top of page

【エディンバラ大学からの便り】19295-19298:2026年9月25日(金)

12 分前
読了時間: 9分


⭐️心の成長について一緒に学び、心の成長の実現に向かって一緒に実践していくコミュニティ「加藤ゼミナール─ 大人のための探究と実践の週末大学院 ─」も毎週土曜日に開講しております。


タイトル一覧

19295

捗る課題文献の読解/ようやく荷物の受け取りを迎えて

19296

今朝方の夢

19297

今朝方の夢の振り返り

19298

H-Buddhismという仏教学専門のネットワーク


19295. 捗る課題文献の読解/ようやく荷物の受け取りを迎えて 

       

時刻はゆっくりと午前6時半を迎えようとしている。今日から4日間は大学に行く必要はないので、自宅でゆっくり休養が取れそうである。自宅にいる間に、来週以降の課題文献の読解を次々と進めておきたい。履修しているコースのうち、昨日の研究手法に関するものは文献課題はなく、ブックレビューだけが課題となっており、その分取得単位数も少なく10単位である。それ以外には20単位の2つのコースを履修しており、そちらの課題文献についてはすでに半分弱の週まで先々読み進めている。先々週はオリエンテーション・ウィークで色々とバタバタしており、今週もまた引き続きプログラムの仲間たちとの関係性構築や色々とやることがあったにも関わらず、時間をうまく作って課題文献を読み進めていた。この調子で読解を続けていくと、来週末までには12月初旬までの課題文献の全てに一度目を通すことができるのではないかと思う。このように、ざっと初読を済ませておくと、再読以降の理解力と知識吸収力が高まり、自分なりの考え方を深めて講義やセミナーに向けて準備をすることができる。エディンバラ大学に所属して有り難さを感じるのは、文献入手に関して、世界中の文献で手に入らないものがないと言えるぐらいのリソースがあることだ。しかもそれらを無料かつPDFで読めることはとても有り難い。自分は物理的な紙の本を好むが、全ての本を紙で入手して読むことは現実的ではなく、今後一生の唯識研究で本当に必要なものだけを選んで購入するようにしており、その他はPDFで読むことに切り替えている。文献以外にも当然ながらエディンバラ大学が持つ資源はたくさんがあるが、日頃有り難さを感じるのはその点である。独立の研究者の時には、オンラインデータベースのアクセスには制限があり、PDFのダウンロードも有料であった。確かに、留学生としてエディンバラ大学の大学院に通う学費は安くはないが、文献の入手の利便性だけを考えてみても、それでかなり元が取れる。


今日はようやくフローニンゲンから送ってもらった引越しの荷物を受け取る。当初の予定として、10日から14日と聞いていたのだが、蓋を開けてみると引き取りから1ヶ月ほどの時間を要した。急ぎではないものを段ボールに詰めていたとは言え、洋服や書籍が必要になってきたし、一本歯の下駄や文化箏が恋しくなり始めていた。引越し業者は午後3時から4時の間に来るとのことで、15分前に電話で連絡をくれることになっている。その前にアパートの受付に行って台車を借りてこようと思う。引越し荷物の受け取りを踏まえると、買い物は昼前に行っておくのが賢明だろう。エディンバラ:2026/9/25(金)06:32


19296. 今朝方の夢 

                         

今朝方は夢の中で、サッカー日本代表のある有名な選手と一緒に野球の大会に出場することになっていた。会場に到着してみると、野球ではなくソフトボールの大会に変更になっていたが、さほど違いはないと気にすることはなかった。いざ試合が始まる時に、その選手と自分のどちらが一番バッターを務めるかを話し合った。私たちはお互いを尊重していたので、冷静な話し合いができ、最初の試合では自分が一番バッターを務め、次の試合では自分が二番バッターを務めることにした。自分の脳内では、すでに次の試合のシミレーションが行われていて、彼が出塁したら、バントで送ろうということを考えていた。とにかくチームが勝利することを優先して、そうした行動を積極的に取ろうと思った。いざ試合が始まってみると、自分はヒットの数こそ少なく、10試合でわずか1本だった。一番バッターや二番バッターとして問題があるように思えたが、その代わりに10試合連続でホームランを打ち、記録を打ち立てていた。なぜホームランをそれだけの数打てるのかと尋ねられたところ、3歳の頃から父が会社のソフトボール大会でよくホームランを打っていたのを目撃しており、そこで父のバッティングのフォームや感覚をインストールするように務めていたからだと述べた。すると突然、自分は試合会場を後にする選手用のバスの中にいて、そのバスが細い山道を通ろうとするところにでくわした。その道は明らかにバスでは入ることができず、対向車とすれ違うスペースもなかった。にもかかわず、早速対向車がやってきて、その車とバスはその場で止まった。すると、運転手が不思議な能力を使い、バスの形を変形させ、小型化させることに成功した。その形と大きさであれば、バスは見事にその小道を通り抜けていくことができるだろうと思った。


もう一つ覚えているのは、大学時代のゼミの友人と見慣れないミーティングルームで話をしていた場面である。すでに私たちは大学を卒業して随分と経つが、彼はいまだに入試問題を難なく解くことができるらしく、それについて私は驚いていた。特に彼の言語・数学的能力は高度に開発され、それがずっと維持されているようだった。実際に彼が問題を解いているところを眺めると、本当に難なく問題を解いているようで、彼の涼しそうな表情がとても印象的だった。エディンバラ:2026/9/25(金)06:57


19297. 今朝方の夢の振り返り 

   

今朝方の夢全体には、自分が新しい環境の中で「どのように力を発揮するか」を再編している心理過程が表れているのかもしれない。サッカー選手と野球大会に出場し、さらにソフトボールへ変更されるという競技の横断は、自分が一つの専門性や役割に固定されず、異なる領域へ技能を持ち運ぼうとしていることを象徴しているように思われる。競技が変わっても動じない姿勢は、環境そのものよりも、自分の中に蓄積された能力を信頼し始めている状態を示しているのかもしれない。特に印象的なのは、一番打者を譲り合う場面である。ここでは、自分が他者との競争によって位置を獲得するのではなく、相互尊重の中で役割を調整しようとしているように見える。さらに、次の試合では相手をバントで送ろうと考えている。これは、自分が「自分が目立つこと」よりも「全体が前進すること」を重視する方向へ変化している可能性を示しているのだろう。個人競技者というより、盤面全体を眺める棋士のような意識である。ところが夢は、その自己認識を裏返す。自分はヒットをほとんど打てないと思っているのに、10試合連続でホームランを放っている。現実には矛盾した数字であるからこそ象徴的であり、自分が通常の尺度では自分の成果を過小評価しながら、実際には別の尺度で大きな成果を出しているという構造を表しているのかもしれない。自分では小さく確実に塁を進める役割を想定しているのに、無意識は「自分には局面そのものを変えてしまう打球もある」と告げているようである。その力の源として父親のフォームが登場する点も重要である。3歳から父親の動きを「インストールした」という表現は、自分の能力の一部が意識的努力だけではなく、長年身体に染み込んだ観察、模倣、家族から受け取った感覚によって形成されてきた可能性を示している。父親はここでは人物そのものというより、自分の内部に埋め込まれた古いOSのような存在なのかもしれない。後半のバスは、さらに現在の自分の進み方を象徴しているように見える。大きなバスでは細い山道を通れないが、運転手は車体そのものを小さくする。これは、困難を力で押し通すのではなく、自分の形を変えることで突破する知性を示しているのかもしれない。人生の道幅が狭くなったとき、必要なのはより大きな力ではなく、より柔軟な形なのである。大学時代の友人が涼しい顔で難問を解く最後の場面は、その柔軟性とは対照的に「失ってはいけない基礎能力」を示している可能性がある。自分は新しい領域へ変形しながら進んでいる一方で、長期間維持された言語的・数学的能力のような、静かで強固な知性にも惹かれているのであろう。夢全体は、自分に対して「変形せよ、しかし芯まで失うな」と語る一本の山道のようにも思われる。エディンバラ:2026/9/25(金)07:09


19298. H-Buddhismという仏教学専門のネットワーク

                               

昨日、H-Net(Humanities & Social Sciences Online)について調べていた。これまで名前は目にしたことがあったものの、ResearchGateやAcademia.eduのような研究者向けSNSの一種だと思っていた。しかし実際には、H-Netは人文学・社会科学の研究者のための学術情報ネットワークであり、研究者同士がプロフィールを見せ合う場というより、専門分野ごとの情報を継続的に受け取るためのインフラに近いようである。自分にとって特に重要なのは、H-Buddhismという仏教学専門のネットワークである。ここでは仏教哲学、インド仏教、日本仏教、東アジア仏教、仏教史など、かなり広い範囲の情報が扱われている。自分はこれから日本法相宗や唯識を中心に研究を進めていくことになるため、このような専門ネットワークに早い段階から接続しておく意味は大きいと感じた。特に興味深かったのは、H-Netの価値が論文検索そのものよりも、学術情報の流通、つまり学界の情報循環の中に自分を置くことにあるという点である。研究発表の募集、国際学会、研究会、研究助成、博士研究員の公募、大学教員公募、新刊、書評などの情報は、自分から毎回探しに行こうとするとかなり手間がかかる。しかし、こうしたネットワークに登録しておけば、必要な情報の一部が自然と視界に入ってくるようになる。研究生活では、知識そのものだけでなく、どこで何が起きているのかを知る情報感度もかなり重要なのであろう。また、H-Netの求人案内も興味深い。もちろん、修士課程に入ったばかりの今すぐ仕事を探すわけではないが、将来的にどのような仏教学の職があり、どのような専門性、語学力、教育経験が求められているのかを見ておくことには意味がある。これは、未来の求人を見るというより、未来の自分に必要な能力を逆算するための鏡として使えそうである。一方で、H-Netに登録しただけで人脈が急激に広がるわけではない。むしろ、研究者として学界の情報の流れから取り残されないための静かなアンテナのような存在なのだと思う。派手さはないが、長期的にはこうした仕組みの方が研究生活を支えてくれるのかもしれない。これから博士課程、学会発表、査読論文へと進んでいくのであれば、H-Buddhismには早めに登録しておいてよさそうである。自分にとってH-Netは、単なるウェブサイトというより、仏教学という国際的な研究共同体へ少しずつ接続していくための細い水路のようなものなのだろう。エディンバラ:2026/9/25(金)07:30


Today’s Letter 

The last few weeks have been quite hectic, but finally a peaceful weekend has arrived. From next week, I should feel more grounded and be able to focus more fully on my studies. Edinburgh, 9/25/2026 

 
 
 

コメント


bottom of page