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1366. 寂しい風


両肘を窓の近辺に置きながら、窓ガラスに顔を近づけるように外の景色を眺めていた。名付けることの難しさ。両肘を置いたその場所は、一体なんと名付けたらいいのだろうかとしばし考えていた。

結局、正式な名前が思い浮かぶことなく、自分の感覚が正しいと思う名付けをして進むしかなかった。それは固定的な名ではなく、可変的な名である。その名前は必ず変わる。

それでは、どのような場合に変わるのだろうか。それは私の内側が成熟した時に変わるのだ。

この世界には名付けの範疇を超えたもので溢れ返っている。先ほど両肘をかけた場所もそうだ。そして、両肘をかけた瞬間の私の内側の感覚や感情もまた今の自分の名付けの力を超えている。

やはり全然話にならないのだ。欧州での一年間の生活を通じて、自分の中で何かが積み重なっている確かな実感がある。

しかし、それは些細なものでしかない。もっと重要なことがある。それに気づかなければならない。何かを積み重ねていくこと以上に、より根本的なものを自分は見落としているような気がしてなならない。

それが見つからないというのが、今の自分が直面している内面上の課題なのだ。これを解決するにはどうしたらいいのだろうか?それは単純明快だ。

歩きながら待つこと、待ちながら歩くこと。それらを通じて自分の内面が緩やかに、そしてある瞬間に突発的に成熟を遂げることでしか、今抱えている課題は解決されないのだ。 夕食後の曇り空が妙に神妙に映る。薄暗くなりつつある辺りを通り抜けていく小さな風が、どこかとても悲しい。そのように世界が知覚されるのも、自分の内側の今の状態によるところが大きいだろう。

どうにもこうにも、外側の世界と内側の世界の妙な連帯感を感じざるをえない。言い換えると、自分にはなんともすることのできない形で、内外の世界が動いており、同時に内外の世界が連結しているのだという感覚があるのだ。

ここから先の自分の姿について思いを馳せる。それがどれほど無駄なことであるかを知りながらも、それが未来に希望を持つということなのだという思いでそれを行う。

「あぁ、見えない」という言葉が自然と漏れた。自らの発達後の姿など誰も見ることができないのだ。確かに、発達を扱う理論を用いて外形のそれが何たるかを知ることはできる。

しかし、それがどれほど浅薄な営みであり、内実のないものであり、虚偽に彩られたものであるのかを知るのは発達後の当人だ。発達後の姿というのは、つくづく不可知性に包まれたものなのだということを再認識させられる。 またしても、魂を売る計画について考えがよぎる。この計画を振り払うことがまだできない。それは亡霊のように私の後を追いかけてくる。母国語を捨て、母国語以外の言語に魂を売る計画だ。

できることならいっその事、自らの魂を差し出したいという気持ち。それを実行した瞬間、どれほど気が楽になるだろうか。

だが、ギリギリのところで立ち続けなければならないのだと思う。母国語を涵養することが、どれほど母国語以外の言語を涵養することにつながるかは計り知れないものがある。

そうした意味で、母国語を、そして自らの言葉を彫琢し続けなければならない。だがそれが辛いのだ。母国語を通じて母国に関与する自信が無いのだ。

この現実を逃避し、他国の言語を使って生きるという別の現実を作りたいと思うような気持ち。それは現実逃避であることを知りながらも、それがどれほど自分の肩にのしかかるものを楽にしてくれるだろうか。

なんとか、断崖絶壁の手前に立ちながら、次の風が吹くことを待ってみたいと思う。それ以外に方法は無いのだから。 夕日の見えない曇りがかった空の中を、一羽の灰色の鳥が不規則に飛び去っていくのが見えた。どことなく辺りに寂しい風が吹く。2017/7/29(土)

No.11: Profound Nature How profound nature is. Today, nature in front of me——clouds and the sky——revealed a new truth for me, which might be trivial for most people.

I realized that nature always encapsulates multiple layers of truths, but we are often enslaved by their lower layers. If we carefully pay attention to other layers that we have not focused on before, we will discover a new truth.

This was what I experienced just now. Unknown and masked truths are always here and there, but why don’t we open our eyes to see them? Friday, 8/4/2017

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