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【エディンバラ大学からの便り】19359-19363:2026年10月9日(金)

10月11日
読了時間: 14分


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タイトル一覧

19359

エディンバラでの初の散髪/今日の計画

19360

今朝方の夢

19361

今朝方の夢の振り返り

19362

PGT Supervised Research Essayで取り組む研究テーマ

19363

Supervised Research Essayで取り組む研究テーマの発展


19359. エディンバラでの初の散髪/今日の計画

     

時刻は午前5時半を迎えた。昨日のこの時間帯は気温が4度だったが、今日は14度もあり、とても暖かい。10度の気温差はやはり如実に感じる。なんと今日の最高気温はこの時間帯の気温であり、ここから正午にかけて気温が徐々に下がり、12度まで落ちる。そこから午後にまた1度上がる形で推移していくという興味深い温度変化を見せる。昨日、エディンバラで初めて髪を切ってもらった。フローニンゲンでは理髪店に通っていたが、エディンバラではまたアメリカや日本にいた時のように美容院に行くことにした。歩いて5分のところに雰囲気の良い美容院があり、そこは先日訪れた歯科医とも近い。予約時間の数分前に到着すると、先客の女性が髪を染めて待っている状態で、その合間に自分の髪を切ってもらった。担当してくれたのはエディンバラ北部の町の生まれのスコットランド人の女性で、大変気さくで話しやすかった。スコットランド訛りが強いが、逆にそれもまた勉強になると思ったし、彼女の明るい性格が好印象で、尚且つ髪をスピーディーに整えてくれることにも好感を持ったので、また6週間後に店を訪れたいと思う。それにしても、わずか15分ほどで髪を仕上げてくれることは未だかつてなかったので、予約枠の30分の半分で済んだことは驚きであった。


今日は今から2時間後の午前8時から、森里先生から教えていただいた同志社大学の外国人教授による鈴木大拙セミナーに参加する予定である。エディンバラ大学での自身の研究内容とは直接関係はないかもしれないが、仏教思想の研究という観点では鈴木大拙の仕事は引き続き注目をしている。また、今後教授職を得ていくにあたっては、唯識思想だけを教えるというのは幅が狭いので、今のうちから広く仏教思想を学び、ゆくゆくは仏教思想以外の日本哲学に関する講座を持つだとか、はたまたこれまで自分が学んできた発達理論と結びつけるだとか、そうしたユニークな講座を持つことも検討している。欧米の大学院で宗教・哲学で教授職を得るのは至難の業であり、森里先生から聞いた話によると、先生はエディンバラ大学で135倍の倍率を勝ち抜いて、135人の候補者から選ばれて今のポジションにいるとのことだった。今後はそうした激しい競争にさられることになるのは明らかであるが、今の自分はそうした競争さえも競争と思わず楽しめるような心のゆとりがある。朝のセミナーを終えたら、昨日から少しずつ取り掛かり始めている仏教倫理の最初のライティング課題に本格的に取り組みたい。すでに構想の大枠を練っており、どの文献に対して文章を書いていくかを大体決めた。調子次第だが、提出する合計4本の500字の課題に関して、1本だけではなく、2本ぐらい今日中にドラフトをかけるかもしれない。勢いに乗っている時に、一気にドラフトを書き上げていくという方法を採用したい。この課題に関するドラフトを執筆したら、これまた昨日着手し始めた、年間を通して行われる独立研究コースの研究計画書のドラフトを完成させることができたらと思う。これについては、本日時間がなければ明日と明後日に回してもいい。エディンバラ:2026/10/9(金)05:59


19360. 今朝方の夢

                  

今朝方は夢の中で、見慣れない場所で複数の男女とドッジボールをしていた。その場にいた私たちは、身体的には大人のようでもあり、しかし子供のようでもあり、さらには精神的にもどっち付かずのようで不思議な感覚がした。ドッジボールの終盤に、ある男性がボールを投げようとしたら、ある小柄な女性の方に投げた後にリリースした手が強く当たってしまった。女性は最初こそ痛みを感じたようだったが、大丈夫そうで、そのまま試合を終えた。試合を終えて食事会場の和食料理店に移動すると、案内された個室で注文をし終えたタイミングで、襖を勢いよく開けて3人の女性が入ってきた。そして間髪を入れず、笑いながら自分の右肩を強く叩いた。自分は何が起こったのか一瞬わからなかったが、先ほどの女性の肩の件で、3人が何か誤解しているのだと察知した。3人は、自分がその女性の方を故意に殴ったと思っているようだったので、すぐさまその誤解を解こうとした。すると幸いにも当事者の小柄な女性がやってきて、彼女がそれは誤解だと本人の口から言ってくれたので場が丸く収まった。3人の女性は誤解した形で私の肩を強く殴ったことを深く謝罪したが、自分は全く気にしておらず、逆に誤解させてしまうような要因を自ら作っていたかもしれないと笑いながら心の中で反芻していた。3人の女性のうちの1人に殴られたからではなく、もともと最近少し右肩を痛めていたので、フィジカルセラピストの知人に治療をしてもらうことにした。その方が持っている不思議なヒーリング力によって、右肩は随分と軽くなった。もちろんまだ根本的な痛みは見えない形で残っていたので、それはおいおい時間をかけて癒していこうと思った。


もう一つ覚えているのは、サッカー日本代表の若手のエース級の選手が、ポケモンのゲームにハマっているという話を自分にしてくれた場面である。私はゲーム好きの人に好感を持つ傾向があり、自分もゲーマー気質があるので、その選手の話に好奇心を持って耳を傾けていた。そういえば、自分もポケモンにハマっていたことがあるが、自分は赤緑青止まりであり、彼がハマっている最新のバージョンだと、もう知らないモンスターが多すぎて話についていくのは大変だったが、こうして世代を超えても共通のテーマで話ができるというのはいいものだと改めて思った。そうしたことを可能にするのも、自分自身が何かにハマって打ち込んだことがあるという経験からもたらされるのだと思った次第である。エディンバラ:2026/10/9(金)06:22


19361. 今朝方の夢の振り返り


今朝方の夢は、自分が異なる発達段階や価値観を行き来しながら、他者との関係性を成熟させていく過程を象徴しているのかもしれない。とりわけ、誤解と和解、身体の痛みと治癒、世代を超えた遊びという3つの主題が、一本の見えない糸で結ばれているように思われる。冒頭のドッジボールは、社会という競技場の縮図であろう。参加者が大人とも子供とも判別できないことは、自分の内側に成熟した理性と無邪気な遊び心が同居していることを示唆しているのかもしれない。人間の発達とは、子供を脱ぎ捨てて大人になる直線的な階段ではなく、異なる年齢の自分が同じ広場で遊び続ける螺旋状の運動なのであろう。男性の手が女性に当たる偶発的な出来事は、行為者の意図と受け手の経験が必ずしも一致しないという倫理的問題を映し出しているようである。さらに興味深いのは、自分が加害者ではないにもかかわらず、第三者から加害者と誤認される展開である。これは、社会における評価が事実そのものではなく、断片的な情報から構築された物語によって左右される危うさを示しているのかもしれない。襖を勢いよく開けて入ってくる3人の女性は、外部から突然押し寄せる集合的判断の象徴であろう。和食料理店の個室という穏やかな空間が、一瞬にして裁きの場へ変貌する。しかし、自分は反撃せず、事実を説明し、当事者の証言によって誤解を解消する。この場面には、他者の認識を力で制圧するのではなく、対話によって変容させようとする自分の倫理的志向が表れているのかもしれない。さらに、誤解した女性たちを責めず、自分にも誤解を招く要因があったかもしれないと省察する姿勢は、責任を個人の内部に固定せず、関係性の網目に見いだす発想と響き合う。ただし、他者の誤解まで自分が引き受ける必要はないという微妙な境界線も、夢は問いかけているのであろう。右肩の治療は、この夢の深層を照らす重要な場面である。肩は責任や重荷を背負う場所であり、以前から存在した痛みは、今回の対人関係とは無関係に蓄積してきた緊張を暗示しているのかもしれない。治療によって軽くなっても根本的な痛みが残ることは、知的理解による和解と、身体に刻まれた経験の治癒が異なる時間軸を持つことを示唆している。心の結び目は一瞬でほどけても、身体の記憶はゆっくりと春を迎えるのであろう。最後の若手サッカー選手とのポケモン談義は、前半の緊張を柔らかく包み直す場面である。競争の象徴であるスポーツ選手が、勝敗とは無関係な遊びについて語る構図は、能力や世代を超えた交流の可能性を表しているのかもしれない。知らないポケモンが増えていても、かつて熱中した経験が対話の橋となる。自分が持つ知識の量よりも、何かを愛し、没頭した経験そのものが他者理解の土壌になるのであろう。夢全体は、他者を正しく理解することから、理解できない他者ともつながることへの移行を描いているようである。自分の成熟とは、誤解されない完全な人間になることではなく、誤解や傷を抱えながらも遊び心を失わず、他者との間に新しい橋を架け続ける営みなのかもしれない。エディンバラ:2026/10/9(金)06:33


19362. PGT Supervised Research Essayで取り組む研究テーマ

                 

昨日は、PGT Supervised Research Essayで取り組む研究テーマについて、改めて構想を整理した。指導教員としてお願いしたいのは、前近代日本の宗教史や東アジアにおける仏教の伝播を専門とするアビゲイル・マクベイン博士である。これまで自分は鎌倉時代の日本法相唯識、とりわけ良遍の思想を中心に研究を進めてきたが、今回のエッセイでは少し視野を広げ、その思想が成立した歴史的背景を探究したいと考えている。この構想のきっかけとなったのは、John Makeham編『Transforming Consciousness: Yogācāra Thought in Modern China』である。日本は中国から唯識思想を受容しただけではなく、近代には逆に日本で継承・研究されてきた唯識思想や関連文献が、中国における唯識復興に影響を及ぼしたという。仏教思想の伝播は、中国から日本への一方向的なものではなく、時代によって方向を変える双方向的な知的交流だったのである。もっとも、自分が将来の博士論文で本格的に取り組みたいのは近現代ではなく、奈良・平安から鎌倉期にかけての日本法相教学である。鎌倉期の日本法相が中国仏教にどれほど影響したのかは、具体的な史料による検証が必要であり、現段階で大きな影響を想定する根拠も十分ではない。そこで研究の方向を転換し、中国で形成された唯識思想のうち、日本の仏教者は何を重視して受容し、それを鎌倉時代にどのように発展させたのか、という問いを立てることにした。ここで重要なのは、日本法相を中国法相の単なる模倣として理解しないことである。初期日本法相の形成には、玄奘・窺基の教学だけでなく、新羅の唯識学者による解釈も関与していた。つまり、飛鳥・奈良時代の受容そのものが、すでに選択的かつ多元的だった可能性がある。その後、平安時代には天台との教学論争が展開され、鎌倉時代には貞慶や良遍らが、継承した法相教学を新しい宗教的・思想的環境の中で再解釈していった。この長期的な展開を捉えることは、日本法相の独自性を理解するうえで重要だと思う。ただし、4,000語程度のSupervised Research Essayで、飛鳥時代から鎌倉時代までの思想史を包括的に論じることは難しい。そこで、五姓各別と普遍的成仏可能性、三性説と中道理解、あるいは唯識と菩薩の慈悲・誓願の関係など、特定の教義に焦点を絞る方がよさそうだ。例えば、中国法相から継承された五姓各別説が、日本における一乗思想との対立を通じてどのように再解釈されたのかという問題は、有力な候補になる。マクベイン博士の専門性を考えても、今回の研究は良遍の哲学的解釈だけに限定するのではなく、東アジアにおける思想の伝播、受容、変容という歴史的視点を中心に据えるのが適切だろう。そうすれば、現在進めている良遍研究とも明確に役割を分担できる。良遍の著作を精読する研究が鎌倉法相の思想的独自性を明らかにするものだとすれば、今回の研究は、その独自性が成立するための歴史的・思想的条件を解明するものになる。何より重要だと感じたのは、日本法相の独自性を、中国唯識からどれほど離れたかによって測る必要はないということである。むしろ、中国から継承した教義を維持しながら、それを日本の新たな思想的課題に応じてどのように再構成したのかを問うべきなのだろう。思想的伝統の独創性とは、必ずしも過去との断絶によって生まれるものではない。継承された概念が、新たな歴史的文脈の中で異なる意味や機能を獲得することにも、創造性は存在する。今回のSupervised Research Essayを、単に修士課程の一つの課題として終わらせるつもりはない。むしろ、将来の博士論文で日本法相唯識の思想史を再構築するための基礎研究として位置づけたい。中国・朝鮮半島からの思想的継承と、鎌倉期における創造的再解釈を一つの歴史的連続性の中で考察することができれば、日本法相の哲学的意義を国際的な仏教学の議論に提示するための重要な足がかりになるはずである。エディンバラ:2026/10/9(金)07:14


19363. Supervised Research Essayで取り組む研究テーマの発展

                      

先ほどの日記の内容を受けて、PGT Supervised Research Essayの研究構想をさらに発展させ、中国だけでなく新羅の唯識思想が日本法相の形成に与えた影響についても考えてみた。指導をお願いしたいアビゲイル・マクベイン博士の専門領域を考えても、東アジアにおける仏教思想の伝播と受容を歴史的に検討することは、非常に有意義な研究になりそうだ。これまで日本法相唯識を考える際には、玄奘や窺基によって体系化された中国法相宗の教義が、飛鳥・奈良時代に日本へ伝わり、その後、平安・鎌倉時代に独自の発展を遂げたという大きな歴史的図式を念頭に置いてきた。しかし、実際の思想的交流はそれほど単純ではなかったらしい。特に興味深いのは、新羅の唯識学者たちが日本法相の形成に果たした役割である。橘川智昭の研究によれば、奈良時代の日本では中国法相の文献だけでなく、新羅の学僧による注釈も学ばれていた。また、Ronald S. Greenの研究は、興福寺系と元興寺系の法相僧が新羅の唯識解釈を異なる仕方で参照し、ときには支持し、ときには批判していたことを示している。つまり、日本法相は中国から完成された体系をそのまま輸入したのではなく、複数の解釈伝統を比較し、選択しながら形成されていった可能性がある。ここで注目したいのが、新羅出身の円測である。円測は唐で玄奘に学びながらも、窺基とは異なる唯識解釈を展開した。したがって、中国唯識と新羅唯識を単純に国別の思想体系として区別することはできない。むしろ、共通する経論や師資関係を持ちながら、なぜ異なる解釈が成立し、それらが日本でどのように受容されたのかを問う方が、思想史として精密な研究になるだろう。さらに興味深いのは、こうした解釈上の相違が奈良時代だけで終わらなかったことである。鎌倉時代の良算が編纂した『唯識論同学鈔』にも、円測をはじめとする新羅系の解釈や、奈良以来の教学的論争が継承されているという。これは、すでに自分が研究資料として収集している文献とも直接つながっている。中国と新羅の思想的影響が、鎌倉期の法相教学においてどのように生き続け、再解釈されたのかを明らかにできれば、将来の良遍研究にとっても重要な基盤になるはずだ。当初は、中国唯識の受容と新羅唯識の受容を、それぞれ約2,000語ずつ分析する構成を考えた。しかし、4,000語という限られた分量で両者の歴史を並列的に概観するだけでは、独自の学術的主張を提示するのが難しいかもしれない。むしろ、五姓各別説や四重二諦などの特定の教義に焦点を絞り、中国と新羅の解釈上の相違が日本でどのように理解され、その後の教学的発展にどのような役割を果たしたのかを比較する方が、論文として説得力を持つだろう。また、文献の伝来と思想的影響を慎重に区別する必要があると感じた。ある注釈書が日本に伝わったという事実だけでは、その思想が日本の学僧に受容されたことにはならない。実際にどのような文脈で引用され、肯定され、批判され、あるいは新たな教義的課題に応じて再解釈されたのかを、一次資料から検証しなければならない。ここにこそ、単なる仏教伝播史を超えた思想史研究の面白さがある。今回の構想を通じて、日本法相の独自性とは、中国や新羅の思想からどれほど離れたかではなく、それらの思想的資源をどのように組み合わせ、新たな問題に応答したかによって理解すべきなのだと感じた。PGT Supervised Research Essayでは、その形成過程を歴史的に明らかにし、修士論文では良遍による教義的再解釈を哲学的に分析する。この二つの研究を相互に補完させることで、将来の博士論文に向けた研究基盤を着実に構築できるのではないだろうか。エディンバラ:2026/10/9(金)14:09


Today’s Letter 

Academic writing is just as enjoyable as practising classical guitar. The two activities definitely complement and enrich each other. Edinburgh, 10/9/2026

 
 
 

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