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【フローニンゲンからの便り】18212-18215:2026年2月15日(日)

  • 48 分前
  • 読了時間: 9分


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タイトル一覧

18212

メトロノームを用いたスケール練習の効能と注意点

18213

今朝方の夢

18214

今朝方の夢の振り返り

18215

メトロノームのテンポについて

18212. メトロノームを用いたスケール練習の効能と注意点 

                               

メトロノームの速度50前後でのスケール練習は極めて有効なのではないかと思ったが、「遅い=簡単」ではないという点を考慮しておく必要があると思った。むしろ遅くなるほど神経系への要求は高くなる。このトレーニングのまず効能から考えてみたい。まず、運動の分解能が上がる。速いテンポでは誤差が埋もれるが、50程度では1音ごとの立ち上がり、音価、余韻、ノイズが露出する。右手の指が弦に触れる角度、接触時間、抜ける方向がすべて可視化される。左手では押弦のタイミング、離弦ノイズ、ポジション移動の先取りが明確に見える。これは、誤差検出能力を飛躍的に高める。次に、最小発火の学習が起きる。遅いテンポでは、過剰な筋緊張が目立つ。速いと勢いで押し切れるが、遅いと不要な力が音の硬さやリズムの揺れとして表れる。結果として、神経系は「これで十分」という最小閾値を学習する。脱力セーハと同じ原理である。さらに、時間感覚の精度が上がる。50という遅い拍では、拍の空白を感じ続けなければならない。ここで内的リズムが弱いと、音価が短くなったり早取りが起きる。つまり遅いテンポはリズムの耐久訓練でもある。最後に、音楽的呼吸が育つ。遅いテンポではフレーズ方向を意識せざるを得ない。音を置くだけでは音楽にならないため、重力(どこへ向かうか)を考えるようになる。スケールが単なる運動から旋律へ変わる契機がここにある。ただし注意点がある。一つ目として、機械的にならないこと。遅い練習は置きに行く演奏になりやすい。音を慎重に出そうとするあまり、エネルギーが死ぬことがある。遅くても音の芯は保つ必要がある。二つ目に、リズムの伸縮に注意すること。50では特に音価が短くなりやすい。メトロノームのクリックとクリックの間を正確に満たす意識が必要である。三つ目に、速いテンポとの往復を忘れないこと。遅い練習だけでは運動の連結(モータープログラムの滑らかさ)が十分に育たない。理想は、50で整え、80~100で確認し、また50に戻るという循環である。これが神経統合を促す。最後に、集中力の質である。50は退屈になりやすい。集中が切れた瞬間、ただの低速反復になる。したがって短時間でも高密度で行う方がよい。例えば10分完全集中の方が、30分惰性より価値が高い。自分の現在の基礎重視の姿勢を前提に言えば、50は非常に良い選択だろう。ただし目的を毎回変えるとさらに効果が高いと言えるかと思う。ある日は音色、ある日は脱力、ある日はリズム、ある日は左手独立というように焦点を明確にする。総合すると、50は「精度を作るテンポ」である。速さを出すテンポではない。精度が積み上がれば、速さは副産物として出るはずだ。フローニンゲン:2026/2/15(日)06:17


18213. 今朝方の夢 

                       

今朝方は夢の中で、地元の道を走る父が運転する車の中にいた。どうやら父に通っている英語の塾に送ってもらっている途中のようだった。車で走っている道は坂道で、道幅は対向車とギリギリすれ違えるぐらいの幅であり、自転車や方向車と共有している道のために速度は出せなかった。塾に向かうまでの道はどこか新鮮に映り、塾の場所が移動したかのような感覚すらあった。塾に到着間際に運転席を見ると、父ではなく母がそこにいて、塾の駐車場に到着すると、母と一緒に車に降りて先生に挨拶に行くことにした。教室では色々な年代の生徒が数人いて、さまざまな学年が混じり合う形で個別に課題が出され、各生徒はそれぞれに与えられた問題に取り掛かっていた。長方形のテーブルの空いているスペースを使うことにし、先生から与えてもらった問題を解こうと思ったら、それは地理の問題で驚いた。先生曰く、私は塾にある全ての英語の問題を制覇しており、もう解く問題が残っていないとのことだった。自分は地理選択ではないので、地理の問題は解けないと先生に伝えると、先生は少し困った表情を浮かべてどうしようかと考えていた。その間に私は、先生の背後にある本棚に置いてある数学の分厚い問題集を見つめていた。数IAだけでも3000問ほどある問題集を見せてもらうことにし、それを開いて、懐かしい数学の問題をパラパラと眺めていた。すると先生が、奥の部屋から戻ってきて、70ページほどのプリントを渡してくれた。何やらそれは特別の問題のようであり、どれだけ英語が得意な人でもほとんど正解できない長文問題とのことだった。手にとって少し眺めてみると、先生が言うほど難問ではないと感じられ、満点ではないにせよ、自分はほぼ全て問題なく解ける自信があった。おそらくその自信は長年の英語の修練がもたらしたものであり、実際の英語力に関しても長年の鍛錬によって先生が想像している以上の力があると実感していた。


もう一つ覚えているのは、ある協働者かつ知人の方と、「なること(becoming)」について対話をし、お互いの考えを深めている場面があった。なることに関して自分の考えを述べたとき、その方は大変うなり、大きなインスピレーションを受けているようだった。逆に私もその方の考察から大いに刺激を受けており、なることの考えが深まるだけではなく、実際にその瞬間にも私たち自身が何かより深い存在になりつつあることを感じていた。フローニンゲン:2026/2/15(日)06:30


18214. 今朝方の夢の振り返り

                             

今朝方の夢は、自分の発達史そのものが一つの風景として再構成されたものである可能性がある。地元の坂道を父の運転する車で進んでいる場面は、自分の歩みが自己決定だけではなく、家族的基盤や過去の環境に支えられてきたことを象徴しているのかもしれない。道幅が狭く、速度が出せないという状況は、発達が常に最適速度で進むわけではなく、周囲との関係性や制約の中で慎重に調整される過程であったことを示唆している可能性がある。しかも塾の場所が移動したかのように感じられた点は、学びの場そのものが外的に変わったというよりも、自分の内的構造が変容したために、同じ場所が新しい意味を帯びて見えているという象徴であるとも推測できる。運転席が父から母へと変わっていた場面は、発達を方向づける原理が切り替わったことの暗示である可能性がある。父的な推進力や規律性から、母的な包摂性や受容性へと主導権が移行したことを意味しているのかもしれない。教室において異なる年代の生徒が混在し、各自が異なる課題に取り組んでいる様子は、自分の内面に複数の発達段階が同時に共存していることの象徴である可能性がある。そこでは年齢や学年は線的な時間ではなく、層として重なっているのであろう。英語の問題をすべて制覇していると言われ、地理の問題を渡される展開は、ある領域での熟達が次の未知の領域への移行を促す局面を象徴しているのかもしれない。しかし自分は地理を選択していないと述べ、代わりに数学の分厚い問題集に目を向けている。これは、自分が進むべき次の深化の方向を直感的に探っている姿勢の表れである可能性がある。最終的に渡された70ページの難解な英語長文は、他者が想定する限界を超えた課題であり、それを難問と感じない自信は、長年の修練が無意識層にまで沈殿している証左であるとも考えられる。「なること」についての対話は、この夢全体の核心である可能性が高い。なることとは、固定された到達点ではなく、常に変容し続ける過程そのものである。対話の中で互いが刺激を受け、その瞬間にもより深い存在へと移行している感覚を持ったことは、発達が孤立的な達成ではなく、関係性の中で共創される動的プロセスであることを示唆しているのかもしれない。この夢が示している人生の意味は、自分はすでにある領域において十分な熟達に到達しており、今は新たな課題へと移行する転換点に立っているという可能性である。しかもその転換は、単なるスキルの拡張ではなく、存在の質そのものが深まる方向への移行であると推測される。坂道を慎重に進んできた歩みは、今やより広い視野と内的自信をもって、新たな「なること」へと開かれつつあるのかもしれない。フローニンゲン:2026/2/15(日)07:49


18215. メトロノームのテンポについて 

 

ギターを始めて四ヶ月という時期は、形を覚える段階から精度を作る段階へと移行し始める非常に重要な時期なのではないかと思う。この段階でテンポをどのように設定するかは、その後数年の伸び方を左右する。結論から言えば、今は速さを追うよりも、メトロノームの50から72程度を中心に用途別にテンポを使い分けるのが最も合理的だろう。まず基準となるテンポとして、四分音符=60前後が非常に適している。60は一秒に一拍であるため、音価の長さを身体で感じやすく、一音ごとの立ち上がり、余韻、脱力の状態を確認するのに適している。四ヶ月の段階では、右手の均等性と左手の余分な緊張を削ることが最優先であり、速さよりも音の粒の均一性と音の芯を作ることが重要である。このテンポで完全にコントロールできないのであれば、それはまだ速すぎるということになる。ただし、常に同じ速度だけで練習するのも好ましくない。神経系は一定の刺激に慣れやすいため、三層構造で考えると効果的である。第一の層は精度を作るテンポで、50から60程度である。ここでは音色、脱力、ノイズの除去に集中する。第二の層は流動性を作るテンポで、66から72程度が目安となる。ここでは運動の連結を滑らかにすることを目標にする。まだ余裕を保てる範囲で行うことが条件である。第三の層は確認用のテンポで、80前後まで上げてみる。これは常用する速度ではなく、現時点での限界を把握するためのものであり、崩れたらすぐに元のテンポに戻る。今の時期に避けるべきなのは、常に80や100で弾こうとすることである。四ヶ月では神経回路がまだ安定しておらず、速さで押し切ると過緊張が固定化されやすい。結果として音の質やフォームの問題が癖として残ってしまう可能性がある。また、分割練習の視点も重要である。同じ四分音符60でも、八分音符で弾くのと十六分音符で弾くのとでは難易度が大きく異なる。この段階では八分音符で完全に均等を作ることが優先であり、十六分音符はまだ少量でよい。速さは精度の副産物として自然に現れるものであり、先に取りに行くものではない。適正テンポの目安としては、弾きながら自然に呼吸ができるかどうかが一つの基準になる。呼吸が止まるなら速すぎる。また録音して音量差やリズムの揺れが気になるなら、それも速すぎる兆候である。ゆっくり完璧に弾けることが、将来の速さを決定する。神経の髄鞘化(ずいしょうか)は正確な反復によって進むからである。したがって、今は50から72を中心に、目的に応じてテンポを使い分けながら、速さよりも整合性と安定性を優先することが最も賢明な選択だろう。フローニンゲン:2026/2/15(日)


Today’s Letter

I briefly touched upon ultimate reality the day before yesterday. The duration of the experience was short, but it gave me profound insight and had a deep impact on me. It is true that we construct a kind of virtual reality through the eight consciousnesses. However, there is also an ultimate reality that transcends this constructed domain. Groningen, 2/15/2026

 
 
 

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