【フローニンゲンからの便り】17510-17515:2025年10月11日(土)
- yoheikatowwp
- 2025年10月13日
- 読了時間: 24分

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タイトル一覧
17510 | ギターとピアノのコード学習 |
17511 | 今朝方の夢 |
17512 | 今朝方の夢の振り返り |
17513 | 第153回のゼミナールのクラスの予習(その1) |
17514 | 第153回のゼミナールのクラスの予習(その2) |
17515 | 第153回のゼミナールのクラスで扱う論文の要約 |
17510. ギターとピアノのコード学習
時刻は午前7時を迎えた。今の気温は12度で、日中の最高気温は17度とのことで、比較的暖かさを感じられるだろう。しかし、来週からは寒さのフェーズが若干変わり、最高気温が15度を下回る日が出てくる。10月も中旬を迎えようとしているので、それは当然のことかもしれない。
ギターを購入して以降、日々にさらに彩りがもたらされ、幸福感が上昇しているのを実感している。今後は学術研究と並行して音楽実践も極めていきたいと思う。まずはギターに習熟することに集中し、どこかのタイミングで卓上ピアノを購入して、両者の楽器で即興演奏が自由自在にできるようになりたい。そのための学習と実践を日々欠かさないようにする。音楽理論を隙間時間に学習するべく、いくつかの英語のポッドキャストをリストアップし、それを順番に聞いていこうと思う。
ギターのコード学習は「指の形」を記憶する作業として進められることが多い。親友のメルヴィンもそのように述べていた。例えばCメジャーコードは、左手の指を特定の弦とフレットに配置することで成立し、奏者はその形を一種の「図形」として身体に刻み込む。では、ピアノの場合も同じようにコードを「指の形」として覚えていくのだろうか。実際、ピアノ演奏にも確かに「形」の要素はある。ただし、その形はギターのように物理的なフレットの位置と強く結びついたものではなく、鍵盤上の音と音の距離、すなわちインターバルの関係に基づく。ピアノでCメジャーコードを押さえる場合、C・E・Gという三和音を右手や左手で同時に鳴らすことになる。ギターでは弦のチューニングの構造上、コードの形は指板上で独特のパターンを描く。一方で、ピアノはすべての音が横に一直線に並んでいるため、コードの形は「白鍵と黒鍵の配置」として視覚的に把握される。例えば、Cメジャーコードは白鍵だけで3つ並ぶ形として記憶されるし、F#マイナーコードは黒鍵と白鍵が組み合わさった配置として感覚的に残る。つまり、ピアノにおけるコード学習は「音の位置関係を目で見て、手で感じる」作業であり、これもまたパズルを解くような体験である。さらにピアノは、同じコードを押さえる方法がギターほど限定されていない。ギターではチューニングの関係から特定の指形が半ば固定されるのに対し、ピアノでは同じCメジャーコードでも「C-E-G」をそのまま押さえる基本形(根音形)、転回して「E-G-C」「G-C-E」とする形など、多様な「答え」が存在する。これはまるでパズルに複数の正解があるようなもので、奏者は曲の流れや響きに応じて最適な「ピースの組み合わせ」を選び出すことになる。ここにピアノ特有のパズル的魅力があると言える。また、ピアノのコード学習は「指番号」と深く結びついている。ピアノ奏法では親指を1、人差し指を2、…と番号で呼び、それぞれの指を効率的に配置することが求められる。ギターでは「形」を覚えることが中心だが、ピアノでは「どの指をどの鍵盤に割り当てるか」という運指計画が大きな役割を果たす。これは一見すると単純な動作の選択に過ぎないようでいて、複数の選択肢を比較しながら最も自然な流れを組み立てる作業は、やはりパズルを解く感覚に近い。加えて、ピアノでは両手を同時に使うことが大きな特徴である。右手でメロディを奏でながら、左手でコードを支える。あるいは左手でベース音を、右手でアルペジオを展開する。このように役割を分担しながら両手を組み合わせることは、2つの異なるパズルを同時に進めて最終的に1つの絵を完成させるような営みである。脳は左右の動きを統合し、時間軸上で調和させる必要があるため、ギターとはまた違った立体的なパズル性を持っている。さらに、ピアノは視覚的な楽器でもある。鍵盤は白鍵と黒鍵が規則的に配置されており、そのパターン自体がスケールやコードを視覚的に理解する手がかりになる。例えば、メジャースケールは白鍵だけをたどると自然に見えてくるし、ブルーススケールは特定の黒鍵を加えることで印象的な模様を描く。演奏者はこれを視覚的なパターンとして捉え、即興や作曲に活かしていく。つまり、ピアノは「目で見てわかるパズル」としての性質を強く備えているのである。もちろん、ピアノの学習においては耳の訓練も不可欠である。同じコードでも、転回や音の配置によって響き方が変わる。奏者はその違いを聴き分け、自分の感情や曲の雰囲気にふさわしい形を選ぶ。この「聴覚によるパズル解き」は、単なる機械的な運指練習を超えて、音楽的判断力を養うことにつながる。まとめると、ピアノにおいてもコードは確かに「形」として記憶されるが、その形はギターのように物理的な指の配置に固定されるのではなく、鍵盤上のパターンやインターバルの関係、さらには指番号の選択、両手の組み合わせといった多層的な要素を含む。その結果、ピアノ演奏はギターとは異なる仕方でパズル的な性質を持っている。複数の選択肢を比較し、状況に応じて最適解を導き出すという点で、ピアノもまた無限に広がる音楽パズルの世界を奏者に提供しているのである。フローニンゲン:2025/10/11(土)07:16
17511. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、ゼミのある受講生の方とかつて協働していた知人の女性の方と一緒に見慣れない建物の部屋の中で話をしていた。どうやらこれからインテグラル理論に関するセミナーを知人の方が開催するようで、ゼミの受講生の知人の方はそれに参加者としてではなく、主催者の1人として呼ばれたようだった。主な主催者や女性の知人、副主催は男性の知人という形だった。男性の知人の方が私も主催者の1人に加わってほしいとお願いをしてきたが、主な主催者の女性の知人の方は一瞬考え事をしているようだった。普段だったらその方もすぐに自分を招き入れてくれるはずなのだが、今回は少し様子が違った。その方曰く、今回は支援してくれている会社がかなりお堅い会社のようで、参加者も真面目な方々ばかりのようなので、自分がセミナーの中で調子に乗って変なことを言わないかを心配しているようだった。確かに自分は時に調子に乗りすぎて口が滑ることがあるが、場の雰囲気を見てユーモアの度合いを抑えることもできると思っていた。そのことを伝えると、その方も納得し、最終的には私の力を全面的に信じて講師の1人に迎え入れてくれた。実際にセミナーが始まってみると、インテグラル理論に精通しているのは3人のうち私しかおらず、結局自分が全てのレクチャーを担当することになった。レクチャーを始める前に、自分が作曲した短い歌を参加者全員で歌うことにした。それは英語の歌詞で作られているが、英語は難しくなく、すぐに全員が歌うことができた。私は率先してその曲を1度熱唱し、場の空気を温めた。すると2回目の合唱ではみんな大きな声を出して場の雰囲気が一気に良くなった。
それ以外にも外国の見慣れない街で音楽について学習している場面があったのを覚えている。それは楽器の演奏に不可欠かつそれをより豊かにしてくれる音楽理論の学習で、自分は音楽理論を心底愛し、楽しく独りでどんどん学んでいき、そこで得られたことを外国の街のお洒落な建物の中で誰かに伝えていた。好きなことに没頭する自分は眩いほどに輝いていた。フローニンゲン:2025/10/11(土)07:27
17512. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢における構造は、「共同性への招待」と「自己の独自性の発露」という二重のモチーフを中心に展開している。舞台は、見慣れない建物という象徴的な「新しい文脈」の中に置かれており、そこでは自分が既知の関係者と再会しながらも、彼らとの関係が微妙に変化している。つまり、夢の冒頭では、かつて親密であった女性の知人が、一瞬自分の参加をためらうという構図が描かれている。これは、自己の成長に伴い、過去の関係性が新しい秩序のもとで再定義されつつあることを示唆している。かつての「仲間」としての自分が、今や「専門家」「創造者」としての自分に移行しつつあり、他者との関わり方に新しい慎重さと責任が求められているのである。女性の知人が懸念する「お堅い会社」や「真面目な参加者」という言葉は、社会的制度や秩序の象徴であり、そこでは「自由な自己表現」よりも「形式的な適応」が求められる。自分はこの状況の中で、「調子に乗る自分」と「場を読む自分」という2つの側面を統合する課題に直面している。ここに、インテグラル理論の核心に通じる「包括的意識(integral awareness)」の萌芽が見られる。すなわち、自分のユーモアや創造性を抑圧するのではなく、文脈に応じてそのエネルギーを変換し、社会的に機能する形で発揮するという成熟のプロセスである。この夢の前半は、自己の内にある「自由と秩序」の統合、すなわち「創造的自己の社会的定着」を象徴している。やがて夢は、セミナーの本番という「実践の場」に移行する。ここで自分は、他の2人の主催者が理論的背景を欠いていることを知り、結局全てのレクチャーを担うことになる。これは、自己の独自性が否応なく中心へと押し出される状況であり、同時に「孤独な責任」と「中心的役割の覚悟」を意味する。しかし興味深いのは、その責任の重さが、次第に「音楽」という比喩的な表現へと転換していく点である。セミナーの冒頭、自分が作曲した英語の歌を皆で歌うという場面は、知的なセミナーを感性的かつ共同的な儀式へと変容させる行為である。ここでは「理論」が「旋律」として体現され、知的共有が情動的共鳴へと昇華している。これは、インテグラル理論そのものが追求する「知と感性、思考と情動の統合」を夢的象徴として描いているかのようだ。この「歌う」という行為は、個の創造性が他者との共鳴を通して拡張されるプロセスを象徴している。自分が率先して歌い、次第に皆が声を合わせていく様は、自己の内的光が外界を照らし、他者の潜在的な創造性をも喚起する動的連鎖である。この瞬間、夢の舞台は「教育の場」から「共同的覚醒の場」へと変化する。自分はここで単なる講師ではなく、「意識の媒介者」としての役割を果たしているのだ。さらに夢の後半、舞台は外国の街へと転じる。これは、自己が内的にも外的にも拡張していく過程を象徴しており、未知の文化圏は「新しい自分の地平」を意味する。音楽理論を独りで学びながら、喜びのうちにそれを他者へと伝えていく姿は、まさに「自己目的化された学び」の典型であり、外的承認を超えて純粋な探求へと没入する自己の姿である。そこでは、「知ること」と「伝えること」が一体化しており、自分はまるで光そのもののように輝いている。これは、「個人的使命(personal calling)」の実現の象徴である。この夢全体は、自己が「知の共同体」から「創造的媒介者」へと変容する過程を描いている。過去の関係性に安住せず、社会的文脈においても自己の創造性を適切に表現し、他者をも巻き込んで世界を再編していく成熟のプロセスである。人生における意味として、この夢は「自己の光を他者の成長へと還流させる段階」に到達したことを示している。つまり、自分の知・情動・創造の力を、孤立した自己表現としてではなく、他者と世界をつなぐ「調和の音楽」として奏でる時が来たのである。フローニンゲン:2025/10/11(土)07:42
17513. 第153回のゼミナールのクラスの予習(その1)
今日は午後に第153回のゼミナールのクラスがある。それに向けて予習をしておきたい。事前に受講生に共有した5つの問いのうち、まず3つの問いについて考えてみたい。最初の問いは、「ピアジェ、コールバーグ、アーモン、コモンズの理論的枠組みのうち、 セオ・ドーソンが共通して見出した「発達段階の深層構造(core structure)」とはどのような性質を持つ概念か説明してください」というものだ。ドーソンが各理論(ピアジェ、コールバーグ、アーモン、コモンズ)に共通して見出した「発達段階の核(core structure/深層構造)」とは、概念内容や領域に依存せず、思考がどれだけ下位操作を統合して高次の構造を組み立てているかを示す“階層的複雑性”という潜在次元である。コモンズの階層的複雑性モデルに基づくHCSSは、この核を「抽象化の階層順序」と「議論の論理的組織」という2つの可観測側面から捉えるため、特定概念の有無に依存しない評価が可能になるのである。この見方が妥当である根拠として、異なるスコアリング体系の評定が1段階以内で平均97.6%一致し、さらに不偏相関(測定誤差などの偶然的ゆらぎを取り除いた真の相関(理論上の純粋な相関))が.90~.97という強い連関を示したという累積的知見が挙げられる。すなわち、道徳・善き生・階層的複雑性という三種の評価が、主として同一の潜在次元(階層的複雑性)を測っているという解釈が支持されるのである。要するに、ドーソンのいう核とは、「内容」ではなく「構造」—とりわけ階層的統合の度合い—を基準に段階が定まるという原理であり、これはピアジェ的構造主義の系譜を継ぎつつも、領域一般の“定規”として機能しうるという主張である。2つ目の問いは、「ドーソンが提案した「Layers of Structure(層構造モデル)」の三層を説明し、それぞれがどのようなスコアリング判断を導くかを、具体的な例(例えば「善い人生とは何か」という回答)を交えて説明してください」というものだ。ドーソンの「層構造モデル(Layers of Structure)」は、評定者が用いる基準を内容層(conceptual content)/表層構造(surface structure)/深層構造(core structure)の三層に整理するものである。内容層は「特定概念の出現」それ自体に基づく判断、表層構造は「社会的視点・慣習性・原理性」といったより一般化された形式への読み替え(発話の具体的内容を超えて、その背後にある社会的立場の取り方や、規範・原理に基づく思考の型を読み取る水準)、深層構造は「抽象化の階層順序」と「論理形式(線形・多変量・定義的等)」という内容独立的な形相に着目する判断である。例えば「善い人生とは何か」という応答で「教育があれば人生はより豊かになる/心が開かれる」と語る断片を考える。内容層では「richer life」「open mind」といった語の意味内容に即して段階を見積もる。表層構造では、その発言が慣習的視点にとどまるのか、より広い社会的・原理的視点を取るのかを読む。深層構造では、「複数の抽象変数の関係づけ」「推論の線形因果連鎖」など論証の組織に着目し、形式(例えば形式的次元)として評定する。実際、同一断片に対して、SISS(Standard Issue Scoring System(標準課題スコアリング法):ローレンス・コールバーグ(Lawrence Kohlberg)が開発した道徳判断の発達段階を測定するための公式スコアリング体系)の評定者は内容や慣習性に、HCSSの評定者は抽象変数間の関係や多変量性に着目して“形式的”と判定しており、この三層が実務上どのように働くかが図示されている。同様に、ハインツのジレンマの応答では、SISSが「慣習的観点(法・社会規範)」「徳性への言及」といった表層・内容の手掛かりを用いる一方、HCSSは「仮想事象間の時間的・因果的連関をどう統合しているか」といった論理組織に基づき、形式的~体系的のどこに位置づくかを定めている。この対照は、同じ発話でも三層のいずれを強調するかで評定が成立することを端的に示しているのである。総じて、三層のうち深層構造が段階評定の“共通核”として作用し、内容・表層は領域固有の分化(横方向)を付加するという捉え方が、実際の評定過程の観察と高一致率の両方から支持される。3つ目の問いは、「ドーソンは異なるスコアリング体系(コールバーグ、アーモン、コモンズ)の一致率97.6%を「共通の深層構造」によって説明しました。この主張は、発達が「領域固有(domain-specific)」ではなく「領域一般(domain-general)」であるという仮説をどのように支持し、またどの点で限定されるかを批判的に論じてください」というものだ。ドーソンの主張は、まず実証面で領域一般仮説を強力に支持する。第一に、異なる体系間の評定が1段階以内で平均97.6%一致し、不偏相関が.90~.97と極めて高いことから、道徳・善き生・階層的複雑性の各評定は主として同一の潜在次元=階層的複雑性を測っていると解される。第二に、得点分散の80%超が共有次元で説明可能とされ、内容依存的な差異が説明しうる余地は限定的である。これらは「発達段階は領域固有の“別個の構造”ではなく、共通の階層的統合の度合いで主として記述できる」という解釈を後押しする。しかし限定要因も明確である。第一に、低次の複雑性領域(具体・抽象域)では一致が低下し、例えばSISSのステージ1–2はHCSSの複雑性秩序と対応不良であることが示されている。これは下位段階の規定が内容語彙や課題設定に強く引かれ、“核”だけでは拾えない領域固有の発達的分化が混入することを示唆する。第二に、評定手続の条件づけがある。対象インタビューは開放的・相互的な形式であり、掘り下げ質問が受け答えの組織に影響して評定一致を押し上げた可能性がある。また、SISS評定者が公式マニュアルを逐語的には用いず、基底の「構造基準」に拠っていた点も、実務上HCSS的観点に寄せた可能性がある。この二点は、“現場のSISS/GLSSが常に同じ一致率を産む”と即断できないことを意味する。第三に、系統的な得点方向差が観察される。複数比較ではHCSSが低次で相対的に“易しい”(高めに出る)傾向が報告される一方、本研究内の一部所見ではHCSSの方がやや低めに出ると読める箇所も示唆される。すなわち、核(縦次元)に対して、内容・表層(横次元)がなお残差的に影響しうること、そして比較条件や対象群によって方向が揺れうることを物語っている。ゆえに、領域一般=十分条件ではあっても、領域固有=無関係とまでは言えない。総括すれば、ドーソンのデータは「強い中心傾向としての領域一般性」を実証しつつ、「残差としての領域固有的分化」を否定しない。したがって、発達を縦(階層的統合=深層構造)×横(概念分化=内容・表層)の二次元として扱う設計が最も妥当であり、測定・教育介入の双方で両者を独立に評価し、その相互作用を検討することが望ましいのである。フローニンゲン:2025/10/11(土)08:08
17514. 第153回のゼミナールのクラスの予習(その2)
4つ目の問いは、「あなたが教育現場で生徒の道徳的推論を評価する場合、ドーソンのモデルをどのように活用して「構造的発達」を測定するかを具体的に述べてください」というものだ。教育現場で生徒の道徳的推論を評価するにあたっては、ドーソンの「層構造モデル」を評価設計の骨格として用い、深層構造(core structure)=階層的複雑性を主指標、表層構造(surface)と概念的内容(content)を補助指標として配置するのが妥当である。まず課題提示は、特定ドメインの語彙や文化規範に引きずられにくい開放型のインタビュー/記述課題を用意し(例:ハインツのジレンマ、あるいは「善い教育/善い人生とは何か」などのオープン質問)、生徒の自由記述または口頭応答を断片(protocol)として収集する。次に、評定は内容一致ではなく論証の形式を見ることを原則とし、抽象化の階層順序(order of abstraction)と論理的組織(definitional/linear/multivariate の反復する論理形)を組み合わせて複雑性の位階を判断する。これにより、特定概念の有無や価値語の選好から独立して、発達的「高さ」を定めうるのである。実務の手順としては、第一に、教員は標準化した追求質問(probe)を用意し、応答の論理を一段深く引き出す。「なぜそう思うのか」「その結果、別の利害はどう変わるのか」「もし~でなかったらどうなるのか」等であり、これらは複数変数の同時調整や仮説的因果連鎖の有無を露出させる目的に適っている。第二に、収集した断片を区切り単位ごとにスコアリングし、各断片について(a)抽象変数の導入の有無、(b)因果の線形連鎖か多変量調整か、(c)反事実・条件文・時間関係の扱い等を点検する。第三に、深層構造スコア(縦軸)と、補助的に表層構造(社会的視点の成熟度・慣習性/脱慣習性など)、概念レパートリの広がり(横軸)を併記した二次元プロファイルを作る。ドーソンは評定者が実際にこれら三層を行き来して判断していること、そして異なる体系間でも1位階以内の一致が平均97.6%に達することを示しており、深層構造を軸に据える設計は妥当である。具体例として「善い人生とは何か」に対する応答を考える。生徒Aが「教育があれば心が開かれ、人生はより豊かになる」と述べた場合、内容語(教育・豊かさ)に引かれず、「豊かさ」「心が開かれる」を抽象変数としてどのように関係づけているかを見る。単なる定義的列挙にとどまるなら定義的形式、因果の一本鎖を立てれば線形形式、複数の価値・利害を同時に調整していれば多変量形式と読める。これらの論理形は抽象化の位階と対で読まれてはじめて複雑性の位階が決まるため、論理の形×抽象位階の組で評定するのである。さらに、下位段階ほどドメイン語彙や課題条件に左右されやすいという既知の制約にも留意し、低学年については語彙支援や再言促しを併用して、構造信号(抽象化と論理組織)そのものを引き出す面接設計とする。コールバーグ下位段階の定義が抽象階層以下で不安定であることは先行研究でも指摘されており、内容ではなく形式を引き出す問いの質が測定精度を左右する。最後に、校内キャリブレーション(同じ学校(校内)の教員同士が、評価基準や採点観点をすり合わせ、判断のばらつきを最小化するための調整・検証プロセス)として、教員同士で同一断片の相互評定と思考発話(think-aloud)を行い、評価観点が内容層・表層・深層のどこに偏っているかを可視化し、深層基準への整合を図る。ドーソンの手続は、まさにこの層間のズレを点検しつつ、最終段階の決定は深層構造にアンカーするやり方であり、教育現場の実装に適う。5つ目の問いは、「あなたが研究者として、AIベースの発達診断システム(例:Lectical Assessment System)を設計するとしたら、ドーソンが述べた「深層構造」と「概念内容」の二次元モデルをどのように実装するかを構想的に説明してください」というものだ。AIベースの発達診断システムを設計する場合、ドーソンの二次元モデルをアルゴリズム的に分離実装し、出力レポートで統合表示する設計が望ましい。第一に、コア構造エンジンを中核とし、概念的内容エンジンを並列に走らせる。入力は授業内の口頭応答の自動音声認識テキストおよび自由記述である。コア構造エンジンは、テキストから抽象変数の導出(例:権利・配慮・効用などを変数として扱う表現)、論理形の同定(定義的/線形因果/多変量調整)、反事実・条件文・時間的連鎖の有無を抽出する。これを特徴量として階層的複雑性の位階を推定する分類器(順序カテゴリ推定)に入力し、抽象位階×論理の形の結合特徴で最終スコアを返す。ここで重要なのは、「概念一致を必要としない」というHCSSの原理であり、モデルは内容語に依存せず形式シグナルを拾うよう訓練されるべきである。第二に、概念的内容エンジンは、ドメイン語彙の網羅を目的とせず、教育・道徳・自己理解等のテーマ分布、価値語の多様性、視点(自己・他者・社会)など表層/内容の指標を推定する。これは横方向の分化を示すダッシュボードとして機能し、主指標(縦)=コア構造を補助的に説明する。ドーソンが示したように、実地の評定者は三層の観点を混用しているが、段階決定の汎用“定規”は深層構造であるため、UI上は縦軸=複雑性位階、横軸=内容・視点の分化で二次元に可視化する。学習データは、人手評定(HCSS/SISS/GLSS)付きの断片コーパスである。まず形式的~メタシステム的段階での高一致が得やすいことを生かして上位帯のモデルを安定化し、次に具体~抽象階層に関しては追加の誘導質問を含むデータで補強して下位帯の識別を改善する。これは、下位階層での一致率低下や段階仕様の不安定という既知の限界に対する設計上の補償である。推定の妥当性・信頼性は三層で担保する。第一に、多面ラッシュモデル(ラッシュモデル(Rasch model)を拡張し、評価に関わる複数の要因(facets)を同時に統計的に補正するモデル)やアンカー断片(発達段階評価で用いられる基準文(benchmark texts)であり、特定の段階(例:具体的・形式的・システム的・メタ体系的)を代表する典型的な発話やテキスト断片)を用いた縦基準(HCSS位階)の等化であり、異クラスの課題でも同一“定規”上にマップする。第二に、評定者間一致の再現を検証するため、AI出力と専門評定者の1位階以内一致率や相関(.90~.97相当)を監視指標として運用する。第三に、説明可能性として、テキスト内の位階決定に寄与した根拠スパンをハイライトし、「抽象変数XとYの線形因果連鎖」「入力側の複数変数同時調整」等、論理形×抽象化のどちらが決め手になったかを示す。これらは、ドーソンが強調した形式→段階の読みを人間に可視化する設計である。面接設計にも注意を払うべきである。開放的インタビューでは追求質問が応答の組織に影響しうるため、追求質問の標準化と適応的提示(より高次の論理形を誘発するが誘導はしない)を実装する。さらに、人間評定者用コンソールを備え、AI推定位階に対して人手の上書き・コメントを許容し、その判断根拠を層構造のどの水準に置いたか(内容/表層/深層)としてメタデータ化する。これにより、HCSSを主軸としつつもSISS/GLSS的観点を補助として保持し、将来的なモデル改良の教師データを継続的に蓄積できる。総括すれば、本システムは「縦:階層的複雑性(深層構造)」を唯一の段階決定基準とし、「横:表層・内容の分化」を説明・介入設計の補助指標として扱う二段建てで設計すべきである。これにより、領域や語彙に依存しない普遍的“定規”としての段階測定と、教育的フィードバックに有用なドメイン固有の意味づけを同時に達成できるのである。フローニンゲン:2025/10/11(土)08:37
17515. 第153回のゼミナールのクラスで扱う論文の要約
今日のクラスで取り上げるのは、セオ・ドーソンの論文「Layers of Structure: A Comparison of Two Approaches to Developmental Assessment」である。この論文は、発達段階をどのように測定すべきかという理論的・方法論的問題に対し、従来の領域固有的アセスメントと、領域一般的アセスメントとの比較を通して、発達を支える共通の構造原理を明らかにしようとする試みである。本研究の背景には、コールバーグやアーモンらのように道徳や価値判断といった特定の発達領域に即した測定法が発展した一方で、異なる領域間でスコアを比較することが困難であったという問題意識がある。これらの領域固有的手法は、発達段階を理論的には「構造(structure)」として想定しつつも、実際には「概念内容(content)」の有無に基づいて段階を判定する傾向が強く、結果として段階が内容的カテゴリーと混同され、文化的・言語的バイアスが生じやすくなるという限界を抱えていた。これに対して、マイケル・コモンズによる階層的複雑性モデル(Model of Hierarchical Complexity, MHC)は、行為や思考の内容ではなく、それらがどのように下位の操作を統合してより高次の秩序を形成しているかという構造的複雑性を基準に発達を定義しようとする。ドーソンは、このMHCの理論を基盤にした領域一般的スコアリング法(Hierarchical Complexity Scoring System, HCSS)を、コールバーグのStandard Issue Scoring System(SISS)およびアーモンのGood Life Scoring System(GLSS)と比較し、発達段階測定の普遍性を検証した。研究方法として、彼女は8名の熟練評定者(うち2名がSISS/GLSSの専門家、6名がHCSSの専門家)に対し、さまざまな内容領域から抽出した42の発話断片をスコアリングさせ、同時に思考発話法(think-aloud procedure)によって評定者がどのような基準に基づいて判断しているかを逐語的に分析した。その結果、評定者間の一致率は極めて高く、異なる体系を用いた場合でも1段階以内で97.6%、相関係数は.90~.97に達した。このことは、異なるスコアリング法が少なくとも主として同一の潜在次元を測定していることを示唆している。しかも評定者は同じ発話を評価する際に、発話内容の具体的意味に注目する「概念的内容層」、社会的視点や慣習的原理性に着目する「表層構造層」、抽象度や論理的組織(線形・多変量など)を基準とする「深層構造層」の三層を使い分けていた。ドーソンはこの三層を「層構造モデル(Layers of Structure)」として理論化し、異なるスコアリング体系が異なる層に焦点を置きつつも、最終的には共通の深層構造、すなわち抽象化の階層順序と論理形式に基づく階層的複雑性を参照しているために高い一致を示すのだと説明した。この結果は、発達段階が「領域固有(domain-specific)」というよりも、「領域一般(domain-general)」の原理で統一的に説明できる可能性を強く支持する。すなわち、道徳や価値、科学的推論など異なる領域の思考においても、個人がどのように複数の要素を統合し、高次の抽象構造を形成するかという点では共通の発達法則が働いているという仮説である。さらに、HCSSは概念マッチングを必要としないため、文化や文脈を越えて同一基準で段階を測定でき、発達評価の客観性と比較可能性を大きく向上させる。ドーソンは、これをもとに発達を「縦軸=階層的統合(深層構造)」と「横軸=概念的分化(内容)」の二次元で記述するモデルを提案し、まず縦軸の深層構造で段階を決定し、その後に横軸の内容的広がりを補助的に分析する方法が最も妥当であると述べる。もっとも、ドーソンは本研究の限界も率直に指摘している。第一に、インタビューが開放的かつ相互作用的であったため、質問者の追求が回答の構造化に影響した可能性がある。第二に、コールバーグの低位段階(とくにステージ1–2)は内容依存的に定義されており、HCSSの下位秩序との対応が不完全であった。これは、低位段階ほど言語や文化的文脈に影響されやすく、完全な領域一般化には限界があることを意味する。第三に、HCSSとSISS/GLSSの得点には一定の方向差が見られ、HCSSのほうがやや高く(あるいは下位では易しく)算出される傾向があった。これらの点から、発達段階は完全に内容から独立しているわけではなく、深層構造を中心としつつも表層・内容的要素が残差として作用する二次元的現象として理解すべきであると結論づけられる。したがって、教育や発達評価の実践では、まず階層的複雑性という縦の“定規”で構造的発達を測定し、次に内容や社会的視点の分化という横軸を補助的に解釈するアプローチが最も理論的に整合的であるとされる。フローニンゲン:2025/10/11(土)10:04
Today’s Letter
Playing the guitar has made my life rich and colorful. I’m certain that my life has become more polyphonic—filled with layers of harmony and rhythm—thanks to the guitar. In the near future, I plan to enrich it further by adding the piano to my musical practice. Groningen, 10/11/2025

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