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【フローニンゲンからの便り】18883-18888:2026年6月17日(水)

  • 2 日前
  • 読了時間: 17分


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タイトル一覧

18883

答えの必要のない問いの大切さ/修士論文の着実な進展

18884

今朝方の夢

18885

今朝方の夢の振り返り

18886

出発と帰還の重力/理論書の手放し

18887

ヒュームの思想と唯識思想

18888

帰郷の道を開く清水としての文化箏の音色

18883. 答えの必要のない問いの大切さ/修士論文の着実な進展     

             

時刻は午前6時を迎えようとしている。この時間帯はまだ小鳥の鳴き声はさほど聞こえない。遠くの方から微かにその音が聞こえてくるぐらいだ。彼らの合唱が聞こえるまでしばらく待とう。ここ最近は再び寒さが戻っていたが、明日は25度を超え、明後日は30度に到達する夏日となる。来週の初旬からまた涼しさが戻ってくるが、コンスタントに最高気温は20度を超えてくるので、もう寒さを感じることはほとんどないかと思う。連日、この15年間執筆してきた日記を日にちごとに動画化しているのだが、この15年間の自分はかなり狂気的存在であることに気づく。探究における狂気さに思わず自分でも感銘を受けてしまう。この15年間の自分に対して笑いがあり、驚きがあり、畏敬の念がある。ここからの自分もまたそうした至福的狂気さを発現させて続けていきたい。未来の自分がここからの歩みを見てまた微笑んでくれるように。


人生には答えの必要のない問いがある。答えを寄せ付けない問いがある。そうした問いは、私たちを深め、私たちの人生を導いていく。すぐに答えを求める時代が始まって久しいが、そのような時代の中で、あえて答えを求めない問いを大切にしたい。そうした問いが自分の考えを深め、感性を磨いてくれることがある。また、それによってしか開かれ得ない人生の旅路が存在している。


昨日無事に、エディンバラ大学に提出する修士論文の翻訳パートが終わった。実際に大学に行って研究する前に下準備を済ませておくことは重要である。ここから註釈という本番が待っているが、すぐに註釈をしていくよりも、他の執筆予定の論文の翻訳を完成させて行こうと思う。良遍の文献に対してはすでに漢文の原文を転写することは完了しており、翻訳も済んでいるものがあるが、改めて『法相二巻鈔』の翻訳を見直してみると、随分と手を加える必要があったので、以前翻訳したものを見直すことをここからしばらく行っていきたい。7月の中旬から、いよいよ『法相二巻鈔』の註釈を始める。日々の着実な仕事によって、着実な進展が見られることは大変喜ばしい。今日もまたクラシックギターの練習、引っ越しの準備と並行して地道に研究を進めていく。フローニンゲン:2026/6/17(水)06:05


18884. 今朝方の夢 

               

今朝方は夢の中で、日本で実際に通っていた一橋大学に似た雰囲気を持つ大学にいた。自分はそこの学生で、ある韓国人の女性の留学生と親しくしていた。彼女と知り合ったのは、韓国人の留学生たちと仲の良かった日本人のクラスメートの男性を経由してだった。彼と大学一年生の始めの頃に知り合い、昼食を一緒に食べることになった。その時に携帯のアドレスを交換しようとしたのだが、自分は携帯を一応持ってはいたが、極力使わないようにしていたので、アドレスの交換の仕方がわからなかった。なので彼に携帯を渡してアドレスを交換してもらったところ、そう言えば彼の名前をまだ正しく知っておらず、これまでは名前を呼ばずにやり取りしていたことに気づいた。彼は自分のことを「加藤」と呼び捨てにしていたが、私は彼の姓名ともに知らなかった。名前を尋ねることをここまで怠っていたことは自分でも信じられないが、早めに確認しておいた方がいいと思ったので、名前を尋ねようとすると彼はどこかに消えてしまった。早速彼から今日か明日の昼か夜に近所の美味いラーメン屋に行こうというメールが届いた。しかし、自分は携帯から文字を打つのが苦手で、また面倒にも思えたので、彼のメールに対して返信するのをやめた。すると、仲良くしている韓国人の女性の留学生がやってきた。彼女とは同じ学部なので彼女が履修している授業について話を聞いていると、驚くことを知った。彼女はこれまで全てAの成績評価を得ており、この調子でいけば最優秀賞を受賞できそうとのことだった。彼女は日本語と英語ともに流暢で、日本語はもうネイティブレベルなのだが、本人曰く、英語の方がもっと流暢に話せるとのことである。そんな彼女は、「情報」と「構造」というものに強い関心があるらしい。どちらも幅広い意味を持つ抽象概念だが、自分も似たような関心があるので、やはり彼女はとても興味深い存在だと思った。そんな彼女は、日本で有名な女性グループの一員としてもデビューしており、本当に才色兼備だと思わされ、性格も優しく、そして愛らしく、非の打ち所がない存在だと感じた。講義棟を移動する際に、なぜかそんな彼女をおんぶして移動することになり、彼女はとても嬉しそうにしており、喜ぶ彼女の顔を見てこちらも嬉しくなった。


次に覚えているのは、ある有名な若いユーチューバーの自宅を訪れた場面である。彼はYouTubeを通じて十分な稼ぎを得ていたが、家は意外と質素だった。確かに、2室と広い応接間があったので一人暮らしにおいては十分だったが、家賃は自分の家賃の半分以下だったので驚いた。彼はおもむろに2室とは別の物置き部屋を案内してくれた。そこにはピアノとオルガンを合体させたような楽器があり、彼はすぐさまその楽器を用いて見事な即興演奏を始めた。彼の演奏に耳を傾けながら、自分も即興演奏に加わり、空いた鍵盤の箇所を使って演奏し始めた。すると気づけば、見慣れない観光バスの中にいた。バスは目的地の駐車場に止まっており、横には大学時代のゼミのある友人がいた。彼はぶつぶつと何かを呟いており、どうやら迫っているプレゼンに向けた練習をしているようだった。彼の話している言葉に耳を傾けると、借り物の言葉だけが羅列されており、中身も浅く、彼のことが少し心配になった。


最後に覚えているのは、見慣れない小さな職員室の中で、ピンポン玉を用いてリフティングしており、部屋の奥に座っている先生らしき男性にそのボールを蹴って渡そうとしている場面である。いかんせん部屋が狭く、人と机がぎっしり詰まっていたので、遠くからピンポン玉を蹴って渡すのは難しいと判断し、その男性の近くまで行って、そこからピンポン玉を渡そうと思った。フローニンゲン:2026/6/17(水)06:28


18885. 今朝方の夢の振り返り

                 

今朝方の夢は、自分の中で「知性」「関係」「表現」「身体化」が一つの大きな変容過程に入っていることを示しているようである。舞台が一橋大学に似た大学であることは、過去の学びの場がそのまま再現されたというよりも、自分の知的自己形成の原風景が再び呼び出されたことを意味しているのかもしれない。そこは、知識を得る場所であると同時に、人との出会いを通じて自分の輪郭が作り直される場所でもある。韓国人留学生と知り合う媒介となった日本人男性の名前を知らないという場面は、関係性の入口にある「未確認の他者」を象徴しているようである。自分は彼を通じて重要な出会いを得ているにもかかわらず、その人物の名前を把握していない。これは、自分の人生において何か大切な縁や機会が、まだ十分に意識化されていない経路を通じて訪れていることを示しているのかもしれない。携帯の操作が苦手で返信しない場面も、現代的なコミュニケーションの即時性に対する抵抗を表しているようである。ラーメン屋への誘いは、もっと気軽で身体的な交流への招待であるが、自分はそこに即応しない。ここには、関係の温かさに向かう一歩と、抽象的な思索の世界に留まりたい自分との微妙な緊張があるのだろう。韓国人女性の留学生は、夢の中でほとんど理想化された存在として現れている。成績、語学、芸能的魅力、優しさ、愛らしさを兼ね備え、しかも「情報」と「構造」に関心を持っている。彼女は単なる恋愛対象というより、自分の内側にある知性と美、抽象性と感受性、国境を越える言語能力と身体的魅力が結晶した存在なのかもしれない。彼女をおんぶして移動する場面は、自分がその理想的な可能性を背負って運んでいることを示しているようである。それは重荷ではなく、むしろ背中に羽を預かったような感覚であり、彼女の喜びは、自分の内なる創造的女性性が大切に運ばれていることへの応答なのだろう。若いユーチューバーの質素な家は、外的成功と内的簡素さの対比を示しているようである。十分に稼いでいながら、住まいは過剰ではない。これは、表現活動によって社会的に成果を出しながらも、生活の器は静かでよいという示唆かもしれない。物置き部屋にあるピアノとオルガンを合わせたような楽器は、個人的な即興性と宗教的・儀礼的な響きの融合を象徴しているようである。そこで自分も空いた鍵盤を使って即興に加わる場面は、他者の表現に従属するのではなく、隙間を見つけて自分の音を差し込む練習である。まるで大きな織物の余白に、自分の糸を静かに通していくような場面である。観光バスの場面では、集団的な移動と発表前の緊張が現れている。ゼミの友人が借り物の言葉を呟いていることは、自分自身への警告でもあるのかもしれない。どれほど立派な概念を並べても、それが身体を通っていなければ、言葉は空洞の貝殻のように響いてしまう。夢はここで、自分に「情報」と「構造」だけでなく、それを生きた声に変える必要性を告げているようである。最後の職員室でのピンポン玉のリフティングは、狭い制度空間の中で、繊細なメッセージをどう渡すかという課題を象徴しているのだろう。遠くから蹴って渡すのではなく、近くまで行って渡そうとする判断は重要である。自分は抽象的な距離から鮮やかに伝えるのではなく、相手の近くまで歩み寄り、小さな白い球のような軽やかな真実を手渡そうとしているのかもしれない。人生における意味とは、自分がこれから「情報」と「構造」を背負うだけでなく、それを関係の温度、即興の音、身体化された言葉として他者に手渡していくことである。夢は、自分の学問と表現が、遠くから放たれる理論ではなく、近くで響き合う生きた贈り物になる段階へ進んでいることを示しているのかもしれない。フローニンゲン:2026/6/17(水)07:20


18886. 出発と帰還の重力/理論書の手放し

                                       

人生の新たな出発に、胸を高鳴らせている自分がいる。幾つになっても新しい出発はいいものである。命の根源を活性化させてくれる何かが新たな出発にある。出発に向けた重力は軽やかに見えるが、しかしそこには一抹の寂しさがあることは確かだ。また、新たな出発を重ねれば重ねるだけ、自分が最終的に還る場所への重力は増す。帰還の重力の重みを絶えず引き受けながら、自分はこれからも新たな出発を続けていくだろう。還るべき場所に還るまでは。


話は変わり、手持ちの作曲理論の解説書を手放そうと思ったことには、今の自分の音楽との関わり方がはっきり現れているように思う。作曲は、解説書を読み込めばできるようになるものではなく、むしろ楽譜という生きた地層に手を触れ、実際に音を出しながら、耳と指と身体が少しずつ反応を覚えていく営みなのだろう。料理の本をいくら読んでも、火加減や香りや包丁の重みが身につかないのと同じで、作曲もまた、実際の響きの中でしか育たない感覚がある。特に即興演奏を始めている今の自分にとって、理論書は少し遠回りに見えるのかもしれない。スケール、和声、対位法、形式論などの説明は、確かに知的には整っている。しかし、それらが音として身体の中で鳴っていなければ、乾いた骨格標本のようになってしまう。骨格は重要であるが、それだけでは歩かない。音楽として立ち上がるためには、そこに筋肉がつき、血が通い、呼吸が宿らなければならない。自分にとってその呼吸を与えるものは、今や解説書よりも楽譜であり、即興であり、日々の演奏実践なのだろう。それでも、作曲理論の解説書に意義がないわけではないと思う。むしろその意義は、曲を直接生み出すことではなく、すでに自分の耳と手が何かを経験した後に、その経験に名前を与えることにあるのではないか。たとえば、ある和音進行がなぜ心地よく感じられるのか、ある旋律がなぜ自然に次の音へ流れるのか、ある転調がなぜ風景を一変させるのか。そうした感覚を後から言語化し、見取り図として整理する働きが、理論書にはあるのだと思う。つまり、理論書は出発点というよりも、帰ってくる場所なのかもしれない。森に入る前に地図を眺めても、木の匂いや足元の湿り気はわからない。しかし、一度森を歩き、迷い、沢を越え、夕暮れの光を見たあとで地図を開くと、自分がどこを歩いていたのかが急にわかることがある。作曲理論もそれに似ている。先に音を歩くことが大切であり、その後で理論を見ると、抽象的な記号が自分の体験と結びついてくる。また、解説書は、自分の感覚を他者の伝統と接続するための橋にもなるのだろう。自分が即興の中で偶然見つけた響きが、実は古くから使われてきた技法であったと知ることがある。あるいは、自分が無意識に避けていた進行が、作曲史の中では大きな表現力を持つものだったと気づくこともある。理論書は、孤独な実践を歴史の長い川に接続してくれる。自分の小さな一音が、過去の作曲家たちの響きとどこかで水脈を共有していることを知らせてくれるのである。ただし、今の自分にとって、その本を手元に置き続ける必要があるかは別問題である。理論書が重荷になるなら、手放してよいのだと思う。必要な理論は、楽譜の中に埋まっている。バッハの一小節、武満徹の一つの間、簡素な民謡の旋律、平調子の響きの中にも、理論書以上に濃密な作曲原理が眠っている。それらは説明ではなく、実例として語りかけてくる。実例は、言葉よりも深く身体に染み込む。今日の気づきは、作曲理論を否定することではなく、理論との距離を変えることなのだろう。理論を師匠として前に置くのではなく、実践の後ろに静かに控える参照点として置く。そのように考えると、手放すことは知識の放棄ではない。むしろ、自分の耳と手を信頼するための余白づくりである。音楽は、机上の設計図からではなく、実際に震える弦と、そこに触れる指先から始まる。自分は今、書物の中で作曲を探す段階から、響きそのものの中で作曲を発見する段階へ移行しつつあるのだと思う。フローニンゲン:2026/6/17(水)07:58


18887. ヒュームの思想と唯識思想

         

ふと、ヒュームの思想を外観しながら、それを唯識思想と並べて考えていた。ヒュームは、近代哲学において徹底した経験論者として知られている。彼にとって、人間の心に現れるものは、印象と観念に分けられる。印象とは、感覚や情念のように生き生きと直接に与えられる経験であり、観念とは、その印象の記憶や複製のようなものである。つまり、ヒュームは人間の知識を、抽象的な理性の高みにではなく、実際に経験される心の内容から出発して考えようとしたのである。この点で、ヒュームの思想は唯識思想と意外に近いところがあるように思われる。唯識もまた、外界がそれ自体としてどのように存在するかを素朴に語るのではなく、まず自分たちに経験されているものがどのように現れているのかを問う。人は外界の物を見ていると思っているが、実際には識の内部に現れた相分を対象として捉えている。ヒュームが、心に与えられる印象や観念から哲学を始めたように、唯識もまた、経験される世界を識の現れとして分析するのである。しかし、ヒュームの思想で特に鋭いのは、自己に対する懐疑である。ヒュームは、自分の内面をどれほど探しても、そこに変わらない実体としての自己を見出すことはできないと考えた。見出されるのは、感覚、感情、記憶、欲望、思考といった、移ろい続ける知覚の束だけである。自己とは、それらの知覚が連続しているように見えることから生まれる習慣的な想像にすぎない。これは、仏教の無我説と深く響き合う発想である。唯識思想においても、固定した自己は認められない。むしろ、自己とは末那識が阿頼耶識を自分だと誤認することによって生じる執着の構造である。自分が自分だと思っているものは、実体的な魂ではなく、種子、記憶、習慣、分別、執着が織りなす仮のまとまりである。ヒュームの「知覚の束」と唯識の「識の相続」は、まるで違う言語で同じ川の流れを指しているようにも見える。そこには、水面の渦を一つの固定したものだと思い込む人間の錯覚への洞察がある。また、ヒュームは因果性についても、非常に大胆な懐疑を示した。人は、ある出来事が別の出来事を必然的に引き起こすと考える。しかし、実際に経験されるのは、一つの出来事の後に別の出来事が繰り返し現れるという連接だけであり、そこに「必然的結合」そのものを知覚するわけではない。因果性とは、経験の反復によって心に生じる習慣的期待なのである。ここにも、唯識との接点がある。唯識においても、経験世界は種子の熏習と現行の反復によって構成される。人は世界に堅固な法則があると思うが、その堅固さの多くは、識に蓄積された習慣的構成によって支えられているのかもしれない。ただし、両者には決定的な違いもある。ヒュームは、経験の分析を徹底するが、その先に解脱や智慧への道を明確に置いているわけではない。彼の思想は、形而上学的な確実性を削ぎ落とし、人間の認識が習慣や情念に深く依存していることを明らかにする。そこには、理性の王国を解体する冷たい光がある。一方、唯識は、認識の構造を分析するだけでなく、その構造が苦しみを生み出す仕組みを見抜き、識を智慧へと転じる道を示す。ヒュームが懐疑の解剖学者であるなら、唯識は認識の病理を診断し、治癒へ導く医師のようである。さらに、ヒュームは外界や自己や因果性を疑いながらも、日常生活に戻る。人は懐疑し続けることはできず、習慣によって再び世界を信じ、他者と関わり、生活していく。これは非常に人間的である。唯識もまた、日常的世界を単純に否定しない。だが唯識は、その日常的世界の中で、遍計所執性を離れ、依他起性を如実に見て、円成実性へと開かれる可能性を探る。ヒュームの懐疑は人間的有限性へ戻り、唯識の分析は認識の転換へ向かうのである。人生における意味として、ヒュームと唯識を比較することは、自分が当然だと思っている自己、世界、因果の見方が、実はどれほど習慣に支えられているかを静かに教えてくれる。自分という存在も、世界という舞台も、必然だと思っている出来事の連鎖も、心の中で結ばれた糸によって織られているのかもしれない。ヒュームはその糸の不確かさを見せ、唯識はその糸を智慧によって編み直す道を示してくれる。フローニンゲン:2026/6/17(水)08:34


18888. 帰郷の道を開く清水としての文化箏の音色 

             

先日、文化箏のチューニングを日本音階の平調子にし、実際に音を出してみた。すると、最初の一音が鳴った瞬間に、どこか深いところで眠っていた感覚が静かに目を覚ましたように感じられた。西洋音階の明るさや整然とした構造とは異なり、平調子の響きには、余白の中に情感が滲み出してくるような独特の湿度がある。音が前に進むというより、内側に染み込んでくるのである。自分は、思っていた以上にこうした和的な響きを求めていたのかもしれない。平調子の音は、心の表面を華やかに飾るというより、乾いた土に水がゆっくり吸い込まれていくように、感覚の奥へと静かに降りていく。そこには、派手な解決や明快な結論はない。むしろ、わずかな陰り、揺らぎ、名残、余韻がある。その余韻こそが、自分の内側に長く欠けていた音の湿り気だったように思われる。文化箏という楽器もまた、不思議な存在である。大きな箏に比べれば小さく、持ち運びやすく、どこか親密である。しかし、その小さな胴体から出てくる音には、日本の古い風景を呼び起こす力がある。障子越しの光、夕暮れの庭、雨に濡れた石、遠くで鳴る寺の鐘。そうした風景が、実際に見えているわけではないのに、音の中から立ち上がってくる。文化箏は、小さな木箱の中に、見えない水脈を隠しているような楽器である。ふと感じたのは、音楽とは単に耳で聴くものではなく、身体の奥にある記憶の器に触れるものだということである。平調子の音は、自分のどこか古い層に届いていた。日本で生まれ育った身体、子どもの頃に無意識に聞いていた旋律、祭りや寺社や和室の空気、季節の移ろいの中にあった音の気配。そうしたものが、一つの調弦によって呼び戻されたように感じられた。まるで、長いあいだ閉じていた蔵の扉を開けると、そこに忘れていた香りが満ちていたようである。最近の自分は、学問や引越し準備や将来の生活設計の中で、どこか乾いた緊張を抱えていたのかもしれない。思考は働き、計画は進み、日々は着実に前へ進んでいる。しかし、その進行の中で、感覚の土壌が少し乾いていたのだろう。そこに平調子の響きが注がれた。音は水のように流れ込み、硬くなっていた内側をゆっくり柔らかくしていった。これは単なる楽器練習ではなく、自分の感性の潅水であったように思う。文化箏の演奏は、自分が知的探究だけでなく、音の水脈によっても養われる存在であることを教えてくれているように思われる。和的な響きは、自分の深い感覚に帰郷の道を開いてくれる。これからエディンバラへ向かうからこそ、なおさら自分の内側に日本の音を持っていくことには意味がある。平調子の一音一音は、異国の地で乾きそうになる心に注がれる、小さな清水となるのだろう。フローニンゲン:2026/6/17(水)09:01


Today’s Letter 

Consciousness is always ebbing and flowing. My consciousness is now beginning to move in a new direction. One day, it will return to its home ground, where all streams of consciousness merge into one. Groningen, 6/17/2026

 

 
 
 

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