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1111. 行き場のない憤り


昨夜は少しばかり妙な夢を見た。夢の中で私は、高校時代に親しくしていた友人の自宅を訪れた。

到着するや否や、友人と共に二階の部屋に向かった。すると、友人の父が彼に「リビングのドアを閉めてから二階に上がってくれ」と声をかけてきた。

そのとき、友人の父がすでに成人期を迎えている友人のことを「ちゃん付け」で呼んでいることに妙な違和感を覚えた。しかし、それは友人が幼少期の頃からそのように呼ばれていたのだろうと推測し、妙な違和感を抑えながら私は友人の背中を見ながら二階に上がった。

二階に到着すると、その部屋には小さなキッチンが設置されていることがわかった。友人が親切にも簡単な料理を作ってくれることになった。

すると、下から友人の母が私に対して、何か洗い物はないかと尋ねてきた。どうやら私は友人と運動をした後にここに来たらしく、手元を見ると、汗をかいた衣類が入った袋を私は持っていた。

友人の母からの気遣いには感謝をしながらも、友人の家に長居をするつもりはなかった私は丁重にお断りをした。二階と一階の階段を挟んで、そのようなやり取りを友人の母としていると、料理ができ上がったと友人が声をかけてきた。

早速、その料理を一口食べてみると、とても美味しかった。料理を食べていると、何やら一階でも友人の父と母がご飯を食べ始めたことが、一階から漂う匂いでわかった。

友人と私は一階に下り、友人の母が作った味噌汁をいただくことにした。すると突然、友人の父が何やら怒号を飛ばし始めた。

いったい誰に対して怒号を飛ばしているのか最初はわからなかったが、すぐにそれが自分に対してであることがわかった。何やら、私は友人の自宅に到着した時に、オランダで使っている銀行のカードとクレジットカードを廊下に落としていたようだった。

友人の父は、怒り狂ったまま、そのような貴重品を落とした私を激しく責め立てた。正直なところ、貴重品を廊下に落としたことに対してそれほどまでに責め立てられる理由がよくわからず、少しばかり唖然としていた。

しかし、人間の感情というのは不思議なもので、こうした理不尽な怒りにさらされていると、こちらまで否定的な感情がムクムクと湧き上がってくる。友人の父の怒りを飲み込んでしまうぐらいの怒りを伴った言葉を投げかけるのか、それとも友人の父の怒りとは真逆の、一切の波風が立たない湖面のような言葉を投げかけるのか私は迷っていた。

結局私は後者を選んだ。結果として、その場は事が収まった。

しかしながら、そうした理不尽な怒りにさらされた私の内側には、もやもやとした何かが残っていた。その後、二階に上がり、友人としばらく談笑をしていたが、自分の仕事に早く取り掛かりたいという思いから、予定どおりに友人の自宅を後にした。

友人の自宅を後にした私は、そこでもまだ内側にうごめく自分の攻撃性のやり場のなさについて考えを巡らせていた。そのような形で今朝は夢から覚めた。

目覚めると、すでに朝日が昇っており、昨日と同様に今日も良い天気となる予感がした。爽快な天気とは打って変わり、自分の内側にある憤りの正体、そしてその行き場のなさについて改めて考えざるをえなかった。2017/5/29

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