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【フローニンゲンからの便り】17516-17521:2025年10月12日(日)



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タイトル一覧

17516

音楽のある豊かな生活

17517

今朝方の夢

17518

今朝方の夢の振り返り

17519

ギターの朝練の開始/呼吸するギター

17520

アコースティックギターとクラシックギターの奏法に関心を持って

17521

親友のメルヴィンからギターを習って

17516. 音楽のある豊かな生活   

 

時刻は午前5時半を迎えた。昨日の午後にゼミナールがあり、その後に振り返りの音声ファイルを作っていると、結局それは4時間半ほどとなり、就寝がいつもより遅くなった。しかし、それでも今日はいつもより早く起きる形となったが、目覚めはとてもスッキリしている。話したいことをほぼ話し切り、ゆったりとした入浴後の冷水シャワーによって、寝付きはとても良好だった。昨日から、YouTubeの動画を通じて発見した“Justin Guitar”というアプリに課金して、まずはこのアプリ内のコンテンツを2周することにした。それが終わったら、また次のアプリのコンテンツを学習していく。今のところ英語でギターを学べるアプリで良さそうなものを3つ見つけており、日本語でもオンラインでレクチャーを受けられる良さそうなものを2つほど見つけている。まずは今使っている“Justin Guitar”というアプリのコンテンツを十分に使いこなし、その段階でどれほど基礎技術が構築されているかを見極めてから次のアプリなのかオンライン講座なのかを選んでいこうと思う。とにかくまずは基礎技術を楽しみながら学んでいき、もうその過程の中で即興演奏を始めてしまおうと思う。当然ものすごくぎこちなく、音の粒も揃っておらず、キーを外した音が鳴るだろうか、即興音楽の感じは常に感じておきたい。もちろん変な音や変な癖がつくことは避けなければならず、そのためには今自分が学習している技術を使うことに焦点を当てた即興演奏を心がけたい。そうすれば、大きな問題を避けながら、基礎技術の習得に合わせて、即興演奏技術も少しずつ涵養していくことができるだろう。今日は午後に親友のメルヴィンが今は亡き兄から譲り受けたギターを持って我が家にやってくる。彼と3時間ぐらいを目処にギターの練習をする。こうしてメルヴィンとはギターを通じてまたさらに交友関係を深めることができたことは嬉しい限りである。様々な意味でギターは今、自分の人生に彩りをもたらしてくれている。ギターの技術が高まってきたら、ピアノの演奏も始めたく、ギターとピアノの二刀流で日々の音楽ライフを楽しみたいと思う。フローニンゲン:2025/10/12(日)05:42


17517. 今朝方の夢  

               

今朝方は夢の中で、小中高時代のある女性友達が整形していることに気づく場面があった。1年振りにあってお互い高校3年生になったのだが、どうも雰囲気が違うなと思っていたところ、顔が随分変わっていることに気づいた。彼女に直接尋ねることはしなかったが、明らかに美容整形をしているようで目の形や鼻の高さが全然違っていたのである。また頬の骨も削ったのか、顔もとても小さくなっていた。「去年と随分と雰囲気が変わったよね」と言葉をかけると、「去年と今とでどっちがいい?」と尋ねられたので、去年と今のどちらもいいと答えておいた。一応それは自分の本音であり、どちらかがより優れているとは言えなかったのである。もちろん彼女としては整形をして、以前以上に堂々と自信を持っている様子だったので、今の顔に満足しているのだと思ったが、自分としてはどちらもいいということを伝えることにした。彼女はその回答に不満を持っているわけではなさそうで、むしろ過去と現在の双方が肯定されたことを心の奥底では喜んでいるようだった。

そこから夢の場面は少し変化し、センター試験の会場が記載された分厚いフォルダを眺めていた。どうやらそれは一人一人の受験者に配られるらしく、そこに記載されていた自分の試験会場は大阪の梅田にあるようだった。写真付きで会場までの行き道と会場の様子が説明されており、まず目印の看板はどこかのファミレスの名前が看板の裏に黒で矢印が書かれており、会場は古びたアパートの1階全体だった。どうやら受験生はそのアパートの部屋にある食器類や冷蔵庫などを休憩中に使うことができるようだった。そして驚いたことに、今この場で試験日に支給される豪華な昼食を選ぶことができとのことだった。どうやら昼食は一流のシェフが振る舞う料理を食べられるらしく、メインディッシュを2品選ぶことができた。自分は野菜をメインにした料理を選んだところ、今から試食できるとのことだった。試食会場のテーブルは広く、自分の左右には2人の友人(YU & KM)が座っていた。左側の友人はコロッケと唐揚げをメインディッシュに選んでおり、揚げ物ばかりだなと思わず笑った。右隣の友人は片方は野菜料理にしているようだった。昼食を選び終え、試食をし始めたところで場面がまたうっすらと変化した。どうやら試食を終えたらしく、その会場である親友(HS)と出会った。ふと思い立ったこととして、手元にある150円を今いる施設に寄付しようと思った。そのお金をテーブルに置くと、その親友が回収し、自分のものにして何かの支払いに当てようとしていたので、彼がまたテーブルそのお金を置いてお金を数えなおしている際に150円を回収した。自分はそのお金を寄付したいという思いでテーブルの上に置いていたので、その思いを貫徹するべく、その施設内に寄付ボックスがないかを探してみることにした。残念ながら探しても寄付ボックスはなく、それに気づいた瞬間に自分の右手からはお金が消えていた。逆にお金が消えてくれたことによって、自分の心はスッキリしていた。寄付をしても同様の気持ちになっただろうことを想像しながら、お金が消えることの何とも言えない解放感を思った時に、自分はこれまでお金にどこかで縛られていたのかもしれないと思った。フローニンゲン:2025/10/12(日)05:58


17518. 今朝方の夢の振り返り

  

今朝方の夢における最初の場面――高校時代の友人が整形をしていたという発見――は、「外見の変化」と「本質の同一性」というテーマを象徴している。自分は彼女の変化を驚きをもって観察するが、その内面に対して否定も肯定もせず、「どちらもいい」と答えている。この応答は、表層的な変化に価値を一方的に見出すのではなく、変化そのものを「肯定的な多様性」として受け入れる成熟した態度を表しているかのようだ。つまり、この夢の自分は「同一性とは固定された形ではなく、変化を内包する持続的プロセスである」という無意識的な理解に達しているのである。彼女の整形という外的変容は、自分自身の内面の変容への投影であり、過去の自己と現在の自己の双方を肯定する象徴的な出来事として現れている。場面がセンター試験の会場選定へと移るのは、人生における「評価」と「試練」を意味する。センター試験とは自己の能力を外的基準で測られる典型的な場面であり、その会場が古びたアパートであることは、華やかさや整然さとは異なる、自分独自の土着的・個人的な試練の舞台を示している。それは他者の期待に合わせた競争的試験ではなく、「自分という生活空間そのものが試験場である」ことを意味している。さらに、休憩中に冷蔵庫や食器を自由に使えるという設定は、「生活と試練の統合」を象徴している。つまり、人生の試験は日常の中に溶け込み、特別な舞台ではなく、日々の行為の中で進行しているという自覚が芽生えているのである。昼食を選ぶ場面は「選択」と「嗜好」の象徴である。一流のシェフによる豪華な昼食を前に、自分は野菜中心の料理を選ぶ。これは欲望よりも内省を優先する自己の姿勢を示している。隣の友人たちの揚げ物中心の選択は、他者がまだ感覚的快楽を追っている象徴であり、自分がそれらを笑いながら見守る姿には、他者の段階的な発達を受け入れる余裕が感じられる。夢の中での食事は常に「内的栄養」の象徴であり、自分が野菜を選ぶことは、心身のバランスや内面の清浄さを求める志向の表れである。試食という行為は「未来の味を今確かめる」という予兆的な象徴であり、これからの自己発展の方向を無意識が確かめているのである。次に現れる150円の寄付のエピソードは、自己の「価値観」と「執着」への洞察を深く映し出している。寄付とは本来、所有の手放しを通じて自己を超える行為である。自分が寄付しようとしたお金を友人が一時的に自分のものにしようとする場面は、他者の意図が自己の純粋な動機を乱すという現実的な試練を象徴する。しかし、最終的に寄付ボックスが見つからず、お金が自然に消えたことで、むしろ心が解放される。この「消失による満足」は極めて象徴的であり、「真の放下(ほうげ)」の体験を示している。物質的な行為としての寄付を超えて、「意図そのものが純粋であるとき、所有からの自由はすでに成就している」という直観が生まれているのである。夢全体を通して流れている主題は、「外的変化と内的本質」「試験と日常」「所有と放下」という三層の統合である。高校時代の友人の整形は、自己のアイデンティティの変容に対する態度を問う象徴であり、センター試験の会場は、社会的試練を生活的リアリティの中で受け入れる覚悟を示している。そして最後の150円の消失は、物質的執着の超克を暗示する。これら3つの場面は一見無関係のようでいて、「成熟した自己とは変化と試練と喪失の中に平安を見出す存在である」という1つの深層的構造で結ばれている。人生における意味として、この夢は「自然な変化への信頼」と「手放す勇気」を教えている。人は成長するにつれて顔も環境も価値観も変わるが、どの段階も否定することなく「どちらもいい」と受け入れる心が、本当の成熟をもたらす。所有していたものが消えても満たされる心、それは「与える」よりも深い次元での「自由」である。夢の中でお金が消えた瞬間に心が澄み渡ったのは、人生の真の豊かさが、手にすることではなく、手放すことによって現れるという、魂の成熟の徴であったのである。フローニンゲン:2025/10/12(日)06:18


17519. ギターの朝練の開始/呼吸するギター  

           

今日からはまるで部活の朝練のようにギターの朝練をすることにした。ここ数日間は午前中にまず学術研究上のやるべきことをやってから、昼前に1時間ぐらい時間を取っていたのだが、早朝においてもギターが弾きたいという思いで居ても立ってもいられなくなったので、30分ほどの朝練という名目で練習をすることにした。ここからも早朝の30分の練習を習慣にしたい。今はまだ学習しているアプリのコンテンツを一通り見て、演奏技術の森を見ていく段階だが、それが一通り終わったら1つ1つの練習メニューを15分ぐらいに区切って練習をしたいと思う。そうすれば、早朝に2つのメニューを行うことができる。もしかしたら10分で区切ってみるのもいいかもしれないが、最初のうちは15分で区切ってみて、2つのメニューに焦点を当てるということを意識したい。こうした個別の練習に速やかに入っていくためにも、今のアプリは毎日楽しみながら全体像を把握するためにできるだけ早く駆け抜けて1周したい。単語帳を学習するときも、1つの単語を完璧にしてから次の単語に移るというのはあまりに非効率であるのと同じく、ギターの1つ1つの技術を英単語だと思えば、まずは単語帳の全体をいかに早く1回転させるかが重要であり、そこから何回転もさせていく中で1つ1つの技術の精度を上げていくことが効率的だと思う。これはこれまで大学受験、TOEFL/IETLS、GREという英語試験の突破に向けて単語を膨大な数習得していった経験が活きている。今後は「ギタージャーナル」と称して物理的なノートかエクセルに1日の練習内容を記録していくことも考えたい。

数日前にチューニングをして、早朝の朝練を始めたところ、音にちょっとした違和感があったのでチューナーで検査してみると、わずか数日で音がずれていることに気づいた。これはひょっとしたら毎回の練習でちょっとずつ音がずれているのかもしれないと思い、毎日の練習の前にチューナーで検査をした方が良さそうだと思った。そこで調べてみると、ギターという楽器は、新品であっても長年弾き込まれたものであっても、基本的に毎回の演奏前にチューニングを行う必要があるとのことだった。どうやら自分の直感は正しいようだった。音のズレは新しいギターに限った現象ではなく、弦や木材、さらには環境条件など、ギターという構造そのものが持つ物理的性質によって起こる自然な現象とのことである。ただし、新品のギターは特にそのズレが目立ちやすく、一定期間は頻繁にチューニングが必要となる傾向があるらしい。どうやら下記の理由があるようだ。まず、ギターが音程を保ちにくい根本的な理由は、弦の材質と張力の関係にある。金属弦は張力をかけることでわずかに伸び続ける性質があり、演奏中のピッキングやベンドによっても微妙に伸びたり戻り切らなかったりする。その結果、ピッチが徐々に変化していくのである。さらに、弦は時間の経過とともに弾性を失い、張力保持が不安定になるため、古くなってもまたチューニングが狂いやすくなる。これに加えて、ギターの木材は温度や湿度の影響を強く受ける。湿気を含むと膨張し、乾燥すると収縮するため、ネックの反りやボディの歪みが微妙に変化し、それが音程に影響を与える。加えて、ナットやサドル、ペグといった可動部の摩擦や緩みも、音のズレに関わってくる。特にナット溝に弦が引っかかると、チューニング直後は正しくても、演奏中に弦がずれてピッチが変わることがある。また、フローティング・トレモロを搭載したギターでは、ブリッジ全体がスプリングと張力のバランスで支えられているため、弦を一本でも強く引けば他の弦にも影響が及び、チューニングの安定が難しくなる。一方で、固定ブリッジのギターは比較的安定しやすい。新しいギターが特にチューニングのズレを起こしやすいのは、弦や木材、部品がまだ環境に馴染んでいないからである。新品弦は装着して数日から数回の演奏で大きく伸びる性質があり、これを安定させるには時間が必要となる。また、ギター自体も輸送や保管を経て自分の部屋の温湿度環境に適応していく途中にあるため、ネックやボディの微妙な動きがチューニングに影響を与える。さらに、出荷時のナットやサドルには微細なバリや摩擦が残っていることもあり、弾き込むうちにそれが馴染んでいくまで多少の不安定さは避けられないとのことである。一方で、長年弾き込んだギターでも音ズレは避けられないらしい。弦の劣化、ナットやサドルの摩耗、季節による湿度変化など、どれもピッチを動かす要因となる。冬場の乾燥でネックが順反りすれば弦高が上がり、音は高めにずれる。夏場の高湿度では逆反りして低めになることもある。つまり、ギターは常に呼吸しているようなものであり、環境に応じて微細に変化し続けているのだ。したがって、ギターのチューニングは一度合わせれば終わりではなく、「演奏のたびに整える」という意識が重要である。特に新品のギターや弦交換後は、弾くたびに細かくチューニングし直すことで、徐々に安定していく。また、安定性を高めるためには、正しい弦の巻き方や装着直後のストレッチ、ナット溝への潤滑剤の使用、ブリッジとスプリングのバランス調整、湿度の管理などが効果的である。一般に室温20~24℃、湿度45~55%が理想的な環境とされる。結局のところ、ギターの音ズレは「欠点」ではなく、「生きている楽器の呼吸」である。毎日弾くたびにチューニングを行うことは、単に音を整える作業ではなく、ギターと対話し、その日の状態を感じ取る行為でもある。新しいギターであれ馴染んだギターであれ、チューニングとは「音の中心を探す瞑想」のようなものであり、その習慣が音色と演奏をより深い次元へ導く鍵となるのだろう。フローニンゲン:2025/10/12(日)07:10


17520. アコースティックギターとクラシックギターの奏法に関心を持って

     

時刻は午前10時半を迎えた。今日は日曜日ということもあって、普段以上に辺りは静かである。先ほど早朝のギターの練習に加えてさらに1時間ほどギターを練習した。そこから手を休め、気分転換がてらジョギングに出かけた。その際に、アコースティックギター(主にスチール弦)とクラシックギター(ナイロン弦)とでは何か演奏方法の違いがあるのだろうかと考えていた。そして今しがた調べてみた。両者は、同じ「ギター」という枠組みに属するため、基礎的な運指やポジション移動、スライド、ハンマリング・オン/プリング・オフ、ナチュラル/人工ハーモニクス、トレモロ(右手の素早い反復)、タッピング、ボディ打楽器的奏法など、多くの技法を共有している。どちらでもアルペジオは成立し、左手のレガートやビブラートも可能であり、カポや変則チューニングも使用できる。したがって「できるか/できないか」という二分法で言えば、両者にまたがって可能な奏法は意外に広いらしい。しかし、両者は弦材、テンション、指板幅、ブリッジやナットの形状、ボディ構造、そして成立してきたレパートリーと演奏美学が大きく異なるため、「同じ奏法でも狙いどおりに響かせる方法」と「よく用いられる定番技法」ははっきり分かれてくるとのことである。まず音作りの中枢である右手から見れば、クラシックは基本的に爪(あるいは指腹+爪のエッジ)で弦を弾き、アポヤンド(押さえ弾き)とティランド(離し弾き)を文法のように使い分ける。アポヤンドは単旋律を前に出すのに適し、ティランドは和音や分散和音の流麗さを保つ。フラメンコ由来のラスゲアードやゴルペなどのストローク/打音技巧もクラシック系では発達している。一方、スチール弦のアコースティックは、ピック弾きとフィンガースタイルの二刀流が普通で、ストロークの粒立ち、パーカッシブなパームミュート、スナップの効いたスラップ系アタック、コードを主体にしたグルーヴ形成が得意であるとのことだ。ピック使用自体はクラシックでも物理的には可能だが、表板の保護や音色設計、奏法美学の観点から一般的ではない。左手については、アコースティックは弦張力が高くゲージも太めになりやすいため、チョーキング(ベンド)やヴィブラートがエレキほどではないにせよ前提化され、ブルース/カントリー/フォークの語法として定着している。ナイロン弦は張力が相対的に低いものの、ピッチの揺れが大きく出やすく、半音以上の大胆なベンドは音程の安定や楽曲様式上あまり用いられない。クラシックのヴィブラートは弦長方向(縦方向)に揺らすことが多く、声楽的な陰影を与えるのに対し、スチール弦では横方向のヴィブラートやチョーキングで感情の高まりを直接描く傾向があるということを学んだ。指板幅もクラシックは広く、和声音の分離やポリフォニーに適し、右手独立の精緻な割り当てで多声部対位を明晰に響かせる。一方、アコースティックはコードフォームの遷移が軽快で、開放弦を活かしたドラマティックな共鳴や、ドロップ系/DADGADなどの変則チューニングで和声の地平を拡げやすいという違いがある。ミュートやアタックの設計にも差が出る。スチール弦はブリッジ寄りの掌(右手)でのミュートが効きやすく、リズム制御やベースラインの輪郭を太くできる。ナイロン弦はミュートがより繊細で、右手の接触時間や角度で余韻を緻密に調律する印象である。ハーモニクスは両者とも可能だが、スチール弦は高域倍音が立ち上がりやすく、スラム系フィンガースタイルのスラップ・ハーモニクスやボディヒットと結びつき、ソロギター的編曲で映えやすい。クラシックは人工フラジオレットで旋律内にガラス質の輝きを差し込み、多声の中に音色的コントラストを作る。構造差も奏法の選好に影響する。クラシックは指板の丸みが小さく平坦、弦間隔が広く、右手独立と和声音分離に有利である一方、アコースティックはネックが細めでコード押弦や素早いフォーム転換に向く。弦の表面摩擦やタッチノイズの出方も異なるため、連続ポジション移動やスラーの設計は「どちらでもできるが、求められる微調整が違う」という領域になる。さらにレパートリーの美学が、奏法の「標準」を規定する。クラシックは作曲家の記譜・声部独立・音価保持を重視し、音の立ち上がりや減衰、内声の歌わせ方に時間芸術としての厳密さを求める。アコースティックは歌・言葉・グルーヴとの親和性が高く、ストローク/アルペジオ/ベース+メロの分担を状況に応じて流動的に組み替える。結論として、両者は「可能な奏法の集合」は大きく重なるが、「鳴り方の物理」と「音楽様式の約束事」が異なるため、同じ技法でも最適なタッチ・角度・接触時間・アクセント設計が変わるというのが実相ということを学んだ。クラシックの厳密な右手分化と音価管理をスチール弦に移植すれば和声音の透明度が上がり、アコースティックのリズミックなミュートとストローク設計をナイロン弦に応用すれば現代曲で新鮮な推進力が得られる。つまり「違うからこそ補完でき、同じだからこそ横展開できる」。楽器の物性と様式美学を理解し、目的の音像に合わせてタッチと運指を最適化することが、両者の奏法を最も豊かに活かす道なのだろう。ここからクラシックギターに習熟し、2本目のギターはアコースティックギターを購入してみたい。フローニンゲン:2025/10/12(日)10:35


17521. 親友のメルヴィンからギターを習って


つい今し方、親友のメルヴィンが自宅を後にし、先ほどまで一緒に行っていたギターのトレーニングを振り返っている。今回は我が家でトレーニングをし、気づけば3時間ほどずっとトレーニングをしていた。音楽は時を忘れさせてくれる。時を超越する最良の友として楽器演奏がある。あまり頻繁だとメルヴィンも迷惑かと思ったので、5週間に1回の散髪に合わせて、散髪をした週の日曜日に継続的に一緒にトレーニングをさせてもらうことにした。今度はメルヴィンの自宅でトレーニングを一緒に行う。何やらメルヴィンは、店に置いているギターと今日持ってきたギター以外にも、スチールの弦のアコースティックギターとエレキギターを持っているらしい。そこにドラムまであるので、今度遊びに行かせてもらうときの楽しみが増えた。次回までに自分もできる限りの鍛錬を積みたい。今日は早朝のトレーニングと午前中のトレーニング、さらにはメルヴィンが来る前に行っていたトレーニングとメルヴィンとのトレーニングも合わせると、夕方のこの時間までに5時間ほどギターの演奏に時間を充てていた形となる。少し休憩を取り、夕食を摂った後にも今日を締め括るトレーニングをしたい。メルヴィン曰く、人にギターを教えたのは初めてとのことだったが、彼はまるで成人発達理論を学んだ実践者であるかのように、常に今の自分の限界を少し超えるような課題を提供してくれ、3時間があっという間に感じられただけではなく、その集中的なトレーニングを通じて随分と多くのことを学ばせてもらった。中指をアンカーにして3つのコードを切り替えていく練習や、初めてスケールの練習もメルヴィンのおかげでできた。その他にも挙げればキリが無いぐらいに細かな技術もいくつも教えてもらった。当然ながら今日1日で消化できるような内容ではないが、明日からまた少しずつ今日教えてもらったことを消化していきたい。5週間後にはメルヴィンを驚かせることができるように、着実な進歩を実現していきたい。メルヴィンは普段は理髪師として仕事をしており、時間を取ることは難しいのだろうが、それでも毎日少なくとも10分間を3年間継続した結果として、驚くような即興演奏を奏でている姿を見ると、たった10分意味のある練習を毎日継続していくことの力の偉大さを思った。メルヴィンを見習って、自分も毎日コンスタントに練習を重ねていきたい。そしてメルヴィンは自分と全く同じ発想で、練習の初期の段階から即興演奏を行なっていたらしく、それがこうした成果をもたらしてくれていることを思うと、自分もギターを始めて間もないこの段階から常に学習中や習得した技術を使って即興演奏を楽しんでいきたい。とても有意義で悦びに満ちた3時間を過ごすことができて本当に有り難く思う。フローニンゲン:2025/10/12(日)16:48


Today’s Letter

Quite surprisingly, I realized that the tone of my guitar had slightly changed since yesterday, so I needed to tune it. From this experience, I thought that the guitar is breathing, just like we do all the time. Groningen, 10/12/2025

 
 
 

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