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【エディンバラ大学からの便り】19254-19258:2026年9月17日(木)

1 日前
読了時間: 11分


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タイトル一覧

19254

オリエンテーション・ウィークの佳境を迎えて

19255

今朝方の夢

19256

今朝方の夢の振り返り

19257

コホート・メンバー全員と顔合わせをして

19258

博士課程の進学先について:継続して英国に留まりたい思い


19254. オリエンテーション・ウィークの佳境を迎えて  

                                 

時刻はゆっくりと午前6時に近づいている。今日は朝の9時半からのセッションに参加するために、自宅を8時40分に出発しようと思う。前回自宅から神学部のあるニュー・カレッジまで歩いて35分ぐらいであることがわかったので、それぐらいに自宅を出発すれば余裕を持って到着できるだろう。今日は午前中は晴れのようだが、午後からは小雨が降るかもしれないようなので、先日購入した暴風耐性のある折り畳み傘を持って行こうと思う。


オリエンテーション・ウィークもいよいよ佳境を迎えており、いよいよ来週から本格的にコースの授業が始まる。エディンバラ大学のカリキュラムの構成は大変興味深く、レクチャーの部とセミナーの部に分かれていて、最初にレクチャーを行い、休憩を挟んでセミナーをする場合もあれば、セミナーを別の日に分ける場合もある。予習やレクチャーでインプットしたことを、教授と生徒がよりインタラクティブに対話を重ねていくのがセミナーの役割で、これは自分が週末行っているゼミナールと形式は近いと言えるだろう。これまで日本、アメリカ、オランダで教育を受けてきたが、英国での教育は初めてなので、固有の教育文化とシステムに触れることが今から楽しみである。今日のオリンテーションの最初のセッションは、図書館の使い方についてである。昨日メインの図書館で本を5冊ほど借りたが、これはそこに返却しなければいけないのか、神学部の図書館に返却できるのかを確認しておきたい。そのセッションの後に、大学院レベルでの研究についてのセッションがある。ここではどうやらエディンバラ大学の神学部の研究文化について触れられ、研究の際に留意することなどが説明されるようだ。午後からは神学部の中にある各種のプログラムごとに分かれてセッションが行われる予定で、ここでプログラム長のポール・フラー博士(これまで「フュラー」と発音していたが、別の教授が同じ姓を持っており、正しくは「フラー」と発音することを昨日知った)とエディンバラに到着して初めて顔を合わせ、全てのコホートメンバーとも顔合わせをする。今日のメインのセッションはこれだと言えるだろう。このセッションが終わると、最後の締めとして、博士課程の進学を検討している学生向けのセッションが行われる予定で、これに参加して帰ってこようと思う。エディンバラ:2026/9/17(木)06:02


19255. 今朝方の夢  

       

今朝方は夢の中で、デロイト時代のある上司と話をしていた。オフィスが新しくなったのか、自分にとっては見慣れない感覚があったが、自分はそこですでに5年間働いているようだった。上司曰く、自分は昇格試験を受けるべきで、それに向けて入念な準備をした方がいいとのことだった。その試験にはまず筆記試験があるとのことだったが、一風変わった問題として、音楽理論に関する問題が出題されるとのことだった。その他には、一般的な数理能力や国語力を試すような問題が出題されると教えてくれた。どのような問題であっても、自分は特段対策をする必要はないように思えたし、そもそも自分は昇格を望んでおらず、来年で退職する予定だとも上司に伝えた。上司はそれを少し残念に思ったようだったが、自分が新しい道を歩くことを応援してくれているようだった。すると気づけば、数人でのミーティング用の個室にいた。そこで同じ部署のパートナーと別のオフィスの女性のパートナーと3人で話をしていた。とりわけその女性のパートナーはまだ年齢が若く、彼女がどうやって昇進を速やかに果たしていったのか前々から気になっていた。話の中で、彼女は16年間の中で1日も休むことなく働いていたことを述べ、隣にいたパートナーと私はそのことを知って驚いた。それだけハードワークをし続けたことが、彼女の能力を高め、そして成果を出すことにつながっていたのだと思った。しかし同時に、自分はそのような働き方はできず、昇格していくことよりも、人生の質を大切にしたいと改めて思った。エディンバラ:2026/9/17(木)06:24


19256. 今朝方の夢の振り返り

                           

今朝方の夢は、自分の人生における「成功」の定義が、静かに書き換えられていることを象徴しているのかもしれない。まず印象的なのは、かつて実際に働いていたデロイトのオフィスが、見慣れない新しい場所として現れながら、自分はそこで既に5年間働いているという設定である。これは過去への単純な回帰ではなく、かつて身につけた職業的能力や価値観が、現在の自分の内側で別の形に再編成されていることを示しているように思われる。昔の会社が改装されたというより、自分という建物の中に残っていた「仕事の階」が改装されているような夢である。そこで勧められる昇格試験は、社会的成功への最後の招待状のようでもある。しかし興味深いのは、試験内容に音楽理論が含まれていることである。数理能力や国語力だけなら、かつての職業世界の延長線上にある。しかし音楽が入り込むことで、試験そのものが別の意味を帯びてくる。現在の自分に求められているのは、論理的に正しく答える能力だけではなく、異なる音を調和させ、一つの響きを作る能力なのかもしれない。研究、思想、教育、音楽といった複数の活動を、別々の科目として処理するのではなく、一つの人生という楽曲へ編曲する段階に入っているとも考えられる。しかも自分は、その試験に受かる自信がありながら、昇格そのものを望んでいない。ここには重要な変化が表れているように思う。以前なら能力を証明することと、その先の地位へ進むことは一本の線で結ばれていたかもしれない。しかし今の自分にとって、「できること」と「やりたいこと」は別なのである。登れる梯子だからといって、登り続ける必要はないという感覚が形成されつつあるのだろう。後半に現れる若い女性パートナーは、その対極を体現する人物なのかもしれない。16年間一日も休まず働いたという話は、成功のために人生全体を燃料として炉に投入する生き方の極端な象徴にも見える。それによって能力と成果が生まれたことを自分は認めている。つまり夢は努力そのものを否定しているわけではない。しかし同時に、その代償も見ているのである。この夢で問われているのは、「どこまで高く登れるか」ではなく、「どの山を登るのか」なのかもしれない。かつての山頂へ続く道はまだ開かれており、自分には登る力も残されている。しかし自分はそこで踵を返し、別の山へ向かおうとしている。その選択は敗北ではなく、成功という他人から渡された地図を折り畳み、自分自身の地図を描き始めることを象徴しているように思われる。エディンバラ:2026/9/17(木)07:06


19257. コホート・メンバー全員と顔合わせをして 

 

夕食を摂り終え、穏やかな気持ちの中、今日の最後のオリエンテーション・イベントを振り返っている。端的には、今週一週間の中で最も実りが多く、充実したものだった。どこから振り返ればいいのか迷うところだが、大事な部分だけを書き留めておこう。今日の午後に行われたそれぞれの個別プログラムに特化した説明会、これが一番実り多いものだった。エディンバラに到着して初めて、プログラムディレクターのポール・フラー博士と会い、そして他のコホート・メンバーの全員と顔を合わせた。すでにジェス、イーサン、キエランとは数日前に知り合っていたので、初めて顔を合わせたのはガブリエルというオーストラリアからの留学生である。彼と自分だけが仏教プログラムの留学生で、もう1人ラーカという学生がいる予定で、名前からしてインド人かと思っていたが、今日も顔を見せなかったところを見ると、彼ないしは彼女はプログラムに参加するのを辞退したのだろう。いずれにせよ、この顔ぶれからわかるように、英語が非ネイティブなのは自分だけというチャレンジングでもあり、有り難い環境に身を置くことになった。

仏教プログラムのメンバーだけで行われたセッションでは、それぞれの簡単な自己紹介があり、それぞれの背景と研究の関心領域を理解することができて、とても有益だった。イーサンはパーリ語への関心と上座仏教への関心があり、ジェスは仏教の各種実践的な側面に関心があり、キエランはサンスクリット語とチベット語に特化して科目を履修するつもりだと述べていた。そして、ガブリエルはなんと、日本仏教に関心があると述べたのである!これは自分にとって青天の霹靂のような発言で、とても嬉しく思った。自分と同じように、まさか日本仏教を学びにわざわざエディンバラ大学にやって来る人がいると知って、同志だと思った。実際に彼とはすぐさま意気投合し、さらに詳しく話を聞いてみると、鈴木大拙の哲学に関心があるらしく、それと同時に京都学派への関心もあるとのことだった。何やら学士号の段階で日本仏教とハイデガー思想と関連して環境哲学を学んでいたらしく、エディンバラでの修士論文のトピックは日本仏教に寄せるか、それとも環境哲学に寄せるか迷っているとのことである。偶然にも帰り道も同じ方向だったので、別れるまでずっとお互いの研究と日本仏教について白熱した意見交換をしていた。彼とは少なくとも来学期の仏教哲学の授業を一緒に履修することになっている。ここから彼を含め、他のメンバーとお互いをもっと知り、お互いに啓蒙し合う関係になれば幸いである。エディンバラ:2026/9/17(木)18:55 


19258. 博士課程の進学先について:継続して英国に留まりたい思い

                              

入浴前にもう一つ書き留めておきたいことがある。それはちょうど昨夜、突然にして博士課程の進学先は英国の大学だけにしようと思ったことと関係している。来年の冬に、いくつかの英国と米国の博士課程に出願しようと思っていた。しかし、米国の博士課程は短くても5年で、自分の博士論文の執筆に専念することができるのは4年目ぐらいからで、最初の3年間はコースワークがあったり、ティーチングの義務があったりする。確かにティーチングに関しては良い経験になると思うが、自分は自らの研究だけにまずは専念し、正式に博士号を取得して、大学でポジションを得たらティーチングをしたいという考えが強くなっていた。それを鑑みると、コースワークもティーチングの義務も基本的はない、英国の3年間の博士課程が大変魅力的に思えたのである。そして、エディンバラに来てまだ僅か2週間だが、スコットランドを含め、英国にもっと長く滞在して、この国の文化をもっと深く味わい、もっと深く知りたいと思うようになっている。イギリス英語に適応することそのものも、自分の言語脳を刺激する上で大変良い挑戦になっている。数日前の日記で記した通り、同じクラシック音楽でも違うジャンルのクラシック音楽を聴くかのように音の質感が違うので楽しい。話を戻すと、英国の大学で仏教研究をできるのはエディンバラを含め、もう少しあるので、4から5校に絞って出願を検討したい。このままエディンバラに残ることができたら、それはそれで嬉しいし、英国のその他の大学院に行くことになったとしても、また違う環境で研究を進めることができて有り難い。米国の大学のポジションは、ポスドクで得るか、あるいはポスドク以降が良いように思えている。そんなことを昨夜考え、今朝方大学に向かう最中も歩きながら考えていた。そうしたことを考えていたこともあって、今日の夕方の博士課程の出願に向けたセッションもまた非常に有益だった。アレックス・チョー博士から博士課程の出願に向けたノウハウの共有があり、そこから3人の現役博士課程の学生の話を聞くことができた。セッション後、そのうちの1人のアメリカ人の学生に追加で色々と質問をしたところ、親切に色々と答えてくれた。博士課程の出願前に論文の出版経験があると、大抵の出願者はそれがないので大きなアドバンテージになると教えてくれた。そして合格難易度についての話が目から鱗だった。英国では、エディンバラのようなトップスクールであっても博士課程に入る難易度は、アメリカのトップスクールほどは難しくないらしい。それはアメリカのトップスクールでは、必ず授業料全額免除と生活給付金がセットになっているためである。一方、英国の場合、自腹で全てを払う学生も結構な数いるらしく、50%の授業料免除(博士課程では授業はないので、厳密には大学利用料金を含めた広義の学費)、100%の授業料免除、100%の授業料免除と生活給付金の支給という三つのタイプがあるらしく、後者2つを得るのが相当に難しいとその学生が教えてくた。英国の大学はどこでも、留学生の学費の金額がべらぼうに高いが、3年間の学費であれば、仮に50%でも免除になれば、十分に英国で博士課程を修了できそうだと思った。今のところは、英国の大学院に限って出願する方向で進めていこうと思う。エディンバラ:2026/9/17(木)19:17


Today’s Letter 

Finally, I met all the members of my cohort in the programme. They are all very interesting and have different backgrounds and academic interests, which I find intellectually stimulating. I’m really looking forward to studying with them over the coming year. Edinburgh, 9/17/2026

 
 
 

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