top of page

4611-4615:フローニンゲンからの便り 2019年6月25日(火)


タイトル一覧

4611. モスクワ滞在の初日の朝だったはずのフローニンゲンの朝に

4612. 一時的な無数の失敗体験と血肉になる学びについて

4613. 人間関係の剪定と精算を通じた解放感を感じて

4614. 投資における過去の失敗体験

4615. 真夏日のフローニンゲン:ロシアの観光ビザについて

4611. モスクワ滞在の初日の朝だったはずのフローニンゲンの朝に

モスクワ滞在の初日の朝・・・だったはずのフローニンゲンに戻ってきてからの初日の朝を迎えた。昨日の踏んだり蹴ったりながらも、どこか反省と学びに満ちており、幸福ささえ感じさせてくれるような一日から一夜が明けた。

今日もいつも通り、午前3時に早起きをして一日の活動を始めた。モスクワに向けて出発した昨日と何ら変わらない起床であり、起床してからのルーチンワークもいつもの通りに行った。

時刻はまだ午前3時半を迎えたところだが、私と同じく早起き仲間の小鳥が鳴き声を上げ始めた。辺りはまだ闇に包まれており、真っ暗なのだが、小鳥の鳴き声が光の筋のように闇の世界を通り抜けていく。

昨日は本当に怒涛のようにトラブルが押し寄せてくるような一日であり、大いに疲弊しているかと思いきや、実情はそうではなかった。精神が絶えず安定的な状態にあり、トラブルに巻き込まれている最中も絶えず観想的な意識にあったことが疲れを生じさせていなかったのだと思う。

何よりも、あのような連続するトラブルを楽しむ余裕が常に自分の中にあったということが、結果的に心身の状態を絶えず良好なものに保つことができていた秘訣だろうか。それにしても、昨日の出来事が嘘のように今朝は静かである。

数日前からの天気予報の通り、今日のフローニンゲンは年間を通して最も気温が高いと言っても過言ではないほどに気温が上がる。最高気温は34度まで上がるそうだ。

オランダの夏の日照時間は長いことで有名であり、そうした性質上、最高気温に達する時間帯も遅く、18時あたりに34度まで上がるようだ。早朝の3時半を迎えた今の気温は21度であり、ここから7時にかけて気温が19度まで下がり、そこから気温が右肩上がりに上昇をしていく。

モスクワにいるはずの今日からは、再びフローニンゲンで自分のライフワークに打ち込むような日々を過ごしていこうと思う。気温の高さを考慮して、午後に街の中心部のオーガニックスーパーに行くのではなく、昼前にジョギングがてらスーパーに立ち寄り、有機豆腐を2丁ほど購入し、リンゴを4つほど購入したい。

7泊8日ほどのモスクワ旅行に行けなかった分、来週末に迫った出版記念オンラインゼミナールの準備と起業家ビザの申請準備を進めていこうと思う。前者に関しては、事前学習教材としての録音音声を、一つ一つの章に対して作っていく。

現在既に11個ほどの録音音声を作成しており、今後もその数は増えていくであろうから、既に受講生に対してGoogle Drive上で共有しているフォルダを整理していきたい。ゼミナール開始前の録音音声を一つのフォルダにまとめ、各回のクラスに取り上げていく一つ一つの章ごとにフォルダをさらに作り、該当する章に対する録音音声はそちらのフォルダに随時アップロードしていく。

私もゼミナールの予習を兼ねて各章を事前にもう一度読み直し、それに並行する形で補足事項や受講生の質問に対して録音音声を作成していく。今日から来週末にかけて、できれば毎日2、3個ほどの録音音声を作成していこうかと思う。

後者の起業家ビザについては、申請書をまずはざっと作成してしまおう。それは今週末の土日のどちらかに行う。

そして、来週の土曜日には、提出書類の一つであるビジネスプランについてもドラフトを作成しようと思う。モスクワ旅行が立ち消えた分、フローニンゲンの書斎で集中して諸々の取り組みに従事することできる。フローニンゲン:2019/6/25(火)03:58

No.2117: A Gentle Wind of the Twilight

Seeing a gentle wind of the twilight, I’m looking back on today’s activities. It’s almost time for me to go to bed. Groningen, 21:12, Tuesday, 6/25/2019

4612. 一時的な無数の失敗体験と血肉になる学びについて

昨日は怒涛のような一日だったため、自分の身に降りかかった様々な出来事が無意識の世界に流入し、今朝方には夢を見るだろうなと思って昨夜就寝に向かったのだが、結局、記憶に残るような夢を見なかった。

ただし、投資に関するいくつかの方針が無意識の世界の中で生じており、オーガニック食品を扱っている上場企業や、ブロックチェーン技術関連の上場企業の中で応援したい企業を見つけ、数社に絞って投資をしようかという考えが芽生えていた。そうした企業はできればオランダで見つけたいと思っており、オランダの証券取引所に上場していなければ、欧州全体まで範囲を広げて探してみたいと思う。

このように、昨夜の就寝中はイメージを伴うような夢を見ておらず、どちらかというと思考エネルギーの塊のようなものがいくつか生じていた。投資に関してその他にも、債権や国債について、東南アジアの幾つかの国の預金金利について、自分のライフサイクルに応じた資産運用の方法についての考えがいくつか芽生えていた。

それらはどれも覚醒意識下において考えたことのあるテーマなのだが、無意識の世界が改めてそれらを取り扱うことによって、さらに整理された考えになってきていることがわかる。どうやら、潜在意識というのは、覚醒意識下において考えたことを整理し、磨き上げてくれるようだ。

昨日のような怒涛のような出来事が続く日においても、私の頭の中は日記の執筆、作曲実践、投資に関することばかりで占められていたように思う。実際に、私は列車のトラブルに巻き込まれている最中にも日記を書き続けており、日記を書いていない最中は、ぼんやりとしながら作曲や投資について考え事をしていた。

理想としては、あのような事態に見舞われながらも、その場で言葉を紡ぎ出すかのように曲を紡ぎ出したいところだが、まだまだその境地には至っていないことを知る。これからの日々は、いついかなる時にも、ある特定の体験によって生じた自分の内側の感覚を自由自在に曲として形にしていけるようにしていきたい。今日の作曲実践もまた、そうした境地に向かうためにある。

昨日、フローニンゲン中央駅に無事に戻ってきてから自宅まで歩いて帰っている最中に、本当に私は大小様々な失敗をこの人生においてしてきたことを振り返っていた。失敗の数があまりにも多く、それは新たな挑戦の数だけ存在すると言っても過言ではなかったため、旅と投資に絞って失敗体験を振り返っていた。

旅と投資に関する失敗は、もちろん金銭的な尺度で評価することができ、それはとても小さなものから、あるものに関してはとんでもなく巨額なものにまで至るが、そうした失敗体験は、ある意味挑戦の証でもあり、何よりもそれが自分自身の最大の学びになっていることを実感する。

確かに私は根っからの楽観主義者であり、失敗というものは一時的な現象であり、その体験が後々の体験に学習として活かされていれば、結果的にはそれは失敗ではなかったと捉え直しているのだが、とは言え、失敗の一つ一つについてはいつもかなりあれこれと考えている。

大抵は、日記の中でそれらについて言及し、その瞬間において失敗と思われる体験から得た学びについて書き留め、二度と同じような失敗をしないように努めている。

旅における失敗を挙げればきりがないが、とてもしょうもないもので言えば、2年前の夏に、バスと列車を乗り継いでデンマークに向かった際に、フローニンゲンからドイツのハンブルグにバスで向かっていったところ、バスが予定通りにハンブルグ中央駅に到着せず、すでに予約済みの列車を逃した件においては、陸上を移動する乗り物の予測不可能性を学び、バスを利用するのであれば、事前に列車のチケットを予約しないほうがいいということを学び、そもそも旅においては、陸上で思わぬ足止めを食らってしまう可能性のある長距離移動のバスはあまり利用しない方がいいのではないかということを学んだ。

また、昨年の夏においては、スウェーデン国際空港にて、私はフライト出発時間しか頭になく、ボーディング時間を完全に失念しており、ラウンジで数時間ほど大いにくつろいでからゲートに向かったところ、私の名前が呼ばれたように思ったのだが気のせいだと思い、同時刻にフィンランドに向かう別のフライトが出発するゲートの前で私はしばらく待っており、あるところで異変に気付いた。

フィンランドに向かう便は同時刻にもう一つあることに気付き、そちらに自分が乗らなければならないことを知ってから、急いで正しいゲートに向かったところ、ゲートが閉じられており、窓の外に自分が搭乗する予定の飛行機の姿を見た。そして私は、閉ざされたゲートの窓際から、フィンランドに向けて飛び立とうとする搭乗予定の飛行機を見送った経験がある。

そして直近の例で言えば、今回のモスクワ旅行に関して、観光ビザを事前に取得していなかったことが挙げられる。これらの失敗体験はどれも強い印象として残っているものであり、それこそ3ヶ月前のパリ旅行においては、市内のタイレストランで質の良くない夕食を食べ過ぎてしまったという失敗体験があり、それが抜本的な食習慣の改善につながったという事例もある。

旅を通じた様々な失敗体験について挙げればきりがなく、一つ言えることは、それらの体験を素通りするのではなく、体験を通じて学ばされたことを絶えず考え、それを言葉として書き留めておくことを知らず知らず行い続けており、それが大きな、そして確かな学びとなって今の自分の血肉になっているということである。

投資に関しても全く同様であり、様々な挑戦をするごとに、ほぼ必ず一時的な失敗体験があり、それらを学びに変えていった自分がいる。真に自分の血肉になる学びというのものは、挑戦を通じた失敗体験からしか得られないのだとつくづく思わされる。

今日からも絶えず新たな事柄に挑戦し、一時的な失敗体験を積み重ねながら学習をし続けたいと思う。フローニンゲン:2019/6/25(火)04:38

No.2118: The Reverberating Morning

Various pleasant sounds are reverberating with the morning. Groningen, 07:11, Wednesday, 6/26/2019

4613. 人間関係の剪定と精算を通じた解放感を感じて

時刻は早朝の4時半を迎えた。まだ朝日は昇っていないが、空は随分と明るくなってきている。そして、街路樹に止まって休んでいる小鳥たちの透き通った鳴き声が聞こえて来る。

昨日は本当に色々あったが、今朝は普段と何一つ変わらない活動エネルギーに満ちた自分がいる。それに加えて、どこか絶対的な解放感を感じている自分がいる。

その要因は何だろうかと考えたときに、奇しくも昨日の怒涛のような日から始まった4年間の休養生活の始まりを挙げることができるだろう。

昨日、ロシア入国を拒絶され、列車のトラブルに何度も巻き込まれた私は、これから始まる休養生活の前途多難さを思わずにはいられずに、一人で笑っていた。しかし、この休養生活の始まりに際して行うと決めた、メールとの新たな付き合い方をきっかけにして絶対的な解放感が得られたのではないかと思う。

それを思うと、これまでの私を取り巻いていた人間関係がいかに無言の重荷を自らに背負わせていたのかと思う。確かに私は、欧米で既に7年間ほど生活をしてきたため、外国人の友人や知り合いがいるが、彼らが重荷を感じさせているかというとそうではなく、私に無言の重荷を与え続けていたのは日本人との人間関係であったことに今更ながら気づかされたのである。

食生活を抜本的に見直して以降は、自分の人生の様々な側面を見直していった。それこそファイナンス面から始まり、人間関係というのもその重要な一つであった。今回の決断は、これまでの人間関係の精算であり、それを通じて新たに人生を始めるということの大きな一歩であった。

自分がいかなる人生を歩みたいと思っているのかを改めて考える日々がここのところ続いており、これまでの専門領域などを度外視して、自分が本当に関与したいと思っている幾つかの新たな領域に関する探究と実践に真摯に打ち込むためには、既存の人間関係の清算は不可欠であった。それは極端なほどに徹底して推し進めていく。

昨日からはメールの自動返信設定をオンにした。ここ数ヶ月間と同様に、メールを確認するのは、自分の取り組みに十分に従事し、夕食を食べた後の時間からにすることを継続させながらも、昨日を境目に、「メールというのは返信をしないもの。メールというのは返信を期待しないもの」という考えのもとに、本当に返信が必要なメールにだけ返信するようにして、これからの自分の取り組みを妨げるような内容が少しでも混入しているメールに対しては一切返信しないことにし始めた。

そうしたメールをフォルダに保存してしまうと、後々に気になってしまうかと思い、メールの文面をさっと読んで返信しないと決めたものに関しては、その瞬間に削除していくという規則を設けることにした。

今後は必要最低限のメールにだけ返信をするように心がけ、返信をしないと判断したものに関しては即座に削除していくことを徹底していく。こうした考えが芽生え、実際に昨日からそれを行い始めてみたところ、精神的に極めて楽になり、既存の馴れ合いの人間関係からの解放の始まりを思った。

休養期間は4年間と設定しているが、それは徹底的な学習と実践の修練期間と言い換えてもいいため、その期間をもっと長くするかもしれない。もしかしたらそれは今後一生涯続けていくべきものなのかもしれないと思う。

今後も引き続き、どのように生きるかということに密接に関係しているテーマでもある、どのような人と関係を結んでいくかというテーマについても考えを深め、実際の行動を取っていきたいと思う。どのように生きるかを徐々に明確なものにしていけばいくだけ、どのような人と関係を結んでいくかが少しずつ明らかなものになってきているのを実感する。

メールとの付き合い方を徹底させていくことによって、本当に大切な人が誰かわかり、自分を取り巻く人間関係は大きく変貌していくだろう。人間関係を肥大化させることほど馬鹿げたことはなく、植物を健全に発育させていくために必要な剪定作業が人間関係にも必要なのである。フローニンゲン:2019/6/25(火)04:59

No.2119: Circulating Pleasant Winds in the Room

Since the room temperature this morning was high because of the yesterday’s weather, I opened a couple of windows widely. Pleasant winds are circulating in my room now. Groningen, 07:50, Wednesday, 6/26/2019

4614. 投資における過去の失敗体験

時刻は午前6時半を迎えた。優しい朝日がフローニンゲンの街を包み、小鳥たちが小さな鳴き声を上げている。

今日は気温が相当上がるらしいのだが、今はまだ早朝の太陽の光はそれほど強くない。先ほど、本日最初の作曲実践を行った。

作曲実践を行っていてつくづく思うのは、作曲実践においては、一つ一つの音符を選んでいく瞬間瞬間が常にトライアンドエラーであり、うまくいかないことの連続であるということである。そして、そうした試行錯誤と小さな失敗体験の連続が、徐々に作曲技術を高め、それを通じて表現できることが拡張されていくことを実感する。

さらには、表現できることが増えてくるほど、作曲の喜びが日に日に増している。ここからもトライアンドエラーと考察の連続の重要性、技術を高めて表現力を伸ばしていくことの大切さを改めて思う。

今朝方の日記では、旅の失敗体験について書き留めていたように思う。そこには大小様々なものがあり、一つの日記では書き切れないほどの失敗体験を積んできたように思う。

実は旅のみならず、当たり前だが、私は投資においても随分と失敗体験を積んでいる。つい先ほど、投資にまつわる失敗体験の中でも印象深いものを改めて振り返っていた。

とかく言及するほどでもないと思っていたのだが、今から3年前に、生活に必要のない余剰資金を投じた投資によって、1億数千万円ほどの損失を被ったことがある。厳密にはそれは、その金額分の利益を確定する機会を逃したという経験である。

幸いにも、すでに投資した分はその段階で回収をしていたために、何か借金を背負うことなどなく、そのあたりのリスクマネジメントはできていたのだが、その体験を通じて得られたものは非常に大きかったと思う。

確かに大学時代に金融を学んでいたこともあり、当時の私は、金融に関する学術的な知識はあったのだが、作曲と同様に、投資という理論云々ではなく実践の塊の領域における経験を通じた知識と技術がなかったことが、そうした金額規模の失敗を招いたのだと思う。

確かにその時は、1億数千万円の利益を過小評価しており、微々たるものだという認識があったがゆえに利益を確定することができなかったのだが、今となればそれを元手に様々な投資ができていたと反省している。

その時は、相場の過熱感を見極める眼がなく、過熱相場での振る舞いの指針なども全く明確ではなかった。端的には自分なりの投資ルールというものが設定されていなかったのである。そして、そうしたルールを設定するためには、投資の経験と内省が必要であり、何よりも大きな失敗体験が必要だったのだと思う。

投資を通じて上記のような失敗を20代後半から30代前半にかけて積むことができたことは、投資と向き合っていくと決めた今後の長い人生において極めて重要だったように思う。

今は、相場のいかなる状態においていかなる振る舞いをするかの行動指針が明確になっている。繰り返しになるが、当時はそうしたものがなかった。

また、ある程度のまとまりのある資産をどのようなポートフォリオで運用していくのかの明確な考えもなかった。これは、大学一年生の時に履修した証券投資論のクラスで学んだ知識が実践に足るように習得されていれば持てた考えのはずである。

明確なポートフォリオの欠如と、絶えず変化する相場での振る舞いに関するいくつかの明確なルールの欠如が、上記の失敗を招いたのだと思う。

現在はふとした時に、絶えずポートフォリオの見直しと、相場での振る舞い方について考えている自分がいる。投資に関しても作曲と同様に、絶えず考えながら実践をし、実践結果を内省するという当たり前のサイクルを習慣にしていく。

投資銘柄に関する次の動きのある相場に向けて、準備に次ぐ準備を重ねていきたい。フローニンゲン:2019/6/25(火)06:56

4615. 真夏日のフローニンゲン:ロシアの観光ビザについて

時刻は午後の2時を迎えようとしている。天気予報の通り、今日は猛暑であり、現在の気温は33度なった。なんと現状は気温の上昇過程の中にあり、今日は最高36度まで気温が上がるようだ。

つい今しがた、街の中心部のオーガニックスーパーから自宅に戻ってきたところなのだが、行きは少しばかりジョギングをしたが、途中からは暑さのためにウォーキングに変えた。

フローニンゲンの良さは、街中を張り巡らせている運河のおかげか、雰囲気として涼しいだけではなく、街を通り抜けていく風が爽やかであることだ。33度の気温であっても、ひとたび木陰に入ってしまえばそれほど暑さを感じることはない。こうした気温はどこか、私が以前住んでいたカリフォルニアのアーバインの街の気候を思い出させる。

今日は最高気温が36度を記録するそうなのだが、明日は打って変わって、最高気温が21度とのことであり、15度も気温に差がある。こうした気温の差には注意をしなければならない。

買い物に出かける前には仮眠を取っており、仮眠中にはなんと、今日の天候とは全く逆に、雪が積もっている景色を知覚していた。最も印象に残っている場面として、私が高校時代に住んでいたアパートの駐車場側とは反対の方、つまり自分の部屋から見える空き地の上に雪が大量に積もっていた。

そして、道路の方を見ると、道路の上にも白い雪が大量に積もっていたことを思い出す。私はそれを見て、今から外出をする予定だったのに外には出られないと思って一瞬落胆したが、その代りに自室の中で何かをしようと思った。

仮眠中のビジョンを思い返しながら、今朝方調べていたロシアのビザの件についてもふと思い出した。昨日の一件にあるように、今回はロシアに縁がなかったのだと思おう。いつか縁が結ばれる日が来るかと思うが、ロシアの観光ビザの取得について調べてみると、手続きが相当に面倒だということが見えてくる。

日本人国籍というのは世界的に見てもかなりの信用力であり、たいていどこの国であっても入国ビザなしで一定期間滞在できる。だがロシアはその例外のうちの一つであり、日本人の場合自分でビザを取得する場合には、ロシア領事館にわざわざ出向いて申請をしなければならないらしい。

ロシア領事館は、東京、札幌、函館、大阪、新潟にあるらしく、オランダにいる私にとってみれば、そもそも最初から今回のロシア旅行は不可能だったことがわかる。ビザの申請に関して書類を郵送することはできず、直接に領事館に出向かなければならないというのは本当に面倒だ。

ロシアというのはどこまで時代遅れかつ閉鎖的な国なのだろうかと少々愚痴をこぼしたくなる。もちろん自力で申請する以外にも、代理申請というのもあるらしいのだが、そちらも時間がかかることは確かであり、とても面倒だ。

今後の予定として、8月にアイスランドにでも行ってゆっくりしようかと思っており、アイスランドについても念のためビザの必要性を確認してみたところ、アイスランドに関しては日本人であれば観光ビザは必要ないようだ。それにはホッとしたが、今のところ今年の夏はもう旅行は控え、フローニンゲンでゆっくりするのも良いかと思っている。

この3年間、毎年8月はどこかの国へ旅行していたが、4年目の今回はフローニンゲンで夏を越してもいいかと思う。その分、夏のフローニンゲンの自宅の書斎で、作曲と投資に関する学習と実践に打ち込みたいと思う。フローニンゲン:2019/6/25(火)14:08

6月25日(火)に生まれた曲たち

Op.1305 再出発の朝

Op.1306 朝の行進

Op.1307 太陽の子

Op.1308 込められた思い

Op.1309 夕暮れの炎鳥

Op.1310 黄昏のそよ風

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

bottom of page