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7669-7673: フローニンゲンからの便り 2022年1月11日(火)



No.3135 家紋_A Family Crest


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.1150, A Spiritual Guidance

I saw a dolphin in my dream this morning.

I consulted in a dream dictionary, and it said that the symbol of a dolphin represents a spiritual guidance.

Yes, I think it is true.

All I have to do is just follow the spiritual guidance.

Groningen; 08:57, 1/11/2022


No.1151, Three Artists in Me

Martial arts training changed my life.

I’m an artist, a liberal artist, and a martial artist.

I’m so glad to finally have found three artists in me.

Groningen; 20:03, 1/11/2022


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の3曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

7669. 今朝方の夢

7670. 今朝方の夢のシンボルの深層的な意味

7671. ジークンドートレーニング13(1/11/2022)イメージ体の形成と様々な蹴りの練習に向けて

7672. ジークンドートレーニング14(1/11/2022)ブロークンリズム、バックキック、回し蹴りの練習より

7673. 自己表現及び死の恐怖とマーシャルアーツ


7669. 今朝方の夢

時刻は午前7時を迎えた。この時間帯はまだ辺りは真っ暗だが、自分の中には光が灯っているのを感じる。あるいは、自分自身が光に包まれているのを感じる。


それは充実感及び幸福感の光である。それをもたらしてくれているのは他でもない、マーシャルアーツである。


マーシャルアーツの鍛錬と研究を今日も行えるかと思うと、毎朝喜びと共に目覚めることができる。献身と克己。それらに基づいて日々マーシャルアーツと向き合っていく。


今朝方は夢を見ていた。夢の中で私は、世界一周旅行をしていた。それは飛行機と船を組み合わせたものだった。


ちょうど日本の港町に今滞在していて、そこを観光していた。観光の際に、偶然に大学時代のサークルの先輩に出会った。その方は学業の成績も人柄も素晴らしく、とても尊敬していた。その方の歳は1つ上なだけだったので、敬意を表しながらも、よく話をする間柄でもあった。


先輩は随分前に結婚していて、今は一軒家で暮らしているようだった。ちょうど近くに先輩の家があるとのことだったので、そこでゆっくり話をしようということになった。


先輩の家に上がる前に、靴に汚れがついていることが気になったので、それを落として玄関に上がった。家に入らせてもらうと、とても綺麗で立派な家だった。


リビングルームに案内をしてもらうと、先輩は早速コーヒーか何かを作ってくれると述べた。私はそれに感謝しながら、キッチンの背後にある立派な本棚に目がいった。そこには先輩が大学時代に使っていた様々な学術書が並べられていて、それらに加えておそらく今実務で必要となっている書籍が並んでいた。


先輩は自分と同じ学部であり、学部の中で1番を争うほどの厳しいゼミに入っていた。指導教授がゼミで取り扱う難しそうで分厚い洋書がずらりと本棚の一角を占めている光景は圧巻であった。


本棚を眺めながら、私はふと、そう言えば先輩の奥さんは今どこにいるのかと尋ねた。家にいるとのことだったが、客人を招いているときには奥の方でひっそりとしているそうだった。


そのとき、キッチンの横の廊下の向こうに誰かいるような気配がした。それは先輩の奥さんだろうと直感的に思った。


いざ先輩からコーヒーを受け取ろうとしたところで突然場面が変わった。続く場面も、テーマは同じく世界一周旅行のものだった。


気がつけば私は、中南米か北アフリカのエキゾチックな雰囲気の街にいた。具体的には、その街の地元で取れた綺麗な石を元にして作られたホテルに滞在していたのである。ただし、そのホテルでは相部屋で、2人の日本人女性と一緒に同じ部屋を共有することになっていた。それはホテルに到着して初めて気づいた。


2人の女性とは船の中で知り合い、ちょうど滞在する街が一緒なので、片方の女性がホテルの手配をしてくれることになり、同じホテルに宿泊することになっていた。しかし、まさか相部屋だとは思っていなかった。


部屋には2段ベッドがあって、2人はそちらに寝てもらうことにし、私は地べたに布団を敷いてそこで寝ることにした。すると、1人の女性が地べたに掃除機をかけてくれた。


そこで視線をふと右にやると、大理石でできた部屋がまるで海のように徐々に水が深くなっていくような状態になっていた。すると突然、1匹の可愛らしいイルカが現れたのだ。


私はそのイルカの頭と顎を撫でた。すると、そのイルカはとても嬉しそうにして、鳴き声を上げた。そして自分に懐いてきてくれた。


そこでまたしても場面が変わり、次の場面では、私は空港にいた。実際には、先ほどまで街をまるで地面をスケートするかのように滑りながら空港に向かっていて、先ほど空港に到着したのである。


道中、バスを追い抜いて地面を滑っていくことはとても快感だった。空港に到着して、そこで私は一度自分の旅程を確認した。というのも、ここから引き続き日本を巡るのか、アラスカや北米地方に行くのかのルートが分かれていて、自分がどちらだったか忘れてしまっていたのだ。


確か自分はアラスカや北米に行く方を選んでいたように思い、手元の旅程表を確認すると、確かにそうだった。そこでふと、今回の世界一周旅行は半年間をかけて行うものであり、ジークンドーのプライベートレッスンをオランダで受けられないことが残念に思った。


一瞬、それなら世界一周旅行などしない方が良かったと思ったぐらいである。だが気を取り直して、これからの旅を楽しもうと思った。


すると、自分は自転車に乗って空港を移動していて、突然自転車が宙に浮き、自分が行くべきところに向かって勝手に動き始めた。眼下のエスカレーターをふと見ると、そこに大学時代のゼミの中国人の友人がいた。彼に横には奥さんがいて、ベビーカーを彼は引いていた。


彼の頭の上から彼に声を掛けたが、随分と高い位置からだったので、自分の声は彼に届かなかったようだ。そこから私は自転車置き場に向かおうとした。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2022/1/11(火)07:41


7670. 今朝方の夢のシンボルの深層的な意味


小鳥たちの清澄な鳴き声が辺りに響き始めた。午前8時半を迎えようとしているフローニンゲンは、今ゆっくりと明るくなり始めている。


先ほど、朝のルーティーンである呼吸法と動的ストレッチを行なった。昨日から順番を変えたように、まずはバンダ、ナウリ、火の呼吸のセットを何度か繰り返した。大体10セットぐらい行っただろうか。これを行うことによって、酸素が脳と体全体に行き渡り、本当にすっきりする。


またバンダとナウリによって、内臓を動かすことによって、外側の筋肉を動かす前の最良の準備となる。そこから動的ストレッチをゆっくりと時間を掛けて行った。これで朝の活動は充実するであろうし、午前中のジークンドーのトレーニングの準備運動にもなる。


今朝方の夢でイルカが登場したことについて考えを巡らせていた。夢の中でイルカが出てくることはこれまであまりなかったからだ。そこで、ドリームディクショナリーを調べてみたら、興味深い記述がいくつかあった。


夢の中でイルカを見るというのは、霊的な導きや感情的な信頼を表すとのことであった。さらには、自らの知性を発揮させ、人生を上向きに動かしていくことを示唆しているとの記述があった。


もう1つの意味としては、顕在意識と潜在意識の連携が取れていることの暗示であるということが書かれていた。どれも今の自分に当てはまるような気がしている。


まさにマーシャルアーツを始めたことが、そもそも霊的な導きのおかげであり、実際にマーシャルアーツを始めたことによって、その導きの力はさらに強くなっている。そして、マーシャルアーツの先生への信頼のみならず、自分自身への信頼の感情も増しているのを実感する。


ジークンドーもシステマも、汝自身を知ることは極めて重要な考え方としており、身体的鍛錬と共に自らを知れば知るほどに、自己に対するより深い信頼感が芽生えているのは確かだ。さらに、マーシャルアーツの鍛錬においては、必ず潜在意識の開発を伴う。


それによって、自分の顕在意識と潜在意識の連携及び調和、そして相互作用が生まれていることも確かであるという実感がある。今朝方の夢はとても示唆深いものであった。


それでは今から朝の創作活動に従事し、その後、午前中のジークンドーのトレーニングを行う。トレーニングの始めには、ジークンドーの礼法を練習しよう。


昨日ロビンさんに礼法には色々なものがある点について質問したところ、親切にも動画を送ってくれ、それを参考にしようと思う。ロビンさんのジークンドーは、ブルース·リー·オークランドスクールの思想に基づいており、それはジークンドーの源流にあるものとのことだった。そこで行われている礼法をこれから練習していこう。


礼法といっても流派によって若干違うことがわかったが、今は自分の師事する先生の礼法に則って練習を重ねていこうと思う。フローニンゲン:2022/1/11(火)08:40


7671. ジークンドートレーニング13(1/11/2022)イメージ体の形成と様々な蹴りの

練習に向けて


時刻は午前10時半を迎えた。早朝に2つ絵を描き、そこから2曲ほど曲を作った後に、午前中のジークンドーのトレーニングを行なった。これはここ最近の実践の流れだ。


先ほどのトレーニングでは、昨日から見始めていたDVDの続きを視聴した。今の自分にとっては難易度の高いものばかりだが、とりあえず全体を把握するために一度全てに目を通しておこうと思っている。


この間のロビンさんとのプライベートレッスンでも、当然ながら新しい動作や技を教えてもらったのだが、それらの動作や技を見たことがあるのとないのとでは、その場で実践するときの吸収力が違う。そうしたこともあり、今の自分にはまだ手の届かない動作や技であっても、イメージとして脳に入れておきたいと思う。


そうすれば、身体的にそれらの動作や技を表現できなくても、イメージ体とでも言うべき意識空間の自分がそのイメージを何度も反芻することによって、実際にそれを身体で表現しようとする際によりやりやすくなっているだろう。


とにかく今は、イメージを膨らませる段階である。動作や技の既視感を得るために、手持ちのDVDは何度も繰り返し視聴しよう。ロビンさんとのプライベートレッスン自体は1ヶ月に1度なので、それまでにどれだけ自主鍛錬をするかが重要だ。


初回のレッスン終了後、ロビンさんにこれからもお世話になる旨を伝えると、ジークンドーファミリーの一員として歓迎してもらった。ロビンさんはオランダでのマーシャルアーツの振興に尽力していて、オランダ政府からその長年にわたる活動に敬意を表されて、勲章をもらっていることを昨日知った。ロビンさんの情熱が自分にも伝染し、オランダのジークンドーファミリーに迎え入れてもらったことを嬉しく思う。


次回のレッスン終了後に、どこかのタイミングでグループレッスンを見学させてもらえないかを打診してみよう。そちらは全てオランダ語で行われているので、その代わりに自分にはプライベートレッスンを提供してもらえるようになったのだが、ジークンドーファミリーにどんな人がいるのか、どんな雰囲気で練習をしているのかを見たいと思ったのである。


また、ロビンさんがオランダ国内あるいは隣国のドイツで開催するワークショップには積極的に参加しよう。ドイツのものであればきっと英語で提供されるはずなので、参加することによって得られることはたくさんあるはずだ。


少し脱線したが、先ほどのトレーニングで蹴りの練習をする際に、当然ながらDVDのインストラクターのように足が上がらない自分がいた。これは当然であるが、今後様々な蹴りの練習をするために、今のうちから股関節周りの可動域をより広げていくことをより意識していこう。


例えば、DVDを見ているときに、今の自分には応用的すぎるものが紹介されていれば、一応それを見ながらも、足を回して股関節を解していくエクササイズを代替的に行っていく。また、ジークンドーでは頭の動きも大事なので、首も常に柔らかく、そして素早く首を動かせるようにしていこう。


このように、ジークンドーの鍛錬を通じて、自分の体がこれからどのようになっていけばいいのかがわかってくることもまた自己変容のプロセスとして大変面白い。フローニンゲン:2022/1/11(火)10:46


7672. ジークンドートレーニング14(1/11/2022)ブロークンリズム、バックキック、

回し蹴りの練習より


時刻は午後3時半を迎えた。先ほど、1時間ほどの午後のジークンドートレーニングを終えた。


これまでもトレーニングログを毎回付けていて、ナンバリングをしていた。ただし、1日に何度もトレーニングする場合にそのナンバリングの数を増やした方が管理しやすいのか、それともナンバーはそのままで「その1」「その2」のように表記した方が自分として管理しやすいのかを考えていた。


結論としては、トレーニングをした都度、そのナンバーを増やしていこうと思う。小さなことだが、トレーニングログをつけることは自分にとって大切なので、その考え方について自分でも整理しておきたかった。


午後のトレーニングは、ジークンドーの基本応用編のDVDを見始めた。基本編からさらに新しい技の動きを見ながら、今の自分でもできそうな動きを真似ていった。


繰り返しになるが、現時点においてはそれは単なるイメージトレーニングのようなものである。実際には、ロビンさんとのプライベートレッスンでみっちり稽古するであろうから、その時に初見でそれをやるのではなく、すでにイメージトレーニング済みの段階でトレーニングを積んでいきたい。そうした考えから、どんどんと応用的なDVDも視聴している。


午後のトレーニングでは、ブロークンリズムを習った。このフットワークは面白い。


人間は単調なリズムによって変性意識状態、ないしはある種の催眠状態になるので、そこから突如リズムを変えると、それについていけなくなってしまう。その時に攻撃を仕掛けるととても有効だ。


作曲実践においても、拍子を変える形で曲作りをすることがあり、それは曲に意外性をもたらす。音楽的な探究と実践をしていたことが、今、マーシャルアーツの鍛錬においても活きている。


ブロークンリズム以外に行った練習の中で印象に残っているのはバックキックや回し蹴りである。これは明らかに今の自分にとっては応用的過ぎる。だが今後のため、自分でも少しばかりその動作を試してみたところ、今後の動的ストレッチにおける課題がまた明瞭なものになった。


とりわけバックキックの際には、柔らかいハムストリングが求められる感覚があった。今後は、ハムストリングをよりしなやかにしていくような動的ストレッチを意識したい。また、バックキックにせよ、回し蹴りにせよ、足を上げるための股関節周りの柔軟性の大切さを実感する。


引き続き股関節周りの柔軟性を高めるエクササイズを毎日行っていこう。ここ最近は少しずつその成果が出ていて、それを実感すると、なおのことやる気が出てくる。


アーティストとしての自分、リベラルアーティストとしての自分、そしてマーシャルアーティストとしての自分。アートに関する3つの側面を持つ自己による調和的なバランスの実現。それは三位一体的なバランスであり、このバランスの輪をより広く深いものにしていこう。


それではここからは、ジークンドーに関する書籍を読みながら休憩し、夕食前にもまた1時間弱ほどトレーニングをしたい。フローニンゲン:2022/1/11(火)15:48


7673. 自己表現及び死の恐怖とマーシャルアーツ


時刻は午後7時半に近づこうとしている。先ほど夕食を摂り終え、今し方、隣人のマークから書籍を受け取った。かなりの数の書籍を受け取り、これから開封をしようと思っているが、全てマーシャルアーツ関係のものだろう。


ここからは毎日実践を主軸にしながら、体を休めている時間帯に書物を読み進めていく。それは直接的にトレーニングにつながるものもあれば、思想や歴史に関するものもある。


とにかくマーシャルアーツを実践的にかつ学術的にも探究していくこと。そしてその知見を共有していくことが自分の役割だ。


ブルース·リーも述べているが、マーシャルアーツは本当に自己表現実践だと思う。基本を徹底した後に自分なりの動作が生まれてくること。それは本当にアートとしての側面である。


この間のロビンさんとのプライベートレッスンでも少しばかり感じたが、今後スパーリングなどが始まってくると、防具をつけていながらも死の恐怖に近いものが芽生えるかもしれない。個人的にはそれは楽しみである。その際に自分がどのような反応をするのかに関心があるのだ。


マーシャルアーツの鍛錬を通して死の恐怖と向き合っていくこと。おそらくいつかそれを乗り越えていくタイミングがあるはずだ。


死の恐怖に加えて、小さな自我からの脱却も必然的に起こるだろう。今すでにマーシャルアーツのトレーニングを始めてそのようなことを思う。


そうした洞察がもたらされるのも、これまで全く違った領域の探究をしてきたことの恩恵かと思う。とりわけ、人間の意識や人間発達について探究をしてきたことが、今まるで大きな花を咲かせたかのようにしてその成果が実りつつあるのを感じる。


先日より、浴槽に湯を張る15分の時間をマーシャルアーツのトレーニングに充てるようになった。その日の体調やトレーニング量をみて、その時間帯にマーシャルアーツに関する書物を読みこともある。今日は十分にジークンドーのトレーニングを午前に1回、午後に2回行ったので、マーシャルアーツに関する書物を読もうと思う。


本日、動体視力を高めるために、先日届いたボクシングリフレックスボールを使ってみた。これが実に面白い。まだパンチがうまく当たらず、当たったとしてもその跳ね返りが顔面に当たってしまうなどして、うまくいかないことがまた面白い。


これまで様々なスポーツを行ってきたが、最初このようにうまくいかずにもがくという体験が快感である。というのも、地道な鍛錬を通じて徐々にそれがうまくできるようになってきて、いつの間にか無意識レベルで精妙な動きが実現されるからである。


ボクシングリフレックスボールについても全く同じだろう。これからはボールをうまく叩けるようになり、ジークンドーのフットワークにも慣れてきたら、ジークンドーのフットワークと打撃の練習をこのボールを使って行ってみたい。


色々工夫をしながらトレーニングをすることもまた自分の創造性が刺激され、実に楽しい。何か体を思いっきり動かす喜びに浸る無邪気な子供に帰ったような感覚すらする毎日だ。フローニンゲン:2022/1/11(火)19:31

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