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8092-8100: フローニンゲンからの便り 2022年3月27日(日)



No.3443 秘密の九字_Secret Kuji


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.1387, Our Common House

The earth is our common house.

The current ecological crisis represents our spiritual crisis.

We need to cure and nourish both our spirituality and the earth.

Groningen; 11:00, 3/27/2022


No.1388, Deep Gratitude

I have a feeling of deep gratitude.

I’m just praying for it.

This feeling is oceanic and angelic.

Groningen; 20:13, 3/27/2022


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の3曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

8092. 今日からの再出発

8093. 命の循環過程の中で

8094. バルト三国の旅程を組み始めて

8095. 今朝方の夢

8096. 書籍の一括注文を終えて

8097. ジークンドートレーニング87:ロビンさんとのプライベートレッスンの5回目を終えて

8098. ジークンドートレーニング88:ハーフビートの極意

8099. ジークンドートレーニング89:動画ではわからなかった事柄

8100. 絶え間ない青春を謳歌して/癖の修正に向けて


8092. 今日からの再出発


小鳥たちが祝福の歌声を上げている。TOEFL試験を終え、今日からのまた新たな日々を祝ってくれているかのような彼らの鳴き声に心底癒される。


時刻は午前6時半を迎えた。ちょうど昨日と本日をまたぐ深夜からサマータイムが始まった。昨日までであれば、午前6時半であればだいぶ明るかったが、1時間時間がずれたことにより、まだ空は暗く、ようやくダークブルーに変わりつつあるような状態だ。


今は少し霧がかかっているようだが、今日もまた雲ひとつない快晴に恵まれるようで何よりだ。今日は午後にロビンさんとのジークンドーのプライベートレッスンがあり、道場までのジョギングもさぞかし気持ち良いことだろう。


数日前の予報では、来週は雪が降る日があるようだったが、今改めて確認すると、雪も雨も降らないようだ。ただし、気温がまたしても下がっており、最高気温は8土前後となり、最低気温はなんとまたしてもマイナスになる日が続く。マイナス2度となる日も何日かあるぐらいだ。二転三転しながら進行していく季節のように、自分もまた紆余曲折をしながらゆっくりと前に進んで行こう。


昨日にTOEFL試験を終えたことにより、今日からは自分の好きなことに好きなだけ取り組める日常の生活が再び戻ってきた。TOEFL対策は非日常の事柄だったのだ。


早速昨日自宅に戻ってきてから読書を旺盛に再開させたように、今日からもまた読書に旺盛に励みたい。確かにTOEFLの対策中も1日に2、3冊本を読む日もあったが、それでも自分にとっては随分と少ない。今日からはもっと激しく読書に打ち込むことができ、それが自分の本来の探究のあり方だ。


机の上には未読の書籍が随分と積読されているので、まずはそれらの初読を行おう。初読に関しては全体感の把握と自分にとって重要な箇所を中心に読み進めていく。そして、再読から何度も上塗りをするようにして徐々に知識を拡張させていき、テーマに関する理解を少しずつ拡張させていく。それがいつもの自分の読書スタイルである。


ここからはとりわけ神道に関する書籍を中心に読み進めていく。マーシャルアーツに関する書籍はあと15冊ぐらい積読されていて、それらについては早く読み終わるだろう。今後マーシャルアーツに関する本を再読していく際には、ジークンドーに関するものを優先的に読み返していく。


神道に関しては、概略を掴むための学術書は随分と揃ってきたので、まずはそれらを読み込んでいけば、神道に関する知識を網羅的につけることができる。そこからは、探究したい個別具体的なテーマに関する書籍を読み進めていき、必要であればそうした書籍を補充していく。


今日からの旺盛な読書は大きな喜びと共に行われていくだろう。そしてその喜びの感情と積み重ねていく探究が、自分をまた今とは違うところに連れていく。フローニンゲン:2022/3/27(日)06:56


8093. 命の循環過程の中で


小鳥たちの早朝の祝福の鳴き声は収まることを知らない。彼らの鳴き声の周波数と自分の心の周波数は対応し、共鳴し合っているようなのだ。だからこうも癒される感じがするのである。


時刻はちょうど午前7時を迎えた。今日からサマータイムに入ったので、いよいよ季節が変わる頃だと実感する。これまでもすでにその予兆があったが、ここからは本格的に季節が変わっていくのではないかと思う。


オランダの季節の変化の際には、いつもその飛躍の前に一旦季節のぶり返しを経験する。それがどうやら今週のようだ。


再び最低気温がマイナスになる寒い日が続くが、天気は良いようなので何よりである。ここを抜ければきっと春になる。季節は春に向かい、春はやって来る。それは2つの方向性を持つ関係として表される。


昨日ふと、海は雲となり、雲は川となり、川は海に行き着くことについて思いを巡らせていた。地球にはそのような循環がある。これは人間世界においても同じなのではないだろうか。人の命というのもそのように循環しているように思えて仕方ない。


今の命はまた別の命に姿を変え、それがまた別の命に姿を変えていく。そうした流転転生関係があるように思えてくる。


物理的な形で命が形を変えていくことはないかもしれないが、目には見えない次元でならそれは十分にあり得る。それこそ命というものを何かしらのアイデアや思想、そしてそれ以外にも自らの創作物などにまで拡張してみると、それらは自分の死後もまた誰かに影響を与えていき、その影響がまた別の誰かに伝播していく。それは、海、雲、川の相互関係と循環過程に似ている。


自分の命もまた他の多くの人たちに対して、そしてこの社会に対して良い影響を与えれるような形でその役割を全うしていきたいと思う。そのようにして自らの命は流転転生関係の中で生きていく。


自分の命もまた他の命から良い影響を受けていることを決して忘れてはならない。今日読む予定の書籍の中には、著者がもうこの世にいないものもあるだろう。そうした彼らの書籍を読むというのは、彼らの命から影響を受け、命を受け継いでいるということに他ならない。


また、今日の午後に取り組むジークンドーのトレーニングにおいても、創始者のブルース·リーは今は亡き人であり、ジークンドーの鍛錬に取り組むというのはまさに、ブルース·リーの命を受け継ぎ、その恩恵を享受していることに他ならないのである。


それ以外にも、きっと様々な形で多様な命の恩恵を受けているはずなのだ。これからの日々はそれらの1つ1つに気づいていき、感謝の念を絶えず持ちながら日々の生活を営みたいと思う。フローニンゲン:2022/3/27(日)07:10


8094. バルト三国の旅程を組み始めて


つい今し方日記を2つほど書き留めたが、その筆が止まることをしなかったので、また1つ日記を書き留めておこうと思う。


昨日TOEFL試験を終えて自宅に戻ってきてから、試験終了のご褒美としてのバルト三国の旅行に向けた計画を立て始めた。今回は、バルト三国の南から北に上がって行く形で旅をする。すなわち、リトアニア、ラトヴィア、エストニアの順に旅をすることになる。


旧ソ連の支配下に置かれていた国々の中で、ソ連崩壊後にNATOに加盟をして発展していった国としてバルト三国を挙げることができる。バルト三国は、宗教や言語の面で違いがあるし、経済的な発展にも差がある。以前調べたときには、北に上がって行くほどに経済的な発展を遂げているようである。


今回の旅は、そのようなグラデーションを感じるために南のリトアニアから旅をすることにした。バルト三国となると、意外と国の位置を正確に知っておらず、首都に関しては知識としてほとんどないような状態であった。順番に述べると、リトアニアの首都はヴィリニュス、ラトヴィアの首都はリガ、そしてエストニアの首都はタリンだ。


数年前に見た夢の中で、ふとラトヴィアの首都リガの名前が出てきたことがあり、当時はリガという街について知らなかったので、夢の中で発音されていたリガという言葉を調べてみたところ、それがラトヴィアの首都だと分かったのである。それほどまでに当時はバルト三国について知らなかった。


その夢を見て数年が経って、ようやくバルト三国に足を運ぶことにした。その夢はお告げをもたらしてくれていたことは確かであり、数年越しにそのお告げが実現することになる。夢からの招待に応えることは、これくらい時間差があってもいいのである。むしろそうした時の発酵過程を経てから招待に応じることによって、得られるものもより豊かになるだろう。


さて、昨日の段階では、まずは各首都の移動が列車で行えるか調べてみた。すると、あまり鉄道が発達していないのか、列車と高速バスを乗り継いでいかなければならないことが判明したので、飛行機で移動することにした。飛行機であれば各首都を結ぶ形で何本もフライトがある。


その後、アムステルダムからリトアニアの首都のヴィリニュスに直行便が出ているか調べてみたところ、直行便はあることにはあるが、朝が早すぎであり、ヘルシンキ空港に乗り継ぎをする形で昼前の便でヴィリニュスに向かうものが良いように思えた。


帰りのエストニアの首都のタリンからアムステルダムに戻ってくる時も状況は同じであり、一度ヘルシンキで乗り換えをして、夕方にアムステルダムに到着するフライトが良さそうだと思った。今回は日本からの一時帰国ではないので、アムステルダムに夕方に戻ってきてもそこから駅近くのホテルに宿泊することなくフローニンゲンに戻ってこようと思う。


昨日の段階では、ヴィリニュスで足を運びたい箇所をリストアップしていき、行きたい場所が確定されたので、今日は夕方に時間を取って、ラトヴィアの首都リガとエストニアの首都タリンで足を運びたい箇所をリストアップしよう。そこまでできれば今日のところは御の字であり、明日以降にホテルとフライトを確保しようと思う。バルト三国の旅に向けて気分が高まってくる。フローニンゲン:2022/3/27(日)07:27

8095. 今朝方の夢


時刻は午前8時半を迎えた。ちょうど洗濯機が止まったようなので、この日記を書き終えたら洗濯物を干そうと思う。今、早朝の霧が晴れ、少しずつ朝日の姿が見え始めてきた。


昨日、基本こそ本質であり、本質こそ基本であるゆえに、本来基本というのは特定するのが難しいことを考えていた。基本を大切にとはよく言われることだが、それは元来本質を大切にするという当たり前だが非常に重要な言葉だったのだ。


同時に、学術研究において基本を学んでいると思っていても、実はそれが非常に深い本質を学んでいることを意識している人がどれだけいるだろうかということについても考えていた。また、マーシャルアーツなどの実践領域において、基本を鍛錬している人が実は本質の鍛錬をしているということをどれだけ分かっているのだろうかということについても考えていた。


これは自分に当てはめて考えたい事柄である。基本は本質であり、本質は基本であるということ。今日からの探究と実践において、それを絶えず念頭に置いておく。


今朝方は2つほど夢を見ていた。最初の夢の中で私は、欧米のどこかの街を歩いていた。時刻は昼下がりであり、温かい太陽の光に包まれながら道を歩いていると、大学時代の女性友達に偶然出会った。彼女とはよく話をする仲であり、道端で偶然再会したことを喜んで、まるで大学時代の時と同じように話をしながら街を歩くことにした。


すると、後ろから嫌な気配を感じたので振り返ってみると、なんとそこに何匹もの怪物がいた。それらは人の姿をした怪物であり、私たちが後ろを振り返るや否や、襲いかかってきたのである。


私は彼らを撃退しようと構えたところ、なんと彼女はマーシャルアーツの心得があるのか、私が怪物たちを撃退するよりも先に彼女がそれらを撃退してしまったのである。彼女の動きは電光石火であり、怪物たちが地面に転がり落ちるまで瞬きをする時間も掛からなかった。


そのような夢を見た後に、私は高校の教室にいた。そこで先生が生徒たちに今学期の成績表を渡していた。何やら、今学期から成績評価が厳しくなったらしく、各科目で優を取れるのはクラスで1人だけになったそうだった。


そこでふと、「うちの高校は優、良、可、不可の4段階ではなく、1から10までの10段階評価だったのではないか?」と思った。まぁそのようなことを気にかけてもしょうがないと思い、仮に優を取れるのはクラスで1人だけになったとしても、自分であれば大半の科目は優を取得できるだろうと思った。


だが、このまま日本の高校で学ぶのではなく、アメリカの高校で学ぼうかとふと思った。その直感はどこか自分をより良い方向に導いてくれるような気がしたので、今すぐにでも日本の高校を辞めて、アメリカに渡ろうと思った。そのような夢を見ていた。フローニンゲン:2022/3/27(日)08:41


8096. 書籍の一括注文を終えて


時刻は午前11時半を迎えた。午前中は読書をするのではなく、そしてバルト三国の旅程を組むことをするのでもなく、宗教とエコロジーに関する書籍を吟味し、いくつかの書籍を購入した。


まず最初に、神道の研究の一環として、『鬼滅の刃』のコミック全23巻の英訳版(“Demon Slayer Complete Box Set”)と “Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba--Stories of Water and Flame”を購入した。神道の中で鬼がどのように扱われているか、妖怪がどのように扱われているかをさらに研究してみようと思う。


残念ながら、ここ最近見た中で秀逸だった『蟲師』の英訳版コミックは初巻の入手が困難であり、中古のコンプリート版の価格が高騰しているので、これについては今度日本に一時帰国した際に日本語版を購入してもいいかもしれないと思った。


そこから、宗教とエコロジーに関する書籍を吟味し、下記の21冊の書籍を一括注文した。イギリス、オランダ、ドイツのアマゾンにお世話になり、下記の書籍は全てバルト三国旅行の前に受け取ることができそうなので何よりだ。


下記の書籍のほぼ全てが第一線級の学術書であり、出版社としてオックスフォード大学出版、ケンブリッジ大学出版、ルートリッジ出版、そしてハーバード大学出版などによるものだ。


1. Routledge Handbook of Religion and Ecology

2.The Routledge Handbook of Religious Naturalism

3. The Oxford Handbook of Religion and Ecology

4. Ecology and Religion (Foundations of Contemporary Environmental Studies Series)

5. Shinto Meditations for Revering the Earth

6. Japanese Environmental Philosophy

7. Japanese Tree Burial: Ecology, Kinship and the Culture of Death: 23

8. Ecology and the Critique of Society Today: Five Selected Papers for the Current Context

9. Kabbalah and Ecology: God's Image in the More-Than-Human World

10. A Nonphilosophical Theory of Nature: Ecologies of Thought

11. Introducing Evangelical Ecotheology: Foundations in Scripture, Theology, History, and Praxis

12. Spiritual Ecology: The Cry of the Earth

13. Spiritual Ecology: A Quiet Revolution

14. Judaism and Ecology: Created World and Revealed Word

15. Islam and Ecology: A Bestowed Trust

16. Daoism and Ecology: Ways Within a Cosmic Landscape

17. Confucianism and Ecology: The Interrelation of Heaven, Earth, and Humans

18. Christianity and Ecology: Seeking the Well-Being of Earth and Humans

19. Indigenous Traditions and Ecology: The Interbeing of Cosmology and Community

20. Jainism and Ecology: Nonviolence in the Web of Life

21. The Oxford Handbook of Natural Theology


最後の書籍は、自然と神の関係を考える「自然神学」と呼ばれる分野の学術書である。神についての認識をイエス·キリストによる啓示に頼らないで、理性の能力によって探究していこうとする神学の分野とのことであり、こちらについても今後比較宗教学的な研究をする際に役に立つと思われたので購入することにした。


これにて、夏までは研究文献に事欠かないのではないかと思う。これまで購入した神道関係の書籍と上記の書籍を繰り返し読んでいけば、研究がより一層深く進んでいくことになるだろう。フローニンゲン:2022/3/27(日)11:38


8097. ジークンドートレーニング87:

ロビンさんとのプライベートレッスンの5回目を終えて


時刻は午後3時を迎えた。つい先ほどロビンさんとのジークンドーのプライベートレッスンを終えて自宅に戻ってきた。今日はとても穏やかな日曜日であり、午後の太陽の日差しはとても優しく、気温も清々しかった。


今日のレッスンはこれまで以上に充実したものだった。前回はランク1の実技試験を受け、今日からはランク2の技を習ったのだが、様々な気づきを得ることができたので、これから思いつくままに書き出していこうと思う。


ロビンさんと連絡を取り合っている際に、今日のトレーニングメニューを大方決めていて、防御とカウンターの9番から21番の技からセッションが始まるのかと思いきや、まずはその他の動作や技から始まった。


今日最初に習ったのは、ダブルブロッキングというものだ。これは考え方としてはシンプルであり、異なる防御の動作を2度行うものである。ただし、防御の動作の組み合わせは多数あり、そこに攻撃の動作も加えると、その組み合わせは無数のものになる。


最初は、右手のパクサオをして、次に左手のパクサオを行ったり、その逆の動きを行ったり、さらにはパクサオの片方をタンサオに変えたりして練習をしていった。この時、相手の攻撃を防ぐ手と反対側に顔を避けることが重要になる場面があった。


その際に、間違えて手と同じ方向に顔を持っていってしまうと、相手からの攻撃を防ぐことにならず、攻撃を喰らってしまうことがあるので注意が必要だ。このあたりもシャドートレーニングで意識したいことである。


その次に練習をしたのは、ヒンジブロックというものだ。ヒンジ(hinge)というのは「蝶番(ちょうつがい)」の意味であり、まさにドアの蝶番の動きをイメージして、例えば右手で短竿をして、肘の高さはそのままにボンサオをする形で防御をするものだ。あるいは相手の動きに応じて、ボンサオで腹部への攻撃を防いでから、今度は顔面への攻撃をタンサオで防ぐ動きを行うなどもある。


これは防御だけではなく、ヒンジアタックという形で攻撃にも活用できる。例えば、ハンマーフィストで腹部に攻撃をして、ヒンジの動きからそのままバックフィストで相手の顔面に攻撃するすることや、顔面にバックフィストをして、ヒンジの動きからハンマーフィストで腹部に攻撃するなどの動きとなる。いずれにせよ、ヒンジの動きが重要になり、その時には肘の高さをできるだけ変えずにノンテレグラフィックモーションでサッと技を出すことが重要になる。


そこから練習をしたのは手刀である。これはロビンさんが好んでいる技らしく、ただし手刀を最初から相手に当てようするのではなく、それはフェイントに使ったり、他の技と組みわせる形で2手目か3手目に手刀を相手の首に打つことが効果的とのことだった後ほどまた別途書き留めておくが、ハーフビートのリズムを刻みながら手刀を活用していくというのもまた重要な応用方法だ。フローニンゲン:2022/3/27(日)15:34

8098. ジークンドートレーニング88:ハーフビートの極意


今日は少し早めに入浴をしようと思う。ロビンさんとのトレーニングの中でも汗が滲んできたし、行きと帰りのジョギングでも少し汗をかいていて、服を着替えただけでまだシャワーを浴びていないので、筋肉をほぐす意味でもシャワーの代わりに浴槽に浸かりたいと思う。


先ほどは、手刀に関することまで書き留めていたように思う。その次に習ったのはヴァーティカルフィストブラストと呼ばれる技で、これは詠春拳の中でよく見られるものだ。ジークンドーにおいては——ジュン·ファン·ジークンドーにおいてはと述べた方がより正確だろう——、詠春拳のように永遠とパンチを繰り出していくのではなく、3回ぐらい素早く連続で繰り返すぐらいに留めることが多くのケースとのことだった。


この技は、右手でジャブのような形で手を出しながら、拳が相手にぶつかったら、次に左手のジャブを当てるために少しだけ右手の拳を下げて左手からジャブを出し、今度はすかさず右手のジャブを再度繰り出すために少しだけ左手の拳を下げて右手からジャブを繰り出す。


もう1つ重要なことは、ジャブの連続と何が違うのかとロビンさんに尋ねた際に、ヴァーティカルフィストブラストは相手にどんどん向かって追い詰めていく際に活用するとのことだった。それを実際に身を持って体験してみると、その意味がわかった。そこからは3回連続でヴァーティカルフィストブラストを繰り出すことに加えて、4回、5回と繰り出すバージョンも行った。


そして次に習ったのはインヴァーティッドフックキックである。インヴァート(invert)とは反対にするという意味であり、フックキックとは逆方向からスナップを利かせたキックを相手の金的に入れるものだ。


ロビンさん曰く、フックキックの方が説明することが多く難しいらしいので、今日はまずインヴァーティッドフックキックを習った。これは相手が一般的に左手を前に出して構えてきたときに、すごく有効なキックである。


相手がジークンドーを嗜んでいたら、お互いに右手が利き手の場合は相手も右手を前に出して構えることになるが、一般的なボクシングスタイルで構える場合には利き手ではない方の腕が前に出て、正中線がインヴァーティッドフックキックで当てやすい形に曝け出されているような状態なのでこのキックが有効になる。


キックの技は自分でも得意としているので、コンビネーションとして左のリアクロスを打つことになった。その際に、ロビンさんから大変重要なことを学んだ。それはハーフビートの概念である。


最初私は、インヴァーティッドフックキックをしてすぐさまリアクロスを相手の顔目掛けて打ち出していたが、実際には相手の反応を見る必要があり、インヴァーティッドフックキックでうずくまっているのにすぐさまリアクロスを顔面に繰り出そうとしても、それは空を切るだけである。また、インヴァーティッドフックキックをした後に、相手が背後に素早く下がったのにもかかわらずすかさずリアクロスを繰り出しても届かない。


なので、インヴァーティッドフックキックを打った後に、ハーフビートを刻んでから素早く次の動作を決め、リアクロスが有効であればハーフビートを刻んだ後にすぐさまリアクロスを繰り出す練習をした。ハーフビートの考え方はとても奥深く、そこからはハーフビートだけを取り上げた特別のエクササイズをしてもらった。


これは普段のシャドートレーニングの中でとりわけ意識したいことだ。ついつい複数の技をワンビートで連続して繰り出そうとするが、それは相手にとっては読みやすくかわしやすい。ところがひとたびハーフビートを刻むと、相手の脳はそのリズムに全くついていけないので効果的に打撃を当てることができる。


そこでロビンさんに、ジークンドーを30年以上、マーシャルアーツを40年やっているロビンさんのような人は、ハーフビートによる相手の攻撃をどのようにかわすのかと尋ねたら、それは熟練者でもほぼかわせないとのことだった。それだけに人間の脳にとってハーフビートというのは異質なものであり、それゆえに熟練者は相手の間合いを常に考えたり、相手からハーフビートでの攻撃をもらわないように素早く相手を仕留めることを意識しているとのことだった。


そこからもハーフビートに関する質問を様々行い、自宅でできるハーフビートのお勧めのエクササイズを教えてもらった。今夜から早速それをトレーニングに取り入れていこうと思う。フローニンゲン:2022/3/27(日)15:57


8099. ジークンドートレーニング89:動画ではわからなかった事柄


時刻はゆっくりと午後4時を迎えた。太陽の位置はまだ高く、夕方らしい雰囲気になってくるのはもう少ししてからだろう。


ロビンさんとの会話の中でも話題に挙がったが、今日からサマータイムが始まった。パソコンや携帯は自動的にサマータイムの時間になったが、オーブンの時間は自分で再度設定する必要があったので、1時間ほど時間を早めた。道場の部屋にかかっている時計も手動で直す必要があったので、ロビンさんがそれを1時間早めた。


それではこの日記を書き終えたら、ゆっくりと入浴しようと思う。先ほどの日記では全てをまだ書き留めることができなかった。それくらいに今日のセッションは充実していたのである。


手技と足技を習った後に、防御とカウンターの9番から21番までを練習した。これは以前ロビンさんに送ってもらった動画をすでに何度か見ていたので、もう順番を覚えていたので練習も速やかだった。


しかし、動画を見るだけではわからない細かな動きがそれぞれにあり、いくつかロビンさんに指摘を受けたり、修正を受けたりするものがあった。例えば、10番目の技の際には、右手のタンサオから相手の首目掛けて手刀を打ち込むのだが、このときに、タンサオをしてからタメを作ったり、体を捻ったりして手刀を打ち込むのではなく、タンサオの手の形からそのまま最短距離で相手の首に向かって手刀を打ち込むことが重要になる。


また、13番から14番の技に関しては、リズムが重要であり、右手のパクサオによって相手の左手の攻撃を防いだら、「タン·タタン」のリズムで、左手のラプサオで相手の手首を掴んで即座にバックフィストを繰り出す必要がある。


動画で一番見落としていたのは17番の技である。これは相手の左手での攻撃に対して、右手のボンサオをし、そこから左手のラプサオで相手の手首を掴んで即座にバックフィストを相手の顔面に打ち込むものだ。このとき、ボンサオの形がそもそも少し間違っていたのである。


ボンサオの際に、右手の拳を握っていたが、それは正しくなく、正しくは手を広げることが重要になる。拳を握ったままだと腕が動かしにくいのだ。また、ボンサオはその他にも色々と難しい箇所があり、再度今日撮影した録画を見たり、ロビンさんの動画を視聴しようと思う。


そこからは相手の右手での攻撃を防ぐ、最後の4つの防御·カウンターの技を習った。18番、19番、21番といずれもゴンサオを伴うのだが、21番のゴンサオだけ少し動きが違い、その点も動画だけではわからなかったことである。その微細な違いもまた今日のセッションの録画やロビンさんの動画を視聴しながら、正しい動きを習得したいと思う。


ここまで書き留めてきて改めてわかったが、今日のセッションは本当に充実していた。道場からの帰りの際の足取りも喜びと充実感に満ちているものだった。今日の夕食も美味しくいただけるだろし、今夜もまたぐっすりと眠れそうだ。フローニンゲン:2022/3/27(日)16:17


8100. 絶え間ない青春を謳歌して/癖の修正に向けて


時刻は午後8時を迎えた。今日からサマータイムを迎えたこともあり、この時間帯もまだ完全には日が沈んでおらず、辺りはまだ暗くない。


今、改めて今日の充実感を噛み締めている。今の自分が学術的な研究やマーシャルアーツに打ち込んでいるのは、青春を取り戻すため、いや新たな青春を謳歌していることの現れかもしれないと思った。


春はいつでも新しく青い。ここで述べる青さには何ら否定的な意味はなく、青さには生命の躍動感と情熱が満ちている。


人生の今という季節においてこうした青春を謳歌できることの有り難さを思う。ひょっとしたら自分は、ずっとこのような形で生きていくのかもしれない。おそらくそれでいいのだろう。


人は無駄に見切りをつけてしまうのだ。一生涯にわたって成長を続けていくというのは、一生涯青春を謳歌することに他ならないのではないかとさえ思う。きっとそうなのだろう。


青春期が持つ体力と気力の充実。そして迸る霊力。一生涯青春を謳歌することができれば、自ずと成長というのは実現されていくものなのだろう。


今、改めてロビンさんとのセッションについて思い出している。そう言えば、今日はいくつか自分では気づきにくいような癖を指摘してもらった。


普段の自主トレーニングの中ではできていると思っていたオンガードポジションに関して、ロビンさんと対峙してみると、オンガードポジションの際のリード側の手が体にくっつきすぎてしまっているようだった。リード側の手は本来体から話して少し前に突き出しておく必要がある。まさにフェンシングの剣を持つようなイメージで。


その他にも、ロビンさんは私が技を出す際に色々と細かなところをよく見ていて、リア側の左手の拳を握る際に、親指が立ってしまうような形になってしまうことがあることを指摘してもらった。リード側の手の拳の形は良い形になっているとフィードバックをもらったが、リアに関しては利き手でない分、意識が疎かになっているようだった。


明日からは、自主トレーニングの中で上記の2つの癖を改善していくようにしようと思う。こうした細かな点を意識することはとても重要である。仮に癖として定着してしまっているのであれば、それを修正するためには、ゆっくりとした動きを通じて改善に向けて稽古をしていく必要がある。早い動きはその癖をごまかしてしまうことにしかならないので、できるだけゆっくりとした動きで癖を抜いていくことを試みてみようと思う。


今日のセッションで得られたことは非常に多かったので、明日から1つ1つゆっくりと消化していこうと思う。それもまた1つの楽しみである。フローニンゲン:2022/3/27(日)20:24

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