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【フローニンゲンからの便り】18167-18173:2026年2月7日(土)



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タイトル一覧

18167

ゼミナールの第169回のクラスの事前課題

18168

今朝方の夢

18169

今朝方の夢の振り返り

18170

ピアジェの発達理論(その1)

18171

ピアジェの発達理論(その2)

18172

ピアジェの発達理論(その3)

18173

唯識とピアジェの発達理論

18167. ゼミナールの第169回のクラスの事前課題

    

今日は午後にゼミナールの第169回のクラスがある。いつものように事前課題について自分なりの回答を考えておこうと思う。一つ目の問いは、「ピアジェの認知発達理論において、子どもは知識をどのように獲得していく存在として捉えられていますか。構成主義という立場に触れながら説明してください」というものだ。ピアジェの認知発達理論において、子どもは知識を外界から受動的に受け取る存在としてではなく、環境との相互作用を通して能動的に知識を構成していく存在として捉えられている。この立場は構成主義と呼ばれ、ピアジェ理論の出発点をなす人間観である。ピアジェによれば、知識は完成された形で外部に存在し、それが内面に写し取られるものではない。むしろ知識とは、主体が行為を通して対象に働きかけ、その結果を自らの認知構造の中で組織化していく過程そのものである。この構成主義的立場において、子どもは世界を「知る前の存在」ではなく、常に仮説を立て、試し、修正する能動的な探究者として位置づけられる。吸う、つかむ、見るといった初期の行為であっても、それは単なる反射ではなく、経験を通じて組織化されるスキーマとして機能し、後のより高度な認知構造の基盤となる。知識は同化と調節という過程を通じて更新され、主体と対象との相互作用の中で生成され続ける。このような人間観は、後続の段階理論や発達メカニズムの理解にとって不可欠である。段階とは外部から与えられる発達水準ではなく、主体が自ら構成した認知構造が一定の均衡状態に達した結果として成立するものである。したがって、ピアジェ理論全体は、子どもを受動的な学習者ではなく、世界を構成する主体として捉える構成主義的前提の上に築かれているのである。


二つ目の問いは、「ピアジェが提唱した認知発達の段階理論について、それぞれの段階が持つ主要な特徴を挙げながら説明し、なぜピアジェが発達を「質的変化」として捉えたのかを述べてください」というものだ。ピアジェは、認知発達を感覚運動期、前操作期、具体的操作期、形式的操作期という一連の段階として理論化したが、これらの段階は単なる年齢区分ではなく、思考構造の質的な再編成を表すものである。感覚運動期では、知識は行為と知覚の協応として成立し、対象恒常性の獲得によって、世界が自己の行為から独立して存在するという理解が形成される。前操作期になると、象徴機能が発達し、言語やイメージによる表象が可能となるが、思考は中心化や自己中心性に特徴づけられ、一つの側面に焦点化された理解にとどまる。具体的操作期では、可逆性、保存、分類、系列化といった操作が可能となり、論理的思考が具体的対象に結びついた形で安定する。ここでは、複数の次元を同時に考慮した推論が可能となる。さらに形式的操作期に至ると、思考は具体的現実から切り離され、仮説演繹的に可能性そのものを扱うことができるようになる。この段階では、科学的思考や抽象的推論が成立する。ピアジェが発達を「質的変化」として捉えたのは、これらの段階が知識量の増加では説明できない、思考の組織原理そのものの変化を示しているからである。各段階は構造的全体として組織化され、後続段階は前段階を否定するのではなく包含し再編成する。また段階の進行には順序不変性があり、飛び越えることはできない。このように、発達を質的転換として捉える段階概念こそが、認知構造の変化を体系的に理解するために不可欠であるとピアジェは考えたのである。


三つ目の問いは、「ピアジェ理論に対する批判を踏まえつつ、新ピアジェ派はどのように認知発達理論を修正・発展させましたか。処理容量や文脈依存性といった観点から説明してください」というものだ。ピアジェ理論は認知発達を構造的変化として捉えた点で画期的であったが、その後、段階の一様性や普遍性、発達メカニズムの抽象性といった点に対する批判が提起された。これらの批判を受けて登場したのが新ピアジェ派であり、彼らはピアジェの基本的枠組みを継承しつつ、理論の精緻化と拡張を試みた。新ピアジェ派の代表的な特徴の一つは、処理容量の制約に注目した点である。例えばロビー・ケースは、段階的構造の背景に作業記憶や注意資源といった情報処理容量の発達があると考えた。発達とは、処理資源が増大することで、より多くの要素や関係を同時に扱えるようになる過程であり、この視点によって、同一個人が領域によって異なる水準の思考を示す現象が説明可能となった。さらに、文脈依存性を重視した理論として、カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論が挙げられる。この理論では、発達は固定的な段階としてではなく、スキルの組織化と再編成のプロセスとして捉えられる。スキルの水準は、課題内容、社会的支援、動機づけといった文脈条件によって変動し、「どの段階にいるか」よりも「どの条件でどのスキルが発揮されるか」が重要となる。このように新ピアジェ派は、段階概念を全面的に否定するのではなく、処理資源、スキル、文脈、領域差といった要因を導入することで、発達をより可変的で多層的なプロセスとして再定義した。その結果、ピアジェ理論は固定的学説ではなく、後続理論によって更新され続ける動的枠組みとして理解されるようになったのであり、この理論史的転換こそが新ピアジェ派の最大の意義である。フローニンゲン:2026/2/7(土)05:15


18168. 今朝方の夢

         

今朝方は夢の中で、前職時代のオフィスにいた。そこで先輩社員と上司と三人でプロジェクトを進めていた。自分に任せられていたのは財務諸表を通じた分析作業で、それはすでに完了しており、先輩にレビューをしてもらっていた。すると思わぬミスが何箇所か発見された。二人は私を責めることは一切せず、何がどのように間違っているかを丹念に分析しており、私も議論に途中から加わった。というのもその前にはまた別の上司から仕事の依頼を受けていたからである。自分に新たに仕事を任せてくれた上司は大学の先輩でもあり、自分に任せるための仕事を一覧表にまとめてくれており、こちらとしても仕事を進める上で非常に参考になった。その表にはタスクの種類と内容だけではなく、タスクごとの推奨ステップも記載されていて、それに従っていくと大きな困難なくタスクを完了させることができそうだった。もちろん自分で考え、創造性を働かせる余地もあり、そうした余地を残しながらの見事な一覧表だった。新たな仕事をもらえて嬉しく思っていたところにそのミスの発見があったのである。話し合っている二人のところにいくと、まず自分がミスをしていたのは、未払金の取り扱いのようだった。それについては自分なりのロジックがあったのでそれについて説明をし、本来はどのように扱うのが適切だったのかについて三人で話し合った。


もう一つ覚えているのは、見慣れない教会でランチレクチャーをしている場面である。ランチレクチャーの前に、参加者の一人のアフリカ系アメリカ人の女性と話をしていた。彼女は日本語が堪能で、日本語で少し会話をしていた。その中で彼女は自分の多才さを畏敬の念を持って誉めてくれていた。哲学、科学、数学、芸術、スポーツにおいても才能を発揮する自分を彼女は高く評価してくれていた。その時に自分が述べたのは、「世間一般で難しく高度だと言われているものに挑戦するのは自分にとっての生き甲斐であり、楽しみでもある」というものだった。彼女から誉められて嬉しい気持ちになったが、自分としては当たり前のことを当たり前のように進める日々であり、高度な探究を進めることは呼吸をすることに等しいので、気分の高揚は唯識で戒めている煩悩の一つであるから、冷静な気持ちでランチレクチャーに臨んだ。そのレクチャーは全て英語で行われ、自分の英語力に関しても彼女は驚きと敬意を表しているようだった。フローニンゲン:2026/2/7(土)05:29


18169. 今朝方の夢の振り返り 

                                

今朝方の夢は、自分の「責任を担う主体」としての成熟と、「探究を生きる存在」としての自己像とが、二つの場面を通して対照的に照らし出されている構造であるように思われる。前職のオフィスという舞台は、過去の社会的自己、すなわち制度・評価・数値という枠組みの中で役割を果たしていた自分の象徴である可能性がある。財務諸表の分析は、複雑な現実を論理によって整理し、整合性を確保する営みであり、これは現在の学術的探究とも通底する構造を持っているのではないかと思われる。既に完了したはずの作業に思わぬミスが見つかるという展開は、自分がどれほど熟達しても、構造の盲点や無意識の前提が残り続けることを示唆しているようである。しかし印象的なのは、先輩や上司が責めることなく、誤りを対象化し、構造的に検討していた点である。そこでは人格ではなくロジックが問題にされており、自分も途中から議論に加わることで、誤りを「自己の否定」ではなく「思考の更新」として引き受けていたのであろう。未払金の扱いに関する自分なりのロジックを説明する場面は、唯識的に言えば、遍計所執的な把握と依他起的な条件構造とのズレを調整する作業にも似ている。自分の理解は完全ではないが、単なる無知でもない。その間で対話し、より適切な処理を模索する姿は、現在の研究や実践においても続いている発達的プロセスの象徴である可能性がある。他方、教会でのランチレクチャーは、より普遍的で越境的な自己像を示しているようである。教会という宗教的空間は、世俗的オフィスとは対照的に、意味や超越を象徴する場である。その場で英語による講義を行い、多才さを称賛される場面は、自分が日本という文脈を越え、国際的・学際的に活動する存在であることへの無意識の確信を表しているのかもしれない。アフリカ系アメリカ人の女性が日本語で語りかけてくるという構図は、文化的境界が溶解し、多元的なアイデンティティが交差する世界像を象徴しているように思われる。しかし重要なのは、称賛に対する自分の反応である。喜びを感じつつも、それを煩悩の一形態として観察し、昂揚に溺れない姿勢を取っている点に、自分の内的修練の成熟が示唆されている。高度な探究を「呼吸のようなもの」と語る態度は、挑戦を特別視するのではなく、日常の営みとして引き受ける在り方であり、これは職業的自己と求道的自己が統合されつつある兆候であるのかもしれない。前半が「誤りと修正の場」、後半が「承認と超越の場」であるとすれば、この夢全体は、自分がいま、社会的責任と内的探究の両方を同時に生きる段階にあることを示している可能性がある。誤りを恐れず、称賛に溺れず、構造を更新し続ける姿勢こそが、自分の人生の深層構造であるのかもしれない。人生における意味とは、完璧さを証明することではなく、誤りと承認の双方を静かに受け止めながら、探究を呼吸のように続ける存在であり続けることにあるのではないかと推量される。フローニンゲン:2026/2/7(土)05:46


18170. ピアジェの発達理論(その1) 

                             

今日のゼミナールで扱う課題文献の該当箇所で提示されるピアジェの認知発達段階理論の全体像は、日常的で素朴な子どもの行動観察から出発しつつ、人間の知がどのように成立し、どのような内的論理によって変容していくのかという根源的問題に迫ろうとする理論的試みである。その出発点として描かれるのが、ピアジェ自身による詳細な観察記録である。例えば、7か月の乳児ジャクリーヌが布の陰に隠れたアヒルを探そうとしない場面や、6歳児が月の満ち欠けを「疲れたから」「また作られるから」と説明する場面は、表面的には幼さや誤解の表れとして片づけられがちである。しかしピアジェは、こうした行動や発言を未熟さの徴候として否定的に評価するのではなく、そこにこそ人間の認知が生成し、変化していく過程を読み取るべきだと考えた。彼にとって重要だったのは、答えが正しいか誤っているかではなく、その答えがどのような思考の構造から必然的に導かれているのかという点であり、なぜ子どもはそのように考えざるをえないのか、誤りにはどのような内的論理が潜んでいるのかという問いが、やがて認知発達段階理論として体系化されていくのである。この理論の最も根本に据えられているのが、「遺伝的認識論(genetic epistemology)(ピアジェの意図を汲み取るならば、「発生的認識論」と読んだ方がより適切だろう)」という立場である。ここで言う「遺伝的」とは、生得的であることを意味するのではなく、知識がどのように生成し、どのような起源と発達過程をもって成立するのかを問う視点を指している。ピアジェの関心は、哲学が長年問い続けてきた「知識とは何か」という問題にあったが、彼はそれを抽象的思弁によって解くのではなく、時間・空間・因果性・数量といった基本概念が、子どもの発達の中でどのように形成されていくのかを実証的に追究するという独自の方法を選んだ。この立場において、知識は完成された形であらかじめ存在するものではなく、主体(知る者)と対象(知られるもの)との相互作用の中で生成し続ける動的なプロセスである。人間は外界をそのまま写し取る受動的存在ではなく、行為を通して世界を構成的に理解する存在であり、この構成主義的前提がピアジェ理論全体を貫いている。さらにピアジェの理論は、生涯にわたって生物学的視座に深く支えられている。彼にとって知能とは、情報を処理する計算能力のようなものではなく、環境への適応の一形態であった。生物が環境との相互作用の中で生存に適した形へと変化していくように、認知もまた環境との関係の中で調整され、発展していく。ここで重要なのは、適応が刺激に対する受動的反応ではなく、主体的な調整過程であるという点である。人間は環境に単に合わせて変わるのではなく、環境を自らの枠組みに取り込みながら再構成していく。この観点から、ピアジェは認知発達を「精神の胚発生(mental embryology)」と捉え、初期の単純な構造が分化と統合を繰り返しながら、次第により高次で複雑な構造へと発展していく過程として理解したのである。このような発達観と結びついているのが、ピアジェの構造主義的立場である。彼は、子どもの思考を偶発的で断片的な反応の集まりとしてではなく、内的に組織化された体系的構造として捉えた。乳児期における認知構造は「スキーマ(scheme)」と呼ばれ、これは単なる個別行動ではなく、反復可能で一般化可能な行為の組織化された様式を意味する。吸う、つかむ、見るといった行為は、経験を通じて分化し、やがて対象を分類し理解するための枠組みへと変化していく。成長とともにスキーマは論理的操作へと再編成され、数量、関係、因果性といった抽象的構造が形成されるが、重要なのは、これらの構造が外部から与えられるのではなく、子ども自身の活動によって構成されるという点である。こうした構造的発達観を体系的に示したものが、認知発達の段階理論である。ピアジェにとって段階とは、単なる年齢による区分ではなく、思考構造が一時的に安定した均衡状態として組織化されている期間を意味する。彼の段階理論にはいくつかの基本的特徴がある。各段階は部分的能力の寄せ集めではなく、全体として統合された構造的まとまりを持つこと、新しい段階は前段階を否定するのではなく包含し再編成すること、段階は一定の順序に従って進行し飛び越えることはできないこと、文化を超えて普遍的に観察されること、そして各段階には形成期と完成期が存在することである。この段階観において、発達とは知識量が増えることではなく、思考の組織原理そのものが変化する質的転換であると理解される。最後に、こうした理論を支える方法論として位置づけられるのが臨床法である。ピアジェは、子どもに正解を求めるテスト的手法ではなく、思考の道筋そのものを探る方法を採用した。臨床法では、子どもの回答に応じて柔軟に質問を変え、理由づけや説明を引き出すことで、表面的な行動の背後にある認知構造を明らかにしようとする。この方法は標準化や数量化には向かないが、発達の内的論理を捉える上で決定的な役割を果たした。以上のように、第1章で示されるピアジェの理論は、日常的観察から出発し、遺伝的認識論(発生的認識論)、生物学的適応観、構造主義、段階理論、そして臨床法という要素を有機的に結びつけることで、人間の認知発達を包括的に理解しようとする枠組みを提示しているのである。フローニンゲン:2026/2/7(土)07:08


18171. ピアジェの発達理論(その2) 

                   

「認知はどのように変わるのか」という問いに対して、ピアジェ理論が提示した発達メカニズムを精査し、その限界と可能性を踏まえて新ピアジェ派がどのような再構成を行ったのかを考えていた。ここで焦点となるのは、発達を静的な段階の配列としてではなく、内的な力学によって駆動される動的過程として捉える視点である。ピアジェ理論において、認知的発達を直接に駆動する基本メカニズムは同化と調節である。同化とは、新しい経験や出来事を、すでに形成されている認知構造、すなわちスキーマの枠組みの中に取り込み、既知のものとして理解しようとする過程である。子どもが初めて犬を見た際に「わんわん」と呼ぶだけでなく、猫や牛といった別の動物に対しても同じ語を用いる場合、そこでは「四本足で動く生き物」という大まかなスキーマが、新しい対象を包摂する形で働いている。この段階では、世界は既存の枠組みによって意味づけられ、理解は比較的安定しているが、その分、差異は見落とされやすい。これに対して調節とは、新しい経験が既存のスキーマにうまく収まらず、違和感や失敗を生じさせたときに、スキーマそのものを変更したり分化させたりする過程である。犬と猫が同じ「わんわん」では説明できないことに気づき、それぞれを異なるカテゴリーとして区別するようになるとき、認知構造は修正され、より精緻な理解が成立する。調節は一時的に不安定さを伴うが、その不安定さこそが発達の契機となる。重要なのは、認知的発達が同化だけでも調節だけでも進まないという点である。同化が過度に優勢であれば、世界は単純化され、新しい差異は無視される。一方、調節ばかりが続けば、認知構造は定まらず、理解は断片化してしまう。発達とは、同化による安定と調節による変化が、状況に応じてせめぎ合いながら進む動的過程なのである。この同化と調節を統合する、より高次の原理として位置づけられるのが均衡化である。均衡化とは、認知的不整合や葛藤によって生じた不均衡な状態から、より包括的で安定した理解の構造へと移行していく自己調整的過程を指す。例えば保存課題において、子どもは「背の高い容器のほうが量が多い」という理解と、「同じ水を別の容器に移しただけだ」という経験との間で矛盾を経験する。この矛盾が解消されない限り、認知は不安定なままであるが、やがて可逆性や補償関係といった新たな操作構造が形成されることで、より高次の均衡に到達する。ピアジェにとって、発達の方向性は外部から与えられるものではなく、主体の内側から生じる認知的必然性によって導かれるものであった。この点で均衡化は、発達を内発的・自己組織的過程として捉える理論的中核であると同時に、その抽象性ゆえに最も批判を受けた概念でもある。こうした発達メカニズムを前提に、各段階の内的論理を簡潔に整理すると、感覚運動期では知識は行為と知覚の協応として成立し、対象恒常性の獲得は「世界が自分の行為から独立して存在する」という認識の成立を意味する。前操作期では象徴機能が発達する一方で、中心化や自己中心性が顕著になるが、これは論理の欠如ではなく、一つの側面に焦点化せざるをえない認知構造の特徴である。具体的操作期になると、可逆性・保存・分類・系列化といった操作が可能となり、論理は具体的対象と結びついた形で安定する。さらに形式的操作期では、仮説演繹的思考が成立し、思考は現実から切り離され、可能性そのものを対象として扱えるようになる。これらはいずれも能力の量的増加ではなく、思考の組織原理そのものの変化である。もっとも、ピアジェ理論は画期的であった一方、次第にいくつかの限界が指摘されるようになった。第一に、段階があまりにも一様かつ普遍的に描かれており、実際には同じ子どもでも課題や領域によって異なる水準の思考を示すという点である。第二に、実験手法の改良によって、乳児や幼児がピアジェの想定よりも早期から高度な能力を示すことが明らかになり、能力の過小評価が問題視された。第三に、文化や教育、課題文脈といった要因が、理論の中で十分に位置づけられていない点である。ただし、これらの批判はピアジェ理論を否定する方向ではなく、その枠組みを精緻化し拡張する方向で展開された。その代表が新ピアジェ派である。ロビー・ケースは、段階的構造の存在を認めつつも、その背後に情報処理容量、特に作業記憶や注意資源の制約があると考えた。発達とは、処理資源が増大することで、より多くの要素や関係を同時に扱えるようになる過程であり、この視点によって、ある領域では高い水準を示しながら別の領域ではそうでないという発達の不均一性が説明可能になった。さらに、カート・フィッシャーは、発達を固定的な段階ではなく、スキルの組織化と再編成のプロセスとして捉え直した。ダイナミックスキル理論においては、能力は個人に内在する固定的属性ではなく、文脈、支援、動機づけといった条件によって上下に変動するものとされる。このため、「その人がどの段階にいるか」を問うよりも、「どの条件のもとで、どのスキルがどの水準で発揮されるか」を分析することが重視されるようになった。この視点は、教育、臨床、さらには成人発達研究にまで大きな影響を与えている。理論史的に見れば、新ピアジェ派はピアジェの段階理論を全面的に放棄したわけではない。発達を構造変化として捉える視点、認知を主体的構成として理解する立場、発達を動的プロセスとして捉える姿勢は、いずれも継承されている。一方で、段階の硬直性や一様性は修正され、発達は多層的で可変的、かつ文脈依存的な現象として再定義されたのであり、ここにピアジェ理論が現代的に生き続けるための再構成の意義があると言える。フローニンゲン:2026/2/7(土)07:24


18172. ピアジェの発達理論(その3)  

                             

ピアジェは、認知的発達を生み出す要因として、成熟、物理的経験、社会的経験、そして均衡化という四つの要因を挙げたが、その中でも均衡化は他の三要因を単に並列するものではなく、それらを統合し、方向づける中核的メカニズムとして位置づけられている。成熟は神経系や身体機能の発達を通じて新たな行為可能性を開き、物理的経験は対象との相互作用を通じて既存理解を揺さぶり、社会的経験は他者との意見の相違や協調を通じて認知的葛藤を生み出すが、これらはいずれも単独では発達を保証しない。むしろ、それらが子どもの認知体系にもたらす一時的な不均衡、すなわち既存の理解では処理しきれない状態こそが、発達の契機となるのである。新しい身体能力の獲得、見慣れない物理的事象との遭遇、他者との判断の不一致といった出来事は、いずれも現在のスキーマでは十分に意味づけられず、認知体系に調整を迫る。このときに作動するのが均衡化であり、それは不均衡状態を解消し、より包括的で安定した理解の構造を再構築する過程を指す。重要なのは、ここで言う均衡が単なる元の安定状態への回帰ではなく、より高次で洗練された均衡への到達を意味する点である。したがって、発達は静的な安定の維持ではなく、不均衡、再編成、高次均衡という循環的かつ動的過程として進行する。この枠組みに立てば、経験は白紙の心に外から書き込まれるものではなく、知能は最初の反射の修正から青年期の形式的操作に至るまで、常に能動的かつ自己調整的に働くことが明らかとなる。子どもは現実を受動的に受け取る存在ではなく、世界を構成する存在なのである。このような均衡化の原理と不可分なのが、ピアジェにおける認知発達観の核心、すなわち発達を構造的変化として捉える立場である。ピアジェにとって、発達とは単に知識内容が増加することではなく、思考を支えるスキーマ、調整機構、機能、さらには論理数学的構造そのものが変容することを意味する。構造とは、思考内容に意味を与え、思考の仕方そのものを規定する枠組みであり、内容の変化はこの構造変化の結果として理解されるべきである。このため、ピアジェは個々の反応や微細な行動変化といった分子的水準よりも、思考全体の組織原理がどのように変わるかという全体的水準での変化を重視した。この立場は方法論とも密接に結びついており、彼が臨床法を採用した理由もここにある。臨床法は、観察や面接、参与的課題設定を通じて、子どもの思考過程が自然に組織化される様子をできる限り保持しようとする方法であり、過度な実験統制や人工的操作は、子ども本来の推論の流れを歪めると考えられたからである。こうした理論は教育にも大きな影響を及ぼし、その代表的概念としてレディネス、すなわち準備性の概念がある。子どもは自身の認知構造が整っていなければ、どれほど高度な教授を受けてもそれを十分に理解することはできない。例えば、ほとんどの五歳児に微積分を教えることが成功しないのは、能力や努力の問題ではなく、認知構造がその概念を支える段階に達していないためである。また、学習は子どもが能動的に関与する場合に最も促進され、形式的操作に至っていない段階では、抽象的説明よりも具体的な操作や問題提示の方が有効である。概念は発達的順序に従って導入される必要があり、ピアジェは事実の暗記ではなく、その背後にある概念構造の理解を重視した。そのため、正答のみを評価するテスト中心の教育や測定には批判的であり、教師の役割を知識の注入者ではなく、子どもが自ら学ぶための資源と導きを提供する存在として位置づけた。新ピアジェ派はこの視点を継承しつつ、支援の量と質、認知的負荷、個人差といった要因を理論に組み込み、教師のヒントや共同作業、課題難易度の調整が新概念の成立に大きな影響を及ぼすと考えた。理論的評価に目を向けると、ピアジェ理論の第一の強みは、発達における認知の中心的役割を明確にした点にある。今日では当たり前とされる子どもの理論、表象、戦略といった概念は、ピアジェ以前には心理学の主流ではなかった。行動主義と学習理論が支配的であった時代に、彼は刺激と反応の連鎖ではなく、思考構造そのものを問うという根本的な転換をもたらした。アメリカにおける受容の背景には、行動主義への不満、チョムスキーによる生成文法や情報処理理論の台頭、そして発達心理学が実生活に即した文脈を重視していたという歴史的条件があり、特にジョン・フラヴェルの著作(1963年)は、ピアジェ理論を英語圏に紹介し普及させる上で決定的役割を果たした。第二の強みは、子どもの思考の独自性を精緻に描写した点にある。対象永続性の欠如、保存概念の未成立、道徳判断における結果重視といった特徴は、常識的には誤りと見なされがちであるが、ピアジェはそれらを体系的で一貫した思考様式として明らかにした。子どもは単に「できない」のではなく、大人とは異なる仕方で世界を理解しており、しかも宇宙の起源や道徳、物理法則といった驚くほど広範なテーマについて思考している。こうした洞察が、実験室ではなく日常的行動の精密な観察から引き出された点は特筆に値する。第三の強みとして、理論の広範な射程と生態学的妥当性が挙げられる。ピアジェ理論は、反射から形式的思考までを単一の枠組みで捉えようとする野心的理論であり、認知にとどまらず、社会性、情動、学習、哲学、教育にまで影響を及ぼした。また、その多くの知見は、乳児の探索行動や幼児の分配、学童期の計算や規則理解といった日常的適応行動と密接に結びついており、現実世界から乖離していないという点で高い生態学的妥当性を有している。一方で、弱点も指摘されてきた。最大の批判は段階概念に関するものであり、実証研究は領域間、課題間、試行間におけるばらつきを示している。ピアジェ自身も水平的デカラージュ、すなわち同一概念が領域によって異なる時期に成立する現象を認めていた。完全に一貫した段階構造は支持されないものの、秩序性と構造的近似としての「弱い段階概念」は依然として有効であり、フラヴェルが指摘したように、段階を仮定せざるをえないほどの秩序が発達の中に観察されることも事実である。また、同化・調節・均衡化という枠組みは魅力的である一方、新概念がどのように具体的に生成されるのか、また認知構造がどのように状況内行動として表出されるのかというパフォーマンスの問題については十分に理論化されていなかった。この点を補完するため、情報処理理論や新ピアジェ派は、記憶、注意、処理容量、社会的支援といった要因を導入した。さらに、乳児研究や非言語課題の進展により、ピアジェが能力を過小評価していた可能性も示されたが、早期に観察される能力が同一概念の完成形なのか、それとも前駆的・知覚的形態にすぎないのかは依然として論争的である。重要なのは、ピアジェの主張が年齢ではなく発達順序にあった点であり、能力の早期出現は理論の致命的反証とはならない。総じて、ピアジェ理論は多くの限界を抱えつつも、認知的発達を構造的、構成的、能動的過程として捉える基本枠組みを与えた点で不可欠な理論である。その問いと視座は、新ピアジェ派、情報処理理論、社会文化理論、さらには神経科学へと引き継がれ、発達心理学はこの巨大な理論を通過することなしに前進することはできない。ピアジェが与えたのは完成された答えではなく、問いの地平そのものの転換だったのである。フローニンゲン:2026/2/7(土)08:18


18173. 唯識とピアジェの発達理論

                        

ピアジェの発生的認識論を唯識の観点から解説するとは、端的に言えば「知とは外界の写像ではなく、経験の生成プロセスである」というピアジェの核心を、唯識が展開してきた「識が境を現ずる」モデルとして読み替え、両者の一致点と非一致点を峻別しつつ、概念装置を相互翻訳する作業である。ピアジェの発生的認識論は、認識論を完成形の知識から切り離し、知がどのように成立してくるかという生成(genesis)の問題に据え直す立場である。ここで重要なのは、知識が外界から受動的に注入されるのではなく、主体が環境に働きかける行為を媒介にして、対象の意味や構造を組織化していくという点である。唯識で言えば、これは「境(対象)が先にあって識がそれを受け取る」という素朴実在論を退け、「所取・能取は識の転変により成立する」という枠組みにきわめて近い。すなわち、認識とは、外界のそのままが心に写る出来事ではなく、識が因縁に依って相分(所取)と見分(能取)を分節しつつ現前させる出来事である。この対応をより精密にするには、ピアジェの「スキーマ」「同化・調節」「均衡化」を、唯識の「種子・現行」「熏習」「転依」「遍計所執性/依他起性/円成実性」などに接続する必要がある。第一に、ピアジェのスキーマは、単なる知識内容ではなく、行為と知覚の反復可能な組織としての「構造」である。唯識的に言えば、これは現行の識が「ある仕方で世界を立ち上げる型」であり、その型は過去の熏習によって形成された種子に支えられている、と理解できる。例えば乳児がつかむという行為スキーマを安定させるとき、それは唯識で言う「身表(身体的な働き)」と五識の協働を通じて、特定の対象様式(触れるべきもの、把持できるもの)を世界の側に実在としてではなく、識の側の構成として析出していく過程に相当する。ピアジェが「知は行為に根ざす」と言うとき、唯識はそれを「識は業(身口意の行為)と不可分であり、行為が種子を熏じ、次の現行を規定する」と言い換えることができる。第二に、同化は「既存スキーマで新経験を処理する」過程であるが、唯識的には「既存の種子(習気)が現行を導き、対象を既知のカテゴリーとして遍計する」働きに近い。子どもが犬も猫も同じ「わんわん」と呼ぶのは、ピアジェ的にはスキーマの過剰同化であり、唯識的には概念(名言種子)による粗い分節がまず先行し、それが所取境を同じものとして現前させるということである。つまり、同化とは外界の類似を発見するというより、識が類似として見えるように世界を切り取っている局面である。第三に、調節は「スキーマそのものの変形」であるが、唯識的には「熏習の組み替え」「種子の分化」「名言の精密化」に相当するだろう。犬と猫を分ける区別が成立するとは、依他起の流れ(経験の連鎖)において、ある差異が反復的に強調され、名言が更新され、以後の現行が違う相分を立ち上げるようになる、ということである。ここで重要なのは、ピアジェも唯識も、認識を受動的受容としてではなく、生成する存在として捉える点で一致していることである。第四に、均衡化は、同化と調節を統御する「発達のエンジン」である。唯識に対応させるなら、これは単なる心理的安定ではなく、矛盾・不整合(不相応)を契機として、より整合的な構造へと再編される自己調整過程である。唯識では、煩悩と所知障がもたらす認識の歪みが、対治(修習)と観行によって相対化され、より整合的な認識様式へと移行する。もちろん、ピアジェは解脱論を目的としないが、形式の上では「矛盾→再編成→高次の安定」というダイナミクスは、唯識の「熏習による習気の自動運転→対治による転換→より精密な依他起の理解」という運動と同型である。ここで一段深く踏み込むなら、ピアジェの段階(感覚運動→前操作→具体的操作→形式的操作)を、唯識の識の層に粗く重ねることもできる。ただし、これは同一視ではなく、相互照明としての比喩である。感覚運動期は五識身と身体図式に強く拘束された依他起の編成、前操作期は第六意識の名言活動(概念・言語)の急拡大、具体的操作期は概念操作の可逆性・保存により名言が安定し、形式的操作期は可能世界の操作=第六意識が仮説演繹の領域で自在化する局面、といった具合である。唯識の観点では、ここに常に第七末那識の我執(阿頼耶を我と執する恒常的はたらき)が潜在しており、認知的発達は論理の発達であると同時に我執がより精密な形で世界を組織する発達でもありうる、という批判的視点が入る。ピアジェが「認知は自己調整的で能動的」と言うとき、唯識はそれを「能動性はしばしば無明に支えられた能動性でもある」と言えるのである。この批判点は、三性説を用いるとさらに明確になる。ピアジェは、子どもの誤りを欠如ではなく、構造の必然として読むが、唯識はそれを遍計所執性(概念による虚構の実体視)が依他起性(因縁生の経験流)に重畳するプロセスとして捉える。例えば、保存課題で「背が高いから多い」と判断するのは、知覚的高さに引きずられて数量を実体化していることであり、これは遍計の典型である。しかし、その遍計は完全な誤謬ではなく、依他起の条件(視覚入力、操作の変化、言語的問いかけ、注意資源)から必然的に立ち上がる。ここで均衡化が進むとは、依他起の構造(可逆性、補償関係、対応)をより精密に把握し、遍計の重畳が相対化されることである。円成実性の立場から言えば、最終的には「量」も「高さ」も固定実体ではなく、関係として成立することが洞察されるが、ピアジェが目指すのは解脱的洞察ではなく、論理操作としての整合性である点に差がある。この差異は決定的である。ピアジェの発生的認識論は、認識の生成を説明するが、認識の転換を解脱の方向へ規範的に導く理論ではない。唯識は、認識の生成論であると同時に、迷いの生成(輪廻の認識構造)とその止滅(転依)の道筋を含む。したがって、両者を接続するときは、ピアジェを唯識に吸収するのではなく、「構成としての認識」という共有地盤の上で、ピアジェは発達心理学としての生成論、唯識は生成論+修道論としての生成論、という役割分担を明確にするのが筋だろう。最後に、ここまでを一つの焦点にまとめるなら、ピアジェの発生的認識論は、唯識が古くから主張してきた「認識対象は認識主体に対して無媒介に与えられない」という洞察を、発達という時間軸の中で実証的に描き出した試みとして読めるのである。子どもが世界を構成するとは、唯識で言えば、識が因縁(成熟・物理経験・社会経験)に応じて種子を現行化し、名言によって分節し、所取能取を組織し直していくということである。そのプロセスが均衡化として表現されるとき、そこには「不均衡は失敗ではなく、構造転換の入口である」という、発達と修行の双方に通じる含意が宿るだろう。フローニンゲン:2026/2/7(土)10:55


Today’s Letter

Immaculate reality unfolds before my inner eyes. Everything shines with its own clarity. I, the observer, am equally transparent, reflecting all things as they are. Groningen, 2/7/2026

 
 
 

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