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934. 横山大観の名作『趁無窮』より


ウィーンとザルツブルグではあれほどまでに天候に恵まれ、街行く観光客の幾人かが日中に半袖で活動していたのに対し、フローニンゲンの街は未だに寒さが残っている。実際に、今日は朝から部屋の暖房を入れる必要があった。

こうした寒さのみならず、午後からは雨が降り出し、オーストリアで傘を一度もさす必要がなかったことが嘘のようである。依然としてフローニンゲンの天気は、次の季節に向けての移行期間にあるようだった。

寒さや雨を日常生活における素晴らしい外的変化とみなしながら、今日は朝から論文の読み込み作業を行っていた。「創造性と組織のイノベーション」のコースの最終試験が明日に迫っており、午前中にこのコースで取り上げられた全ての論文を読み返していた。

このコースは産業組織心理学のものであるがゆえに、若干研究アプローチが旧態依然としており、創造性やイノベーションという本質的にダイナミックな事象をうまく取り扱うためのアプローチが当該分野の研究にまだ導入されていないことを見て取ることができる。

これまで私が探究を続けてきた構造的発達心理学の観点や、非線形ダイナミクスやダイナミックシステムアプローチといった領域の理論や手法を用いれば、創造性やイノベーションに関してこれまでにはない発見事項が得られるに違いないと確信している。

そうした目を持ちつつも、午前中に読み返していた論文のいくつかは、面白い研究成果を示していた。私が創造性の発達に関心を持っているがゆえに、ウィーンやザルツブルグで偉大な創造者の博物館や記念館を訪れることになったのか、それらの場所に訪れることが私の関心を創造性の発達に向けたのか定かではない。

おそらく、両者の因果関係は一方向的なものではなく、双方向的かつ相互作用的なものだろう。また、私が意識するとしないとにかかわらず、これまで私は様々な偉大な創造者の博物館や記念館に訪れていたことを思い出す。

そうした場所に訪れることを通じて、私の中で創造性を開拓する一筋の道が今明瞭に見え始めたと言っていいだろう。見えたのは、創造性を涵養していく過程であり、創造的なものをこの世界に生み出す法則性である。

これらのものをようやく掴みつつあることは、何にも代えがたいほどの感謝の念を私にもたらす。領域は全く異なれど、すでにこの世を去った偉大な創造者たちは、創造性を育むプロセスと創造的なものを創出する法則を私に授けてくれたような気さえするのだ。

こうした気持ちは、旅を重ね、偉大な創造者たちが全てを捧げて活動した場所を実際に訪れることによって引き起こされたものだ。昼食後の仮眠を終え、降りしきる雨を見ながら、私はソファの一角に腰掛けた。

いつも昼食後の仮眠を終えたら、コーヒーを入れて再び仕事に戻る。だが、今日からは行動に少しばかり変化が見られた。

仮眠を終えた直後に、横山大観の画集を見たくなったのだ。ちょうどウィーンからフローニンゲンに戻ってきた夜に、専門書と論文の山を動かし、座れるようにソファの一角にスペースを作った。

そこに座って音楽を聴きながら、美術館や博物館で購入した資料を眺めることをしたいと思い立ったのは、ザルツブルグに滞在していた時だった。実際に今日からそれが実現した。

先ほど、横山大観が生涯のうちに残した作品のうち、大部分が収められている画集を眺めていた。これは昨年の年末に、家族で島根県の足立美術館を訪れた時に購入したものだ。

そこで見た大観の作品に圧倒されるものがあり、画集でもいいからそれらを常に眺められるようにしておきたかったのだ。この画集に収められている大観の作品を順に追っていくと、画家としての大観の技術的かつ内面的な成熟過程を見て取ることができる。

私はそれらをゆっくりと辿りながら、手を滑らし、晩年の大観の作品にページが飛んでしまった。そのページには、大観が84歳の時に創作した『趁無窮(むきゅうをおう)』が大きく取り上げられていた。

この三文字が描かれた墨書を目にした時、強大な求心力を感じた。それらの文字の意味がわからなかったため、解説文に目を通すと、それは大観の師であった岡倉天心が芸術の理想について語ったものだということがわかった。

「趁無窮(無窮を追う)」というのは、永遠に完成することのない芸術に関して、無限のものを追求していくという意味であり、この作品は大観の信条の表れであった。私がこの作品に引き込まれるものを感じたのは、大観が本当にこの言葉を作品の中に体現させながら芸術に打ち込んでいたからだと思った。

この三文字には、大観の魂が込められているのだ。絵画に魂を入れるというのは、全くもって不可能なことではなく、現実的すぎるほどに現実的だと思った。

そして、魂を込めることができるのは、絵画に限らず、人間が生み出す全ての創造物に当てはまると思うのだ。大観の作品を眺めながら、一つ一つの作品に魂を込め、他の魂と共振するような作品を自分も創造していかねければならないと心新たにさせられた。

午後から夜にかけて執筆する論文の一文一文に、それを体現させていきたい。2017/4/12

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