【フローニンゲンからの便り】18116-18121:2026年1月29日(木)
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タイトル一覧
18116 | 左右の中指と薬指の鍛錬 |
18117 | 今朝方の夢 |
18118 | 今朝方の夢の振り返り |
18119 | 活動をタイマーで区切る効能を実感して |
18120 | 日々のタバタ式トレーニングの効能を実感して |
18121 | 未踏の世界を歩むこと |
18116. 左右の中指と薬指の鍛錬
ここ最近はまた寒さがぶり返し、辺りは雪に覆われている。オランダでの最後の冬は、過去10年の中でも最も寒く、積雪量も多いというのは興味深いことである。そうした冬の世界を今思う存分に味わっている。
左右の中指と薬指が親指や人差し指に比べて動かしにくいのは、生理学的構造に起因する自然な現象である。とりわけ薬指は腱や神経の共有構造の影響を受けやすく、単独での精緻な運動制御が難しい。右手においても、運動野における指の表象は親指や人差し指が大きく、中指や薬指は相対的に不利な立場にある。その特性を踏まえ、あえて右手の中指と薬指のみでクロマティックスケールを演奏する訓練は、弱点を補強するという単純な意味を超え、神経筋制御の再編成を促す意義を持つだろう。通常のi-m-a交替では、人差し指が無意識のうちに運動の安定性を担保してしまい、中指や薬指の不均衡が顕在化しにくい。m-aのみで連続発音させると、両指の独立性やタイミングの微細な差異が露わになる。その過程で、運動単位の動員はより精密化し、指同士の相互干渉が減少していくのではないかと思う。これは脳内の運動表象を細分化し、指ごとの制御精度を高める方向に働く可能性がある。さらに、この練習は音色の均質化にも寄与するだろう。多くの奏者にとって、i指は最も安定し、a指は音量やアタックが不安定になりやすい。m-aのみでゆっくりとスケールを弾くと、音の粒立ちや強弱の差が明確に感じ取られる。その差を聴覚的に認識し、脱力と角度を微調整することによって、右手全体のトーンコントロール能力が底上げされることが期待される。また、弱い指に集中的に負荷をかけることで筋持久力は向上するが、ここで重要なのは力ではなく質である。テンポを上げすぎず、一音ごとに弦の振動を確認しながら演奏することで、単なる筋力訓練ではなく感覚運動統合の訓練となる。夕食後の静かな時間に低速で行うことは、神経可塑性を促進する環境としても適している。ただし、過度な反復や緊張は腱への負担を増やすため避けるべきである。目的は中指と薬指を酷使することではなく、右手全体のバランスを再構築することである。最終的には全指を統合した自然な運指へ戻すことが前提となる。この訓練は、指の独立性向上、音色の均質化、神経制御の精緻化、そして自身の弱点の可視化という複合的効能を持つ。弱い指を矯正するのではなく、弱い指に十分な空間と時間を与えるという姿勢で取り組むとき、演奏はより安定し、響きはより自由になるだろう。フローニンゲン:2026/1/29(木)06:00
18117. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、わずか数人しか生存していない地球上にいた。そこで私は、火星の探索ミッションに乗り出そうとしていた。確かに地球には自分を含めて片手で数えるほどの人しかいなかったが、それ以外の人間はすでに別の惑星で生活を始めているようだった。中には地球で生活したことがない若い世代もたくさんいて、自分は二人の友人に協力してもらう形で、地球の様子を次世代型の通信技術で伝えていた。二人の友人もすでに地球ではない惑星にいたので、VR技術を使い、まるで二人が地球にいて、そこで自分にインタビューをしているような雰囲気を生み出すことにした。インタビューの質問に答えた後に、実際に火星に着陸する瞬間も実況しようと思った。そこでは高度な集中力と技術を要求されたが、自分は平素の絶え間ぬ鍛錬のおかげで、その瞬間にミスをすることはないと確信していた。ただし、着陸に向けて火星の芯に向かう瞬間だけではゾーンの状態に入る必要があり、外界の雑音などはシャットダウンする必要があった。
もう一つ覚えているのは、屋外で野球の試合を観戦していた場面である。そこでは往年のスター選手と現役のスター選手が入り混じって楽しそうに試合をしていた。それは公式戦ではなく、オールスターのような試合であり、選手たちは少年時代の草野球を思い出しながらプレーしているかのようでとても楽しそうだった。見ているこちらにもそれが伝わってきて、自分も楽しい気持ちになっていた。ところが終盤で、ある二人のかつて一流だったバッターが口論を始めた。実際のところは、二人のうちの年長者の選手が一方的にもう片方の選手に向かって文句を言っていた。その方はどうやら自分のバッティングの方が優れていると思っているようで、それを強く主張していた。もう片方の選手はメジャーリーグで殿堂入りした方で、至って冷静に、ユーモアを交えながらその文句をうまく受け流していた。するともう片方の選手も冷静になり始め、再び楽しい試合が続いた。その後場面が転換し、私は見知らぬ小学校低学年の男の子に作文を教えていた。彼が書いた文章を添削する形で彼の文章力を高める支援をしていたところ、彼が大人でも知らないような難しい言葉をたくさん知っていて、それを正確に漢字で書けることに驚いた。彼に驚かされたのはそれだけではなく、語彙力以外にも大人でも到達する人が稀な抽象的な思考力も兼ね備えており、それにも驚かされた。そうした子供を指導できることは自分にとっても大きな喜びだった。フローニンゲン:2026/1/29(木)06:13
18118. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢は、文明の終末と再創造のはざまに立つ自己像を描いているのかもしれない。地球にわずかしか人が残っていないという設定は、既存の秩序や慣習がほとんど剥ぎ落とされた極限状況を象徴している可能性がある。そこでは他者の評価や社会的雑音が最小化され、存在そのものが裸形で問われている状態であると考えられる。そのような世界で火星探査に向かおうとする構図は、既知の領域から未知の領域へと自己を投企し続ける姿勢を示しているのかもしれない。しかも他の人類はすでに別惑星で生活しているという設定は、時代の最先端あるいは未来志向の潮流の中で、自分が「最後の地球の語り部」として位置づけられていることを示唆しているようにも思われる。次世代型通信やVRを通じて地球の様子を伝える場面は、経験や思想を媒介し、次世代へ橋渡しする役割を担っている自己像を象徴している可能性がある。単なる観測者ではなく、翻訳者であり実況者であり、過去と未来を接続する存在であるという自己理解が背景にあるのかもしれない。そして火星着陸の瞬間に高度な集中を必要とする場面は、人生における決定的局面では「ゾーン」に入る覚悟が求められていることを示唆しているように思われる。平素の鍛錬への確信は、日々の修練が臨界点において自己を支えるという信念の反映であろう。外界の雑音を遮断する必要性は、本質的課題に向かう際には評価や雑念を断ち切る内的統制が不可欠であることを象徴しているのかもしれない。一方、野球のオールスター戦の場面は、競争を超えた遊戯性や純粋な喜びの次元を表している可能性がある。往年の名選手と現役選手が混じり合う構図は、過去と現在の統合、経験と現在進行形の躍動の共存を象徴しているように思われる。しかし終盤の口論は、卓越性をめぐるエゴの残滓を示しているのかもしれない。年長者の選手が自己の優位を主張する姿は、功績や比較に囚われる心の動きを映し出している可能性がある。それに対し殿堂入り選手がユーモアを交えて受け流す姿は、真の成熟が競争を超えた余裕と軽やかさに宿ることを示唆しているように見える。その態度が場の調和を回復させたことは、対立の解消が力ではなく包含によって達成されることを象徴しているのかもしれない。最後に現れた小学生の場面は、未来世代との出会いを象徴している可能性がある。語彙力と抽象的思考力を兼ね備えた少年は、未成熟に見える存在の中に潜む巨大な可能性を体現しているように思われる。その子を指導する喜びは、知識の継承を超え、潜在力を引き出す営みへの歓びを示しているのかもしれない。総じてこの夢は、終末的状況においても未来へ橋を架け、卓越性を磨きつつ、競争を超え、次世代を育てる存在としての人生像を描いている可能性がある。未知への挑戦、エゴの超克、継承と育成の三層が交差する地点にこそ、これからの人生の意味が潜んでいるのかもしれない。フローニンゲン:2026/1/29(木)08:16
18119. 活動をタイマーで区切る効能を実感して
日々、ギター練習と読書をタイマーで区切り、一定時間ごとに活動を切り替える方法を採用している。これは、脳科学的にみて合理性が高いと考えられる。人間の集中は持続的で無限ではなく、前頭前野を中心とする実行機能ネットワークには疲労が生じる。とりわけ意図的注意(top-down attention)を維持する際には、背外側前頭前野と前帯状皮質が活動し、課題から逸脱する刺激を抑制している。しかしこの抑制機構は時間とともに効率が低下する。タイマーで区切ることは、意図的に「集中の単位」を設定し、神経資源の消耗を管理する行為である。さらに、一定時間で区切ることは「目標勾配効果」を利用している可能性がある。終了時刻が明確であると、報酬系(ドーパミン系)が活性化しやすく、課題への動機づけが維持される。終わりが見えることで、脳は負荷を限定的なものとして処理し、集中の持続が容易になる。これはポモドーロ法(25分間の集中作業と5分間の小休憩を繰り返す時間管理術)の有効性とも整合的である。また、ギター練習と読書という性質の異なる活動を交互に行うことは、異なる神経回路を交替で使用することを意味する。ギター練習では運動野・小脳・感覚運動統合ネットワークが強く働き、読書では言語野・側頭葉・意味処理ネットワークが優位になる。活動の切り替えは単なる中断ではなく、特定回路の回復時間を確保する「アクティブレスト」として機能する可能性がある。筋肉と同様、神経回路にも使用と回復のリズムが存在する。さらに重要なのは、タイマーが「外的メタ制御装置」として働く点である。通常、活動の切り替えは内的判断に委ねられるが、その場合、注意資源を消耗しやすい。外部に時間管理を委託することで、実行機能の負荷を軽減し、課題そのものに集中できる。これは意思決定疲労(decision fatigue)を防ぐ仕組みでもある。加えて、切り替えはデフォルトモードネットワークの適度な再活性化を促す可能性がある。短時間の活動変更は、無意識的な情報統合や記憶固定を助ける。読書内容がギター演奏中に無意識的に再編成されることや、その逆も起こり得る。交互学習は、単調な持続よりも長期記憶定着に有利とする研究もある。ただし、切り替えが頻繁すぎると「注意残存(attention residue)」が生じ、前の課題の痕跡が次の課題に干渉する可能性がある。したがって、十分に没入できる長さ(例えば25~50分程度)を確保することが重要である。総じて、タイマーによる交替は、神経資源の消耗管理、報酬系の活性化、回路の交替使用、意思決定負荷の軽減という複数のメカニズムを通じて集中力を高めていると推測できる。自分の感覚的実感は、脳の可塑的適応と整合的であり、意図的に設計されたリズムが認知効率を支えている可能性が高い。フローニンゲン:2026/1/29(木)09:24
18120. 日々のタバタ式トレーニングの効能を実感して
タバタ式トレーニングを毎朝必ず行っていて、この習慣を取り入れてから、心身の状態が一段と向上したように思う。改めてこのトレーニング法の効能を調べていた。タバタ式トレーニングは、20秒間の高強度運動と10秒間の休息を8セット、合計4分間行うインターバル法であり、運動生理学的にはHIIT(High-Intensity Interval Training)の代表的プロトコルの一つである。この方法の核心は、短時間で最大酸素摂取量(VO₂max)に迫る強度に身体を追い込む点にある。持久的トレーニングが主として有酸素系の適応を促すのに対し、タバタ式は有酸素系と無酸素系の双方を同時に刺激するため、心肺機能の向上と解糖系能力の改善を同時に狙うことができる。第一の効能は心肺機能の向上である。高強度負荷は心拍数を急上昇させ、心拍出量の増大を促す。その結果、酸素運搬効率が改善し、日常生活における疲労感の軽減や集中力の持続につながる可能性が高く、この効能を実感している。朝に行う場合、自律神経系の交感神経活動が適度に活性化され、覚醒水準が上がるため、その後の知的作業や研究活動への移行が滑らかになる。第二に代謝機能への影響である。高強度刺激は筋細胞内のミトコンドリア新生を促進し、インスリン感受性を改善する傾向があるとのことだ。また運動後過剰酸素消費が生じるため、運動終了後もしばらく代謝亢進状態が持続する。これは脂質代謝の促進や体脂肪減少に寄与する可能性がある。特に朝に実施することで、一日の基礎代謝を高める起点となる。第三に神経系への効果である。高強度運動はBDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌を促進することが報告されており、これは神経可塑性や認知機能の向上と関連する。短時間でも強度が十分であれば、脳の覚醒度や実行機能に良い影響を与える可能性がある。日々の研究や思索において思考のキレを感じているので、それは単なる主観ではなく生理学的基盤を持つと推測される。第四に心理的効能である。4分間という明確な枠組みは達成可能性が高く、自己効力感を強化しやすい。高強度を乗り切ったという体験は、困難な課題に対する耐性を高める。これは身体的鍛錬が精神的鍛錬と相似形をなすという意味で、日々の修練の縮図とも言える。ただし留意点として、フォームの崩れや過度の疲労蓄積は怪我や慢性炎症のリスクを高める。週あたりの頻度や種目選択を調整し、回復日を設けることが長期的効果を維持する鍵となる。総じてタバタ式トレーニングは、時間効率が高く、心肺・代謝・神経・心理の各側面に多面的適応をもたらす方法であると言えるだろう。朝の習慣として定着しているそれは単なる運動ではなく、一日のパフォーマンスを設計する基盤的儀式として機能していると位置づけることができる。フローニンゲン:2026/1/29(木)11:37
18121. 未踏の世界を歩むこと
未踏の世界。そこは一見すると険しい道のように思えるかもしれないが、実際のところは未踏の道の方が歩みやすいのではないだろうか。そのようなことを先ほどの買い物途中に思った。それを思わせてくれたのは、過去10年間の中で最大の積雪量だと言える今年の白銀世界である。ここ最近は本当に寒さが厳しく、家から出るのは月曜日と木曜日の買い物の日だけにしている。月曜日ぶりに外に出てみると、室内の窓からの景色以上に雪が積もっていて驚いた。新雪の雪を踏みしめた時のその音と感触は大変心地良く、今日は滑りにくい靴を履いて行ったこともあり、一度も足を滑らせることがなかった。先日の大雪の日のあとの数日間は、街中がスケートリンクと化していた。それは歩行においてはとても危険で、親友のメルヴィンはその時に足を滑らせて腰から転倒してしまい、腰を痛めてしまったと一昨日述べていた。自分もその時は何度も足を取られ、転倒はしなかったものの、大変危ない目にあった。一方、今日は新雪だったということもあり、スケートリンクのような状態ではなかったので、一度も足を取られることはなかった。雪で覆われたノーダープラントソン公園を横切っているときに、誰も踏んでいない雪の箇所ほど安全だと思った。人が踏めば踏むだけ雪が溶け、そこが滑りやすくなる。これはひょっとしたら人生においても同じなのではないかと思ったのだ。振り返ってみると、これまでの人生において未踏の地を歩むことの連続だったように思う。そしてそれはこれからも変わらないだろう。オランダで過ごす最後の冬の贈り物のような気づきであった。今年の夏からはイギリスで生活することが確定し、出願した3校全ての結果が出揃ってから具体的にどの都市に行くかを決めようと思うが、いずれにせよフローニンゲンで過ごす冬は本当に今回が最後である。キャンパスビジットをした今から11年前の今頃も雪が積もっていたが、その時よりも雪が深い。あの時から今にかけての自分の歩みを振り返りながら自宅に戻ってきた。フローニンゲンという町が自分にもたらしてくれたこと。この町で過ごした10年間は、自分の人生の中で最も学び多く、実り豊かだったと言える。そこで培ったことをイギリスで大いに花開かせたいと思う。フローニンゲン:2026/1/29(木)16:15
Today’s Letter
Constant learning and disciplined practice lead me toward the deepest realms of reality. Consistency is one of the greatest treasures in my life. Groningen, 1/29/2026

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