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188. 三十路からの理転:フローニンゲン大学留学までの経緯


僥倖に恵まれる。私たちは時として、人智を遥かに超えたものからの働きかけによって人生の舵を切ることがあるのではないだろうか。

こうした働きかけに直面するとき、深く対象のない大きなものに対して、私はただただ拝むのみである。奉拝と敬拝。一介の人間として、それ以外にできることは他にあるのだろうか。きっとないだろう。

「あぁ、そうか。自分は知性の発達を研究する科学者なのだ。理転しよう」

そんな通達を自己を超越した存在から得たのは、20代も半ばにさしかかった頃だった。これまでの自分はおよそ理科系の科学者とは縁のない生活を送っていた。日本では文系の大学に通い、経営学を専攻していたし、米国の大学院でも文系の範疇で心理学を探究していた。

人間の知性や能力の発達プロセスとそのメカニズムをより深く理解したい。湧き上がるその思いを押さえることは不可能であった。この純粋な思いを大切にした場合、どうすればこの思いを成就することができるのだろうか。

非常に複雑な知性発達現象は、いつ、いかなる時も多階層的な真理を私たちの眼前に提示している。私は真理が内包する一つ一つの階層を自分の目(肉の目・知の目・観想の目)で確かめてみたい、解き明かしていきたい、と思うようになった。

複雑な知性発達現象の多階層的な真理に肉薄するための一つの手段として、応用数学の一分野であるダイナミックシステム理論を修めることが不可欠だと思うに至った。

なぜオランダのフローニンゲン大学に留学するのか?その問いに対する簡潔な回答は、「ダイナミックシステム理論を活用した知性発達研究のアプローチを体系的に習得できるプログラムが世界においてフローニンゲン大学にしかなかったから」というシンプルなものである——ダイナミックシステム理論を脳の研究に活用することを意図した大学院レベルのプログラムは、米国ミシガン大学にもあるが、私の関心は物質的な脳よりも主観的な意識・知性にあるため、ミシガン大学のプログラムとは思いが合致しなかった。

こうした意思決定基準は、ジョン・エフ・ケネディ大学大学院へ留学することを志した時とさほど変わりはない。当時も、アメリカの思想家ケン・ウィルバーのインテグラル理論を体系的に学べるプログラムは、地球上においてカリフォルニアのジョン・エフ・ケネディ大学にしかない、ということを知った瞬間に、そこに行って学びを得ることを志した。

しかし、今回の留学が実現するまでの道のりは比較的長かったように思う。フローニンゲン大学は、研究大学としての地位を確立しており、大学院の志願者に対して研究に必要な事前知識とスキルを高いレベルで要求していた。

私の場合で言うと、数学と統計学の知識とスキルである。入学後に、ダイナミックシステム理論に関する体系的なトレーニングを施すという考え方のもと、数学についての事前要求レベルはそれほど高くなかったが(大学の教養課程レベル)、統計学が私にとって大きなネックとなっていた。

事実、過去二年連続でフローニンゲン大学から不合格通知をもらったのも、統計学に関する私の知識とスキルの欠如からだった。何としてでもフローニンゲン大学に入学するべく、私は米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部が提供するオンラインの統計学講座を幾つか履修したり、英国ケンブリッジ大学に直接足を運んで統計学と統計用のプログラミング言語Rに関する資格を取得した。

今年一月にフローニンゲン大学を訪問した際には、ジョンズ・ホプキンス大学で取得した統計学に関する修了証ととケンブリッジ大学で取得したRに関する資格証明書をアドミッションオフィスに手渡した。そうした努力の甲斐もあり、このたび無事に入学を許可されるという運びになった。

抑え難き思いに突き動かされた、これらの衝動的な自分の行動を見るにつけ、若さの際立つ非常に青々としたエネルギーを感じる。しかし、成人発達理論の観点から、あえて不遜な言い方をすると、私にとってみれば、20歳から65歳までは等しく「青年」に過ぎない。

青年期であれば、その若々しく溢れんばかりのエネルギーに抗うことなく、もう少し何かに対して果敢に挑戦してもいいのではないだろうか?未熟な己を知り、未熟であるがゆえに溢れ出す力強いエネルギー。それに従って生きること、それが健全な発達なのではないだろうか。

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