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【エディンバラ大学からの便り】19441-19445:2026年10月26日(月)

6 日前
読了時間: 14分


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タイトル一覧

19441

今日の計画

19442

今朝方の夢

19443

今朝方の夢の振り返り

19444

中国・新羅の唯識思想から、日本の善珠の論理学へ(その1)

19445

中国・新羅の唯識思想から、日本の善珠の論理学へ(その2)


19441. 今日の計画


時刻は午前6時を迎えた。サマータイムが終了して最初の週を迎えたわけだが、今のところ1時間の時間調整で困ったことは生じていない。人によっては心身に影響が出るらしいが、自分は速やかに適応できたようである。ゆっくりと秋から冬に向かいつつあるエディンバラだが、今のところは厳しい寒さを感じておらず、最初の冬をどのように体験するのかに関心がある。情報によると、エディンバラの地形と海との関係性から、冬はそれほど気温は下がらないと聞いた。実際に、真冬に関してはフローニンゲンの方が気温が低いぐらいなので、意外と冬も過ごしやすいのではないかと思う。


今日の計画として、今日は午前9時から協働者の方との月例ミーティングがある。仕事はそれくらいであり、今日もまた学術研究に集中できるだろう。とりわけ今日は、神学・宗教学研究手法に関するコースの最終課題であるブックレビューを提出したいと思う。最後に念入りなレビューをし、そこで問題がないかを最終確認してから最終版として提出する。それは午前中に終えられるであろうから、そこからは来月の中旬に投稿予定の査読付き論文のドラフトをレビューしていく。今回が2回目のレビューであり、前回のレビューで読みづらい箇所を大幅に修正していった。そのおかげで今回の原稿は前回よりは読みやすくなっているだろうが、それでもまだ読者にとって理解しにくい表現もあるだろう。今回はそうした箇所を中心に修正していく。エディンバラ:2026/10/26(月)06:21


19442. 今朝方の夢

                    

今朝方は夢の中で、エディンバラに引っ越しを終え、大学院に初めて行く場面があった。実際には、引っ越しは学期が始まる1ヶ月前に終えていたので、家も整っていたし、すでに新しい環境に慣れ始めていた。大学院に到着すると、すぐさまプログラム長の女性の先生と遭遇した。その先生は日本人で、実は自分と同い年であったし、日本での卒業大学も同じだった。先生はそのことについて知っておらず、どこかのタイミングで先生はそれに気づくだろうと思っていると、ちょうど同じ大学出身のかつての語学の授業のクラスメートが数人いて、彼らと話をしている時に母校出身者しかわからない用語が出てきたので、それを聞いて先生は私が同胞であることを知った。そこから先生は、私に対してより一層親身にサポートしてくれ、引っ越しの手伝いをしてくれると述べた。さすがに先生に手伝わせるのは悪いと思ったが、先生はさらにゼミの生徒たちにも手伝ってもらうように伝えると述べ、話が大きくなりそうだったので、正直に引越しは随分と前に終えているから大丈夫だと伝えた。同時に、先生や生徒が自宅に来てくれるのであれば、そこで歓待ができると思った。


次に覚えているのは、見知らぬ男性とある一軒家の畳部屋で話をしていた場面である。話の途中で彼がバイセクシャルであることを告白し、そこからしばらく彼の話を聞いていると、自分の中にある両性具有性が活性化されたのか、自分もバイセクシャルの傾向があるように思えた。そこから彼との距離が縮まり、先ほどにはなかった別種の親密さで話を続けていると、今は亡き母方の祖母が異変に気づき、私たちの親密な関係性を壊そうとした。私たちはその瞬間に距離を取り、何もなかったかのようにして過ごすことにしたところ、彼が先に家からそっと出ていった。


もう一つ覚えているのは、音楽を楽しむための工夫を数人の見知らぬ人たちと話をしていた場面である。それぞれには好きな音楽のジャンルがあり、音楽を楽しむための工夫も人それぞれ違うのだということを改めて学び、お互いの好みを尊重することの大切さを改めて知らされた。その気づきをもとに、お互いの音楽的好みを尊重する統一のルールを作ることも視野に入れて、引き続き彼らと対話をしたいと思った。エディンバラ:2026/10/26(月)06:37


19443. 今朝方の夢の振り返り

                      

今朝方の夢は、エディンバラへの移住を単なる地理的な移動ではなく、自分が他者とどのような関係を結び、いかなる共同世界を築いていくのかという、内面的な引っ越しの物語として描いているのかもしれない。現実には引っ越しが完了しているにもかかわらず、夢が大学院への初登校から始まるのは、自分の生活環境は整っていても、精神的な意味での新生活はなお始まりの途上にあることを暗示しているのであろう。住居という器は完成していても、そこに迎え入れる人々との関係性は、これから育てられるのである。大学院のプログラム長が自分と同年齢で、同じ大学の出身者であったことは、権威と対等性の不思議な重なりを象徴しているのかもしれない。通常であれば指導する者と指導される者という垂直的な関係が、共通の出自によって水平的な関係へと変容するのである。母校特有の言葉がその事実を明らかにする場面は、言葉が過去と現在をつなぐ秘密の鍵として機能しているようである。自分は新しい世界で認められるために過去の自分を捨てる必要はなく、むしろ過去に培った経験が新たな人間関係を開く資源になることを感じ始めているのであろう。興味深いのは、先生から引っ越しの支援を申し出られながら、自分はすでに引っ越しを終えていると伝え、逆に自宅で歓待することを思いつく点である。これは、支援を受ける存在から、他者に何かを与える存在への転換を示しているのかもしれない。自分にとって新天地への適応とは、庇護されることだけではなく、自らも誰かの居場所になることなのであろう。続く畳部屋の場面では、夢の舞台が社会的な所属から、より親密で秘められた自己の領域へと移る。見知らぬ男性の告白によって自分の内なる両性具有性が活性化されるのは、現実の性的指向を確定するものというより、自分がこれまで明確に区別してきた自己の諸側面の境界が柔らかくなり始めていることの象徴かもしれない。畳部屋は心の奥に残された古い座敷であり、そこで自分は未知の可能性と静かに対話しているのであろう。しかし、亡き祖母の登場によって親密さは中断される。祖母は愛情深い記憶であると同時に、世代を超えて受け継がれてきた価値観や規範の象徴とも考えられる。自分の内面に芽生えた新しい可能性が、古くからの秩序と接触した瞬間、まだ十分に育っていない親密さは身を隠すのである。男性が静かに去ることは、その可能性が消滅したというより、再び迎え入れられる時を待っていることを示しているのかもしれない。最後の音楽の場面は、前の二場面を統合する重要な鍵であろう。自分は異なる音楽的嗜好を持つ人々と対話し、それぞれの違いを尊重しながら共通のルールを構想している。これは、異なる音色を消して一つの音にするのではなく、複数の旋律が共存できる和声を探す営みである。自分が求めているのは、同一性による結束でも、違いを隠すことで守られる平穏でもなく、差異を保ちながら成立する共同性なのかもしれない。夢全体は、同じ出自による承認、異なる自己との親密な遭遇、そして多様性を尊重する共同体の構想へと展開している。自分の内面的な引っ越しとは、既存の家に新しい自分を収めることではなく、異なる人々や自己の諸側面が安心して響き合える、より大きな家を心の中に建てることなのであろう。エディンバラ:2026/10/26(月)06:49 


19444. 中国・新羅の唯識思想から、日本の善珠の論理学へ(その1)

                        

ここ最近、エディンバラ大学の修士課程で取り組んでいるPGT Supervised Research Essayの研究が、随分と具体的になってきた。当初の関心は、日本の法相宗が中国や新羅の唯識思想からどのような影響を受けたのか、という比較的大きなものだった。特に、奈良時代の善珠や護命が中国・新羅の学説をどのように理解し、取り入れていたのかを調べたいと考えていた。善珠や護命の著作が収められた『大日本仏教全書』を手元に持っていること、そして自分自身が漢文を読めることも、この研究に取り組もうと思った理由の一つである。指導教員のアビゲイル・マクベイン博士からは、研究の中心となるpoint of tension、つまり具体的な対立点や解釈上の問題を明確にすることが重要だと助言を受けていた。最初はその意味を、十分に研究計画に反映できていなかったように思う。しかし、一次資料を読み進めるにつれて、次第にその重要性が分かってきた。調査を進めるうちに、とりわけ興味を引かれたのが、玄奘の「唯識比量」をめぐる論争だった。唯識比量とは、簡単にいえば、私たちが認識する色や形といった対象は、眼識から離れて存在するものではない、という唯識の立場を、仏教論理学の形式を用いて論証しようとするものである。しかし、ここには難しい問題がある。仏教論理学では、相手を説得するためには、議論の前提となる概念や理由が、論争する双方に認められていなければならない。これが「共比量」の重要な条件となる。ところが、唯識の立場そのものを認めていない相手に対して、「認識対象は識から離れていない」と証明しようとするとき、唯識派に特有の教義を論証の前提に使ってしまってよいのだろうか。この問題をめぐって、中国や新羅の学僧たちはさまざまな議論を展開した。今回、湯銘鈞(Tang Mingjun)の研究を精読したことによって、新羅の元暁が提出したとされる反論と、中国の文軌による批判、さらに元暁による応答の関係が明らかになってきた。興味深いことに、善珠の『因明論疏明燈抄』では、この反論を考案した人物として元暁を挙げ、その反論を唐に伝えた人物として順憬を挙げている。つまり、単純に「中国の法相思想が日本に伝わった」という話ではなく、中国、新羅、日本の学僧たちが、一つの論理的問題をめぐって、批判と応答を積み重ねていたのである。研究の方向性を大きく変えたのは、善珠の『因明論疏明燈抄』と『唯識分量決』を比較したことだった。両著作には、唯識比量に対して、大乗仏教自身が認める「本性相色」を反例として持ち出す議論が登場する。これは少し複雑な問題である。相手は、唯識派自身が認める対象を利用して、唯識比量の理由が十分ではないことを示そうとしている。いわば、相手の理論をその内部から批判する方法である。面白いのは、善珠の二つの著作が、この問題に対して異なる説明を提示していることである。『因明論疏明燈抄』では、「随転門」と「真実門」という二つの分類の枠組みが問題となる。ある対象を一方の枠組みで分類したときの性質と、もう一方の枠組みで説明したときの性質を、都合よく組み合わせて反例を作ることはできない、という方向で議論が進む。これに対して『唯識分量決』では、同じ反例の問題に対して、対象と認識の関係から応答している。たとえば、成所作智によって眼根が認識されることを手がかりに、認識対象が識から確実に離れているとはいえないことを論じる。そして、さらに別の反論に対しては、認識の相分が共通する本質の種子から生じるという説明を持ち出す。つまり、前者は主として「その対象は、そもそも反例として成立する条件を満たしているのか」を問題とし、後者は「その対象は、本当に識から離れているといえるのか」を問題としているように見える。この二つは、まったく異なる問題を扱っているのだろうか。それとも、一つの反例を異なる側面から退ける、相補的な説明なのだろうか。ここに、今回の研究の中心となる問いが見えてきた。エディンバラ:2026/10/26(月)12:42


19445. 中国・新羅の唯識思想から、日本の善珠の論理学へ(その2) 

                     

もう一つ重要な発見があった。善珠は『因明論疏明燈抄』の中で、「不離」という表現について、即體不離と定屬不離を明確に区別している。即體不離は、色の体が識であるという、より強い意味での不離である。それに対して定屬不離は、二つのものが体として同一でなくても、一定の関係において離れていないことを意味する。この違いは大きい。たとえば、あるものが別のものと因果的に結びついていることを示しても、それだけで両者がまったく同じ存在だと証明したことにはならない。同様に、ある対象が識によって認識されることを示しても、それだけで対象の存在が識と同一であるという、唯識の強い主張を証明できるとは限らない。善珠自身がこの区別を認識していたことは重要である。したがって、善珠は「不離」という言葉の異なる意味を無自覚に混同していた、と簡単に批判することはできない。むしろ、善珠はこの違いを理解したうえで、なぜ二つの著作において異なる論証方法を使用したのだろうか。そして、その二つの説明を組み合わせたとき、共比量としての論証はどこまで成立するのだろうか。この点を哲学的に検討することが、現在の研究の中心となっている。現在、二つの仮説を検討している。一つ目は、善珠の二つの説明は両立する、というものである。『因明論疏明燈抄』は反例の分類上の条件を問題とし、『唯識分量決』は反例に想定された分離の成立を問題とする。両者は異なる条件を検討しているため、必ずしも矛盾しない。これを仮にH1と呼んでいる。もう一つは、両者が局所的には両立するとしても、それだけでは唯識比量全体の成立を保証しない、というものである。こちらをH2として検討している。例えば、唯識派自身が認める教義を持ち出して相手の反論を退けることは可能かもしれない。しかし、それは、相手も認める前提から唯識の結論を積極的に証明することとは違う。ここには、反論を退けることと、自分の主張を証明することは同じではないという、論理学上の重要な問題が存在する。現在のところ、二つの著作の説明は局所的な反論への応答としては両立しうる、というH1の解釈が比較的有力だと考えている。ただし、H2が指摘する問題は残る。すなわち、二つの説明が矛盾していないとしても、それによって唯識比量が完全に成功したことになるわけではない。この区別が、今回の論文の主要な結論になりそうである。この研究を進める過程では、先行研究の重要性も改めて感じている。当初は、善珠が中国と新羅の学説を批判的に検討していたこと自体が、研究上の大きな発見になるかもしれないと思っていた。しかし、橘川智昭の研究を読むと、善珠が複数の学説を参照し、先行する学僧の引用や批判を原典に照らして再検討していたことは、すでに明らかにされている。また、Tangの研究を読むと、元暁と文軌をめぐる唯識比量の論争についても、すでに相当精密な分析が存在している。つまり、「日本の学僧は中国・新羅の学説を主体的に解釈していた」という一般的な主張だけでは、十分な研究上の貢献にはならない。今回の研究で重要なのは、善珠の具体的な論証の内部に入り込み、その説明が何を示し、何を示していないのかを明らかにすることなのだと思う。また、善珠が独自の議論を生み出したのか、それとも中国・新羅の先行する議論を整理して提示しているのかについても、慎重に区別しなければならない。思想的な創造性とは、必ずしもまったく新しい教説を生み出すことだけを意味しない。受け継いだ学説をどのように選び、組み合わせ、評価するのかという点にも、思想家の特徴は表れるのではないか。ただし、その特徴を善珠自身に帰属させるには、先行する注釈との比較が必要になる。こうして研究を進めた結果、現在の研究質問は次のようになった。“Can Zenju's two replies to the underlying-form counterexample be reconciled within a shared inference?”善珠の二つの著作における本質色をめぐる反例への応答は、共比量という条件のもとで両立しうるのか。かなり具体的な問いになったと思う。4,000語という限られたエッセイの中で、日本法相宗の思想史全体を論じることはできない。しかし、この一つの問題を丁寧に分析することを通じて、初期日本法相の学僧が、継承された中国・新羅の教学をどのように扱っていたのかについて、何か重要なことを明らかにできるかもしれない。現在は、師茂樹の『論理と歴史―東アジア仏教論理学の形成と展開』第2章をILLで申請しているところである。この資料を精読し、善珠の二著作における今回の比較が、どの程度まで先行研究で検討されているのかを最終確認したい。そこで新たな重要な議論が見つかれば、現在の仮説をさらに修正する必要があるかもしれない。それもまた研究の自然な過程なのだろう。振り返ってみると、当初の関心は中国・新羅から日本への思想的影響という、かなり大きな問題だった。それが今では、善珠の二つの著作における「不離」の意味と、唯識比量の論証構造という、ごく具体的な問題に絞り込まれている。一見すると、研究対象が随分と小さくなったようにも思える。しかし、むしろ対象を絞り込むことで、一つの原文が持つ哲学的な意味を、以前よりも深く検討できるようになってきた。何よりも、自分で漢文原典を読み、先行研究を吟味し、仮説を立て、その仮説を修正しながら研究を深めていく過程そのものが、今後の仏教研究にとって重要な経験になっている。今回のエッセイは小規模な研究ではあるが、将来的に良遍を中心とする日本法相唯識の研究を進めていくうえでも、思想史的な調査と哲学的な分析を結びつけるための、大切な基礎になりそうだ。エディンバラ:2026/10/26(月)16:13


Today’s Letter 

I’m so glad that a couple of my research projects are progressing smoothly. I now have a clearer sense of where to focus my research efforts. The quality of my research has improved significantly over the past ten years. Edinburgh, 10/26/2026

 
 
 

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