【フローニンゲンからの便り】17493-17497:2025年10月8日(水)
- yoheikatowwp
- 2025年10月10日
- 読了時間: 13分

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タイトル一覧
17493 | ギターの練習と学術研究の関係 |
17494 | 今朝方の夢 |
17495 | 今朝方の夢の振り返り |
17496 | 言葉を超えた世界に誘う楽器演奏/卓上ピアノへの関心 |
17497 | 3通の推薦状の準備/早速ギターの練習を始めて |
17493. ギターの練習と学術研究の関係
時刻は間もなく午前7時半を迎える。外はまだ闇に包まれているが、今の自分の心はすこぶる明るい。それは間違いなく、昨日スパニッシュギターを購入したことが影響している。どうやらスパニッシュギターには別名として「クラシックギター」というものもあるらしい。今後はこちらの呼び名で呼んでいくことにしようか。以前ピアノ曲をメインにして作曲をしていた時には音楽理論を学ぶ楽しさがあり、箏の演奏を始めてからも箏の特徴や歴史について学ぶことが非常に楽しかったのを懐かしく覚えている。今回もギターについてその歴史を含めて色々と知りたい。また楽器としての可能性を深く探究していきたいと思う。ここからは楽器の演奏の練習に時間を充てたいこともあり、1日の生活のメリハリがさらにつくのではないかと思う。楽器の演奏はスポーツの練習と同じく毎日楽しく続けていくことが重要であり、楽しさと共に継続することは他の学習領域にも当てはまる。まさに自分が毎日唯識探究と量子論哲学の探究を自然と続けているのもその発想である。今のところは母がピアノの練習を午前と午後に分けているように、昼前に少し時間を取って、学術研究の休憩がてら練習をしたい。また夕方の時間もギターの練習に充てよう。午後にジムに行く日は少し工夫をする必要があり、夕食後の時間に少し演奏するというのが良いかもしれない。当面は練習時間のリズムを確立することに焦点を当て、あとは学習教材をどうするかである。今週の日曜日にメルヴィンが我が家にやって来てギター演奏の指導をしてくれることになったが、毎回メルヴィンに頼るわけにはいかず、今はYouTube上に動画がいくらでも転がっているだろうから、英語の学習を兼ねて英語でギター演奏について解説している動画を手当たり次第見ていくことにする。今のところ自分は誰かが作った既存の曲を演奏することには全く関心はなく、メルヴィンのように常に即興的に演奏することを楽しみたいと考えている。そうなってくると、カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論に当てはめてみると、意外とやるべきスキル発達の道が明確なのかもしれない。もちろん基礎技術としてのスキルはいずれにせよ堅牢なものを確立する必要があり、最初は基礎技術の練習を楽しむ工夫をしたいと思う。ダイナミックスキル理論の観点から言えば、自分の今のスキルは0に近く、こうして幾つになってもスキルレベル0から何かの実践に従事できるというのは楽しい限りである。まるで赤ん坊に戻ったかのような感覚があり、赤子のように楽しく学ぶ感覚が漲ってくる。それは唯識を学ぶ時にも量子論哲学を学ぶ時にも同じであった。人は等しく0から学習を出発させる。もちろん他の領域で学んだことを転用できる場合もあるが、こうした低いレベルからのスタートを楽しむマインドセットはとりわけ重要だろう。こうしてギターという弦楽器を選んだのは、量子論哲学の研究の一環として関心を持っている超紐理論の影響も水面下であったのかも知れない。ギターの演奏とギターについて知る学習を通じて、超紐理論の探究にも間接的に良い影響がもたらされるかも知れない。全ての事柄はどこかで繋がっているゆえに、隠れた相互連結にいつか気づけることを未来の楽しみとする。フローニンゲン:2025/10/8(水)07:33
17494. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、夜の時間帯に見慣れない建物の中にいた。建物の1階で小中学校時代の2人の友人(SI & KM)と一緒にエレベーターを待っていた。どうやらそこは8階建ての立体駐車場のようで、私たちの車は最上階にあった。エレベーターを待っている間に、片方の友人の手が自分の顔に当たり、爪で頬を引っ掻かれる形となった。もちろんそれはわざとではなかったが、一瞬自分は嫌な気持ちになった。顔を引っ掻いた友人はすぐさま自分に謝ってきたので、その嫌な気持ちはスッと消え、大丈夫だと答えた。するとちょうどエレベーターがやって来たので早速中に入ることにした。すると、そのエレベーターは4人がぎゅうぎゅうになって入れるぐらいの小さなもので、下手をすると2人乗りのものかもしれなかった。エレベーターの中には制服を着た駐車場の小柄な係員がいて、彼が私たちを目的階まで案内してくれるようだった。壁のボタンを見ると8階が存在していないように見えたが、ひとたび動き出すと8階のボタンが現れ、無事にそのボタンを押した。8階に到着すると、そこでまた別の友人と出会った。彼が元々車を運転してくれており、彼が車を止めた場所に4人で向かうことになった。彼が車を止めたのは、ある暗号資産の名称の場所だった。というよりも、そこの駐車場は全てのエリアが暗号資産の名前で区別されていたのである。私たちはそのうちの1つに向かったが、来た時によく位置を確認しなかったので、少し迷ったが、自分だけが入り口から8階までのプロセスを朧げながら記憶していたので、それを言葉にしながら記憶を辿り、目的の場所に向かった。
もう1つ覚えている場面は、左側に小川があり、右側に湖がある道の上で釣りをしていた場面である。そこには小中学校時代の友人が数人いて、それ以外にもアメリカ留学時代の友人が数人いた。どうやら今バス釣りの授業が行われているらしく、みんな楽しそうに釣りをしていた。私はそこに遅れてやって来たので、まずはどこで釣りをしようかと考えた。その道には1cmか2cmぐらいの雑草が生えており、一見すると芝生のようにも見え、緑が美しかった。私はまず左側の小川で釣りを開始することにした。するとすぐさま当たりがあったので引き上げたところ、ワームが食いちぎられる形で魚を逃した。それはブラックバスだったのかはよくわからなかったが、とにかく気持ちを切り替えて今度は湖の川にワームを投げてみることにした。新しくワームを付けている最中に先生がやって来て、私が履いている釣り用の長靴について尋ねてきた。その長靴は冬のスノボ研修の時に履いていけるものかを尋ねて来たのである。私のその長靴は雪山でも使える便利なものだったので、使えると答えた。すると先生は、学校側が指定している長靴リストに自分のものは今のところないので、リストを作っている先生に一度その長靴の写真を送って確認してみることを勧めてくれた。忘れないうちに今この瞬間に写真を撮っておこうとしたところで夢から覚めた。フローニンゲン:2025/10/8(水)07:51
17495. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢において自分は、幾層にも重なる空間の移動と、過去から現在に至る人間関係の交錯を経験していた。それは単なる断片的な出来事ではなく、心の深層における記憶と未来志向の欲望が織り込まれた象徴的な物語として読めそうだ。最初の場面で自分は、小中学校時代の友人たちと夜の立体駐車場のエレベーターを待っていた。夜という時刻は未知や無意識の象徴であり、立体駐車場は層をなす自己の記憶や経験のアーカイブのように感じられる。友人の爪が自分の顔をひっかいた出来事は、人間関係の中でのささいな摩擦や無意識的な痛みを表している。しかしそれが即座に謝罪され、自分が受け入れたとき、違和感は溶け去った。そこには「関係の修復」や「赦しの力」が浮かび上がっている。自分は嫌悪を持ち越さず、瞬時に心を切り替え、再び協働の流れに戻ることができるのである。狭いエレベーターは、人生の旅における制約された空間を象徴している。限られた場で共に身を寄せ合いながら、仲間と共に上昇するプロセスは、個の努力以上に関係性の力を通して上層へと進むことを示している。さらに、最初には存在しなかった「8階のボタン」が動き出すことで現れるという不思議な出来事は、自分の行動や意識の切り替えが未来の可能性を顕現させることを示している。未来の道筋は固定されたものではなく、行為そのものが道を開き、新たな階層を生み出すのである。駐車場の各エリアが暗号資産の名称で区別されていたことは、自分の現在の関心事や時代の変動する価値観を象徴している。暗号資産のように流動的で不確定な価値を持つものは、人生の立ち位置が常に揺らぎと不確定性の中にあることを告げている。その中で自分は「入口から最上階までのプロセス」を記憶しており、それを頼りに道を見出すことができた。これは、他者が迷う場面でも自分がプロセスそのものを覚えていることで進むべき方向を示せる力を暗示している。単に結果を記憶するのではなく、道程を理解していることが未来を切り開く鍵であることを、この夢は語っている。続く釣りの場面は、さらに別の象徴を含んでいる。小川と湖という2つの水辺は、狭く浅い流れと広く深い広がりという2つの異なる学びの場を表している。まず小川で釣りを試みたが魚を逃したという出来事は、初期の挑戦での失敗や未熟さを意味している。しかし自分は気持ちを切り替え、広がりのある湖に挑戦しようとした。失敗を一時的な挫折にせず、別の場へと展開する柔軟さを自分は持ち合わせていることがここに表れている。釣り用の長靴を先生に問われる場面は、日常的な道具や準備が大きな文脈の中で再評価される瞬間を示している。長靴が雪山にも適用できるという事実は、人生における「汎用性」や「応用可能性」を意味している。自分の資質や技能は1つの領域だけに閉じるのではなく、異なる環境にも適応できる。だが同時に、学校側のリストに存在しないという点は、自分が既存の枠組みに収まらない存在であることを示している。そのため、自分の道具=能力を写真として提示し、公式のリストに認めさせる必要がある。つまり、この夢は「自分の独自性を社会の制度や枠組みに認証させる作業」が不可欠であることを暗示しているのである。全体を通して、この夢は自分が「過去の仲間たちとのつながり」と「未来の新しい可能性」の狭間に立っていることを象徴している。摩擦を乗り越える力、狭い空間を共に上昇する協働の姿勢、忘れられた階を顕在化させる行為の力、そして小川から湖へ移る柔軟さ、さらに自分の独自性を社会に承認させる作業――これらが一貫して示しているのは、自分が今まさに人生の移行期にあり、独自の記憶と経験を土台に新しい道を切り開こうとしている姿である。人生における意味として、この夢は自分に「過去の友人や出来事を礎にしながらも、他者との摩擦や社会の制約を越え、未知の階層を自らの行為によって生み出していくことができる」というメッセージを授けている。すなわち、挫折や摩擦を一時的な停滞としてではなく、新たな湖への移行の契機とし、社会に認められながらも独自性を貫くこと、それこそが今の自分に求められている人生の方向性であると夢は告げているのだろう。フローニンゲン:2025/10/8(水)08:11
17496. 言葉を超えた世界に誘う楽器演奏/卓上ピアノへの関心
今日もここからまずは良遍の『因明大疏私抄』の第七巻の続きを転写していく。ちょうど今日で第七巻の転写が終わり、明日からは第八巻となり、残すところあと二巻である。このように地道に研究活動が進展しているのと同じく、ギターの練習も着実な進歩を心がけたい。自分にとって楽器の演奏は、言葉を媒介しない時間を満喫する貴重な実践である。平素の学術研究ではどっぷりと言葉の世界に浸り、そこから音楽を通じて言葉を媒介にしない世界に浸る。音楽空間に浸り切る時間は、瞑想実践でもある。最初のうちはまだ言葉を通じてあれこれ試行錯誤しながらギターの演奏をしていくことになると思うが、徐々に思考が媒介される度合いが減っていき、ギターの演奏を通じて禅定状態に入ることができるだろう。座禅瞑想よりも容易にその状態に誘う力が楽器演奏にはあると考えている。楽器という存在がスキャフォールディングになって、私たちを言葉の世界から強制的に引き剥がしてくれるのだ。言葉の世界と言葉を超越した世界の双方を大切しにながら、唯識探究・量子論探究・ギターの演奏を三位一体として楽しみたい。
それと昨日、ギターの演奏に習熟してきたら、どこかのタイミングでいつか卓上ピアノも購入したいと思った。ピアノもいつか演奏したいと思っていた楽器の1つだが、これからまだ何回か引っ越しをするであろう自分にとってピアノを購入するのは少しハードルが高かった。しかし調べてみると、据え置きのピアノに負けない音色を持つ卓上ピアノなるものが存在することを昨日知った。色々と調べてみると、ピアノだけではなく、オルガンやヴァイオリンなどの音色も出せるようで、自分の感性と関心に合致している楽器だと思った。メーカーとしてはローランド、ヤマハ、カシオなどがあり、それらはいずれも素晴らしい卓上ピアノを販売している。ローランドさんはかつてデロイト時代のクライアントでもあったこともあり、どこか親近感を感じている。ローランドさんの本社がある静岡県浜松市に出張に行ったことを今でも覚えており、その時に本社に置かれていたピアノの光景が今でも記憶に新しい。もしかしたらローランドさんとのご縁もまた卓上ピアノに自分を導いている何か重要な存在なのかも知れない。いずれにせよ、今はまずはギターに習熟することに焦点を当てながら、近い将来どこかのタイミングで卓上ピアノの購入も検討したい。それであれば引っ越しの際もさほど不便とならず新たな居住地に運べるはずである。フローニンゲン:2025/10/8(水)09:28
17497. 3通の推薦状の準備/早速ギターの練習を始めて
時刻は午後3時を迎えた。ふと顔を上げてみると、どうやら小雨が降っていたようで、紅葉が始まった木々の葉に雨滴が付着していることに気づいた。先ほどまで集中してイギリスの大学院に必要な推薦状においてどのようなことを3人の教授に書いてもらうかを吟味していた。すでに3人には数年前にも推薦状を書いてもらっており、その時の内容をベースにしながらも、今回は仏教研究の修士プログラムに出願するため、内容をアップデートする必要があった。しばらくそれに没頭していると、意外と早く3人の教授に依頼する内容が固まった。おそらくそれらをカバーしてもらえれば、非常に強力な推薦状になるのではないかと思う。
ここからは休憩がてらギターの練習をしたい。こうして知的活動の合間に音楽活動に従事できるといのは精神衛生上大変好ましい。もちろん自分には常に体を動かすことが精神衛生を健全に保つ手段としてあるが、それに加えて脳に違った刺激をもたらし、心を落ち着かせ、かつ喜ばせてくれる活動として楽器の演奏があることは嬉しい限りだ。実際には昼食前に時間を取って、イギリス人のユーチューバがYouTubeで共有している10日のギターレッスンの動画を視聴し始めた。今日はまず1日目のレッスンとして、EメイジャーからAメイジャーへの移行を練習した。ギターの仕組みとしてまだまだ知らないことがたくさんあるが、楽しく練習をしている。左手の指をうまく活用することによって、脳に良い刺激が与えられていることを実感する。もう少し1日目のレッスンに習熟したら、2日目のレッスンの動画も視聴してみたい。1日に視聴する動画は2つまでとし、翌日は必ず前日の復習をする形でスキルを徐々に確立していきたい。まだよくわかっていないのだが、なぜギターの初期のチューニングをEに設定するのだろうか。調べてみると、どうやらそれが一番最も実用的で使いやすかったからという単純な理由のようだ。どうやらそれによって、コードチェンジが行いやすく、一般的なスケールを弾く際のポジション移動が最小になるとのことである。こうした豆知識も少しずつ獲得しながら楽しく練習あるのみである。フローニンゲン:2025/10/8(水)15:16
Today’s Letter
Yesterday, I purchased a classical guitar. One of my best Dutch friends inspired me to start playing. I am convinced that having the guitar will significantly improve the quality of my life. Groningen, 10/08/2025

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