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【エディンバラ大学からの便り】19290-19294:2026年9月24日(木)

9月26日
読了時間: 12分


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タイトル一覧

19290

エディンバラの素晴らしい居住・探究環境に感謝して

19291

今朝方の夢

19292

今朝方の夢の振り返り

19293

ブックレビューの課題に向けて

19294

仏教プログラムのメンバーとパブで語り合って


19290. エディンバラの素晴らしい居住・探究環境に感謝して

                                        

時刻は午前6時を迎えた。気づけば、エディンバラに到着して、およそ4週間が経とうとしている。イギリスの天気は良くないということを昔からしばしば聞いていたが、少なくともエディンバラに関してはそのように思わない。確かに雲があったり、小雨が降ることは頻繁にあるが、日中の活動中においては意外と雨が降らず、今のところは天気に関して問題を感じていない。年間の降雨量も東京の半分とのことなので、意外と快適である。今日は早朝にアパートのジムに行き、いつものようにSprint8のプログラムをこなした。自宅を午前5時過ぎに出発した時に、外は真っ暗であったが小鳥たちの囀りを聞くことができて大変癒された。幸いにも周りには木々や公園があり、エディンバラの町としても公園が至る所にあるので、常に自然を感じられることは有り難い。それとの対比で歴史的建造物が随所にあることもまた感性を大いに刺激してくれる。そうしたまたとない環境で仏教研究に専心できることは、本当に感謝しきれないことである。


一昨日、昨日とコースに参加し、今日もまた研究セミナーのクラスに参加する。今週だけ例外的に、10単位のそのコースの授業がある。来週からは、大学に行くのは火曜日と水曜日、隔週で金曜日に仏教倫理の大学院生向けのセミナーに参加する。大学院のコースワークは始まったばかりだが、今のところイギリス式の、いやスコットランド式の教育システムは自分の特性に合致しているようで嬉しい。講義だけではなく、少人数のセミナーがあり、そして成績評価は基本的に全てファイナルペーパーだけで評価される。こうした仕組みは自分の強みや関心と合致しており、ここからの1年を充実した形で過ごせるだろう。今日はそのクラスに参加する前に、協働者の方とのミーティングがあり、午前11時20分を目処に自宅を出発し、正午からのセミナーに参加する。帰りには、来週面会予定をした論文指導教官候補の森里先生のオフィスの場所を確認したい。先生のオフィスは、神学部があるニュー・カレッジ内にはなく、哲学部がある建物内にあるようなので、当日迷わないためにも今日のうちに確認しておきたいと思った次第だ。エディンバラ:2026/9/24(木)06:19


19291. 今朝方の夢 

                         

今朝方は夢の中で、実際に通っていた中学校の体育館で、バスケの早朝練習を1人で行なっていた。その時に、ボールが全て実際の試合で使われるよりもかなり重たく、手触り感もツルツルしていることに改めて気づき、この状態で練習していても、試合ではボールの重さも質感も違うため、良いプレーができないのではないかと思った。顧問の先生に交渉して、すぐさま今のボールを処分し、新しいボールにしてもらおうと思った。すると先生と後輩たちが体育館に入って来たので、先生に早速その件を伝えた。すると、先生も前々から同じことを考えていたようで、ちょうど体育館が新しく建て替わるのがすぐなので、その際にボールを一式新しく購入しようと述べてくれた。それを聞けてとても嬉しくなった。というのも、自分たちの代はおそらくその恩恵をさほど受けないが、今の後輩たち、未来の後輩たちには大きな恩恵があると思ったのだ。もちろん、もし仮に自分が入学した時から新しいボールに触れることができていたら、今よりももっと真剣にバスケと向き合い、朝練をさらに楽しみながら行えたであろうと思った。


次に覚えているのは、毎日9時間ほど睡眠を取る自分に対し、父がその長さを心配していた場面である。9時間の睡眠は、平均よりも多いかもしれないが、心配されるほどの長さではないと考えていた。おそらく父が年齢を重ね、短い睡眠になっていることから、その比較で自分の睡眠時間が長く感じられたのだろうと思った。父は自分のことを睡眠障害の疑いをかけ、病院で診てもらった方がいいと勧めたが、自分の体はすこぶる健康であったし、睡眠の質も良いと認識していたので、その勧めは聞かないようにした。


最後に覚えているのは、ちょうど今日の午前中にミーティングをする協働者のうちの1人の方の六本木郊外の自宅に招いてもらっている場面である。六本木というとギラギラしていて華やかなイメージがあるが、六本木の周縁部には意外と落ち着いた住宅地があると知って驚いた。そもそもその方の自宅に招いていただいたのは、自分がそこで発達理論に関するワークショップをするからだった。歓待を受けてワークショップを午前中に終えると、六本木の中心部に出かけて行ってランチをしようということになった。せっかくなので大きなデパートの本屋に立ち寄ると、そこで中年の女性と軽く体がぶつかってしまった。自分はそれにほとんど気づかない程度だったので、そのまま素通りすると、その女性が怒り心頭にこちらに文句を言いながら追いかけてきた。私は面倒に巻き込まれたくなかったので、すかさず宙に浮いて逃げることにした。エスカレーターの上を飛んでいき、吹き抜けの箇所からデパートの外に出て、六本木の上空に羽ばたいた。そこでは強風が吹いていて、気づけば西東京の方に流され、閑静な住宅街に降り立った。すると突然、自分の脳内に日本全体の地図が視覚化され、ここから元いた場所にどのように帰ればいいのかを無意識に探索し始め、なぜか北海道の方から東京に向かうルートが映し出されたが、最短距離でここから帰るルートに自力で修正した。なんとか無事にその方の自宅に戻ってきた時にはすっかり夕暮れ時で、午後のワークショップも終わり、その方の自宅がレストランに変わり、打ち上げに入ろうとしていた。その方の会社のお偉いさんが挨拶をし、いざ打ち上げが始まったところで、自分もうまくその場に紛れ込んだ。数人ごとにテーブルを分け、あるテーブル席に腰掛けたところ、そこに前職時代の部署は違うが、親しくさせてもらっていた年上のメンバーの方がいた。その方がメニューを開くと、それはメニューではなく、いくつかの楽曲の楽譜だった。一つにはポルノグラフティの『ジョバイロ』の楽譜があり、もう一つはクラシックの楽曲の楽譜があった。『ジョバイロ』を自分が口ずさむと、その方が手元にあったタイプライターを使ってその楽曲の音楽を再現してくれたところ、男性が歌うにはキーが高いねと述べ、全員がそれに賛同して笑った。エディンバラ:2026/9/24(木)06:48


19292. 今朝方の夢の振り返り

                                      

今朝方の夢全体には、自分が「これまで与えられてきた環境に適応する人」から、「環境そのものをより良いものへ作り替え、次の世代へ渡す人」へ移行しつつあることが象徴されているように思われる。最初の体育館で印象的なのは、努力不足ではなく「道具そのものが現実に適合していない」と自分が気づく点である。重く滑るボールは、過去には当然のものとして受け入れていた制度、方法、価値観などを象徴しているのかもしれない。それは筋力を鍛えるには役立っても、本番とは条件が違う。つまり自分の無意識は、努力量を増やすよりも「何を使って努力するのか」を問い始めている可能性がある。体育館の建て替えは、その道具だけでなく、学習や仕事を支える「器」そのものが更新される時期を示しているようにも見える。しかも自分自身より後輩の恩恵を喜んでいる点には、自己実現か次世代への貢献へ重心が移りつつあることが表れているのかもしれない。自分は選手であると同時に、未来の選手が走る床を整える側へ移り始めているのである。父との睡眠の場面では、「外部から測定された正常さ」と「身体が知っている正常さ」が対比されているようである。父は平均や年齢比較から9時間を問題視するが、自分は身体感覚から問題ではないと判断している。これは、自分の生き方を他者の物差しではなく、自分自身の身体的・経験的知性によって調律しようとする姿勢を象徴しているのかもしれない。いわば他人の時計ではなく、自分の内部にある日時計を読む場面である。最後の六本木はさらに複雑である。華やかな中心の周囲に静かな住宅地があるという発見は、自分が社会的成功や知的活動の「表舞台」の背後に、静けさや生活基盤を必要としていることを示しているのかもしれない。そこで発達理論を教えているのも象徴的であり、自分自身の発達そのものが舞台になっているようである。女性との衝突から飛翔する展開は、些細な対人摩擦から距離を取る能力を象徴する一方、空を飛べば自由になれる代わりに風に流されるという逆説も示しているように思われる。自由とは無重力になることではなく、風向きを読みながら自分で航路を修正することなのであろう。脳内に日本地図が現れ、一度は北海道経由という奇妙な遠回りを提示されながら、最短経路へ修正する場面は、自分の思考が時に過剰に大きな体系を描きながらも、最終的には現実的な道へ戻る力を持つことを示唆しているようである。そして最後にメニューが楽譜へ変わる。これは「何を消費するか」を選ぶ世界から、「何を奏でるか」を選ぶ世界への移行を象徴しているのかもしれない。ポップスとクラシック、前職の人間関係と現在の活動、タイプライターと音楽という異質なものが同じ卓上で結ばれている。夢全体は、自分の過去を捨てるのではなく、古い楽器を調律し直し、新しい人生の合奏へ組み込もうとしている過程を映しているように思われる。エディンバラ:2026/9/24(木)07:05 


19293. ブックレビューの課題に向けて 

                               

時刻は午後3時半を迎えた。つい先ほど大学から自宅に戻ってきたところである。今日は正午から、研究手法に関する講義とワークショップがあった。私たち大学院にとっての最初の課題は、ある特定の宗教研究ジャーナルに投稿することを意図した専門書籍のレビューを執筆することである。字数としては多くなく、1000字ほどだが、最初の課題ということもあり、気が引き締まる。今のところ、昨日発見したBuddhist Studies Reviewに投稿することを想定した形でブックレビューに取り組んでみようと思う。講義の後にはそれぞれのプログラムディレクターと生徒ごとに部屋を分かれて、さらに詳細なやり取りをした。自分は今回二つの書籍の候補があり、最初に挙げた良遍の『観心覚夢鈔』の英訳書籍を扱うことをポール・フラー博士からも推奨してもらった。ブックレビューでは、その書籍の概要、内容に関する要約、さらには内容や方法論に関する建設的な批判の観点から文章を執筆していく必要がある。幸いにも、『観心覚夢鈔』は何度も読み込んでおり、この書籍に関する日本の研究者の意見にはいくつか触れているので、ブックレビューとして取り組みやすいのではないかと思う。課題の提出に際して注意するべきことは、今回の課題では生成AIを一切使ってはならないということである。他のコースでは、誤字脱字や文法に関するチェックのためにそれを使うことが許可されている場合がほとんどだが、今回はそれすらも禁じられている。その他の注意点としては、提出予定のジャーナルによりけりだが、ブックレビューでは引用は最小限にとどめた方がいいということである。これは学術論文や学術書を執筆する場合とは逆の視点である。これまでの経験からすると、引用を最小限にしながらも、なお言語はアカデミックなものにしていくというのは初めての試みかもしれないので、それはそれで楽しみである。フラー博士から送ってもらった資料を見て、他のジャーナル候補がないかも確認してみる。それが済んだら、最初にフラー博士からフィードバックをもらうための提出期限である10/12に向けて、早速ブックレビューの構成案を考えていこうと思う。エディンバラ:2026/9/24(木)15:38


19294. 仏教プログラムのメンバーとパブで語り合って

                                    

ブックレビューの課題に関する講義とワークショップを終えたところで、仏教プログラムに在籍しているメンバーで大学のパブに向かった。すでに自分は昼食を早めに取っていたし、特に飲み物も飲みたくはなかったので、飲み食いをすることなく、パブでメンバーと過ごすことにした。今日のクラスには、残念ながらゲイブは参加しなかったので、パブにはイーサン、ジェス、キエラン、そして自分の4人で向かった。そこで初めて、全員の出身がようやく明らかになった。5人のうち、1人として同じ出身ではないことが大変興味深く、その点での多様性が確保されていると知って嬉しく思った。イーサンはウェールズ出身、ゲイブはオーストラリア出身、ジェスはイングランド出身、キエランはスコットランド出身、そして自分は日本出身ということで、出身地域の多様性がある。それに加えて、これまた全員が一切重なることなく、仏教の異なる学派に関心を持っていることも嬉しい多様性である。イーサンは上座部仏教、ゲイブは禅仏教、ジェスは三宝仏教教団、キエランはインド・チベット仏教に関心がある。今日はパブで、キエランが精通している仏教コスモロジーについて話が盛り上がり、自分からもいくつか質問を投げかけ、同時にイーサンから上座仏教の興味深いコスモロジーの話も聞けたのは有り難かった。自分が専門としている唯識思想においては、あまりコスモロジカルな側面は強調されない。彼らの知見から、今後仏教コスモロジーについて理解を深められそうで有り難い。その他にも、パブでのカジュアルな話として、キエランがスコットランド出身だとは誰1人も思っても見なかった点で盛り上がった。彼の父はスコットランド出身とのことだが、母がポーランド出身であり、スコットランドの出身地域としてもスコットランド訛りがあまり強くない場所のせいかもしれないと述べていたのが印象に残っている。英語がネイティブの彼らであっても、コテコテのスコットランド訛りは聞き取りづらいとのことだったので、焦らずスコットランド英語に慣れていこうと思う。彼らと話をした後に、来週に面会を予定している森里先生のオフィスを確認しておいたので、今のところ諸々順調に進んでいて何よりである。エディンバラ:2026/9/24(木)16:36


Today’s Letter 

I really enjoyed the gathering of the Buddhist Studies group. We all come from different regional backgrounds and have different academic interests. I’m certain we can create a wonderful sangha. Edinburgh, 9/24/2026 

 
 
 

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