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172. 読者の方から寄せられた質問事項(No.2):室積さんの問いかけの裏側


今回は、「本書では、室積さんは、山口さんの成長を支援するために、意識的に山口さんの発達段階にあった問いかけをしているのでしょうか?それとも、単純に発達理論を教えているに過ぎないのでしょうか?」という質問に返答させていただきたいと思います。

さて、上記の質問事項に対して、皆さんはどのように思われますか?本書の趣旨は、読者の皆さんに、ロバート・キーガンが提唱する構造的発達理論の理解を深めていただくことにありました。そのため、一見すると、室積さんは山口さんに発達理論を教えているだけに見えるかもしれません。

しかし、著者の観点からすると、室積さんは山口さんに、単純に発達理論を教えているわけではありません。質問の前半部分にあるように、室積さんは山口さんの成長を支援するための「対話」を行っているのです。

要するに、本書で展開されるやりとりは、一方的な知識の伝授ではなく、意識の構造的な発達を支援する「対話」であると考えています。

それでは、室積さんは、意識的に山口さんの発達段階にあった問いかけをしているのでしょうか?発達理論をもとにしたコーチングやメンタリングという臨床実践から得られた私の経験からすると、室積さんは無意識的かつ意識的に、山口さんの発達段階に応じた対話を行っていると考えられます。

まず、「無意識的に発達段階に応じた対話を行っている」というのはどういうことかを説明します。本書のp.225に記載されているように、私たちには、他者の発達段階を見極める直観力のようなものが備わっています。

実際には、そうした直観力のみならず、私たちには、無意識的に相手の発達段階に応じたコミュニケーションを図るような「調整力」も備わっていると考えています。例えば、赤ちゃんに接する時と友人に接する時を比較してみると、同じ問いかけが行われているでしょうか?

答えは明白で、両者は質的に異なったものであると思います。未だ言語を獲得していない赤ちゃんに対して、プラトンが垣間見た形而上学的世界に関する説明をしたところで、赤ちゃんは理解してくれないと思います。一方、友人に対して、「いないいないばあ」だけで接するというのもおかしな話です。

つまり、一般的に私たちは、直感的に他者の意識段階を把握し、他者の意識段階に応じたコミュニケーションをほぼ無意識的に行うことができます。ただし、近年、人口に膾炙し始めている「社会病質者(ソシオパス)」や「自閉症」を持っている方は、他者の意識段階に応じたコミュニケーションを無意識的に行うのは困難かと思われます。

こうした観点からすると、室積さんは山口さんの意識段階に合わせたコミュニケーションを無意識的に行っていた、という見方ができます。

それに加えて、室積さんは、山口さんの意識段階を考慮した意識的な言葉かけをしていたとも見ることができます。おそらく、室積さんを発達支援の専門家たらしめているのは、まさにこの点だと思います。

どういうことかというと、発達理論に関する室積さんの造詣は非常に深く、室積さんの頭の中には、各発達段階の特徴に関する詳細が格納されており、山口さんの現在の発達段階をそうした理論的な枠組みを通じて把握し、山口さんが次に到達するであろう段階の特徴を考慮した意識的な言葉かけを行っていたということです。

p.44に記載があるように、原則として、私たちは自分よりも上の意識段階を理解することはできません。自分よりも高次元の世界の絵を描くことができないというイメージです。発達支援者に求められるのは、相手が次に到達する世界の絵を詳細に伝えるのではなく、その一部、もしくは輪郭だけでも示してあげることにあります。

このアプローチを採用することによって、山口さんは、本来一人であれば、全く想像もつかないような次なる発達段階のイメージを持つことが可能になったと言えます。これが実現された背景には、室積さんが発達理論に関する豊富な知識を有しており、山口さんの現在の立ち位置と次なる段階の距離を的確に見極めていたことがあります。

そして、室積さんは、問いかけを通して、次の段階に到達して始めて開示される世界のイメージ図を意識的に山口さんに伝えていたと考えています。

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