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488. 才能の「資質要因」と「環境要因」について


前回の記事では、卓越性研究に多大な貢献を残した五人の代表的な研究者の主張とそれらの分類について紹介したと思う。「資質要因」と「環境要因」という二つの単純な分類であるにもかかわらず、五人の研究者が重きを置く位置を把握することによって、自然と議論が整理されたのではないかと思う。

実は、「資質要因」と「環境要因」という二つの単純な分類項目は、卓越性に関する現象や思考の枠組み、そして才能開発に関する政策を整理することにも有益である。例えば、「神童(prodigy)」と呼ばれる存在(現象)については、どちらに分類されるだろうか?

神童とは、一般的な定義として、アンダース・エリクソンが提唱した「10,000時間の法則」に足るだけの実践量を積むことなく、幼い頃から優れた能力を発揮する人物を指す。例えば、ピアノにこれまで触れたことのない子供が、あるクラッシック音楽を聴いただけで、その曲を突然演奏し始めるというようなケースである。

これは明らかに、熟慮のある練習の成果でもなく、環境要因と言うよりも、持って生まれた天賦の才能と密接に関わっているため、資質要因に分類することができるだろう。それでは、以前紹介した「固定的マインドセット」と「成長志向型マインドセット」は、どちらに分類することができるだろうか?

固定的マインドセットとは、私たちの知性や能力は変化することなく、持って生まれた知性や能力に縛られている、という思考の枠組みを指す。そのため、この思考の枠組みは、資質要因に重点を置いたものであることがわかるだろう。

一方、成長志向型マインドセットとは、私たちの知性や能力は、学習や実践などを通じて成長していく、という思考の枠組みを指す。知性や能力が後天的な学習や実践によって成長していくという考え方は、明らかに環境要因に重きを置いていることがわかるだろう。

それでは、少し趣向を変えて、「早期才能選抜政策」はどちらに分類されるだろうか?これはどのような政策かと言うと、才能のある子供たちを早期に発掘して、その才能を伸ばしていこうとする政策である。これは分類に悩むかもしれない。

というのも、政策の実行初期の段階においては、資質要因に重点を置いており、政策の実行後期の段階においては、環境要因を重視する考え方を採用しているからである。具体的には、政策の初期の段階においては、知性や能力というものが遺伝的なものによって決定されるという考え方のもと、遺伝的に能力の秀でた子供を選抜しようとする意図が見える。

そして、政策の後期の段階においては、選抜された子供たちの才能を真に開花させるために、特殊な教育やトレーニングを施すという考え方のもと、環境要因を重視するアプローチを導入していることが伺える。このような理由から、「早期才能選抜政策」というのは、その政策の初期の段階においては、資質要因を重視し、後期の段階においては、環境要因を重視していることがわかるだろう。

それでは、アンダース・エリクソンが提唱した「エキスパートパフォーマンスアプローチ」は、どちらの要因を重視しているだろうか?エキスパートパフォーマンスアプローチとは、卓越性に関する研究は、卓越性を発揮する領域で実際に従事するタスクを標準化し、そのタスクを与えることによって、卓越性は再現性のあるものでなければならない、とするアプローチである。

例えば、100m走者の卓越性を研究する場合、実際に100mという現実に即した環境を設定し、そこで発揮されるパフォーマンスを測定することになる。これは当たり前といえば当たり前に思えるかもしれないが、例えば「学力」という能力を研究する場合には、現実に即したタスクが一体どのようなものかを特定することが難しいケースや、企業社会における「戦略思考能力」とは、一体どのようなタスクを通じて測定することができるのか、という難しい問題をはらんでいる。

エリクソンが提唱したこの研究手法を分類することは少し難しいかもしれないが、これは「環境要因」を重きに置いたものである。その理由は、アンダース・エリクソンの発達思想にある。

エリクソンは、卓越性とは仮に持って生まれた資質が影響を与えているとしても、熟慮ある実践によって、徐々に開花していくという考え方を強く持っている。そして何より、卓越性は、特定の領域で開花するということを強調しており、いくら才能があったとしても、特定領域における実践を積まなければ、その才能が卓越の境地に至ることはない、と考えているのである。

このように、エリクソンは、卓越性は熟慮ある実践によって徐々に花開いていく、という発達思想を持っているため、彼が提唱したエキスパートパフォーマンスアプローチも、その考え方を色濃く反映したものとなっているのだ。

それゆえに、このアプローチは、環境要因(特に熟慮ある実践)に重きを置いたものだと言える。上記で見てきたように、「資質要因」と「環境要因」という二つの分類は、卓越性に関する現象や思考の枠組み、さらには能力開発に関する実践や研究手法を整理することにも有益だということがわかる。

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