【フローニンゲンからの便り】19183-19186:2026年8月31日(月)

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タイトル一覧
19183 | フローニンゲン出発の朝に静かに燃える気概の炎 |
19184 | 今朝方の夢 |
19185 | 今朝方の夢の振り返り |
19186 | フローニンゲンでの最後の時間と湧き上がる深い感謝の念 |
19183. フローニンゲン出発の朝に静かに燃える気概の炎
時刻は午前6時を迎えた。フローニンゲンの自宅で過ごす最後の夜を終え、フローニンゲンを出発する日を迎えた。この時間はまだ薄暗く、ようやく真っ暗闇が終わったぐらいである。闇を抜け、光の世界へ。今日もまた自分は自らの光の世界を生きていく。フローニンゲンで過ごした10年間は、闇と光の双方を存分に体験させてくれた。自己の深層にある深い闇と光を体験し、それらに目覚めたこと。それがこの土地での10年間の生活で得られた最大のものだったかもしれない。フローニンゲンでの目覚めを受けて、自分は明日、エディンバラに向けて出発する。今日は家のオーナーのペイトラさんと隣人のマークと午前10時半にペイトラさんの家で会い、コーヒーやお茶を片手にお別れの話をすることになっている。その後、家の最終チェックをペイトラさんと一緒に行い、午後1時に自宅を出発してスキポール空港に向かう。今日は空港近くのホテルに宿泊し、明日9/1にスキポール空港からエディンバラ空港に向けて旅立つ。
昨日は、フローニンゲンで過ごす最後の日だった。最後だからといって特別なことをするわけではなく、いつも通りの生活をした。それはとても自分らしい在り方である。この人生において何か特定の日が特別なのではなく、本来毎日が特別なのだ。1日1日を生かしてもらえていることが実は奇跡なのであり、恩寵的なことなのだ。強いて挙げるとすれば、昨日は友人の早田航さんにお声かけをして、1年3ヶ月ぶりの「成人発達コラボラジオ」を行った。前回の収録から今回にかけて、そして10年間のオランダでの生活を振り返る最良の機会となったし、オランダに来なければ航さんとの出会いもなかったであろうことを思うと、この土地に呼ばれ、良縁を結んだことに感慨深くなる。オランダおよびヨーロッパ大陸から汲み取らせてもらうことは全て汲み取らせてもらった。今度は新大陸の英国の地でしか深められないものを深め、深められたものを他者と社会に精一杯還元していく。そんな気概の炎が静かに燃えている。フローニンゲン:2026/8/31(月)06:14
19184. 今朝方の夢
フローニンゲンの自宅で見た最後の夢は、次のような内容だった。夢の中で私は、見慣れない教室にいた。そこには小中大学時代の女性友達が数人いて、中でも小中学校時代の女性友達の数が多かった。まず彼女たちと話をし、そこから大学時代のゼミの女性友達とも話をした。彼女たちと話をしていた内容は一貫しており、それは映像作品に関する好みだった。彼女たちに話を聞くと、意外な作品に関心を示していることが大変興味深く、彼女たちの作品選定に大いに興奮させられていた。その作品が好きな理由を聞いていこうとすると、夢の場面が静かにシフトした。
次に覚えているのは、フローニンゲンの今の自宅を舞台にした場面である。とても平穏な時間とエネルギーが流れる家の中で、1人自分は静かにこれまでの人生とこれからの人生について思いを巡らせていた。すると気づけば、自分は完全に今にとどまり、今を味わう存在と化していた。すると、言葉にならない感謝と愛の感情が芽生えてきて、しばらくそれに包まれていた。我に返ると、自分の深部からこれまでにない質感と量のエネルギーが湧き上がり、自己の存在がそれに満ち満ちていて、これまで味わったことのない多幸感を感じていた。フローニンゲン:2026/8/31(月)06:29
19185. 今朝方の夢の振り返り
フローニンゲンの自宅で見る最後の夢として、これほど象徴的な構造を持つ夢はなかったように思われる。夢全体は、過去の人間関係を辿る第一場面と、現在という一点に深く沈み込む第二場面から成り立っている。そしてその二つをつないでいるのは、おそらく「人生をどのような物語として見るか」という問いなのであろう。最初の舞台が見慣れない教室であったことは興味深い。教室とは通常、何かを学ぶ場所である。しかしそこに集まっていたのは現在の知人ではなく、小学校、中学校、大学という異なる時代を生きた女性友達であった。彼女たちは、自分の人生という長い映画の各章から呼び出された登場人物のようにも見える。特に小中学校時代の友人が多かったことから、この夢は近年形成された知的自己ではなく、より古く、まだ人生の方向性が定まる以前の自己へ遡っていた可能性がある。しかも会話のテーマが映像作品であった点が重要である。映画や映像とは、出来事そのものではなく、出来事を選び、切り取り、編集し、意味ある物語として提示する媒体である。したがって彼女たちが意外な作品を好んでいたことに自分が興奮していたのは、過去の人物たちが、自分の知らなかった別の物語を内側に持っていたことへの驚きを象徴しているのかもしれない。自分が知っていると思っていた人々にも無数の世界があり、自分自身の過去にもまた、まだ解釈されていない場面が眠っている。人生とは一本の完成した映画ではなく、見るたびに意味の変わる映像作品なのだということを、夢は示唆しているように思われる。そして、その作品を「なぜ好きなのか」と尋ねようとした瞬間、場面が静かに切り替わる。この転換は象徴的である。他者の物語を理解しようとする運動が、そのまま自分自身の存在の深部へと折り返していったのであろう。まるで映画館のスクリーンを眺めていた自分が、突然スクリーンそのものの内側へ入っていったかのようである。第二場面のフローニンゲンの自宅は、単なる住居ではなく、この10年間近くの人生を蓄積してきた「器」として現れているように思われる。その空間で過去と未来を考えていた自分が、やがて完全に「今」にとどまったことは、人生の大きな移行期における心理的な完結を意味しているのではないだろうか。過去を持ち運ぶことも、未来を先取りすることもせず、ただ現在だけが存在する。その瞬間、自分という存在は時間の川岸に立つ者ではなく、川そのものになっていたのかもしれない。そこから感謝と愛が生じ、多幸感へと変わっていったことも自然である。これは何かを獲得した喜びというより、存在していること自体から湧き出す充足に近いのであろう。長いフローニンゲン生活の最後に、外へ向かっていたエネルギーがいったんすべて内側へ戻り、深い井戸から地下水が突然あふれ出すように、生命力として噴き上がったのだと思われる。この夢は、フローニンゲンという人生の一章を閉じる「終幕」であると同時に、新しい章へ向かうための「充電」の夢なのかもしれない。過去の登場人物たちを静かに見送り、人生という映像作品を振り返ったのち、最後に残ったのは物語ではなく、ただ存在する自分であった。そしてその存在そのものが愛と感謝とエネルギーで満たされていたことは、次の土地へ持っていくべき最も重要なものが、荷物でも肩書でも記憶でもなく、この内側から湧き上がる生命の泉であることを象徴しているように思われる。フローニンゲン:2026/8/31(月)07:06
19186. フローニンゲンでの最後の時間と湧き上がる深い感謝の念
今、フローニンゲン中央駅に停車しているスキポール空港行きの列車の中にいる。出発まであと20分ほどある。こうしてこの列車にお世話になるのも今日が最後であり、これまで何度もスキポール空港直通のこの列車にお世話になってきた。この駅から幾たびもの旅を積み重ねて来たことを思うと、大変感慨深い。フローニンゲン中央駅は、今から10年前にこの町にやって来た時とは別の姿を見せており、美しく改築されている。残り少しの時間だが、窓からのフローニンゲンの町の景色を堪能したい。
時計の針を今日の午前中に巻き戻してみたい。流れゆく時間は本来巻き戻せないが、想像上の世界における時間は伸縮自在である。今日はいつものように午前5時ごろに起床し、普段と全く変わらず11種目のHIITを行い、冷水シャワーを浴びて一日をスタートさせた。そこからいつもの温かい飲み物を飲み、クラシックギターの練習をした。ここまでは完全に日々のルーチンと同じである。朝食後、荷物の最後の梱包をし、いらないものをゴミ捨て場に捨てに行った。午前10時半からオーナーのペイトラさんの家で隣人のマークと一緒に1時間ほど最後の会話を楽しんだ。ペイトラさんが作ってくれたダブルエスプレッソを堪能しながら、3人で人生に関する色々な会話をした。別れ際にペイトラさんから、今は亡きフレディさんとペイトラさんが一緒に写っている絵葉書と、自分が5年間住んだ家の絵葉書をプレゼントとしていただいた。それは一生涯の記念品になるだろう。ペイトラさんとマークとの話の中で印象に残っているのは、2人はオランダ以外の国で生活したことはなく、自分のように世界を股にかけて様々な場所で生活することの勇敢さを褒め称えてくれた。自分にとってそうした生き方は褒められるものでもなく、自分の内側の求めに応じて実現されているものに過ぎない。マークはちょうどパートナーシップや仕事上で大きな変化を経験し、今年の冬には南米諸国を数ヶ月かけて巡る旅を計画しているそうだ。その話を聞きながら、私たちの人生には改めて変化があり、トランジションがあることを思った。自分も今日こうしてフローニンゲンを旅立ったことは、人生における大きなトランジションである。このトランジションを自分はきっと最大限に活かすだろうし、これからの人生の最大の肥やしの一つになるだろう。素晴らしい人とのご縁に恵まれ、これ以上にないほどに濃い体験をさせてくれたこの町に深く感謝の想いを捧げる。自宅を離れる際に、5年間過ごさせてくれた家にお礼を述べた。間も無く列車が出発するタイミングに合わせて、フローニンゲンという思い出たっぷりのこの町にも深々とお礼を述べたい。スキポール空港に向かう列車の中:2026/8/31(月)13:36
Today’s Letter
I’m leaving Groningen for Schiphol Airport. I’m so grateful for everything this city has given me over the past 10 years. I’d like to remain in this deep sense of appreciation. citizenM Amsterdam Airport Schiphol, 8/31/2026



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