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374. 雑菌状態の中へ:「ノイズ」を学習に組み込む重要性


昨日のスーパーでの買い物は終始一貫して、見事にオランダ語のみで乗り切ることができた。毎日少しずつオランダ語を学習することによって、最初は一つの単語もわからなかった状況から、このように少しずつオランダ語の意味世界を理解できるようになっているのは実に面白い。

しかし、一転して今日のスーパーでの買い物では最後の最後で既存のパターンとは若干異なる変化球が投げ込まれた。この変化球に対してなす術なく、結局英語を使ってしまった。

もちろん、現在繰り返して使い込んでいるオランダ語のテキストを今後もベースに学習を進めていくべきだと思うのだが、往々にしてテキストに記載の表現は最も綺麗な形のものであり、CDの音声もクリアな形で録音されている。

しかし言うまでもないかもしれないが、現実世界のコミュニケーションにおいては、表現が省略されることやスラングを含むこともあり、かつ周囲の環境が生み出す様々な雑音などが入り込んでいるのだ。それらの要素を全て「不規則性」と表現するならば、学習においては絶えず不規則性を意識しておく必要があるのではないかと思った。

より理想的には、常に不規則性を組み入れた学習や実践を行うべきなのである。

今日の買い物の中で変化球に対応することができなかったことに対して、スーパーの出口を出るまで少し肩を落としていたが、上記のような気づきに至ることができたので、それはそれでよかったのだと思っている。帰宅後、再来週のクラスに向けた予習に早々と取り組んでいたところ、まさに上記の気づきを裏付けするような学術論文に出会ったのだ。

この論文は「タレントディベロップメントと創造性の発達」というコースの課題論文の一つであり、タイトルは “Does noise provide a basis for the unification of motor learning theories? (2006)” である。論文の概要の中に、「サッカーの技術を高める練習の中にノイズを組み入れた方が、伝統的な単なる反復練習よりも成果が上がる」という研究結果に関する記述を発見した。

まさにここで述べている「ノイズ」というのは、私が上記で述べた「不規則性」に該当する。「タレントディベロップメントと創造性の発達」のコースで課せられているその他の課題論文の中では、かの有名な「10,000時間の法則」あるいは「10年の法則」が度々議論に上がっている。

ここでは熟慮を伴った継続的な鍛錬の重要性が指摘されているのだが、より具体的に、実践の中にノイズを取り入れることの重要性にまで踏み込んで議論している論文は今のところそれほど見かけなかったのである。そのため、この論文の価値は、学習に不規則性(ノイズ)を積極的に取り入れていくことの効果を実証的に明らかにしたことにあると思う。

重要なことは、単に同じ練習を反復するだけよりも、練習の中に様々な不規則性(ノイズ)を組み込んだ方が、技術や能力が向上する、ということである。以前、元サッカー日本代表の中田英寿氏が、日本代表のパス練習は世界でも最高レベルにあるが、試合になるとその能力が存分に発揮されない、と指摘していた。これはおそらく、上記で紹介した私のオランダ語学習と状況を同じにしていることに一つの大きな要因がありそうである。

つまり、私が雑音のない自宅の中で、ヘッドホンを付けて綺麗なオランダ語の流れるCDを聞いているのが、日本代表のパス練習に近いだろう。そこには、実践の中で当然直面するであろう種々の不規則性が最初から蔑ろにされているのである。そのようなことでは、実践の中で練習の成果を発揮することなどできなくて当然のように思われる。

もちろん、その領域に関する初学者は、まずノイズをそれほど含まないところから徐々に型を身につけていく必要があるだろう。型の習得度合いに応じて少しずつノイズを含んだ実践をしていくことが、さらなる能力の向上につながるのではないだろうか。

そのため、私の場合、かなり熟達してきた日本語と英語に関しては常にノイズを入れながら学習を継続させ、まだ初学者であるオランダ語に関してはノイズをそれほど入れず、型の習得にまずは努めるという学習戦略が望ましいだろう。仮に、その道のプロであると自認する場合は、とにかくノイズを入れて実践に励むことが何より大切なのだと思う。

ある領域で真に卓越した知性や能力を発揮する者は、決して無菌状態の中で己の腕を磨いてきたわけではなく、雑菌状態の中で武者修行する過程を通じて己の腕を磨いてきたのではないかと思うのだ。

一応、この論文の研究対象はサッカーにおける技術の向上に限定されたものなので、研究結果を安易に他の領域に拡張することはできないが、その他の知性領域・能力領域においても、ノイズを組み込んだ実践はさらなる成長に不可欠だと思う。

というのも、私たちの知性や能力というのは、その挙動が本質的に不規則・非連続的であり、単調さを嫌う特質を持っているからである。知性や能力が次のレベルに到達した時、確かにそこには安定的な状態が生み出されるが、発達の移行期(向上期)は常に不安的な状態なのだ。

変動激しい不安的な状態が知性や能力の移行期の特性であるにもかかわらず、そこに単純な反復実践を盛り込もうとすると、歪な安定状態が生み出されてしまい、知性や能力がうまく伸びないのではないかと思われる。当面自分を実験台としてノイズの度合いと組み入れ方を探究していきたい。

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