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3015. 「兄貴の分まで生きるんだ」


今日の午後に美容院に行き、かかりつけの美容師のメルヴィンとの対話をまた思い返している。こうした人間がこの世界にいるというだけで、私の中で生きる希望が湧いてくる。

人はメルヴィンのような心を育んでいくことが可能なのだと改めて知る。正しい教育と導きがあれば、人はメルヴィンのように人格者になれるのだ。

美容院を後にして自宅に向かっている時、私は自分の心の狭さについて考えていた。およそ一ヶ月半に一度メルヴィンと話をすることから、いかに多くのことを学ばせてもらっているか。

とりわけ今日は彼から大きな感銘を受けた。先ほどの日記で書いていたように、路上にいるホームレスと打ち解け、無料で髪を切るという申し出を普通の人間ができるだろうか。

「きっと彼から面白い話を聞けるよ。話をすればするほど、彼は人が良さそうで、面白いことを教えてくれるにちがいない」とメルヴィンは子供のように目を輝かせて述べていた。

メルヴィン:「人生はいろいろなことがあるけど、僕はこの人生を最大限に楽しむよ。ヨウヘイもそうだろう?」

:「そうだね、僕もそのように生きてるよ」

メルヴィン:「兄貴がユーゴスラビアの戦争から帰ってきて、13年間ほど戦争の後遺症で苦しんでいた話をさっきしてたでしょ?」

:「うん」

メルヴィン:「あれはPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれるものだったんだ。戦争から戻ってきて13年経ったある日、兄貴は嬉しそうに旅行に出かけたことがあってね。だけど、旅行から戻ってきてすぐに兄貴は自殺したんだ。その時はその理由が全くわからなかったんだよ。自殺した兄貴を僕は今でも尊敬している。彼が戦争から帰ってきてどれだけ精神的に苦しかったかを知ってるんだ。彼が決断した行動の意味について、自殺後すぐに自分なりに考えてみたんだ。でも僕の父は兄貴の死と向き合うことが難しかったみたいだから、一度ゆっくり話し合おうと持ちかけたんだ」

:「・・・・」

メルヴィン:「最初は兄貴の死と向き合うことをためらっていた父も、徐々に色々なことを話し始めるようになってね。そこからは何かが堰を切ったように、兄貴の思い出をあれこれと話してね。全て話したことによって父もなんとか兄貴の死とうまく向き合うことができたみたいなんだよ。話すことの力は偉大だね」

:「本当にそうだね」

メルヴィン:「仮に死後の世界があったらね、そこで兄貴とまた会いたいと思ってる。兄貴に会って伝えたいことがあるんだ」

:「お兄さんに何を伝えたいの?」

メルヴィン:「兄貴がいなくなってから自分が見た世界の全てを伝えたいのさ。自分が経験してきた楽しいことや面白かったことのあれこれを兄に共有したいんだ。死後の世界で兄貴に会って、楽しい話をたくさんしてあげられるように、兄貴の分まで僕は毎日を楽しく本気で生きてるんだ」

気がつくと私は、オランダ風のレンガ造りの家々が立ち並ぶ通りにいた。空を見上げると、先ほどまでは曇っていた空が晴れ、太陽が顔を覗かせていた。太陽の優しい光が地上に降り注いでいた。

メルヴィンのお兄さんが自ら命を絶ったことを今日はじめて知った。メルヴィンからいつも溢れる生命力は、近しい人の死と向き合うことによって生まれたものなのかもしれない。

もしくはメルヴィンの言うように、お兄さんの魂がメルヴィンの魂に宿り、二人の人間の生命がこの世界に顕現しているからなのかもしれない。

「人生には色々なことがあるけど、兄貴の分まで生きて、たくさん面白い話を兄貴にしてやるんだ。きっと兄貴もそれを楽しみにしてると思うよ」

メルヴィンの言葉が自分の心の中にこだまし続けている。いや、その言葉は自分の魂を震わせている。フローニンゲン:2018/8/21(火)21:24 

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