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2547. 印象的な二つの夢


昨日と違う表情を見せる今朝の空。今日は五時過ぎに起床し、五時半あたりから一日の活動を開始させた。

今時刻は六時を回ろうとしている。今朝のフローニンゲンの空は昨日と異なり、空全体が薄い雲で覆われているということはない。

空のうち、大半が青空であり、空の上をいくつかの大きな雲がゆっくりと東に向かって動いている。東の空に浮かぶ雲は朝日に照らされており、雲の白さがより引き立っている。

今日はこれからますます晴れの方向に向かうようである。午前中にオンラインミーティングを一件ほど行い、昼食前にはランニングに出かけたいと思う。

身体の状態を整えること。これが日々の活動にどれだけ重要なことかを再度認識する。

今朝方、久しぶりに印象に残る夢を見た。実際のところは、ここ数日間においても印象に残る夢を見ていたのだが、その記憶が断片的なものかつ言語化が難しかったため、日記に書き留めることをしなかった。

だが、今朝方の夢はいくつか鮮明に覚えている箇所がある。夢の中で私は、自分が作った曲をプロの演奏家に演奏してもらう機会に恵まれた。

自分が作っている曲は、誰かに演奏してもらうことを念頭に置いていないのだが、今回の演奏機会はとても有り難いものに思えた。同時に、とても恐縮な思いを引き起こすことでもあった。

演奏会場は小さなバーのようなところであり、ステージらしきものはなく、ピアノが一台バーの空間に置かれている。そこに何人の人が集まっていたのかは定かではなく、感覚的にごく少数の人がそこにいただけのように思われる。

いつも短い曲しか作っていないのだが、今回の曲は比較的長いものであり、それを演奏してもらうことになった。この演奏会は、ピアノによる演奏だけではなく、別の楽器を用いることや歌も含まれていた。

別の楽器が何であるかは、その場にいた私にはよくわからなかった。もしかすると、もう一つの楽器もピアノだったかもしれない。

とりわけ記憶に残っているのは、この曲の歌の部分に差し掛かった時、歌手が非常に歌いにくそうにしていることだった。曲に自ら付したか定かではないドイツ語を必死になって歌おうとする男性歌手。

歌うことを難しくさせていたのは、音域がかなり広いということと、そのリズムにあるようだった。歌手は苦笑いを浮かべながらもなんとかその箇所を歌い、聞いているこちらも思わず苦笑いが出てしまった。

作曲の過程の中で、その箇所は意図的におかしな作りにしており、さらにはその箇所を歌ってもらうことを想定していなかったため、仮にその箇所を歌うとなると相当困難だろうなと、歌手の歌声を聴きながら思っていた。

演奏に聴き入っていると、いつの間にやら曲が終わりを告げた。私は自分で作った曲にどこか感動をしていた。

確かに、途中に思わず苦笑いが漏れてしまうような箇所があったことは確かだったが、演奏者が見事に美しい音を響かせてくれたことに大きな感動の気持ちを持っていた。演奏後、演奏者の一人一人からこの曲に対してコメントがあった。

それらのコメントはどれも私を大いに励ましてくれるものであり、コメントを聞いた後私は、「今日の演奏会が自分の作曲活動の原体験となりました」とお礼の言葉を述べた。自分の曲を聴きながら感動をしていたということ、そして演奏者から励ましのコメントをもらえたということは、本当に自分の作曲活動の根幹を形成すると思った。

そこで夢の場面が変わった。次の夢の場面では、大きなホテルの一階にある食堂にいた。

その食堂のガラス窓はどれも透き通っていて、外の世界をはっきりと認識することができた。私はその食堂で朝食を摂ろうとしていた。

ビュッフェスタイルの朝食であり、自分が食べたいと思うものを次々と選んで行った。食べ物を選んでいる最中に、どこからともなく友人の歌声が聞こえてきた。

どうやら食堂の一角で、高校時代の友人二人が歌を披露しているようだった。彼らの歌声を聴きながら、自分の体が小刻みに動いていく。

二人の歌声にリズムを取りながら、導かれるようにして私は歩いていた。自分が食べたいと思う大半の物を選んだ後に、最後におかゆを食べようと思った。

おかゆが出てくる機械の前に立ち、ボタンを押すと、どうも白い液体しか出てこない。おかしいと思ったので近くを通りかかったウェイターに尋ねてみると、どうやらもうおかゆはないようだった。

少しばかり残念な気持ちになり、玄米もそこに置かれていなかったため、久しぶりに白米でも食べようかと思ったところで夢から覚めた。フローニンゲン:2018/5/11(金)06:25

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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