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3234. 発達を促す見えない力:意識を向けることの大切さ


ボストンからフローニンゲンに戻ってきて数日が経つ。その間に、アメリカとヨーロッパの文化的な違いについて改めて考えさせられている。

いや、それは考えさせられているというよりも、感じさせられていると表現した方が正確かもしれない。アメリカとヨーロッパに流れる文化的な空気と時間の流れは随分と異なるように感じられる。

確かに私は、来年は再びアメリカに戻ろうとしているが、アメリカの根底に流れるものとは相容れないような性質を自分が持っていることにも気づく。一方、ヨーロッパのいくつかの国に関しては、自分の深層的な性質と共鳴するような雰囲気を持つ土地がいくつかあることに気づいている。

来年アメリカに戻ることになったら、それは自己と相反するものと対峙することを意味しているのかもしれない。人間の発達は、対極的なものを統合する過程として捉えられ、絶えず今の自分と矛盾するような側面を包摂していくことを私たちに迫ってくる。

そうしたことを考えると、根底部分で相容れないアメリカに戻ることは、自らの成熟を促すことになるのかもしれない。また、アメリカに戻ろうとする見えない力が働いていることを見ると、自己がさらなる成熟の歩みを進めるためにアメリカに戻ることは必然のようにも思えてくる。

そして、自己と相容れないアメリカの土壌そのものが自らの発達を促進するのみならず、そもそもアメリカに向かわせるその見えない力そのものが発達を喚起する働きを持っていることに注目しなければならない。人間の発達を促すこうした目には見えない諸々の力が存在していることに改めて驚く。

今日は昨日に引き続き、パウロ・フレイレの書籍の続きを読み進めていく。それに合わせて、キャサリン・エルギン教授の論文が収められた“The Oxford Handbook of Philosophy of Education (2009)”の続きも読み進めていきたい。

こうした読書に並行して、先日ボストン美術館で購入した公式ガイドブックに掲載されている作品を眺めたいと思う。ボストン美術館に訪れる前に、ネルソン・グッドマンが美術館の意義と役割について執筆した論文を読んでいた。

その中でグッドマンは、芸術作品が真にその真価を発揮するためには、十分な時間注視する必要があるということを述べていた。美術館の中で私は、グッドマンのその指摘にうなづいていた。

次から次へと作品を慌ただしく見ていくような態度では、作品の真価に気づくことはできない。作品が生きて呼吸をし始めるには、私たちの注視が必要なのではないか。そのような思いから、私は自分の関心を引く作品に関してはとりわけ注意深く意識を向けていた。

すべての物事に通じることかもしれないが、意識を向けることの大切さを強く実感する。ある作品に意識を向ければ向けるほど、新たな気づきや発見が開示されていく。

作品を真に目覚めさせるのは、私たちの意識であり、目覚めた作品が私たちに問いを投げかけてくる。私はボストン美術館の中で、作品と向き合う際に意識を向けることの大切さを改めて実感していた。

実物の絵ほど問いの喚起力が落ちてしまうかもしれないが、今日はガイドブックに掲載されているいくつかの作品の写真を眺めたいと思う。美術館の中で働かせる意識と書斎の中で働かせる意識の違いや、実物と写真に対して向ける意識、そして喚起される問いの性質などについても観察をしてみようと思う。フローニンゲン:2018/10/8(月)10:07

No.1339: The Moonless Night Sky

Today also is approaching the end.

I can see the moonless night sky from the window of my study.

I won’t forget the moonlight always lighting in my heart. Groningen, 20:48, Monday, 10/22/2018

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