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253. 荷造り


二転三転あり、フローニンゲンでの生活拠点を街の中心部ではなく、より閑静な住宅地の方に変更した。フローニンゲンの街のシンボルであるマルティニ塔を眺めることのできるアパートの周りは、街の中心部ということもあり若干ガヤガヤしている。

様々な店が乱立するストリートの一角にそのアパートはあり、毎日人通りが多いだろうということを懸念して、その物件を選択することを辞めた。その代わりとして選んだ物件は、とても落ち着いた住宅地にある。

その住宅地はおそらく近年開発されたためであろうか、街の中心部に比べて非常に綺麗なのである。また、フローニンゲン大学まで歩いて通うことを想定した場合、通学途中に緑豊かな公園の中を突き抜けることができるのも決め手の一つとなった。やはり自分にとって自然という存在は、切っても切り離せないものなのだと実感する。

兎にも角にも静かな環境の中で、自分の仕事に打ち込みたいという強い思いがあったため、最終的に決定したこちらのアパートをとても気に入っている。

望むような場所にアパートを借りることができた幸運に感謝しつつ、いよいよ出発の最終準備を進めていく必要性を感じている。過去5年間、幾度となく引越しを繰り返してきたため、荷造りなどの物的準備はスムーズに進むと思っているが、心的準備の方は少しばかり難航している。

人間の発達もそうであるが、引越しに関しても、次に進むためには以前の状態を否定することをしなければならない、という共通点がありそうだ。人間としての器や能力の発達を例にとってみても、必ず過去の自分の器や能力を強烈なまでに否定しなければ、あるいは、否定するように迫られなければ、私たちの器や能力は発達しない。

それと同様に、愛着のある場所から離れるということにも否定が付きまとうのだ。今、私は数十年後をめどに日本に帰ってきた時に、東京に生活拠点など置くものかという否定的な感情が自分の中に渦巻いているのを確かに感じる。

こうした否定的な感情が芽生えてくることは、愛着のある場所から新天地へ移行する際の通過儀礼なのだろう。

それにしても、一方的に否定される過去の自分や東京の街はたまったものではないだろう。毎日天候が変化するのと同様に、「渡欧」という事象に対する私の意味づけ内容が日々変化するのを観察している。

絶えず変化する意味内容をどうにか心の箱の中にうまく荷造りしていく必要があるようだ。

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