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2384. 不思議な古書を読む夢


今朝方見た夢を思い出していると、フローニンゲンの朝もすっかり夜が明けた。起床時に聞こえていた小鳥たちの鳴き声は今もまだ静かに聞こえている。

また、ここ数日と同じように相変わらず私は、今日もバッハの平均律クラヴィーア曲集を聴いている。おそらく今日も一日中リヒテルが演奏するこの曲集を聴いているに違いない。

今日は午前中に、「デジタルラーニングと学習環境」のコースの最終試験に向けて、課題論文の三読目を進めていく。幸いにも今日と明日は休日であり、比較的時間があるため、今日に全てを読み返すのではなく、半分程度目を通すことができたらと思う。

特に重要な二つの論文については明日の朝に読むことにし、それ以外の論文からまずは読み進めていく。昨日、このコースのグループ論文を一緒に執筆している友人のハーメンからメールが届いた。

ちょうど彼に依頼をしておいたパートが完成したそうだ。添付のワードファイルを開けてみると、彼が実に素晴らしい仕事をしてくれたことがすぐに分かった。

ハーメンはアドビのフォトショップを活用し、課題の最後で提案する、対象としているオンライン学習環境に対する改善案を見事なイメージ図と共に書き上げてくれた。まだ文章をレビューしていないが、全体としての見栄えから、それは非常に良い出来のように思えた。

最終的な提出の前に、コースを担当するミヒャエル・ツショル教授からフィードバックをもらうために、私たちは現段階のドラフトを送った。ハーメンは本当に良い仕事をしてくれたと私は思った。

あとは私の方で、提出版の完成に向けて最終的なレビューを行っていきたいと思う。これがフローニンゲン大学で履修するコースの最後の課題であると考えると、少しばかり感慨深い気持ちになる。

中欧旅行前日の午後に行われる最終試験に向けて論文を読み返そうと思った矢先、今朝方の夢の続きが思い出された。友人の弟と別れた後、私は大学のフットサルサークルのメンバーと大会に参加するために、その会場に向かった。

時計の針を確認すると、「11:11」を指していた。時刻を見た瞬間、もう午前中の一試合目が始まっていると思い、私は午前中の試合に参加することを諦め、午後からの試合に参加できるようにしようと思った。

そう思うと少しばかり気が楽になり、ゆっくりと会場に向かうことができた。以前にもその会場を訪れたことがあったのだが、友人の弟が通う学校からその会場へ行く道を通るのは初めてであったため、私は携帯電話の地図を確認しながらそこへ向かった。

迷いながらもその会場に到着してみると、そこはフットサル会場ではもはや無くなっており、空き地にたたずむ家屋になっていた。その家屋の方に向かうと、中らからそこに住んでいると思われる一人の大学生が外に出てきた。その大学生は少しばかり困ったなという表情を浮かべている。

:「どうかされましたか?」

大学生:「いや〜、空き巣に入られてしまったんですよ。とはいえ、盗られるものもなく、その点は助かりましたがね」

:「そうなんですか、被害がそれほどなかったことは幸いですね」

大学生:「あぁ、外にいるのもなんなんで、中で少しゆっくりしていってください」

その大学生の厚意に甘え、私は彼の家の中に入った。入ってみてすぐに気づいたが、この家には外の世界と部屋の中を仕切る壁がない。

:「あれっ?この家には壁がないんですか?」

大学生:「ええ、ないです。なので冬は寒いです」

つまりこの家は、屋根はあるのだが、空き地の上に大きな本棚とテーブルだけが置かれているような造りになっていた。どうやら二階もあるらしく、そこにまた大きな本棚が置かれており、ベッドがその横に置かれているようだった。

私はこの家の造りを改めて見た時、それは空き巣も入るだろうと思った。いや、確かにこの家にはめぼしいものはほとんどないが、あえて言えば本棚に収納されている本だけが貴重なものに思えた。

その大学生は空き巣が入ったと述べたが、もしかするとこの空き地に来た通りすがりの人が本棚に収納されている本を読みに来ただけなのではないかとふと思った。

私は彼の本棚に収められている書籍が気になり、ざっとそれらを全て眺めていた。すると、“Bach”というタイトルの本を見つけた。その他にも過去の偉大な作曲家の自伝がいくつもそこにあり、私はそれらの書籍に興味を持った。

また、偶然手に取った古びた和書のページをめくっていると、そこに書かれていた記述に目が止まった。発達科学者のカート・フィッシャーと親交のあった日本人の研究者が過去にいて、その方がフィッシャーを山口県に招いて、一緒に砂浜を歩いたというエピソードが記されていた。

山口県はちょうど私が育った場所でもあるため、そのエピソードを大変興味深く読んでいた。そこから一気に本書全体を読み進めていった。

その日本人の方は既にお亡くなりになれているようだが、この方が残してくれた資料は非常に貴重だと思った。とりわけ、研究の過程でつぶさに残してきたメモは洞察に溢れており、こうした記録を絶えず残していったことに私は心を打たれた。

その書籍の最後の余白ページには、この古書が当時45,000円で取引されていたことがわかる数字が赤鉛筆で書き込まれていた。その古書をそっと閉じたところで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2018/4/7(土)07:46

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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