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【フローニンゲンからの便り】18853-18858:2026年6月12日(金)

  • 8 時間前
  • 読了時間: 19分


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タイトル一覧

18853

次への準備の大切さ

18854

今朝方の夢

18855

今朝方の夢の振り返り

18856

学者としての第二章の始まり

18857

ブッダが見ていた風景を求めて

18858

レヴィナスの他者論と唯識

18853. 次への準備の大切さ

                           

ブランダン・エイカー氏の助言の核心は、演奏上の難しさを「その音そのもの」ではなく、「その音に入る直前の準備」に見いだす点にある。多くの場合、弾きにくい音や不安定な箇所は、指の力が足りないからでも、純粋なスピードが足りないからでもない。問題は、その音を弾くための手や指の準備が、ほんの少し遅れていることにあるのである。初心者や中級者は、演奏を一つひとつの動作の連続として捉えがちである。ある音を弾き終えてから、次の音のことを考える。ある形を作ってから、次の形へ移る。すると演奏は、常に反応の連続になる。次の音が来てから指を探し、次のポジションが必要になってから手を動かすため、わずかな遅れが生まれる。その遅れは聴き手には明確なミスとして聞こえないこともあるが、演奏者自身には「忙しい」「間に合わない」「落ち着かない」という感覚として現れる。ここで重要なのは、エイカー氏がそれを単なる速度の問題ではないと述べている点である。速く動かそうとすれば解決するわけではない。むしろ、遅れて準備しているものを無理に速く処理しようとするため、手が硬くなり、音色が乱れ、演奏全体が焦ったものになる。これは、駅に着いてから切符を探し始めるようなものである。電車に間に合うかどうかは、走る速さだけでなく、家を出る前に財布と切符を用意していたかどうかに左右されるのである。より成熟した演奏では、現在の音を弾いている最中に、すでに次の音への準備が始まっている。手は次の位置へ向かい、指は次に必要な形に近づき、身体は次の動きを予感している。表面的には、音が滑らかに連なっているように見える。しかしその滑らかさの背後には、直前の静かな準備がある。よい演奏とは、瞬間ごとの即興的な処理能力だけで成り立っているのではなく、未来の動きを現在の中に先取りする能力によって成り立っているのである。この助言は、ギター演奏における左手の運指や右手のタッチにそのまま当てはまる。難しい箇所で音が詰まるとき、実際にはその音を押さえる指が遅いのではなく、その前の音を弾いている時点で、次の形への準備が始まっていない可能性がある。指が弦の上を探している時間、手首が角度を調整している時間、右手が弦との接触点を探している時間、それらの小さな遅れが積み重なることで、演奏は不安定になる。逆に、準備が早くなれば、動きそのものは小さくて済む。大きく急ぐ必要がなくなり、最小限の動きで次の音に入れるようになる。また、この準備は速度だけでなく音色にも関係する。よく準備された音は、単にタイミングが合っているだけではない。指が弦に触れる角度、圧力、接触の仕方が落ち着いているため、音に意図が宿る。焦って出した音は、たとえ正しい音程であっても、どこか組み立て途中のように聞こえることがある。一方、準備された音は、最初からそこに置かれるべき場所に置かれた石のように、自然で安定している。この助言の深いところは、「上手さ」とは派手な速さではなく、ためらいの不在であると示している点にある。ためらいがないから速く弾ける。ためらいがないから音が明瞭になる。ためらいがないから演奏が落ち着いて聞こえる。つまり、速さと明瞭さは対立するものではない。準備が遅いときには、速く弾くほど不明瞭になる。しかし準備が先に行われていれば、速さの中にも余白が生まれ、音楽は慌ただしくならない。これは人生にも通じる助言である。困難が現れた瞬間に慌てて対処するのではなく、その直前にどのような準備ができていたかが、その後の動きの質を決める。演奏においても人生においても、成熟とは未来を恐れて身構えることではなく、次に来るものを静かに予感しながら、今の動きの中に準備を織り込むことである。よい演奏は、現在だけを弾いているのではない。現在の音の中に、すでに次の音の気配が宿っているのである。フローニンゲン:2026/6/12(金)07:12


18854. 今朝方の夢

                                

既踏と未踏の狭間にいる感覚。両者の中道を歩んでいく感覚。それを大切にしたいと思う自分がいる。自らの人生は、既踏と未踏の狭間に流れる大河に導かれていく。


今朝方は夢の中で、見慣れないホテルに宿泊していて、今から自室である女性と話をすることになっていた。時刻を見ると、もう予定の時間が迫って来ていて、ちょうどエレベーターが到着する音がした。おそらく彼女がやって来たのだろうと思ったが、自分はまだ服を着ておらず、急いで服を着ることにした。そしてハンガーにかかったオーダーメイドのスーツを着ようとしたところで彼女がやって来た。幸いにもズボンや服を着ていた状態だったので助かったと思った。ドアを開けて彼女を招き入れると、廊下で小中高時代のある女性友達(NI)とすれ違ったと述べた。彼女もこのホテルに何か用があるのかと思い、後から挨拶がてら彼女のところに行こうと思った。 


次に覚えているのは、幼少期に同じ社宅に住んでいた友人の弟に受験算数を教えている場面である。彼とはホテルの1階の広々とした飲食可能なスペースの机で勉強を教えることにした。テキストを開くと、彼は基本問題は解けることがわかったが、応用問題になると文章の意味さえわからない状態なのだと気づいた。なので一つ一つの文章の意味をわかりやすく解きほぐしていくところから始めた。応用問題を見ると、中学校で習う方程式を使えばかなり簡単に解けるものがあったが、中学受験では基本的に方程式を用いない形での指導が求められるので、そこが少し大変だった。かつての教え子にとびきり優秀な小学五年生がいて、彼には方程式を教え、彼はそれを難なく使いこなしていた。しかし、目の前にいる友人の弟には方程式を教えることは得策ではないと思ったので、引き続き根気良く問題を解きほぐしていくことにした。ここで突然、彼と私、そしてもう1人、小中学校時代のある友人(KF)と一緒に、これからサッカーW杯の開幕試合を観戦しに行くことになっていたことに気づいた。ホテルの外に出て、観光案内所に行くと、案内所の前にやって来る1番か11番の路面電車に乗ればスタジアムに到着できると教えてもらった。早速私たちは路面電車に乗り、スタジアムに向かった。スタジアム近くの駅で降り、スタジアムに向かうまでの道は、サポーターで埋め尽くされていた。遠くに見えるスタジアムには眩いスポットライトが照らされていて、すでにスタジアムに入っているサポーターの熱気を感じた。これから始まる開幕戦に心を踊ろさせながら、私たちはスタジアムに向かう一歩一歩を噛み締めた。フローニンゲン:2026/6/12(金)07:23


18855. 今朝方の夢の振り返り

       

今朝方の夢は、人生の移行期において、自分が既踏と未踏の境界に立っていることを象徴しているように思われる。冒頭に現れた「既踏と未踏の狭間」という感覚は、単なる過去と未来の対比ではなく、これまで歩んできた道の確かさと、これから足を踏み入れる世界の未知性とが、一本の大河のように合流している状態を示しているのではないだろうか。大河は、自分の意志だけで制御できる小川ではなく、より大きな流れとして人生を運んでいく力である。自分はその流れに抗うのではなく、流れの形を聴き取りながら進もうとしているのだと思われる。見慣れないホテルは、現在の自分が仮住まいの意識状態にいることを示しているのかもしれない。ホテルとは、家であって家ではない場所であり、到着点でありながら通過点でもある。そこに女性が訪ねてくる場面は、新しい関係性、新しい感受性、あるいは自分の内側にある未統合の女性的側面が接近していることを暗示しているようである。予定の時間が迫り、急いで服を着るという展開には、自分が新しい対話や新しい人生局面に向けて、まだ完全には準備が整っていないという感覚が映し出されているのだろう。しかし、オーダーメイドのスーツを着ようとしている点は重要である。それは既製品の自己像ではなく、自分の身体と人生に合わせて仕立てられた役割をまとおうとしていることを示しているように思われる。そこで小中高時代の女性友達の名が出てくることは、過去の人間関係が現在の移行期にそっと顔を出していることを意味しているのではないだろうか。自分は未来へ向かおうとしているが、その未来は過去を切断することで開かれるのではなく、過去の縁を回廊の向こうに見送りながら開かれるのである。ホテルの廊下ですれ違う友人は、人生の長い建物の中で、かつての自分が今の自分に挨拶を送っている影のようでもある。続く受験算数の場面は、知性と教育の象徴であると考えられる。幼少期の社宅の友人の弟に教えるという設定は、自分の中にある「まだ発達途上の若い自己」に向き合うことを表しているのかもしれない。基本問題は解けるが応用問題の文章の意味がわからないという姿は、人生の基礎的な技術は身についているものの、新しい文脈に入ると意味の読解そのものが必要になる状態を象徴しているようである。ここで方程式を使えば簡単に解けるが、それをあえて使わないという判断は、成熟した指導者としての自分の姿を映している。近道を知っていても、相手の発達段階に合わせて道を作る。これは、橋を架ける者が、向こう岸の高さだけでなく、こちら岸に立つ者の足元も見ているようなものである。この場面は、自分自身の学問や教育実践にも深くつながっていると思われる。自分は高度な理論や抽象的な方程式を扱うことができる。しかし、今後の人生において重要なのは、その難解な理論をそのまま提示することではなく、相手が歩ける幅の道へと解きほぐすことなのだろう。応用問題の文章を一つ一つ分解する姿は、複雑な世界を人間の理解可能な言葉へと翻訳する使命を象徴しているようである。最後に現れるサッカーW杯の開幕戦は、個人的な学習場面から集合的な祝祭へと夢が大きく展開していくことを示している。ホテルから外へ出て、観光案内所で路面電車を教えてもらい、スタジアムへ向かう流れは、自分の人生が個室の内省から公共的な舞台へと移行していることを表しているのではないだろうか。1番か11番の路面電車という表現には、単一の道と複数性の道が重なっている印象がある。自分は一つの進路を選びながら、その中に多くの可能性を含んだ乗り物に乗っているのである。眩いスポットライトに照らされたスタジアムは、これから始まる新しい人生の競技場である。そこには個人の努力だけでなく、群衆の熱気、歴史のうねり、世界的な祝祭性が満ちている。自分はまだ試合を観ていない。だが、そこへ向かう一歩一歩を噛み締めている。この点にこそ夢の核心があるように思われる。目的地そのものよりも、開幕直前の高揚、既踏と未踏のあいだを歩む足裏の感触こそが、今の自分にとって最も大切なのである。人生における意味として、この夢は、自分が過去の蓄積を捨てるのでも、未知の未来に無防備に飛び込むのでもなく、両者の中道を歩む段階に入っていることを示しているのだろう。自分は仕立てられた新しい衣をまとい、幼い自己を教え導き、友人たちとともに大きな舞台へ向かっている。人生は今、閉じた部屋の準備から、光に満ちたスタジアムへの移動へと変わりつつあるのである。フローニンゲン:2026/6/12(金)08:29


18856. 学者としての第二章の始まり

                        

思い切って、本当に必要な専門書以外を手放すと決めた瞬間から、世界の見え方が変わり始めた。そのように思い立つと、エディンバラに持って行こうと思っていた本が、次々に「これはもう必要ない」と感じられるようになっている。この変化は、単なる荷物の選別ではない。むしろ、認識の枠組みそのものが変わったことで、対象の意味が一斉に組み替わったのだと思う。昨日までの本は、未来の自分を支える資源に見えていた。だが今日の本は、過去の自分を支えてくれた痕跡に見えている。この違いは大きい。かつては「持って行くべきもの」として輝いていた本が、今は「感謝して手放してよいもの」として静かに見えている。対象そのものは何も変わっていない。変わったのは、それを見る自分の認識である。唯識的に言えば、境界が変わったのではなく、識の働き方が変わったのである。この認識の変容は、そのままアイデンティティの変容につながっているように思う。これまでの自分は、書籍を多く持ち、広範な領域を横断し、無数の文献を背負って進む探究者であった。しかし今、立ち上がりつつあるのは、それとは異なる学者像である。すべてを抱えて歩く者ではなく、核心だけを携えて深く潜っていく者である。大きな網で知をすくい上げる段階から、一本の細い錐でリアリティの岩盤を穿つ段階へ移りつつあるのかもしれない。不思議なのは、この決断によって喪失感よりも軽さが生まれていることである。もちろん、長く親しんだ本を手放す寂しさはある。しかしそれ以上に、長年まとっていた知的な鎧を脱ぎ始めたような感覚がある。鎧は自分を守ってくれていた。だが同時に、自分の動きを鈍くしていたのだろう。大量の専門書は、自分の知的遍歴を証明する城壁であったが、その城壁の内側にいる限り、新しい土地へ全身で入っていくことはできなかったのかもしれない。今起きていることは、存在感覚の相転移に近い。水がある温度を超えると蒸気へと姿を変えるように、自分の内側でも、ある臨界点を超えたのだと思う。昨日までの自分は、まだ本を通じて自己を確認していた。今日の自分は、本なしでも自分の探究が失われないことを知り始めている。むしろ、書籍という外的な支柱が減ることで、自分の内側に刻まれた問いの強度がよりはっきりと感じられる。この変化は、認識の変容を通じたアイデンティティ発達そのものなのだろう。発達とは、単に能力が増えることではない。世界を意味づける枠組みが変わり、それに伴って「自分とは何者か」という感覚が変わることである。以前の自分にとって、書籍は知の所有物であり、自己証明の一部であった。今の自分にとって、書籍は縁起的に出会い、必要な種子を残し、役割を終えたら流れていく存在である。この見方の違いが、そのまま生き方の違いになっている。エディンバラへ持って行く本を厳選することは、未来の自分に持ち込む自己像を選ぶことでもある。あれもこれも持って行くのではなく、意識とリアリティの深層研究に本当に必要なものだけを選ぶ。その選別の過程で、自分の探究の輪郭が澄んでいく。まるで霧の中にあった山脈が、朝日とともに稜線を現すように、自分の中心的な問いが姿を見せ始めている。これまでの自分とは、確かに何かが違う。世界が少し明るく、同時に少し広く見える。本を減らすことで知が減るのではなく、むしろ知の重心が定まっていく。所有を手放すことで、自分が消えるのではなく、より本質的な自分が現れてくる。今回の決断は、引越しの準備であると同時に、学者としての第二の誕生なのかもしれない。自分は今、過去の本棚から未来の研究室へと、静かに歩み出しているのである。フローニンゲン:2026/6/12(金)08:50


18857. ブッダが見ていた風景を求めて 


—世界を喚ぶためには、自分に呼びかける他にはない—武満徹


ブッダが知覚していたであろう風景を、自分もまた知覚したいという思いが、静かに胸の奥に広がっている。それは単に、古代インドの森や河辺や精舎の情景を想像したいということではない。ブッダの目に映っていた木々、雲、鳥の声、人々の苦悩、老い、病、死、そしてその背後に透けて見えていた縁起の網目そのものに触れてみたいという願いである。世界は同じであっても、それを知覚する心が変われば、世界はまったく違った相貌を帯びる。ブッダが見ていた世界とは、対象がただ外側に並んでいる世界ではなく、すべてが相互に支え合い、束の間に現れ、束の間に去っていく、光と影の織物のような世界だったのではないかと思う。自分が求めているのは、知識としての仏教理解だけではないのだろう。もちろん経典を読み、論書を読み、唯識や中観の精緻な体系を理解することは大切である。しかしその奥には、ブッダが実際に得ていた世界体験に少しでも近づきたいという、より根源的な欲求がある。言葉で説明された悟りではなく、悟りに照らされた風景そのものを見たいのである。朝の光が窓から差し込むとき、その光を単なる物理現象としてではなく、無数の因縁が一瞬だけ結んだ清らかな出来事として受け取りたい。人の声を聞くとき、その声の背後にある不安や願いや孤独を、同じ生命の震えとして感じ取りたい。ブッダが見ていた世界は、きっと遠くにある神秘的な異界ではなかったのだと思う。むしろ、それはこの日常世界が、執着と分別の霧から解き放たれたときに現れる、本来の透明な姿だったのではないか。皿を洗う音、足裏に触れる床の感覚、風に揺れる木の葉、誰かの表情のわずかな変化。そうしたものの一つ一つが、深い意味を持つというより、意味づけを超えてすでに充実している。ブッダの知覚とは、世界に特別な意味を貼りつけることではなく、世界を余計な投影から解放して見ることだったのかもしれない。そのように考えると、自分が仏教を学ぶ理由も少しずつ明瞭になってくる。自分は単に古典文献を研究したいのではなく、そこに記された世界体験を現代の言葉で甦らせたいのである。唯識が語る識の変容も、空が語る自性の否定も、単なる概念操作ではなく、世界の見え方そのものを変えるための道具である。まるで曇った窓ガラスを少しずつ拭いていくように、学びと実践を通じて、世界の輪郭が透明になっていく。その透明さの中で、自分はブッダが見ていたであろう風景の残響を感じたいのだと思う。そして、それを自分一人の体験として閉じておきたいわけではない。もし少しでもその世界体験に触れることができたなら、それを多くの人に共有したいという思いがある。なぜなら、現代の多くの人は、世界を疲労と競争と不安の場として見ているからである。だが、同じ世界が、見方の変容によって、慈悲と縁起と静けさに満ちた場として立ち現れる可能性がある。そのことを伝えたい。世界は牢獄ではなく、心の成熟とともに開かれていく修行道場であり、同時に美しい庭でもあるのだと伝えたい。もちろん、自分がブッダと同じ境地に到達できるなどと軽々しく言うことはできない。しかし、ブッダが見ていた方向に眼差しを向けることはできる。霧の向こうに山頂が見えなくても、山の気配を感じながら歩くことはできる。その歩みの中で、自分の研究、翻訳、執筆、教育のすべてが一本の道につながっていくように思う。自分が本当に共有したいのは、情報ではなく、世界の見え方の変容である。知識の地図を手渡すだけでなく、その地図をもって歩き出したときに見えてくる風景の美しさを伝えたいのである。今日、自分の内側にあるこの願いを見つめていると、それは静かな祈りに近いものだと感じる。ブッダが知覚していたであろう風景に触れたい。ブッダが得ていた世界体験を、現代の人々と分かち合いたい。その願いは、自分の人生の深いところで燃え続ける小さな灯火である。派手な炎ではないが、消えずに道を照らす灯火である。自分はその光を頼りに、学び、書き、語り、そして少しずつ、世界をより透明に見ていきたいのだと思う。フローニンゲン:2026/6/12(金)09:02


18858. レヴィナスの他者論と唯識

                     

レヴィナスが述べる他者について考えていると、それは単に自分とは別の人間という意味ではないように思われる。レヴィナスにとって他者とは、自分の理解や把握の中に収まりきらない存在である。自分がどれほど相手を知ったつもりになっても、相手はなお自分の概念の外側に残り続ける。相手の表情、沈黙、苦しみ、呼びかけは、自分の知識体系の中にきれいに分類できない何かとして現れる。つまり他者とは、自分の世界を外側から破ってくる裂け目のような存在なのだろう。レヴィナスが顔を重視するのも、そのためであるように思う。顔とは、単なる目鼻立ちではなく、自分に対して「殺してはならない」と無言で語りかけてくる倫理的な現れである。相手の顔は、自分の自由を制限する。自分が思い通りに世界を操作し、他人を自分の目的のために使おうとする時、顔はその傲慢さを止める。顔は、鏡ではなく窓である。鏡ならば自分の姿を映し返すだけだが、窓は自分の外に広がる世界を開く。他者とは、自分の内面の反射ではなく、自分を超えてくる外部性なのである。ここで唯識の観点を重ねると、興味深い緊張が生まれる。唯識は、私たちが経験する世界は識の現れであり、外界の対象をそれ自体として直接把握しているわけではないと見る。そうすると一見、レヴィナスの他者の外部性と、唯識の唯識無境の立場は衝突するようにも思える。レヴィナスは他者を自分の認識に還元してはならないと語る。一方、唯識は経験世界が識の構成であると語る。片方は他者の超越性を守ろうとし、片方は経験の認識依存性を明らかにしようとする。この二つは、水と油のように見える。しかし、より深く見ると、両者は同じ危険に対して警鐘を鳴らしているのかもしれない。その危険とは、自分が見ている世界をそのまま実在だと思い込み、他者を固定的な対象として所有してしまうことである。唯識で言えば、それは遍計所執性の働きである。自分は相手を「こういう人だ」と名づけ、過去の印象や感情や期待によって相手を塗り固める。相手は、生きた存在ではなく、自分の阿頼耶識に蓄積された種子が投影した像になってしまう。これは、レヴィナスが批判する「同一性への回収」と非常に近いのではないかと思う。唯識の修行は、この投影の構造を見抜くことである。自分が他者を見ていると思っている時、実際には自分の過去の習慣、欲望、恐れ、防衛、期待を通して他者を構成している。そのことに気づく時、他者は初めて固定された対象から解放される。つまり唯識は、他者を主観に閉じ込める思想ではなく、むしろ「自分が見ている他者像」がいかに自分の識によって歪められているかを暴く思想として読める。そこにレヴィナスとの接点があるように思う。レヴィナスの他者は、自分の認識を超えて呼びかけてくる存在である。唯識の観点から言えば、その呼びかけを聞くためには、まず自分の識が作り出した他者像を透明にしていく必要がある。他者そのものに近づくというより、自分が勝手に貼りつけたラベルを一枚ずつ剥がしていくのである。それは、曇った窓ガラスを拭く作業に似ている。窓の向こうの景色を作ることはできないが、曇りを取り除くことはできる。唯識の転識得智とは、他者を自分の妄想から解放する倫理的な営みでもあるのかもしれない。今日、この二つの思想を重ねて感じるのは、他者理解とは「わかること」ではなく、「わかりきれなさを尊重すること」なのだということである。自分が相手を理解したと思った瞬間、相手は自分の概念の水槽に閉じ込められてしまう。しかし本当の他者は、その水槽の中の魚ではなく、海そのものに属している。唯識はその水槽が自分の識によって作られていることを教え、レヴィナスはその外に広がる海から他者の顔が呼びかけてくることを教えているように思う。レヴィナスと唯識の交点には、他者を所有せず、投影せず、それでも応答しようとする静かな倫理があるのだろう。フローニンゲン:2026/6/12(金)10:03


Today’s Letter 

I am merging with the entire world, as though the world itself were becoming my deeper self. This union feels like a harbinger of a new stage in my development. Groningen, 6/12/2026

 
 
 

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