【フローニンゲンからの便り】18809-18814:2026年6月5日(金)
- 6月7日
- 読了時間: 18分

⭐️心の成長について一緒に学び、心の成長の実現に向かって一緒に実践していくコミュニティ「加藤ゼミナール─ 大人のための探究と実践の週末大学院 ─」も毎週土曜日に開講しております。
タイトル一覧
18809 | 引越しの見積もりを受けて、書籍について思うこと |
18810 | 今朝方の夢 |
18811 | 今朝方の夢の振り返り |
18812 | 役目を終えた書籍たちとの別れ |
18813 | 静かな布施波羅蜜としての書物の手放し |
18814 | 1000冊以上の学術書を手放すことによるアイデンティティシフト |
18809. 引越しの見積もりを受けて、書籍について思うこと
昨日は引越しの見積もりを受け、不思議な時代の流れを感じた。10年前、日本からオランダへ渡ったときの引越費用はわずか9万円ほどだった。それが今回は、オランダからエディンバラへの引越しで100万円近い見積もりである。もちろん単純比較はできない。当時は段ボール9箱ほどの船便であり、今回は40-50箱近い荷物を抱えている。それでも数字だけを見ると、その差の大きさに思わず目を見張ってしまった。ブレグジット後の通関手続きの複雑化、国際物流費の上昇、そして何より歴史的な円安が、この金額を押し上げているのであろう。しかし冷静に考えてみると、この見積書は単なる請求書ではなく、自分に対する一つの問いかけのようにも思えた。「本当にこれだけのものを次の人生へ持っていく必要があるのか」という問いである。振り返れば、この10年近くで膨大な数の学術書を集めてきた。成人発達理論、唯識、仏教哲学、量子論、意識研究、心理学、教育学。どの本も、その時々の自分にとっては宝物だった。未知の世界への扉であり、孤独な探究を支えてくれた仲間でもあった。しかし、書棚を眺めながら気づくこともある。書籍には二種類あるのかもしれない。一つは、今なお頻繁に開き、自分の思考の一部になっている本である。もう一つは、かつての自分を育ててくれたが、その役目を終えて静かに眠っている本である。後者は、まるで登山の途中で使った杖のような存在なのだろう。険しい坂道では確かに必要だった。しかし山頂近くまで来たとき、その杖を握り続けることが必ずしも前進を助けるとは限らない。ときには手放すことで、両手が自由になることもある。仏教では布施とは単に物を与えることではなく、執着を緩める実践でもあると言われる。そう考えると、書籍の寄付は単なる整理整頓ではなく、自分の知識への執着を点検する機会なのかもしれない。もちろん、知識そのものを捨てるわけではない。本当に身についた知識は、本棚ではなく心の中に残っているはずだからである。むしろ、本を手放すことによって、その本が次の読者のもとへ旅立つ。かつて自分が先人たちの本に導かれたように、誰かがその本を手に取り、新たな探究を始めるかもしれない。そう考えると、書籍は所有物というよりも、一時的に預かっていた知のバトンのようにも思えてくる。今回の引越しは、単なる住居の移動ではないのだろう。オランダからエディンバラへの移動であると同時に、学び手から研究者へ、蓄積の時期から選択の時期への移行でもあるのかもしれない。大量の書籍を減らすという決断は、失うことではなく、本当に必要なものを見極めるための作業なのであろう。100万円という見積もりは小さくない出費である。しかしそれは同時に、自分に「何を持って次の人生へ向かうのか」を問い直させる、思いがけない教師でもあるように感じている。2026/6/5(金)06:21
18810. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、見慣れないコンサートホールの観客席にいた。すぐさま少人数のオーケストラがやって来て、演劇混じりの演奏を始めた。演奏者と俳優はもちろん別だったが、音楽と劇が見事にマッチしており、鑑賞していて楽しかった。するとステージ脇で何かトラブルが発生したようで、指揮者がその対応のためにステージから消えたが、なおも音楽と劇は即興的に進行していた。気がつくと演奏と劇は終わっていて、ステージ上には高校生か大学生ぐらいの若者が数名いて、講師のレクチャーを受けていた。するとそこに、知人のコーチが現れ、その方がそこにいた1人の男性の若者に、「君はつべこべ言わず、もっと本を読んで勉強しろ」と厳しい表情で、強い剣幕で述べた。それを言われた男の子は黙って縮こまっており、それを述べた知人はその一言を述べただけでその場を後にした。私はその知人の方に挨拶をしておこうと思って、名前を呼びかけ一言だけ言葉をかけた。その方の耳には届いていたように思うが、スッとホール脇の階段を降りていなくなった。残った私は、厳しいことを言われた男の子にフォローをしておこうと思った。知人の方が述べたことを文字通りに受け取るのではなく、励ましの意味があったことを彼に述べると、彼は少しホッとした表情を浮かべた。
次に覚えているのは、小中高時代のある友人(HO)が自分のために見知らぬ人の家に瞬間移動と透明人間になれる能力を発揮して、その家にある本物のピアノの鍵盤を3Dプリンターのようにコピーして、自分の家にあるキーボードと差し替えてくれた場面である。彼に合計3つもの特殊な能力があることに驚いたし、実際に彼がコピーしてくれたピアノの鍵盤は本物であり、触り心地がやはりキーボードと違った。最初は音がうまく出せなかったが、ペダルまでコピーをしてくれたので、それを踏むと、本物のピアノの音が聞こえ出し、大変興奮をした。彼曰く、他人のうちに行って、そこにある物をコピーして来ることは母親に禁じられているようだが、自分のためにしてくれた厚意に大変感謝した。
3つ目の夢の場面は、サンフランシスコ近郊の駅を舞台にしたものである。その駅の脇にはガソリンスタンドがあり、その近くに3つのATMがあった。私はまだ大学生で、大学の授業料をその3つのATMのうちの一番右から支払う必要があった。その他の場所でその他の支払い手段はなく、そのATMでしか授業料が納められない仕組みになっていたのである。そもそもそれはどこか変であり、何よりも面倒だと思った。というのも、その日に学費を納めることはできず、また後日わざわざサンフランシスコまでやって来て、用もないこの駅にやって来ないといけなかったからである。この支払いの説明について説明したのは小学校6年生の時の担任の先生だった。私は先生に、やはりこの支払い方法は面倒だし、おかしい、と抗議の意見を述べた。先生もそう思っているらしいが、大学側で決めたことなのでどうにもならないとのことだった。世の中には、こうした理不尽なことがたくさんあることに幾分苛立ちと諦めの念を持った。
最後に覚えている場面は、プロサッカーチームのセレクションに参加している場面である。そこではまずサッカーの技術の前に身体能力が測定された。コーチが1人1人の選手の背中の三箇所を触っていき、それに応じてどこまで体を柔軟に前に曲げられるかが試された。すると驚いたことに、自分は他の選手よりも群を抜いて柔軟性と可動域があることがわかったのである。しかもそれだけではなく、それぞれの箇所を押された時に脳がどのようなメッセージを発し、無意識にある身体制御感覚まで理解することができ、それらを言語化すると、コーチや監督は目を丸くして驚き、すごい逸材を発掘したと喜んでいた。フローニンゲン:2026/6/5(金)06:44
18811. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢は、自分の内側で「鑑賞者」「学習者」「演奏者」「身体を読む者」という複数の自己が、ひとつの舞台上で役割交代していることを示しているように思われる。見慣れないコンサートホールは、これから移行していく新しい人生環境の象徴であり、そこでは音楽と演劇が合わさる。これは、理論と実践、知性と表現、学問と人生劇が分離せず、ひとつの総合芸術として進み始めていることを暗示しているのではないだろうか。指揮者が途中で消えても演奏と劇が即興的に続く場面は、外的な統率者が不在になっても、自分の内的秩序がすでに自律的に動き始めていることを示しているようである。人生のオーケストラは、もはや誰かの指揮棒だけで鳴っているのではなく、各楽器が互いの呼吸を聞きながら進んでいるのである。その後に現れる若者への厳しい叱責は、自分の中にある未成熟な学習者への内的批判を象徴しているのかもしれない。知人のコーチは、外部の人物であると同時に、自分の内なる厳格な師でもあるように思われる。「もっと本を読んで勉強しろ」という言葉は、単なる叱責というより、学問的転身を前にした自分への警鐘である可能性がある。しかし自分は、その厳しさをそのまま放置せず、若者に対して励ましとして翻訳する。ここには重要な変化がある。自分は批判を受け取るだけの者ではなく、批判を育成的な言葉へ変換する媒介者になっているのである。硬い石をそのまま投げ返すのではなく、砕いて道標の砂利にするような働きである。次の場面でHOが瞬間移動、透明化、複製という三つの能力を使い、本物のピアノの鍵盤を自分のキーボードに移植してくれることは、幼少期からの友人像を通じて、自分の中に眠る創造的な補助力が働いていることを示しているように思われる。キーボードは機能的な代替物であり、ピアノは本物の質感と響きを持つ身体化された芸術である。つまり自分は、抽象的な学習やデジタルな再現から、より生身の響き、手触り、身体的実在感へと移行しようとしているのではないか。最初は音が出ないが、ペダルを踏むと本物の音が鳴る。ここには、自分の表現力が鍵盤だけでなく、足元の支え、すなわち無意識的な基盤と接続された時に初めて響き出すという示唆があるようである。サンフランシスコ近郊の駅とATMの場面は、学びの制度的通過儀礼を象徴しているように見える。大学の授業料を、奇妙に限定された一つのATMでしか支払えないという仕組みは、現実世界における制度、手続き、移住、出願、支払い、資格取得の不合理さを凝縮しているのではないだろうか。小学校時代の担任が説明者として現れる点も興味深い。高度な学問への入口に、初等教育の教師が立っている。これは、どれほど遠くへ進んでも、制度に従う生徒としての自分が残っていることを示しているようである。苛立ちと諦めは、成長の門番がしばしば理性ではなく手続きの姿をして現れることへの反応であろう。最後のサッカーのセレクションでは、身体能力の測定が、単なる柔軟性ではなく、脳と無意識の身体制御を読み解く能力へと変わる。ここで自分は、他者より優れた可動域を持つだけでなく、その内的メッセージを言語化できる。これは、自分の強みが身体、無意識、知性、言語を結びつける翻訳能力にあることを示しているように思われる。背中を押されるたびに身体が語り出す場面は、まるで閉じた本の背表紙に触れるだけで、その内容を読み取るようである。この夢全体が人生において示す意味は、自分がいま、外から評価される学習者から、内外の声を統合し、制度の理不尽を越え、身体化された知を言葉と表現へ変える創造的実践者へ移行しつつあるということである。学問も音楽も身体も、別々の部屋に置かれた道具ではなく、ひとつの舞台で響き合う楽器になり始めているのである。フローニンゲン:2026/6/5(金)07:46
18812. 役目を終えた書籍たちとの別れ
引っ越し費用の見積もりを受けて書籍を手放すことについて考えているうちに、ふと一冊の本は一本の映画に似ているのではないかと思った。映画を観終えたあと、その映画館の座席やスクリーンを持ち帰ることはできない。しかし、物語の余韻、登場人物の表情、心を揺らした場面、ある台詞が残した微かな振動は、確かに自分の内側に残っている。ならば本もまた同じである。読み終えた本の物質的な姿をいつまでも手元に置いておかなくても、その本と出会った経験は、すでに自分の心の奥に沈み込んでいるのである。これまで自分は、本を知識の容器として見ていたところがあったのかもしれない。棚に並んだ本は、いつでも戻れる知の港のように感じられた。けれども、港に船をすべて係留し続ければ、新しい船が入る余地はなくなる。長く親しんできた成人発達理論やケン・ウィルバーの本でさえ、読み終え、思索し、自分の人生に何らかの形で染み込んだのであれば、それらはすでに外側の紙面から内側の阿頼耶識へと移されているのではないだろうか。唯識的に言えば、読書とは情報の取得だけではなく、種子の熏習である。本を読むたびに、概念、感覚、問い、違和感、感動、反発、希望が阿頼耶識に刻まれていく。たとえ内容を一字一句思い出せなくても、その本を読んだことによって自分の見方はわずかに変わっている。ある書籍は思考の癖を変え、ある書籍は世界を見る角度を変え、ある書籍はまだ芽吹いていない問いの種を静かに植えている。そう考えると、本棚から消えることは、記憶から消えることとは違う。むしろ本は、物としての役割を終えたあと、自分の深層で別の形の生命を始めるのである。もちろん、すべての本を軽々しく手放せるわけではない。ある本には、かつての自分の切実さが挟まっている。ある本には、人生の転機に差し込んだ光が宿っている。そうした本を手放す時には、単なる整理整頓ではなく、小さな葬送に近い感覚がある。しかし葬送とは消滅ではなく、形を変えた継承である。紙の本は誰か別の人のもとへ渡り、自分の内側にはその本が残した種子が残る。外側では離別が起こり、内側では保存が起こる。一冊の書籍を一本の映画鑑賞と捉えるなら、読書の本質は所有ではなく経験である。映画館を出たあとに、観た映画が人生の一部になるように、本もまた読み終えた瞬間から、自分の思考や感受性の一部になる。重要なのは、本を棚に残すことではなく、その本によって自分の意識の地層がどう変わったかである。阿頼耶識とは、目に見えない本棚のようなものかもしれない。そこには背表紙はないが、無数の出会いが種子として眠っている。今回の引越しは、単に荷物を減らす作業ではなく、自分の知的遍歴を物質から記憶へ、所有から熏習へ、外部の本棚から内的な蔵識へ移し替える儀式なのだと思う。本を手放すことは、過去の自分を否定することではない。むしろ、過去の自分が十分に受け取ったものを信頼することである。読んだ本は消えない。それはすでに、自分の見る夢、書く文章、語る言葉、選ぶ道の中に、静かに形を変えて生き続けているのである。フローニンゲン:2026/6/5(金)08:32
18813. 静かな布施波羅蜜としての書物の手放し
改めて引越しの荷物を見直しながら、書籍を手放すことについて考えていた。当初は、引越費用を下げるための現実的な判断として始まった検討であった。しかし眺めているうちに、以前も考えていたようにこれは単なる節約や断捨離ではなく、仏教的に見れば一つの布施行なのではないかと思えてきた。六波羅蜜の最初に置かれているのは布施波羅蜜である。興味深いことに、菩薩道は智慧から始まるのではなく、布施から始まる。なぜなら、人は何かを与えることによって、自我の境界を少しずつ広げていくからである。自分のものだと思っていたものを他者へ差し出すとき、そこには所有への執着を緩める働きがある。特に書籍の寄付は、通常の物品の寄付とは少し性質が異なるように思う。衣類や家具を寄付することも尊い。しかし書籍の場合、自分が受け取った知識や学びの機会を、さらに次の人へ渡していくという側面がある。そこには単なる財施だけではなく、法施に近い意味合いが含まれているように感じる。考えてみれば、一冊の本との出会いによって人生が変わることがある。自分自身もそうであった。唯識の本に出会わなければ現在の研究テーマは存在しなかったかもしれない。成人発達理論の本に出会わなければ現在の仕事は存在しなかったかもしれない。カストラップやスメザムの著作に出会わなければ、意識研究への関心もこれほど深まらなかったであろう。つまり本とは紙の束ではなく、未来の可能性を内包した種子のようなものである。その種子を誰かに託すということは、自分の知的探究の成果を他者へ開放することでもある。さらに興味深いのは、布施の価値は与えた物の金額ではなく、手放し難さにあるという点である。使わなくなった不要品を処分するだけなら、そこに大きな修行性はない。しかし、愛着のある本、自分を支えてくれた本、苦労して集めた専門書を手放すことには、確かに心の抵抗が生じる。その抵抗こそが執着の姿なのだろう。まるで木が秋になると葉を落とすように、次の成長のためには古い葉を手放さなければならない。木は葉を失うことで弱るのではなく、むしろ冬を越える準備を整える。同じように、自分もまた研究者として次の段階へ向かうために、本という葉を落としているのかもしれない。唯識の立場から考えると、この布施は単なる物理的な移動では終わらない。寄付という行為は阿頼耶識に善なる種子を植える行為でもある。誰かがその本を読み、学び、成長し、その恩恵がさらに別の人へ伝わるならば、その縁起の連鎖は計り知れないものになる。自分の書棚に眠っているよりも、誰かの机の上で開かれる方が、その本の生命はより豊かに生きるとも言える。今回の引越しを前にして感じるのは、本を運ぶことと智慧を運ぶことは同じではないということである。本当に重要なのは、書棚の中にある文字ではなく、それらを通して培われた理解や洞察なのであろう。本は舟であり、智慧は対岸である。対岸に渡った後も舟を背負い続ける必要はないという仏典の譬喩が思い出される。そう考えると、大量の学術書を寄付することは単なる荷物整理ではなく、知のバトンを次の探究者へ渡す行為であり、執着を手放す修行であり、未来への種蒔きでもあるのだろう。もしそうであるならば、この引越しは単なる移住ではなく、一冊一冊を通して行う静かな布施波羅蜜の実践なのかもしれない。フローニンゲン:2026/6/5(金)08:46
18814. 1000冊以上の学術書を手放すことによるアイデンティティシフト
書籍を手放すことは、単なる断捨離ではなく、学者としての自分の深いアイデンティティが組み替わる出来事なのかもしれない。1000冊以上の学術書を手放すということは、物理的には本棚の縮小であるが、内面的には「学者とは何者か」という自己認識に大きな亀裂が入ることである。これまで自分の中には、学者とは書物を所有し、絶えず書物を読み、その蓄積によって自分の知的輪郭を形作る存在であるという感覚があったように思う。本棚に並ぶ膨大な書籍は、自分の探究の証拠であり、知的遍歴の地層であり、時に自分を励ます無言の証人でもあった。しかし今、その証人たちを大量に手放そうとしている。これは一見すると、学者としての自分を弱める行為のようにも見える。けれども、実際にはその逆なのかもしれない。書物を所有することによって学者であろうとする段階から、書物が自分の内側に残した問い、方法、感性、批判精神を生きる段階へと移行しているように思われる。言い換えれば、外側の本棚に支えられていた学者像から、内側の蔵識に刻まれた知の種子を信頼する学者像へと移りつつあるのである。これまでの自分にとって、書物は知の財産であると同時に、自己を守る城壁でもあったのだろう。これだけ読んできた、これだけ集めてきた、これだけ探究してきたという感覚は、自分の歩みを肯定してくれる。しかし城壁は守ってくれる一方で、外へ開かれることを妨げることもある。本を所有することへの満足は、ひょっとすると「知を自分のものにしたい」という微細な欲望とも結びついていたのかもしれない。そこには、知を体現することよりも、知を囲い込むことへの安心が混じっていた可能性がある。だが、大学という場に身を置くならば、知はそもそも個人が独占するものではない。図書館に行けば、そこには膨大な書物が公共の知として蓄えられている。自分が一人で所有しなくても、知はそこにある。しかも図書館の本は、自分だけの本ではなく、過去の読者、現在の研究者、未来の学生たちに開かれている。自分が所有していた本を手放すことは、知から離れることではなく、知を私有物として抱え込む態度から、公共的な知の循環へ入っていくことなのだろう。この変化は、学者像の次元を変えるものかもしれない。かつての学者像は、部屋の壁一面に書物を並べ、その中央で思索する姿に近かった。もちろん、その姿には深い美しさがある。しかしこれから立ち現れつつある学者像は、それとは少し異なる。書物を所有する人ではなく、書物によって変容し、変容した知を公共の場へ返していく人である。図書館、講義室、論文、対話、動画、日記、セミナー、そのすべてを通じて、知を自分の内部に閉じ込めるのではなく、他者が通れる橋へと変えていく存在である。本棚を失うことは、知的根拠を失うことではない。むしろ、自分がどれほど外的な物証に依存していたかを知る機会である。1000冊の本を持っているから学者なのではない。1000冊の本に触れ、それによって世界の見方が変わり、その変化を他者のための言葉へと編み直せるから学者なのである。本は薪のようなものかもしれない。いつまでも積み上げて眺めることもできるが、本来は火となり、熱となり、光となるためにある。読まれた書物は、自分の内側で燃え、思考の温度を上げ、誰かの暗がりを照らす言葉へ変わっていく。今回の引越しは、自分にとって、所有する学者から体現する学者への通過儀礼なのだと思う。書物を独り占めするのではなく、公共の知にアクセスし、それを受け取り、咀嚼し、また公共へ返していく。そこには、唯識的にも重要な転換があるように思う。対象を自分のものとして囲い込む末那識的な働きが少し緩み、知がより大きな縁起の流れとして見え始めているのである。これからの自分は、巨大な個人図書館を持つ学者ではなく、公共の知の川に身を浸し、その流れを自分の身体と言葉を通して再び流していく学者になっていくのかもしれない。本を手放すことで、知から遠ざかるのではない。むしろ、知を所有物から共有財へ、自己証明から公共的実践へ、蓄積から循環へと解放しているのである。この亀裂の向こうに、新しい学者としての自分が静かに立ち上がりつつある。フローニンゲン:2026/6/5(金)09:21
Today’s Letter
Donating more than 1,000 books allows me to free myself from attachment and to transform my identity as a scholar. It helps me become more open, flexible, and, most importantly, more fully myself. Groningen, 6/5/2026

コメント