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9138-9141: フローニンゲンからの便り 2022年9月19日(月)



No.3999 夕方の曼陀羅_A Mandala of Evening


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.1836, A Voice of Morning Wind

A voice of morning wind is very soft.

It soothes all of us.

Each soul flies on the voice.

Groningen; 08:20, 9/19/2022

No.1837, A Rainbow Magnetic Field

A rainbow magnetic field appears.

It attracts everything.

Everything comes up from it.

Groningen; 19:30, 9/19/2022


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(3つ)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の3曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

9138. 今朝方の夢/死者の眼差しを持つこと

9139. 神学大学院への出願に向けて/今朝方の夢の続き

9140. 音声ファイルの作成を通じた学び/ボディスキーマについて

9141. 音の世界への没入を通じた治癒/着実に進む神学大学院への出願準備


9138. 今朝方の夢/死者の眼差しを持つこと


時刻は午前6時を迎えた。今、真っ暗な世界の中を小雨が降っている。ここ最近はもう日の出も遅くなり、日没は早くなった。来月末からサマータイムが終わりを迎え、そこからはもっと太陽の姿を拝める時間が減るだろう。


今朝方は大きく分けると2つの夢を見ていた。それらの夢の振り返りからまず行おう。夢の中で私は、ある講演会場にいた。そこは段差があって、ステージ上を見下ろすような作りになっていた。ステージの方を見ると、そこには大学時代のゼミの友人が3人いた。どうやら彼らが今から講師となって何かを説明するらしかった。彼らはスリーピースのスーツを着用していて、とても決まって見えた。会場は満員であり、これから始まる講演に期待が高まっているのを肌で感じた。1人の友人が司会進行役を兼ねて挨拶をし、いよいよ講演が始まった。講演内容は学術的な事柄で、彼らの説明を聞いていると、自分の方がその分野に関して詳しいことがわかり、むしろそれは自分の専門の1つだったので、自分が登壇して話をした方がよかったのではないかと思ってしまった。しばらく彼らの話を聞いたところで壇上の彼らは消え、その代わりに別の見知らぬ男性の司会者が現れた。すると、先ほどまで講演会をしていたところから、今度は誕生会をここでするということをその男性は述べた。会場を見渡すと、小中学校時代の背の高い友人(YK)がいて、どうやらこれからサプライズで彼の誕生日を祝うことになったようだった。司会者の男性は友人を指名し、友人に挨拶を求めた。誕生日を祝ってもらえるなんて全く思っていなかった友人は少し戸惑いながらも、その場に立ち上がって、会場の全員に向けて挨拶をした。そこで拍手が起こり、今から誕生日を祝う盛大な会を始めることになった。そこで夢の場面が変わった。実際には、彼の誕生日を祝う前に、彼が遅く会場に到着し、会場がもう満員であることを司会者が嘆いていた。なんとか彼の席を確保するようにして彼を着席させ、そこから会が始まったのを覚えている。


そんな夢を見ていたことを思い出しながら、一昨日に上原専禄先生の全集を読みながら考えていたことを書き留めておきたい。その全集には、上原先生の死生観がわかる論文が掲載されていて、色々と考えさせられたことがある。現代は、生者と死者が断絶させられ、死者の存在場所や存在意義が希薄になっている時代であり、それに対して危機意識を持つ自分がいる。死者との断絶は歴史との断絶でもあり、歴史性を失った自己は存在基盤を失い、実存性が剥奪された浮遊する存在になってしまうのではないだろうか。論文の中で言及されていた、「生者エゴイズム」と「生者コンプレックス」という言葉がとても印象的であり、生者はエゴを肥大化させ、死者に対して利己的に振る舞う存在でありながら、同時にコンプレックスを抱えている。上原先生の印象的な考え方として、死者が生者や出来事を裁くという発想である。死者の目を通して世界を見ることは、自分のこれからの研究において非常に重要なのではないかと思う。とりわけ倫理や道徳の問題を扱う際に、その眼差しは非常に意味のあるものになるだろう。フローニンゲン:2022/9/19(月)06:34


9139. 神学大学院への出願に向けて/今朝方の夢の続き


時刻は午前6時半を迎え、空がようやくダークブルーに変わり始めて来た。今日から新たな秋を迎えた。今日は昨日と同じく、テクノロジー哲学の講座に向けて、音声ファイルを作成していこう。計画通り、今日は3章と4章の箇所について音声ファイルを作成していこう。できれば午前中か午後の早い段階でそれらを作り終え、そこからは神学大学院への出願に向けた準備を進めたい。昨日の段階で、オンライン上のアプリケーションの記入を随分と進めることができ、今日は推薦状を依頼する3人へ夜にメールをしておきたい。そして、CVのアップデートをすることを夕方から夜にかけて行えればと思う。それが終われば、あとは志望動機書(Statement of Purpose)の作成に取り掛かる。出願上、この書類が最も重要だと言っても過言ではないので、しっかりと練った内容を執筆していこう。文字数としてはわずか1000字なので、何をどこまで書くかの取捨選択をしながら執筆を進めていこうと思う。このドラフトに関しては、日本への一時帰国の際に執筆を進めていく。列車や飛行機に乗っている際の意識状態を活用して、ドラフトを一気に書き上げていこうと思う。そこからは書籍の原稿と同じく、少し文章を寝かせる。原稿が完成したら念のため、英語がネイティブである隣人のサハルに文章を添削してもらおうと思う。


先ほど振り返っていた夢の続きを振り返り、今日の活動を本格的に始めていこう。夢の中で私は、見慣れない国の川沿いにいた。その日は暑く、川で遊んでいる外国人の姿をたくさんそこで見かけた。上流に向かって川沿いを歩いていると、ある見知らぬ若い日本人女性と遭遇した。彼女は可愛らしい子犬を連れていて、私も犬が好きだったので、そこからはその犬の話をしながら彼女と川沿いを歩いた。しばらくすると、川の上流に辿り着き、そこは流れの早い川と遅い川の2つに分岐していた。奥の方が流れの早い川で、手前は流れの遅い川だった。その女性は流れの遅い川に子犬を降ろした。すると、その子犬は嬉しそうに川の浅瀬を泳ぎ始めた。私たちも足だけ川につけていて、水が冷た過ぎずちょうどいい温度であることが心地良かった。子犬が流れの早い方の川に行かないように注意しながら見守り、しばらくして無事にこちら側に戻って来た。そこから私は彼女と子犬と別れ、1人で川を下っていくことにした。その時に衣服を全て脱ぎ、真っ裸で川に飛び込んで、そこから流れの遅い方の川をゆっくり下って行った。しばらくすると、川の終わりにやって来たので川から上がった。その時にまずは下着を着ようと思ったが、そのタイミングがなかなかなく、しばらく裸のまま道を歩いていた。その際に気づいたのは、ラテン系の外国人がやたらと多いなということであり、今自分がいる国は、中南米のどこかの国なのだとそこで初めて気づいた。通りには椰子の木もあって、南国を思わせた。タイミングを見計らって無事に下着を履いてからは、素晴らしく晴れた空を眺めたり、街の景色を眺めながら散歩を楽しんだ。そのような夢を見ていた。この夢に現れた川のシンボルについて考えさせられる。川の上流に向かい、そこからゆっくりと下流に向かって下って行ったのは、自分のこれからの人生を暗示させる。探究や実践を突き詰めながら、その成果を持って市井に降りていくこと。まさに十牛図が描くような事柄を川のシンボルは想起させる。フローニンゲン:2022/9/19(月)06:53


9140. 音声ファイルの作成を通じた学び/ボディスキーマについて


時刻は午前11時を迎えた。今日も朝から断続的に強い雨が降っていたが、今はすっかり雨も上がり、晴れ渡る青空が広がっている。雨上がりの後の空と世界そのものがとても美しい。先ほどまで、テクノロジー哲学の講座の開講に向けて、音声ファイルを作っていた。とりあえず取り上げるテキストの第3章についての音声ファイルを作り終えたので、午後からは第4章についての音声ファイルを作成していきたい。テキストの文章を音読して、理解した内容を即座に話すことは大変勉強になっている。音声ファイルの作成は、自分の学びを加速させてくれていることを強く実感させてくれている。このようにして、今後も機会を作って、洋書のサブチャプターの1つ1つを取り上げていく形で音声ファイルを作っていきたいと思う。これは本当に自分の力になっている。


テキストを読みながら、改めてメルロ=ポンティの知覚の現象学とテクノロジー哲学との接点について考えていた。メルロ=ポンティは、「ボディスキーマ」という大変興味深い概念を提唱している。私たちは、テクノロジーを活用することを通じて、そのテクノロジーに固有のボディスキーマを構築していると言える。例えば、今毎日練習している箏はテクノロジーの産物であり、箏を演奏することを通じて、身体がその演奏に必要な身体意識を生み出し、身体機能が箏に拡張されていく。あるいは、箏が身体意識を拡張していると言える。箏というテクノロジーとの出会いを通じて、身体はこれまでにはなかった形でこの世界で機能する。それこそまさに、ボディスキーマがなす技である。テクノロジーを通じて開発され、発揮されるボディスキーマについてはその他の例についても色々と考えていきたい。例えば、今使っているコンピューターを通じてどのようなボディスキーマがそこに顕現しているのか、普段何気なく使っているテクノロジーによって生み出されるボディスキーマの例は枚挙にいとまがない。フローニンゲン:2022/9/19(月)11:26


9141. 音の世界への没入を通じた治癒/着実に進む神学大学院への出願準備


時刻は午後8時を迎えた。今日は夕食前に箏の稽古を30分ほど集中して行った。集中して行えば、これくらいの時間でも十分に学習効果がある。演奏を通じて音の世界へ没入することは、他の実践には代えられない価値を感じる。音との同化を通じた特殊な治癒がそこに存在している。それは自分の心の奥底を癒し、魂を寛がせる。今日の稽古では、肩の脱力を意識して練習をしていった。個別具体的な技術に関して言えば、合わせ爪に焦点を当てて練習したが、これは改善の余地ありである。まだまだ同時に鳴らすことが難しい時があり、爪同士がぶつかってしまうことがある。特に合わせ爪を連続して行うことが要求されるドヴォルザークの「家路」では、まだまだ合わせ爪を同時に鳴らせないことがあったり、爪がぶつかってしまうことや、爪が違う弦にぶつかってしまって変な音を鳴らしてしまうことがある。このあたりは工夫を凝らしながら、対応策を自分で考え、近々完璧に演奏したいものである。そこに向けて一歩一歩歩みを進めていこう。


今日もまたテクノロジー哲学に関する講座に向けた教材を作っていた。取り上げる書籍の第3章と第4章の音声ファイルを作ったが、どちらもそれ相応な分量だったので結構時間が掛かった。明日は、ラスキー博士との英語のセッションをフォローする日本語のセッションがあるので、教材作りに関しては第5章の分だけを作ろう。とは言え、第5章は本書の中でも一番分量があると言っても過言ではない箇所なので、音声ファイルの作成は2日に分けるかもしれない。様子を見ながら作成を進めていこう。


今日はその他にも、神学大学院の出願に向けて、CVのアップデートをとりあえず完了させた。また細かな点で付け足すことがあれば随時アップデートしていこう。出願準備を細かく集中して行うことによって、正直なところももう随分と作業が終了しているように思う。午後には、推薦状の執筆を依頼する3人の教授にメールを送っているし、オンラインアプリケーションで必要な情報もほぼ全て記入が済んでいる。サンプルライティングとしては、以前国際学習科学学会に査読付き論文として通った論文ではなく、直近に執筆した修士論文の抜粋を提出することにした。今週末には、必須ではないが4年前に受験したGREのスコアがまだ期限切れになっていないので、そのオフィシャルスコアを出願予定の大学院に送る手配をしておこうと思う。それが済めば、あとはもう一番重要な志望動機書の執筆に専念することができる。それについても1年以上前から何を書こうかについて長らくメモを取ってきたので、それを参照しながらまとめていきたい。すでにTOEFLのスコアは出ているが、日本から戻ってきた後の11月中旬に再度念のためTOEFLを受験することになっている。ここ最近はなかなか過去最高点を更新できていないが、次回はひょっとしたら過去最高点が出せるような予感がなんとなくする。前回と異なって、前回以降からは毎日英会話アプリを使って会話表現をさらにブラッシュアップさせることを毎日地道に行っている。その成果が11月中旬のTOEFLの際に現れたら幸いだ。フローニンゲン:2022/9/19(月)20:27

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