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231. 熟成


——待つしかない、か——竹内敏晴

音楽、絵画、スポーツ、学問にせよ、長大な時間の鍛錬の末に到達した境地には、共通して美的なものが広がっている気がしてならない。四年に一度のスポーツの祭典、オリンピックの開催日が迫ってきている。今回のリオ五輪ではどのような美が顕現されるのだろうか。

元ハーバード大学教育大学院教授カート・フィッシャーが実証研究で示したように、知性や能力の発達には長大な時間がかかる。また、フィッシャーが実証研究で示したものの中で極めて重要な意味を持つのは、「ピアジェ効果」と呼ばれるものだ。

ピアジェ効果とは、一言で述べると、小さい頃に無理に知性や能力に関する発達を強いられていた場合、二十歳を過ぎるあたりでピタリと発達が止まってしまうという現象を指す。もちろん、傑出したピアニストやスポーツ選手などは幼少期から相当なトレーニングを積んでいるだろう。

彼らには、そうしたトレーニングに耐えられるだけの資質があったのだろうし、何よりもそうしたトレーニングを苦にしない才能のようなものがあったのだろう。ピアジェ効果が示しているのは統計的な解釈であって、そうした才能を持った人物のような例外的なケースは除外されている。

つまり、ピアジェ効果は全ての人に当てはまるわけではないということを理解しておく必要がある。ピアジェ効果が当てはまるのは、子供達の適性や個性を考慮せず、過度に早期英才教育を推し進めた結果として引き起こされる現象なのである。

その人の適性や個性を無視した弊害は、何も子供達の発達だけに当てはまるものではなく、私たち成人の発達にも当てはまると思っている。一般的に、より高度な段階に近づけば近づくほど、発達速度は遅くなる。

知性や能力の次元が上がれば上がるほど、その次の次元に到達するためには多大な鍛錬と時間が必要となる。その理由は、新たな段階で習得すべきものの量が単に増加するだけではなく、そこで解決すべき課題の難易度も高度化するからである。

要するに、成人期において知性や能力がゆっくりとしか発達しないのは必然的なのである。こうした必然性を無視して、過度に発達を促進しようとした場合、その人の発達の形(道筋)は歪んだものとなってしまう危険性がある。

私たちには、各人固有の「発達時計」なるものが備わっている気がしている。必要な発達段階に必要な発達時間をかけて辿り着くための時計である。ここでご自身の経験を振り返っていただきたいのだが、「時差ぼけ」を経験したことはあるだろうか?

飛行機などで日付変更線をまたぐような長期移動を強いられた時、私たちの体内時計は狂ってしまう。これは内側で流れる時間感覚を無理に改竄されることによって起こるのだと思う。

事情はほとんど同じである。内側の時間感覚に強引に手が加えられた時、時差ぼけが生じて体内時計が狂ってしまうのと同じように、発達速度を強引に変えようとする働きかけがあった時、私たちの発達時計は狂ってしまうのだ。

そもそも、「ピアジェ効果」という実証結果がフィッシャーによって提示される遥か前から、「slower is better(発達はゆっくりな方が好ましい)」という考え方は存在していたのである。私の知る限り、明示的にこの考え方を述べていたのは、ジャン-ジャック・ルソー(1712-1778)だと思う。

ルソーは「人間の発達プロセスは、私たちが思っているよりもゆっくりである」ということを300年近くも前に提唱していたのだ。ルソーのこうした考え方を受け継ぎ、研究を進めていったのがアーノルド・ゲゼル(1880-1961)だろう。

ゲゼルは元イェール大学教授であり、子供の発達研究の大家でもあった。ゲゼルは、子供(人間)には自己規制メカニズムが内在的に備わっているため、子供は新しいことを大量に学ぶことに対して何かしらの抵抗を示すということを明らかにした。

言うまでもなく、これは外面的(行動的)な抵抗というよりも、目には見えない内面的な抵抗である。つまり、あまりに多くのことを詰め込まれすぎないように子供達の内側にある何かが警告を発するのだ。

発達を急かされることに対する内側の抵抗は、成人にも当てはまるのではなかろうか。発達支援をする側と支援を受ける側の双方が、早急な発達を拒絶する「警告」に気づかない時、それは悲劇を生むと思うのだ。

成人の発達支援をする際に、いつも厄介な問題は、成人の発達には膨大な投入量の鍛錬が必要でありながら、無理に発達を促進することには危険性が付きまとうということである。私たちが知性や能力を高めるためには、今発揮することのできる最大限の力を振り絞って圧倒的な鍛錬を積む必要があるのは確かである。

そこで大切になるのは、発達速度を見極める支援者側の慧眼と、自分の発達時計のリズムを正確に理解し、膨大な鍛錬を乗り越えていけるだけの内発的な原動力を当人が兼ね備えていることだと思う。

己のたゆまぬ研鑽と対人的・環境的支援を得た後は、それらが熟成するために寝かせる必要があるのだと思う。あとは待つことしかないのではないだろうか。

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