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【フローニンゲンからの便り】18189-18194:2026年2月11日(水)

  • 35 分前
  • 読了時間: 14分


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タイトル一覧

18189

ウォームアップの本質

18190

今朝方の夢

18191

今朝方の夢の振り返り

18192

和声空間を身体化させるためのスケール練習

18193

出現頻度の少ないスケールの練習

18194

スケール練習の意義

18189. ウォームアップの本質   

                              

ブランダン・エイカー氏の助言の核心は、「ウォームアップとは準備運動ではなく、身体と感覚の再教育である」という視点の転換にある。多くの演奏者は、ウォームアップを指の可動域を広げるための機械的作業、あるいは練習開始前の儀式的通過点と誤解している。しかし彼が強調するのは、ウォームアップは技術的負荷ではなく、感覚のリセットであるという点である。演奏感覚は固定されるものではない。姿勢は日々微妙に崩れ、呼吸は浅くなり、肩や首には無意識の緊張が蓄積する。前日の良いフォームが翌日もそのまま維持されるとは限らない。身体は常にドリフトする。ゆえにウォームアップとは、そのズレを穏やかに補正し、「本来あるべき演奏の感触」を思い出させる行為なのである。ここで重要なのは速度ではない。速さは神経系の興奮を高めるが、ウォームアップの本質は逆である。呼吸を整え、重心を感じ、地面との接地を確認し、頭部と背骨の位置関係を調整する。この段階で既に演奏は始まっている。音を出す前に身体が整っていなければ、その後の技術練習は歪んだ基盤の上に積み上がることになる。彼の言う「毎日ゼロから教え直す」という表現は示唆的である。演奏技術は記憶ではなく、状態依存的な身体スキルである。すなわち、正しい姿勢・適切な呼吸・過剰でない筋緊張という条件が揃ったときにのみ再現される。ウォームアップはそれらの条件を再構築するプロセスである。姿勢が整えば、緊張が入り込む余地が減る。これは単なる比喩ではなく、力学的事実である。重心が安定し、骨格支持が正しく機能すれば、不要な筋収縮は自然に減少する。すると音は柔らかくなり、コントロールは容易になる。ここで初めてギターが「手に属する」状態が生まれる。良いウォームアップは練習全体の質を決定する。冒頭で焦りや雑念が支配していれば、その日の練習は無意識の緊張を反復することになる。逆に、穏やかで整然とした感覚から始めれば、その後のスケール練習やレパートリー練習も自然と秩序と自由を帯びる。結局のところ、ウォームアップは筋肉を温めるためではなく、「良い演奏とはどのような身体感覚であるか」を毎日再確認するための儀式である。それは技術向上の前提条件であり、演奏の質を静かに方向づける土台なのである。フローニンゲン:2026/2/11(水)06:42


18190. 今朝方の夢 

                               

今朝方は夢の中で、大学一年生の時に知り合った友人と旅館の一室で話をしていた。自分は寝起きで、その状態で彼は自分の好きな音楽を聴くことを勧めてきた。彼の勧めに従って、彼が手渡してくれた小型の音楽再生器とイヤホンを通じて音楽を聴いてみた。するとそこに流れていたのは邦楽であって、自分の知らない曲が多かった。そのうちの一曲は確かに良い感じではあったが、自分の心を動かすような曲は特になかった。曲を聴き終えて彼に感想を述べる際には、彼の心を傷つけないように、少し良いと思った曲を褒めることにした。すると彼は突然笑い出し、私の匂いを指摘した。どうやら寝起きの体の匂いなのか口臭なのかが出ていたようで、そうした匂いについては日頃から気を遣っているが、人を不快にさせないようにさらに気遣いをしていこうと思った。


次に覚えているのは、見慣れない古代遺跡にいた場面である。遺跡の調査を友人たちと行っており、ちょうど遺跡の広場には10羽を超えるハゲタカの集団がいた。調査の都合上、それらをまず追いやることが重要だと思ったので、草刈り道具を突きつける形で彼らをまず追い払った。小さな見張り塔から下に降りて調査をしようと思った時に、隣に母がいて危ないので慎重に降りるようにと述べた。しかし私の身のこなしはとても軽く、危険は全くないと思ったので、さっと下に降りた。


最後に覚えているのは、睡眠の専門家と自分の睡眠について話し合っていた場面である。そこで私は、レム睡眠のリズムを共有し、覚醒に向けて夢の映像時間が短くなっている気がすることを述べた。するとそれは正常な現象のようで、自分の感覚が正しいことを確認した。フローニンゲン:2026/2/11(水)07:15


18191. 今朝方の夢の振り返り

                    

今朝方の夢は、自分の「感受性」「他者配慮」「本能的力動」「自己観察」という四つの層が段階的に展開している構造を持つ象徴劇であるように思われる。最初の旅館の場面は、半ば目覚め、半ば夢の中という中間状態であり、自分の意識がまだ完全には統合されていない「移行期」を象徴している可能性がある。大学一年時代の友人とは、自己形成の初期段階、すなわち価値観や趣味が外部から強く影響を受けていた頃の自己像を映しているのかもしれない。彼が勧める音楽は、他者の価値観や世界観の提示であり、それを一度は受け取り、丁寧に聴く自分は、開かれた態度を保っている姿であると推測される。しかし心を深く動かす曲がなかったという点は、他者の提示する世界が、もはや自分の中心的感性とは一致しない段階に来ていることを示しているのかもしれない。それでも相手を傷つけぬよう配慮する姿勢は、成熟した対人倫理を表しているように思われる。ところが突然「匂い」を指摘される。匂いとは、理性で制御しきれない身体的実在であり、無意識の自己を象徴している可能性がある。いかに言葉を選び、外面的に整えても、身体は真実を漏らすという示唆であるとも考えられる。ここには、他者評価への微細な感受性と同時に、「より深く自己を整えよ」という内的要請が潜んでいるように感じられる。次の古代遺跡の場面は、時間軸が一気に拡張され、自分の探究が個人的領域から歴史的・集合的次元へと移行していることを象徴している可能性がある。遺跡とは、過去の記憶や深層構造の比喩であり、そこに群れるハゲタカは、停滞した思考や腐敗した価値観、あるいは消耗的な衝動の象徴かもしれない。それらを草刈り道具で追い払う行為は、理知的な整理や批判的態度によって空間を清める姿勢を示しているようである。見張り塔から軽やかに降りる身のこなしは、自分が既に高所から俯瞰する視座を持ちつつも、実践の地平に降りる柔軟性を備えていることを暗示しているのではないか。母の慎重な忠告は、内在する保守的・保護的な側面の声であり、それを聞きながらも恐れずに降りる態度は、自立した判断力の成熟を象徴していると推測される。最後の睡眠専門家との対話は、自己の内面を客観視するメタ認知的態度の象徴である可能性が高い。レム睡眠のリズムや夢の映像時間を語る場面は、自分が無意識の動態を観察対象として扱える段階に来ていることを示しているように思われる。そしてその感覚が「正常」と確認されることは、自分の内的感覚が信頼に足るものであるという承認であるかもしれない。全体としてこの夢は、他者からの価値提案を受け取りつつも、自らの感性を軸に再選択し、身体性と無意識を整え、過去の遺構を整理し、そして自らの内面リズムを客観的に理解するという発達的プロセスを描いている可能性がある。人生における意味としては、外界の評価や影響を超えて、自分の深層構造を整え、歴史と身体と無意識を統合しながら、自律的な探究の地平へと進んでいく段階に差しかかっていることを示しているのかもしれない。フローニンゲン:2026/2/11(水)09:39


18192. 和声空間を身体化させるためのスケール練習

                                

クロマティック練習とCメイジャーやAマイナーといった基本的なスケール練習は、表面的にはどちらも「音階を弾く」という点で似ているが、その目的は本質的に異なる。ゆえに練習時間が限られている場合には、どちらがより大きな転移効果を持つかという観点から優先順位を判断する必要がある。クロマティック練習の中心的目的は、純粋な運動制御の洗練にある。半音階は和声的な意味を持たず、調性感にも依存しない。そのため、演奏者は音楽的文脈よりも「指の均等性」「タッチの統一」「脱力」「左右の同期」といった身体的要素に集中することができる。これはいわば神経系のキャリブレーションであり、日々の微細なズレを整える作業である。特にウォームアップ段階においては、緊張の有無やフォームの安定を確認する上で非常に有効である。しかし、クロマティックは音楽的構造を内在化する練習ではない。実際の楽曲の多くは調性体系の中にあり、メイジャーやマイナーのスケールを基盤として構築されている。したがってCメイジャーやAマイナーのスケール練習は、単なる運動ではなく、「和声空間を身体に刻み込む訓練」である。どの音が主音に引き寄せられるのか、どこでポジション移動が起こるのか、どの指使いが自然な流れを生むのかといった感覚は、実際のレパートリーに直結する。スケールは技術と音楽性を橋渡しする中間層に位置するのである。時間が限られている場合、優先すべきはこの転移効果の高さである。クロマティックは運動の基礎を整えるが、それ自体が楽曲理解や和声感覚を深化させるわけではない。一方でスケール練習は、音色、呼吸、フレージング、ポジション移動といった複数の要素を統合的に扱う。これは単なる指の体操を超え、音楽的文法の身体化に近い。したがって、例えば30分しか練習時間がないなら、数分間のクロマティックで脱力と均一性を確認した後、主たる時間をスケールに充てるのが合理的である。クロマティックを完全に省く必要はないが、主役に据えるべきではない。特にすでに一定の基礎が築かれている段階では、単純な指の独立よりも、調性空間をいかに自然に感じ取れるかが重要になる。スケールはそのための最短経路である。限られた時間の中で成長を最大化するなら、和声的意味を持つ練習を優先させる方が賢明である。フローニンゲン:2026/2/11(水)10:06


18193. 出現頻度の少ないスケールの練習  

                     

一見すると、実際のレパートリーでほとんど出てこないような調、例えば嬰ヘ長調や変ロ短調のようなスケールを練習する意味は薄いように思われる。しかしそれらには、単なる出現頻度を超えた構造的な価値があることに気づく。まず、スケール練習は「曲を弾くため」だけでなく、「指板全体を地図化するため」に行うものである。出現頻度の低い調ほど、開放弦の助けが少なく、ポジション移動や横方向の展開が多くなる。その結果、左手は特定の運指パターンに依存できず、純粋な音程感覚と位置感覚が問われる。これは運動的にも認知的にも、指板の理解を一段深める作用を持つ。次に、調号が増えることで、音の機能関係をより抽象的に捉えられるようになる。Cメイジャーだけを弾いていると、白鍵中心の視覚的イメージに依存しやすい。しかし多調を扱うと、「主音—属音—導音」といった機能関係を、具体的なポジションから切り離して理解できるようになる。これは和声空間の身体化に直結する。さらに、将来のレパートリーへの備えである。バッハやロマン派以降の作品では、遠隔調への転調が頻繁に現れる。普段から多調に慣れていれば、未知の楽曲に出会った際の適応速度が速くなる。出現頻度が低いからこそ、あらかじめ基礎を築いておく価値がある。では、どのタイミングで始めるべきか。段階を分けて考えるのが合理的だろう。第一段階は、CメイジャーとAマイナーを安定して、均質な音色と正確なポジション移動で弾ける段階である。ここでリズム変奏やアーティキュレーション変化も自在に扱えることが前提になる。第二段階として、♯や♭が1~3個の調に拡張する。G、D、F、Eマイナーなどである。この時点で「運指が変わっても安定する」という経験を積む。第三段階で、調号の多い遠隔調に入る。このタイミングは、単に技術的余裕があるときではなく、「指板を立体的に理解したい」と感じ始めた時が最適である。技術的基盤が不十分な段階で無理に増やすと、混乱だけが増える。要するに、出現頻度の低いスケールは、実用のためというより抽象化のために練習するのである。演奏技術がある程度安定し、単純な運指練習を超えて音楽的構造を探究し始めた時点で導入するのが最も効果的だろう。フローニンゲン:2026/2/11(水)10:37


18194. スケール練習の意義

                             

スケール練習の意義は、単に「音階を速く正確に弾けるようにする」ことではない。ギターにおけるスケールは、指の運動能力と音楽的理解を同時に育てる、いわば基礎でありながら中核の訓練である。特にクラシックギターでは、開放弦やポジション移動、弦間移動という固有の制約があるため、スケール練習はそのまま演奏全体の品質を規定する。まず意義を、身体・知覚・音楽構造の三層に分けて考えると整理しやすい。第一に身体的意義である。スケールは、左手のポジション移動と右手の弦間移動を、最も純粋な形で反復させる。ここで問われるのは速度ではなく、均等性である。音量、音色、アタック、リリースが揃っているか。左手の指が必要以上に高く上がっていないか。シフトの瞬間に握りが発生していないか。こうした「緊張の隠れ場所」を露出させるのがスケールである。したがってスケールは、テクニックの獲得というより、フォームの再現性と脱力の検証装置として機能する。第二に知覚的意義である。スケール練習は、指板を地図としてではなく、空間として身体化させる訓練になる。Cメイジャーのような易しい調だけを扱うと、目と習慣に頼った操作になりやすい。しかし調号が増えると、同じ機能(主音・導音・属音)を異なる場所・異なる指遣いで何度も経験することになる。その反復によって、音程感覚と位置感覚が結びつき、指板が二次元ではなく立体的に把握されるだろう。出現頻度の低い調を練習する意義はまさにここにある。頻出しないからこそ、視覚や慣れに逃げられず、抽象的な構造理解が強制されるのだ。第三に音楽構造の意義である。楽曲の多くは調性空間の中で動いており、フレーズはスケール断片、分散和音、装飾音型として現れる。つまりスケールは、メロディと和声を同時に背後で支える「文法」である。スケールを単なる運指練習としてではなく、調性感(どの音が帰結点で、どの音が緊張であるか)として体に入れておくと、レパートリーでの運指選択、ポジション設計、フレージングの説得力が変わる。結果として「弾ける」だけでなく「語れる」演奏へと近づくだろう。練習のポイントは、スケールを「速度の競技」にしないことである。目的はミスなく速く弾くことではなく、毎回同じ品質で弾ける身体状態を作ることである。従って練習は、必ず音と身体感覚を同時に観察する形で設計する。最初に、ウォームアップとして短時間のスケールを置くのは有効である。ただしこの段階ではテンポは遅く、右手のタッチと左手の脱力を最優先にする。呼吸が止まる、肩が上がる、親指に圧が入るといった兆候が出た瞬間にテンポを落とす。ここでの成功指標は「落ち着いていること」である。次に主練習としては、同じスケールを複数の観点で変奏するのが最も効率が良いだろう。例えば、同一テンポで、音価を変える(全て四分音符→三連→十六分)、アクセント位置を変える(2拍目だけ強くする、3音目だけ強くする)、アーティキュレーションを変える(全てレガート、全てスタッカート、2音スラーを混ぜる)、右手の運指を変える(i-m、m-a、i-a、あるいはa-mのコントロール)といった具合である。こうすると、スケールが単調な反復ではなく、演奏に必要な制御課題の集積になる。左手については、スケールをポジション固定とポジション移動の二種類で練習するとよい。固定ポジションは均等性の検証に向き、移動を含む形は実戦に直結する。特に移動では「シフトの瞬間だけ音が痩せる」「雑音が出る」「テンポが揺れる」という問題が現れやすい。そこが練習の核である。問題点は必ずシフト周辺の2~3音に局在するので、全体を繰り返すより、その局所だけを反復して修正するほうが賢明である。調の選び方にも段階がある。初期はCメイジャー/Aマイナーを音色と脱力の基準として毎回触れる。次に♯・♭が1~3個の調で、運指の変化に耐える身体を作る。ここで「調が変わると音色が変わる」という現象に気づければ進歩である。さらに進むと、頻度の低い調を練習する意味が出てくる。これはレパートリー対策ではなく、調性感の抽象化と指板把握の立体化のためである。この段階では、全調を網羅するより、週ごとに2~3調を選び、質を保って回すほうが現実的である。練習時間が限られる場合の配分の目安も示しておく。例えば30分なら、スケールに8~12分程度を確保し、残りをレパートリーと課題箇所の修正に回す。スケールは短くても毎日触れる価値があるが、長くやりすぎると肝心の曲が進まなくなる。スケールは主役ではなく、全体を整える背骨であるという位置づけが最適である。最後に、最も重要な観点を一つだけ挙げるなら、スケール練習は「良い音で弾く訓練」であるという点である。テンポや指回りは副次的であり、音色・均等性・呼吸・姿勢が整っている状態を毎日再現できるかが核心である。スケールを通じてその状態を作れるようになると、曲の練習は劇的に容易になるはずだ。逆に言えば、曲が難しいのではなく、曲を支える身体状態が不安定なのである。スケールはそれを静かに整える最短ルートだと言えるだろう。フローニンゲン:2026/2/11(水)16:24


Today’s Letter

Warm-ups are diamonds in practice, while scale work is gold for building a solid foundation. Both are indispensable to my guitar development. Groningen, 2/11/2026

 
 
 

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