定するよりも、日本におけるある種の旧態依然とした夫婦観の具現化がそこに見られるだけではある。しかし、長い時間を共に過ごす夫婦の関係性がもう少し温かく、愛が感じられるものになれば良いのにと願う自分がいることは確かである。そのようなことを考えていたことを思い出す。スーパーラウンジ@新千歳空港:2022/10/20(木)09:07
9287.【日本滞在記】20年ぶりの国内線に搭乗して/完全なる自由の享受
今、新千歳空港を出発した機内の中にいる。今日の北海道は天気がとても良く、青空を通り抜けていく飛行機からの眺めはすこぶる美しく、そして晴れやかである。こうした景色を眺めていると、気分が自ずから晴れていく。先ほど空港を出発した飛行機の上空から新千歳空港の周りを眺めた時、緑豊かな森やゴルフ場が見えた。そしてすぐさま海へと繋がっていった。その眺めも見事であった。
先ほど空港のカウンターで搭乗券を発券してもらっている時にふと、国内線に乗るのはいつぶりかと思った。日本で国内線に乗るのは実に20数年ぶりのことであり、最後に国内線に乗ったのは、中学校3年生の時の修学旅行で沖縄に行って以来のことだと気づいたのである。確かそれが最後だったように思うし、ひょっとしたら大学時代のゼミの最終学年の時に、山口県のキリン発酵の工場見学にいった時に飛行機に乗ったような乗っていなかったような、そんな曖昧な記憶がある。いずれにせよ、記憶にないぐらいに久しぶりに国内線に乗ったので、新鮮な気持ちがしたことは確かだ。
ラウンジを抜けて搭乗口でフライトを待っている時に、ふと自分が完全なる自由に投げ出されていることを思った。この感覚は経済的にも時間的にも完全に自由になった数年前から時折やってくる感覚である。以前であれば、究極的な自由に投げ出されることに対する実存的不安のようなものを感じ、まさに人間は自由の刑に処せられているのだという実感があったし、自由からの逃走現象のようなものが感じられる瞬間もあった。ところが今となっては、完全なる自由を落ち着いた心で享受できるようになっていることに気づく。それを可能にしてくれているのは複数のライフワークの存在であり、多様な趣味のおかげである。他者や社会と繋がるライフワークや、人生を豊かにする趣味がなければ、完全なる自由を得るというのはむしろ実存的危機を煽りかねない。ライフワークや趣味がなければ、経済的にも時間的にも自由になった時、きっと何をしていいのかわからず、生きる目的を喪失してしまうことに繋がるのではないだろうか。そのようなことを考えていると、搭乗が始まった。そして今自分は北海道の上空にいて、先ほどまで自分が足を着けていた地上を眺めている。羽田空港に向かう機内:2022/10/20(木)10:56
9288.【日本滞在記】様々な事情/心の故郷へ
時刻は午後1時を迎えた。今、宇部空港行きのフライトが羽田空港を出発し、東京上空にいる。今日は2度目の上空体験である。いつも思うが、自分が先ほどまで足を着けていた世界が途轍もなく小さく見えるというのは不思議なものである。先ほどの機内にはエンターテイメント用のモニターはなかったが、意外にも宇部行きのこのフライトにはある。そしてもう1つ意外なのは、羽田から宇部に向かう人が結構いることだ。山口県の地方都市の空港に向かう人がこれだけいるのは驚きである。てっきり数人ぐらいの乗客かと思っていたが、やはり人それぞれの事情があるのだろう。そうなのだ。人はそれぞれに固有の事情を抱えながら毎日を生きているのである。それは自分も全く同じである。こうした事情こそがその人の人生を形作っているものであり、同時に人生の背後にある宿命的なものなのかなのだ。だが、こうした事情というのもまた変えられるものは変えられるのである。自分はこれまでの人生の中で、様々な事情に埋め込まれながらも、1つ1つ変化させるべき事情を変えてきた。それが今日というこの日の人生に結実している。そして今この瞬間もまた自分はある事情を抱えていることを知っている。その事情の中で何を変化させるべきなのか。それはふとした時に内省の対象として浮かび上がる。
フライトは順調に進行しており、そろそろ機内で飲み物が提供される頃である。もう午後になったのでコーヒーを飲むことは控え、ミネラルウォーターをもらおうと思う。宇部空港に到着するのは、予定では14:35とのことなので、あと1時間と少しだ。この時間もまたあっという間に過ぎ去るだろう。宇部空港に到着したら、新千歳空港で預けることになったスーツケースを受け取り、宇部空港近くの草江駅から宇部線に乗り、新山口駅で山陽線に乗り変えて光駅に向かう。列車の乗車時間は合わせて1時間半ある。宇部空港から実家に行くことはかつてあったかどうか記憶にないが、道中の景色はきっと懐かしさを感じるだろう。山口県こそが自分の心の故郷なのだから。こうして2年振りに心の故郷に戻ってきてこれたことを心の底から嬉しく思う。自分の自己の大部分はこの地で形成されたのだ。自己形成を促してくれたこの地で再び英気を養い、また自らの活動拠点に帰っていこうと思う。宇部空港に向かう機内:2022/10/20(木)13:26
9289.【日本滞在記】故郷に帰ってきての静かな感動に包まれて
先ほど無事に宇部空港に到着し、手荷物がすぐにベルトコンベアーで出てきてくれたおかげもあって、空港近くの草江駅からの列車ではなく、宇部空港から新山口駅までの高速バスに乗ることができ、1本早い列車で実家に帰れることになった。新山口駅に降り立つのはいつ振りだろうか。駅が随分と綺麗になっていることに驚く。同時に、プラットホームは依然としてレトロな感じが残っていることに好感を持つ。今日は平日の木曜日なのだが、それを忘れさせてくれるような落ち着きである。こうした平穏さがあるのが田舎の良いところである。そうした長閑さを感じると、日本もまだまだ魅力的な国なのだと感じる。そもそもここは自分が育った場所であり、だからこそ感慨深いものを感じるのだろう。感慨深さで言うと、宇部空港に降り立つ直前に見た景色が忘れられない。眼下に四国や山口県を見下ろした時、紺碧の瀬戸内海の美しさに心が打たれたのである。自分が長らく親しんでいた瀬戸内海はこんなに美しく輝く海だったのだと再確認させられた。そしてなんと、飛行機の上から自分が育った室積の海岸線が見え、同時に実家のある虹ヶ浜が見えた時、思わず涙が込み上げてきた。「自分はこんな素敵な場所で青春時代を過ごすことができたのだ」という言葉が心の中に溢れてきて、感謝の念が涙に変わった。自分は光に満ちた町で育った。実家の目の前の虹ヶ浜は、虹が降り立つ浜なのだ。そんな浜辺に佇む両親の待つ家へ今から向かう。そこに連れて行ってくれる列車がやってくるまであと10分だ。今回実家に滞在できる日数は10日ほどと長くないが、むしろそうした有限な時間だからこそ、家族水入らずで充実した日々を過ごせるのではないかと思う。新山口駅に向かうバスの中:2022/10/20(木)15:05
9290.【日本滞在記】実家に向かう列車での出会い
時刻は午後5時半を迎えた。予定よりも1本早い列車で光駅に到着し、今実家の自室のベッドの上でこの日記を書いている。部屋の窓を開けると、秋の心地よい風が部屋に入ってきて、夕方の砂浜から静かな波音が聞こえてくる。その波音に耳を傾けていると、どこかアルファ波が脳から出てきて、とてもリラックスする。新山口駅から地元の光駅に向けて列車に乗った時、4人掛けの自分の前の席にある1人の中年男性がおもむろに腰かけた。男性の手には「全国鉄道列車」という地図があり、その男性は一人旅をしているのだと思った。すでに読書を十分に楽しみ、今日のやるべきことを全てやり終えていたので、その男性に話しかけてみた。
私「全国を廻られているのですか?」
男性「!???」
私「(より大きな声でゆっくりと)今、全国を廻られているのですか?」
男性「アッ、ハイ。ワタシ、タイワンジンデス」
私はそれを聞いて驚いた。山口県のこのような田舎にまさか台湾人の中年男性が一人旅をしているとは思ってもいなかったのである。そこから私たちは小一時間ぐらい話をした。何やらその方は69歳で、退職してから毎年日本に来て日本を巡っているそうだった。奥様は今まだ台湾にいるとのことだったが、息子さんはエンジニアとして日本で働いているらしく、娘さんはアメリカ系の航空会社で働いているそうで、日本の支社にいるので、2人のお子さんは東京で生活しているとのことだった。その男性はたどたどしくはあったが日本語が話せて、台湾では英語教育が優れているとのことだったので、そこからは日本語と英語混じりで会話をした。その方はふと、「コウコウセイデスカ(高校生ですか)?」と尋ねてきて、私は笑ってそんなはずはないと答えた。まさか自分が高校生に見られるとは思ってもいなかったので笑った。その方は沖縄を除く全ての都道府県をこれまで訪れていて、日本が大好きとのことだった。どんなところが好きなのかと尋ねてみると、日本人のおもてなしの精神と文化、そして安全なところだと述べた。そこから私たちはその方が訪れた場所を中心に色々な話を聞いた。特に、その方が奥さんと一緒にハネムーンで訪れた北海道の話がとても印象的だった。山口県の田舎の列車の中で英語が飛び交う奇妙な空間が私たちの席にぽっかり浮かんでいるかのようでおかしくなる時があったが、その方との会話はとても豊かな時間であった。そんな良き思い出が今回の地元滞在ですでに生まれたことを心から喜びたい。光市:2022/10/20(木)17:48
9291.【日本滞在記】2年振りに家族団欒を過ごして/心の綺麗な人
時刻は夜の9時を迎えた。実家に戻ってきて最初の夜を家族と一緒に過ごした。父が準備してくれた手料理はどれも絶品で、1つ1つの料理に舌鼓を打って美味しく全てを完食した。16歳を迎えたトイプードルの愛犬と2年振りに会えたことも本当に嬉しく、ずっと彼の身体を撫でていた。自分の手から仮に癒しのエネルギーが流れ出ているのであれば、愛犬の彼には健康で長生きして欲しいと強く願う。夕食をゆっくり食べながら、両親とは色々な話をした。期せずして映画の話となり、自分が今回の一時帰国で4本見たうちの1作品を紹介した後に、2人が昔見た映画の傑作を1つ紹介してもらった。それはイタリア映画の『ひまわり(1970)』というものだ。父が涙ぐみながらラストシーンの話をしていて、よほど心を打つ作品だったのだろう。ぜひともこの作品をまた近々見てみたいと思う。
今、真っ暗となった瀬戸内海を自室から眺めながら、波音に耳を傾けている。波音はどこか1/f揺らぎを引き起こし、意識状態を変えてくれる。そこでふと、ここ数日間考えていた人間の値打ちについて考えていた。それは人間を金銭換算するとかそういう話では全くなく、端的には、尊敬できる人間とは一体どういう人のことを言うのかと考えていたのである。今回のこれまでの一時帰国で出会った人を思い出しながら、結局のところ尊敬できる人というのは、どんな職業についているのかや、どんな地位にあるのかとは全く関係なく、その人の心の有り様にあるのだと改めて思ったのである。その人の心の美しさが人間の値打ちなのだ。尊敬に値する人は、社会の中でどんな仕事をしていようが、どんな地位にあろうが関係なく、純粋に心が素晴らしいのである。そんなことを思わせてくれる心の綺麗な人との出会いが今回のこれまでの一時帰国中に幾度もあり、そんな人たちを見ながら、自分の心の有り様を見つめ直すことが何度もあった。心が美しい人に自分は惹かれるのだということ。それを改めて知れたことが、今回の一時帰国における最大の気づきだったと言ってもいいかもしれない。光市:2022/10/20(木)21:25
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