【フローニンゲンからの便り】16759-16762:2025年5月26日(月)
- yoheikatowwp
- 5月28日
- 読了時間: 10分

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タイトル一覧
16759 | 厳選した書籍と丁寧に向き合うこと |
16760 | 今朝方の夢 |
16761 | 今朝方の夢の振り返り |
16762 | 懸垂の進展の楽しみ/翻訳企画が無事に通って |
16759. 厳選した書籍と丁寧に向き合うこと
時刻は午前7時半を迎えた。今日は少し雲が空にかかっていて、確かに青空も部分的に見えるが、朝日を拝むことはできない。午前中はここから晴れ間が見えてくるようだが、午後からはまた曇りになる予報が出ている。今の気温は12度で、日中は17度まで気温が上がる。17度で曇りというのはとても微妙なところで、午後にジムに行く際には上に何か羽織っていく必要がありそうである。今週はどうやら曇りや小雨が降る日が多く、天気が崩れがちな1週間となる。今週もまた気分を新たに日々の探究を進めていこう。ここ最近は、自分の研究分野に関する専門書を音読していくことが習慣となり、多読よりむしろ厳選した専門書を音読を通じて精読していくことを大切にしている。読書のスタイルは学習のフェーズに応じて変えていく必要があるのだと思う。今はちょうど意識とリアリティの地動説の研究に関して、その研究分野を構成する学問分野の専門書と丁寧に向き合っている。こうした向き合い方を継続させていき、探究がどのように深まっていくか楽しみである。
昨日は、意識とリアリティの地動説の探究に関して、インド仏教思想における形而上学思想の体系と観念論の体系についてより深く知りたいと思ったので、先日注文した書籍に加えて、下記の4冊の書籍もさらに追加で購入することにした。来月には今のところ書籍を注文する予定はなく、先月注文したものと下記の書籍の初読を進めていく。しかし、夏以降には量子論の研究を進めていくために、量子論の哲学や量子情報理論に関する専門書をいつくかの生粋の学術専門出版社から出版されている書籍をある程度購入したい思う。
·How Things Are: An Introduction to Buddhist Metaphysics
·Indian Idealism
·Indian Epistemology and Metaphysics
·Classical Indian Metaphysics: Refutations of Realism and the Emergence of New Logic
上述のように、今は多読のフェーズではなく、精読を大切にするフェーズであるゆえに、新しい書籍を購入する際には以前以上に深い吟味をするようにしている。そうした吟味を通過した本は、今の自分にとって無くてはならないものであり、今後の研究にとっても無くてはならないものである。そうした厳選された書籍と丁寧に向き合っていくことをここからしばらく意識的に取り組んでいく。フローニンゲン:2025/5/26(月)07:46
16760. 今朝方の夢
朝の静けさを味わいながら、今朝方の夢について振り返っている。今朝方の夢に関してまず覚えているのは、小中学校時代の2人の親友(YU&NK)と「マジック:ザ·ギャザリング」のカードゲームを楽しんでいた場面である。実際に自分と対戦していたのは片方の友人で、もう片方の友人は私たちの対戦を観戦していた。相手の友人は赤いデッキを使っていて、私は黒と青のデッキを使っていた。ゲーム序盤、こちらのマナがうまく溜まらず、場にモンスターを召喚することも魔法も使うこともほとんどなかった。相手の友人はマナを順調に場に出し、モンスターも適宜召喚しながらも、不思議とこちらに攻撃してこなかった。彼には何か狙いがあるのだろうと思ってゲームを進めていると、ようやくマナが溜まり出し、強いカードも引いた。引いた強いカードを場に出すと、そのカードの表面には60秒のタイマーがあって、相手がそのカードに対して60秒以内に意思決定しないと、攻撃力が5、体力が7のモンスターが5体一気に自動的に召喚されることになる仕組みになっていた。友人の彼は意思決定に迷いが生じたというよりも、むしろ放置をしていて、結局場に5体の強いモンスターが召喚された。これで私はほぼ勝利を確信したのだが、彼は妙に冷静だった。
この夢の続きとして、見慣れない会場でクイズの大会に出場していたのを覚えている。そこでクイズの問題に順調に答えていると、気がつけばフローニンゲンの今の自宅の庭にいた。庭では家のオーナーのフレディさんとペイトラさんが作業をしていて、その他にも同じ敷地内の住人の友人が庭にやって来て、数匹の犬と猫と戯れていた。どういうわけか、2匹の犬は全て黒く、猫もまた黒かった。犬は大小それぞれの大きさで、最初大きな犬が私にじゃれ付いてきた。すると突然雨が降り出し、通り雨のようだったがみるみるうちに雨脚が強くなり、その場には水溜りができた。ちょうどオーナーのフレディさんが雨水がうまく流れるような設備を家の傍に作ってくれ、そこに雨水がどんどんと流れていき、雨水の通り道のレンガの隙間から地下に水が流れていくようになっていた。この雨水は全てトイレの水として再利用できるような仕組みになっていて、それもフレディさんが自らの手で作ったものだった。雨も強くなってきたので自宅のドアを開けて中に入ると、ドアの板を張り替えた方が良さそうだということに気づき、板を外に出して張り替え作業を始めた。すると、黒い猫が静かに近寄ってきて、今度は子犬の方の黒い犬も私に近寄ってきて遊んで欲しいような様子を浮かべていた。板の張り替えが終わったら彼らと遊ぼうと思っていたところ、父が突然現れ、板の張り替え作業を手伝ってくれることになった。作業が終わったら、自分が淹れる抹茶を楽しみにしていると父は笑顔で述べた。フローニンゲン:2025/5/26(月)08:02
16761. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢に対するChatGPTのフィードバックを参考に、今日もまた総合的な振り返りをしておきたい。今朝方の夢は、三幕から成る劇のように展開している。第一幕はカードゲームという抽象的な戦場であり、第二幕はクイズという知的競技の舞台、第三幕は現実に近い自宅の庭という具体的空間である。それぞれの幕は、自分の内的世界における「戦い」「探求」「統合」という3つの主題を示唆し、それらが連続しながらも螺旋を描くように深化しているとChatGPTは指摘する。第一幕――マジック:ザ·ギャザリングの卓上では、赤いデッキを操る友人が情熱や衝動を体現し、黒青のデッキを握る自分は深層の無意識(黒)と論理的思考(青)の複合体となっている。序盤にマナが滞るのは、自己のリソースがまだ整わず、潜在力が封印されている状態を指す。六十秒のタイマー付きカードは、有限の猶予と不可逆の選択を象徴する「決断しなければ五体の巨大な影が解き放たれる」という仕組みは、日常で抱える“いつか直面せざるをえない課題”が臨界点を超えて一挙に姿を現す瞬間を暗示する。友人があえて放置し、自分に勝機が転がり込む展開は、外部の刺激によって初めて自己の潜勢力が可視化される過程でもある。勝利を確信した自分の高揚感の裏で、友人が冷静である点は、まだ統合されていない「赤い衝動的エネルギー」が静かに次の舞台へ伏線を張っていることを語っているとChatGPTは述べる。第二幕――見慣れぬ会場でのクイズ大会は、論理と知識の試練である。自分が順調に解答していく様子は、第一幕で解放された力が知性と結びつき、課題を軽々と乗り越える手応えを得ている証左である。しかし、観衆もルールも曖昧な会場は、自分自身が「正解を出し続けねばならない」という無形のプレッシャーに包まれていることを示す。ここで夢は突然第三幕へと飛躍し、空間が一転して自宅の庭へと転移する。論理の舞台から生活の場への移動は、頭脳的優位のフェーズから身体的·感覚的フェーズへの移行、すなわちグラウンディング(地に足を着ける過程)と解釈できるとChatGPTは述べる。第三幕――庭に集う人々と動物たちは、多層的な共同体意識を象徴する。黒い犬二匹と黒猫は、第一幕で顕在化した“影”のエネルギーが、今度は友好的な姿で日常に現れたものである。大きな犬は荒々しい本能、小さな犬は遊び心、黒猫は直感と独立性を宿す。彼らが戯れを求めてくるのは、影の統合を促す呼びかけである。そこへ降り出す通り雨は、感情的カタルシスと浄化の儀式であり、フレディさんが即興で造る雨水循環装置は、外的支援を得ながらも自らの手で環境を整備し、感情を「生活の水」に転換していくプロセスを示す。雨水がトイレに再利用される仕組みは、不要なもの(排泄物)を浄化と共に排出し、循環させる心理的メタファーである。ドア板の張り替えは、境界線のリニューアルであり、外界とのインターフェイスを更新する行為である。そこへ父が現れ、手を貸す展開は、世代間で受け継がれる知恵と保護の力が、自分の自立的刷新を後押しすることを示している。父が楽しみにする抹茶は、静と動の間に置かれた“間”の味わいであり、意識と無意識の結節点における静謐な茶事――すなわちマインドフルネスの契機である。抹茶を点てるのは自分自身であるため、最終的な調和の作法は自分の手で完遂されるというメッセージが宿る。こうして見ると、夢全体は「潜在力の解放」「知的自己の検証」「日常への根ざし」「影との融和」「世代的支援と静かな覚醒」という五段階の螺旋的イニシエーションを描いていることに気づく。第一幕の五体のモンスター(攻撃力五)と終幕までの五段階構造は呼応し、影がモンスターから犬猫へ、そして雨水や抹茶へと姿を変えながら、粗野な力が精妙な滋養へと精錬されていく過程を浮き彫りにしている。目覚めの後に残る朝の静けさは、この統合の物語が成功裏に収束した証であり、自分が新しい「内なる庭」に足を踏み入れたことを告げる静かな鐘の音と言えるのかもしれない。フローニンゲン:2025/5/26(月)08:26
16762. 懸垂の進展の楽しみ/翻訳企画が無事に通って
時刻は午後4時半を迎えた。つい先ほどジムから帰ってきて、シャワーを浴びてさっぱりしたところである。ここ最近はフローニンゲンも幾分気温が上がり、ジムに行ってトレーニングをしているとじんわりと汗をかくようになった。冬の時代はハードにトレーニングしても汗をかかなかったのだが、いよいよ初夏に向かっていることを感じる。先日に話をしたルーマニア人の女性が今日もトレーニングに励んでいて、目が合ったので挨拶をし、少しばかり立ち話をした。どうやら彼女は日曜日以外はほぼ毎日ジムに来てトレーニングをしているようである。彼女の体型はその成果を伝えている。これまでも何度か話をしたことがあったが、名前を聞いていなかったので名前を尋ねてみると、ビアンカというらしい。先日はギリシャ人のフィリポスと知り合いとなり、今日は晴れてビアンカの名前を聞くことができた。そこからもしばらく彼女とお互いのインターバルの時間に会話をした。今日のトレーニングでは、先日に決意したように、懸垂のトレーニングをメニューに組み込むことにした。まだ自重で体重を持ち上げることができず、ゴムバンドの補助を用いて上がらなくなる限界まで繰り返すということを4セット行った。ラットプルダウンで広背筋を鍛えるだけではなく、今後も毎回懸垂のメニューを取り入れ、その進展を楽しみたい。
ジムに行く前に嬉しい知らせが1つ届いた。知人の中土井僚さんと立ち上げた「一人10冊倶楽部」のプロジェクトを通じて翻訳出版しようと思っていた書籍の企画が無事に通ったという連絡を編集者の方から連絡を受けた。企画から企画会議の通過まで本当に速やかで、これも様々な関係者の方の力のおかげかと思う。あとは無事に版権の取得が済み、翻訳のゴーサインが出たら翻訳に集中するのみである。生成AIの進化によって単純に情報を得るだけであれば、本当にお手軽な時代となった。しかし、一冊の書物の中にある一言やワンフレーズの重みは今も色褪せることはない。むしろ生成AI時代になってこそ、その重みは更に増すと言えるかもしれない。実際に翻訳作業が始まることはとても楽しみである。翻訳作業を通じて、その原著と格闘することは翻訳者の特権である。そうした格闘を通じて、翻訳書の内容が血肉化されていく。そうした楽しみを経て無事に出版が実現されたら、そこからはまた新たな楽しみがたくさん待っている。多くの人たちがその書籍を手に取って随所で対話をしてくれることを望むし、今回からは翻訳者として書籍を解説する意味も込めて、ゼミナールでも翻訳書を扱っていきたいと思う。今、様々なご縁が種々の実りをもたらしていることに本当に感謝の気持ちで一杯である。フローニンゲン:2025/5/26(月)16:44
Today’s Letter
I will never waste my time and energy on things that hinder my lifework. Social media, for example, is one of the major obstacles to it. Groningen, 05/26/2025
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