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6848-6849: アートの国オランダからの便り 2021年4月23日(金)


No.2160 何かの流れ_A Flow of Something


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.546, In the Fabulous Morning World

It looks like as if a morning festival were occurring.

A joyful atmosphere is permeating the world.

I’m drinking magical water drawn up from the roots of the world.

Groningen; 08:17, 4/23/2021


No.547, Silence and Night

Silence is singing a silent song.

The dark night is dancing with the song.

Groningen; 21:31, 4/23/2021


No.548, The Idea of a Birdsong

Before waking up this morning, I perceived the Idea of a birdsong in a Platonic sense.

It came through my ears to the depth of my being,

and it reverberated within me.

That was a mystical experience.

Groningen; 21:36, 4/23/2021


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本日生まれた5曲

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タイトル一覧

6848. 人間発達と誠実性/神秘的な音を感じて

6849. 今朝方の神秘体験の回想/上方因果と下方因果


6848. 人間発達と誠実性/神秘的な音を感じて


気がづけば時刻は午前8時を迎えようとしている。今、朝日が燦々と地上に降り注いでいて、見事な朝の世界が広がっている。再び気温が下がっているフローニンゲンではあるが、天気が良い日が続いていることは本当に有り難い。


早朝の爽快な気分の中で、昨夜考えていたことについて、今少しばかり振り返っている。発達というのはつまるところ、自己や他者に対して誠実に向き合うことを通じて進んでいくプロセスであり、発達というのは結局、誠実性の増大過程だと言えなくもない。


ピアジェは、発達を自我中心性の減少過程、かつ認識できる客体世界の拡張過程と捉えたが、そこに誠実性というものを加えてもいいのではないかと思う。もちろん、無数に存在する発達領域を考えてみれば、もっと多様な言葉をそこに含めることができるのだが、自我の発達領域について言えば、誠実性の拡張という現象は見過ごせないように思う。


自己を超えていくためには、超えていくための自己の確立が必要であり、そのためには自己と誠実に向き合うことを通じて自己を受け止めていくことが必要である。その過程において、積み残しになっている課題と向き合い、歪んだ形で残っている側面は治癒を通じて健全なものとした形で自己に抱擁していくことが必要になる。それなくして最終的な自己の超越はなしえない。


その点を蔑ろにして自己超越を希求することは、「霊性絶対主義」の罠に陥っていると言えるだろう。この罠、ないし病理は、高度な発達段階を希求する一部の人たち、そしてコミュニティーに見られるものだ。


その他にも昨夜は、昼に見た映画について再度考えを巡らせていた。映画のテーマと人間発達を絡めてあれこれと考えていたのである。


過去の出来事をなかったことにすることはできないというのは、過去の発達段階をなかったことにすることはできないのと似ている。過去の出来事を引き受け、それを抱擁していくというのは、過去の発達段階の健全な側面をきちんと含みながら継承していくこととも似ている。


共通して、直視·引き受け·抱擁という要素が両者の中に見られる。それらの要素を意識する形で過去の出来事や過去の発達段階を見つめ直してみよう。


今朝方は、平穏な夢が川の流れのように続いていた。夢の中の私は、その流れに身を任せて、夢の世界を平穏な気持ちで漂っていた。


流れの中の1つの場面として、トイプードルの愛犬と戯れていたのを覚えている。それ以外に覚えていることはなく、ただただ平穏な雰囲気を持つ夢が続いていたのを覚えている。


そう言えば、朝方に一度、小鳥の鳴き声が耳の中に入ってきて、それが自己の奥深くに浸透していく瞬間があったのを覚えている。そこで一旦目覚めたのだが、再び眠りの世界に入ることにした。


再度眠りの世界に入る前に、耳から自己の奥深くにゆっくりと浸透し、自己の内側で静かに響き渡る神秘的な音の存在を大切にしていたのを覚えている。フローニンゲン:2021/4/23(金)08:04


6849. 今朝方の神秘体験の回想/上方因果と下方因果


時刻は午前10時を迎えた。引き続き穏やかな朝の世界が広がっている。


今、改めて今朝方の体験について振り返っている。それは、小鳥の鳴き声の原形質のようなもの、あるいは小鳥の鳴き声のイデアのようなものが自分の内側に浸透してきた体験である。


ある特定の発達段階の特性が芽生えてくると、神秘的な知覚体験をするというのはよく知られていることであり、そうした知覚体験の中に神秘的な音を知覚するというものがある。今の自分は、確かに新たな発達の階層に向かっていることを実感していて、今朝方の体験はその兆しのようなものに思えてくる。


あれは単に小鳥の鳴き声が聞こえてくるというような体験ではなかったのだ。小鳥の鳴き声を覆う薄皮が剥がれ落ち、鳴き声の純粋な音のイデアが自分の内側にそっとやってきて、内面世界にゆっくりと浸透していくような知覚体験だった。


過去の発達段階が現在、そして潜在的発達段階に影響を与えるという上方因果(upward causation)、そしてその逆の下方因果(downward causation)について考える。過去の自分ないしは過去の発達段階に向き合うシャドーワークは、上方因果の観点から重要であり、現在の自分ないしは現在の自分の発達段階に向き合うシャドワークは、下方因果の観点から重要である。


過去の積み残しは今と将来に影響を与え、今と向き合わないことは過去の積み残しに影響を与える。今という自分を起点にし、それを大切にしながらも、様々な時間軸に存在している自分に対してワークをしていこう。そのようなことを先ほど考えていた。


今日は午前中に1件ほどオンラインミーティングがある。あと30分ほどしたらそのミーティングが始まる。そのミーティングを終えたら昼食を摂り、午後は引き続き読書と創作活動に従事したいと思う。


夕方に近所のスーパーにジョギングがてら買い物に行き、時間があれば今日もまた「一瞬一生の会」に関する音声ファイルを作成しようかと思う。受講者の方々が執筆しているリフレクションジャーナルについてコメントをするか、あるいはLDMAについて何か話をするか、はたまたその双方を行うか、そのようなことを考えている。フローニンゲン:2021/4/23(金)10:25

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