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169.「涅槃的誤謬」:発達理論を活用した人財開発や組織開発に見られる認識上の過ち


発達理論が人財開発や組織開発に活用される際に、実務家と組織側双方は、往々にして「涅槃的誤謬(nirvana fallacy)」の罠に絡め取られる。涅槃的誤謬とは、非現実的なものや空想的なものを現実的なものと取り違え、非現実的・空想的な手段を持ってして、現実の課題に対処しようとする認識上の過ちのことを指す。あるいは、そこから派生して、ある課題を克服するための絶対的な解決策が存在すると盲信する思考特性のことを指す。

発達理論を人財開発や組織開発に活用する際に、こうした涅槃的誤謬に陥っていないかを常に検証する姿勢は、実務家と組織側双方に求められる。人財育成の目標が単に、高次の意識段階を持つ人財を増やすということにある場合、その目標設定は最初から非現実的かつ空想的なものである。

企業社会における資本主義のルールに則って、企業が活動を継続させていくためには、企業の競争力をつけることや企業価値を高めることが課題として突き付けられるのは止むをえない。

しかし、企業の競争力や企業価値を高めるという名の下に、組織内の人間を高次の段階へ引き上げようとするのは、どこか飛躍した発想ではないだろうか。高次の発達段階を豊富に抱える組織は、競争力や企業価値が高いという実証結果は、今のところ見られない。

現代の金融資本主義の競争原理は過剰であり、競争に勝っていかなければ生き残れないような過酷なゲームである。そうした過酷な競争環境下における諸々の課題を克服するために、藁にもすがる思いで、高次の意識段階を獲得することに懸命になるのは、涅槃を希求する姿と大いに重なる。

残念ながら、個人の成長・発達に焦点を当てる発達理論を持ってしても、人財育成に対して決して万能薬とはなりえないのである。人間の成長を育むというのは、発達理論の射程だけでは到底及ばない深遠な営みなのである。

人財育成に携わる者は、発達心理学の知見のみならず、学習理論や教育哲学などの理解が最低限求められ、そうした知識の土台の上に確固とした支援技術を積み上げていく必要がある。

人財育成に携わる者が発達理論の知見を活用する時に、その射程と深さに全てを委ねたくなるような衝動を持ってしまうのは理解できるが、全てを委ねてしまった瞬間に、それはまた涅槃的誤謬なのである。発達理論に過度な期待を寄せ、人財開発の課題を解決するための解を発達心理学というフィールドだけから抽出しようとするのは、非現実的であるが現実においてよく目にする。

同様に、組織の課題を全て人間の問題に結び付けようとする発想も極めて還元主義的である。もちろん、個人が集まって形成される組織において、そこで表出する多くの課題は人の問題と関係するかもしれない。

しかしながら、そうした課題の解決へ向けて、人間にのみ焦点を当てるというのはひどく歪曲された狭い発想でしかない。組織上の課題を克服するために、組織内の人間を変革していくことが唯一の解である、という発想もまた涅槃的誤謬の表れである。

発達理論を人財開発や組織開発に適用しようとする実務家や組織は、「構成員の意識段階を高めれば全ての問題が解決する」という涅槃的誤謬に陥らないように注意しなければならない。

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