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10974-10978: フローニンゲンからの便り 2023年9月27日(水)



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成人発達理論とインテグラル理論を楽しく学んでいただける「成人発達コラボラジオ」を2023年7月14日より始めました。

タイトル一覧

10974. 光と闇への感謝/今朝方の夢

10975. 自己と世界の一体化/死生観の変化/存在の入れ子の免疫機能の健全化に向けて

10976. サイケデリクスとの非二元の関係性/生命倫理と規制の観点からのサイケデリクス研究

10977. 自分の名前とサイケデリクス/ショートカット的·バイパス的なサイケデリクスの良薬的活用

10978. 「インテグラル·サイケデリックラジオ」の開始/今後の協働に想いを馳せて


10974. 光と闇への感謝/今朝方の夢


時刻は午前5時半を迎えた。ここ最近は日の出がすっかり遅くなり、それでいて起床時間が比較的早いこともあって、真っ暗な世界の中で目覚め、そこからしばらく闇の世界の中で時間を過ごすことが多くなっている。来月の今頃にちょうどサマータイムが終わるのだが、ここから1ヶ月はますます日の出が遅くなる。そうしたこともあって、朝の時間帯はしばらく闇を味わうことがこれから増えて来そうである。闇の世界にいると、逆に朝日が顔を出すときの光の世界への移行を体験することができる。闇が深ければ深いほど、光は眩く感じられるとはよく言ったもので、闇から光へ移行する際には、確かに光の訪れに対して感謝の念が生まれる。同時にその光を知覚させてくれた闇への感謝の念すら生まれてくる。そして、光と闇の双方を超えたものへの感謝の念が生まれる。光と闇もまた何かによって作り出されていて、その何かとは一者であり、大いなる存在であり、実在世界であり、ブラフマンであり、いろいろな表現がある。いずれにせよ、そうした存在への感謝の念と共に1日をスタートさせることができているのは幸せなことなのだろう。


今朝方は1つ断片的な夢を見ていた。夢の中で私は、夢を眺める者としてそこにいた。どのような夢を眺めていたかというと、自分が幼少時代によく見ていたアニメのキャラクターたちが結集し、そのアニメの後半のストーリーで出て来た強敵と戦っているものである。最初のうちはアニメ通りの展開となったが、最後その強敵を倒すシーンが実際のアニメのものと異なっていた。アニメの中では主人公の息子がその強敵を倒すのだが、夢の中では主人公が強敵を倒してしまった。しかも、それまで戦っていた荒野から突然瞬間移動し、オフィスビルの会議室で主人公が光線のようなものを放って、それが強敵の眉間に突き刺さり、強敵は木っ端微塵になった。そのような場面を眺めていた。今朝方はその他にも夢を見ていたように思うが、それについての記憶はもはや薄い。今から少し忘れ去られた夢についても思い出してみよう。


今日は午前中にトランスヒューマニズムに関する対談をし、午後からは成人発達コラボラジオの収録がある。こうして自分の関心テーマについて話ができる場があることが嬉しい。自分の1人語りではなく、対話形式であることもまた魅力的で、対話によってしか紐解かれないことが無数にあることを考えると、尚更こうした機会があることに感謝したい。今日もまた自らの研究と実践の双方が着実に前に進んでいくだろう。それを楽しみながら今日という大切な1日を過ごす。フローニンゲン:2023/9/27(水)05:56


10975. 自己と世界の一体化/死生観の変化/存在の入れ子の免疫機能の健全化に向けて


時刻は午前6時半を迎えた。辺りは依然として闇に包まれていて、小鳥たちもまだ鳴き声を上げていない。そんな中、今自分は大きな世界に投げ出され、そしてその世界と一体化している。世界に投げ出されているだけだと実存的不安を抱えるかもしれないが、こうして世界そのものと化してみると、全てを受け入れることができる。また、世界の表情の変化に応じて自らもまた変化していることを感じることができている点に幸せの源泉を見つける。自己は世界であり、世界は自己であるということ。そして両者は絶えず変遷を繰り返しているということ。その変遷過程が自己と世界の歴史を作り出し、自分は絶えずそうした歴史的生き物として今この瞬間を十全に生きている。書斎の窓から見える真っ暗な闇の世界を眺めながらそのようなことを考えていた。


昨夜ふと、火葬ではなく土葬を選べば、最後は肉体は土に還り、菌に還るのだという妙な安心感が生まれた。シロシビン·マッシュルームを研究し始め、それを愛し始めたことによって、どうやら自分の死生観にも良い影響を与えているようだ。最後は自分は菌に還り、菌になり、全てとまた一体となること。そう考えると、人間は生まれてから死ぬまでの間も本来は全てと一体であるばかりでなく、死んだ後もまた全てと一体なのだとわかる。一体感。それがもたらすこの究極的な安心感はなんだろうか。人は分離するから不安に駆られるのではないだろうか。様々な実存的発達段階がある中で、世界と自己が分離されてしまう、ないしは分離させてしまうことは実存的不安を生み出す。この根元は分離なのである。であれば統合の道を歩めばいいのだ。自己が世界と1つであるという感覚が持てた時、それは究極的な安心感を生む。大きな海に投げ入れられた石の波紋は、どこまでも広く広がっていく。空に羽ばたく鳥は、空に羽ばたいたのではなく、空になったのである。今この瞬間の自己感覚は、そうした文章で表すことができる。


今日もまたサイケデリクス研究に全身全霊で打ち込んでいこう。サイケデリクス学の探究を始めたからというもの、日々がこれまでとはまた違った次元で輝き始めた。かつての自分の慣習的な発想や自分が構築した価値観も脱構築し、また新たな次元に自己が着実な歩みを進めているのを日々感じる。


ボディ·マインド·ソウル·スピリットという存在の入れ子のそれぞれに免疫機能がある。そして、集合意識にも免疫機能が存在するというモデルが昨日知覚された。現代人の、そして現代社会のそれらの免疫機能は残念ながら機能不全、あるいは過剰反応を示している。自分がサイケデリクス学の探究を通じて実現したいことの1つは、それら全ての免疫機能を健全化させることなのだろう。それを通じて、個人は自らとの調和を取り戻し、社会にも調和を取り戻すこと。その実現に向けて、自分は何も惜しまず探究と実践を続けていく。そのようなことを考えていた。フローニンゲン:2023/9/27(水)06:43


10976. サイケデリクスとの非二元の関係性/

生命倫理と規制の観点からのサイケデリクス研究


真の意味で非二元の思想を体現していれば、サイケデリクスとも非二元の関係性を築けるのではないかと思う。サイケデリクスに依存するのでもなく、はたまた過剰に拒否するのでもなく、サイケデリクスと非二元の関係性を築けているかはその人の非二元度合いの試金石になり得るだろう。今読んでいる書籍は、バガヴァッド·ギータの観点からサイケデリクスを紐解いている非常にユニークな学術書で、それを読みながらそのようなことを考えていた。サイケデリクスを悪いもの·良いものと捉えることそのものが分断的な思考なのであり、当然ながらどのような種類のサイケデリクスがどのような効果と危険性を持っているのかを分析的に探究していくことは非常に重要だが、最終的には分断的な思考の超克が求められる。サイケデリクスに対して科学的·哲学的·神学的に探究をしていくことは、必ず言語を通じた分節化を伴うため、その過程は絶えず分断的な意識が活性化されることになるが、その背後では絶えず非二元の意識の在り方を保っておきたいものである。少なくとも自分が分断的な思考を元にしてサイケデリクスを研究しているのだという自覚を絶えず持つこと、すなわち目撃者の意識状態を絶えず保つことは重要だろう。そうした意識状態を絶えず保ちながら探究と実践に明け暮れていく過程の中で、徐々に非二元の意識状態が定着·体現していくであろう。


今日もまた順調にサイケデリクス研究が進んでいる。HDSに提出するライティングサンプルに対して少し加筆·修正を加えるなども行っていた。HDSに進学したら、メディカルスクールの研究部隊との協働や、ロースクールの研究者たちとも協働をしたい。とりわけ後者に関しては、ハーバード·ロースクールの何人かの研究者が、サイケデリクス研究に関する生命倫理と規制の観点で研究を行っていて、彼らの研究は左上象限の倫理と右下象限の規制の観点で非常に参考になる。ちょうど来週にはそのテーマでカンファレンスが開催されるらしく、研究プログラムもローンチされているようなので、HDSに晴れて入学することができたら、サイケデリクス研究の幅は格段に広がるであろう。そのような楽しみを感じている。その実現に向けて、今年の出願においては細部を詰めて、抜かりなく、そして後悔なく出願をしたいと思う。来月末のキャンパスビジットが今から楽しみである。フローニンゲン:2023/9/27(水)09:43


10977. 自分の名前とサイケデリクス/

ショートカット的·バイパス的なサイケデリクスの良薬的活用


今日は少し空に雲が出ていて、曇った世界の中、朝から穏やかさが続いている。平穏な世界の中で午前中にふと、自分の名前の意味に立ち返る瞬間があった。洋平という名前には、「平和」の「平」という文字が与えられていて、自分の名前に立ち返り、現在の関心事項に引きつけるならば、現代社会の「ドラッグ·ウォー(薬物戦争)」の終結に向けて尽力することが自分の天命かと思ったのである。その終結を通じて、人々が真の意味で平穏な暮らしが送れ、社会が平和になることを真に望んでいる自分がいる。このように自分の名前とサイケデリクス学の探究·実践が紐づいてきたことはとても有り難いことであり、だからこそこうやって毎日全身全霊でサイケデリクスについて探究をしているのだろう。


午前中にはヒューマンポテンシャルラボさんの後援の下、トランスヒューマニズムに関する対話をさせていただいた。今日の対話会はもう5回目を迎えた。前回からすでにサイケデリクスの話をさせていただいていて、今日もまた引き続きサイケデリクスの話をたくさんさせていただいた。その中で、サイケデリクスの活用は、確かに大きな知覚変容をもたらし、知覚の扉を開くため、ある意味ショートカットやバイパスの手段のように映る。確かにその性質は間違いなくあり、それそのものが悪いわけではない。むしろそれもまた活用の仕方いかんによっては良薬としても機能し、むしろ端的的に知覚の回路を開くことによって、現代社会の喫緊の課題に取り組んでいくための世界観を獲得したり、アイデアを獲得したりする形で活用することができる。また、伝統的な瞑想や座禅の実践と組み合わせ、さらにはシャドーワークというものがより市民権を得て、多くの人たちが日常的にそれらの実践をする文化的土壌ができてくると、それはサイケデリクス体験に向けた最良の準備になる。そうした準備を経てのショートカット的·バイパス的なサイケデリクスの活用は、むしろ瞑想実践やシャドーワークに関するブレークスルー的な役割も果たす。サイケデリクス体験を経た後も、その体験をゆっくりと咀嚼していき、そこで得られた知恵を体現化させるために瞑想やシャドーワークを日常的に行っていくことが推奨される。そうした体系立った実践の枠組みがあれば、サイケデリクスによる突発的な知覚変容は悪いものと言うよりも、積極的に取り入れていくべき望ましいものに思えてくる。


とにかく現代社会は既存の世界観や発想の枠組みでは埒が明ない問題で山積みなのだ。行けるところまで問題が行き着いて突破をしていくという加速主義的な発想を超えて、その前にこちらの意識を行けるところまで一気に高めてしまい、世界観そのものを脱構築することが求められているように思う。まさに現代人は、水面下で進行する種々の喫緊の社会課題に対して茹でガエル状態なのであり、その状態から脱却するための手段としてのサイケデリクスの活用は真剣に検討されるべきものだと思う。フローニンゲン:2023/9/27(水)12:49


10978. 「インテグラル·サイケデリックラジオ」の開始/今後の協働に想いを馳せて


時刻は午後4時を迎えようとしている。先ほど、ラジオの収録を終えた。今朝方降ってきた閃きとして、これまでのラジオ番組の名称である「成人発達コラボラジオ」という名前を変更してみたいと思った。実はその思いよりも先に、「インテグラル·サイケデリックラジオ」という名前が先に降ってきていたのである。早速それをラジオのコラボパートナーである早田航さんにお伝えしたところ、この名称に賛同してくださったので、今日の放送のタイトルコールからその新たな名前を使うことにした。名前と言うのは非常に重要な働きをしていて、このように新しい名前でラジオ放送をしてみると、また新鮮な気持ちとなり、心機一転したのように探究と実践のギアがまた一段変わったことを実感した。今日はその他にも、自分の名前と絡めたサイケデリクスを通じた天命に気づかされたこともあり、名前に関係して色々と大きな天啓がやってきた形となる。


それ以外にも、午前中のヒューマンポテンシャルラボさんとの協働の中で、日本たばこ産業(JT)さんの特命部隊「D-LAB(Delightful Moment-Laboratory)」について知った。JTさんのこの取り組みは大変興味深く、取り組みの背後にある想いに共感するものが大いにある。仮にJTさんが新たなプロダクトやサービスを見つめ直す際に、サイケデリクスが1つ選択肢に入ってきたのであれば、ぜひ協働研究や協働実践をさせていただきたいと思った次第である。タバコからサイケデリクスの転換が起こったら、それは日本社会にとって大きなインパクトをもたらすだろうし、心身の幸福の実現に向けて大きな貢献を果たすことができるのではないかと思う。JTさん以外にも、清涼飲料水·アルコール飲料企業もサイケデリクスの効能と価値に目覚めてもらうことができたら、4象限的に日本社会がより良い方向に向かって変わっていくことのきっかけになるのではないかと期待してやまない。そうした運動の一端を担えるように、自分にできることは日夜サイケデリクス学の探究を地味にコツコツと続けていくことである。それは成人発達理論やインテグラル理論を研究している時にも行っていたことであり、そうした初心を忘れず、常に今よりも1つ新たな知見を蓄えていきながら、将来に向けた様々な関係者との協働作業に向けて力を蓄えていきたいと思う。フローニンゲン:2023/9/27(水)16:04

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