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【フローニンゲンからの便り】19163-19165:2026年8月25日(火)

8月27日
読了時間: 7分


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タイトル一覧

19163

VRTXバンドの可能性に再度気づいて

19164

今朝方の夢

19165

今朝方の夢の振り返り

19163. VRTXバンドの可能性に再度気づいて

                   

数日前にふと、手元にあるVRTXバンドを眺めながら、実はまだこの道具の可能性のほんの一部しか使っていないのではないかと思った。これまではバンドというと、筋力トレーニングをするときに引っ張るものというイメージが強かった。しかしVRTXの面白さは、単に筋肉へ負荷をかける道具ではなく、「身体の動きを少しだけ変える装置」として使えるところにあるのだと思う。VRTXのMESHシリーズは、伸ばすほど張力が増していく。ダンベルのように重量が固定されているわけではなく、自分の動きそのものによって負荷が変化する。公式にも、筋力トレーニングだけでなく、姿勢改善、懸垂補助、ストレッチ、スポーツ動作など幅広い用途が紹介されている。この性質を考えると、VRTXは「鍛える器具」というより、身体と対話するための道具と考えた方がよさそうである。例えば朝なら、いきなり筋力トレーニングをする必要はない。両手で軽くバンドを持ち、胸を開きながら肩甲骨を寄せる。頭上に持ち上げ、肩周辺をゆっくり動かす。脚に引っ掛けて股関節やハムストリングを伸ばす。これだけでも、睡眠中に固まった身体へ「今日も動き始めよう」と知らせる小さな儀式になる。昼間には、もっと短く使える。例えば研究や執筆の合間に5分だけ、バンドプルアパート、ローイング、スクワット、サイドステップなどを行う。VRTXの強みは、わざわざ運動着に着替えたりジムへ移動したりしなくても、思考の合間に身体へ負荷を差し込めることにある。30分の運動時間を確保しようとすると億劫になるが、5分ならば生活の隙間へ溶かし込める。VRTXは「トレーニングの時間」を作る道具というより、日常そのものを少し運動化する道具なのだろう。クラシックギターとの相性も意外に良いかもしれない。ギター演奏では身体の前側へ腕を保持する時間が長いため、演奏後に軽いローイングや外旋運動を入れれば、普段とは反対方向へ肩周辺を動かす機会になる。ただし演奏直前に強い負荷をかけて腕や前腕を疲労させる必要はない。演奏前は軽い活性化、演奏後や別の時間帯には筋力刺激、と役割を分ければよさそうである。そして一番重要なのは、VRTXを「今日はトレーニングするぞ」と構えて取り出すものにしないことである。机やギターの近くなど、いつでも手に取れる場所に置いておきたい。朝3分、仕事の合間5分、夜5分。それだけでも週単位では相当な運動量になる。公式でもMESHは全身トレーニング向け、INFINITYは長さを調整しやすくストレッチにも適するとされている。考えてみれば、VRTXの価値は強い負荷そのものではない。身体に「もう一つの方向」を教えてくれることにある。前へ丸まったなら後ろへ開き、座り続けたなら脚を使い、頭ばかり働かせていたなら身体へ意識を戻す。研究、音楽、読書といった静かな営みの合間に、VRTXを一本の身体的な句読点として入れていく。そう考えると、これまで眠っていたこのバンドが、日々の身体を調律する小さな楽器のように思えてきた。フローニンゲン:2026/8/25(火)06:17


19164. 今朝方の夢

                    

今朝方は夢の中で、自分の日本語能力と英語能力が異次元のレベルに高まっている状態を体験した。両者の能力が突然高次元に開花したことを自分でも心底驚いたのだが、それを他者が喜ぶために発揮してみると、周りの人たちは感謝と畏敬の念を持って笑顔を浮かべて自分を眺めていた。まず、他者が難解だと思って読めないような書物が何の苦もなくすらすら読めることは一つのわかりやすい現象だったし、相手の考えを瞬時に把握することや、自分の考えをどこまでもわかりやすく噛み砕いたり、短長自在に話せる現象も顕現していた。おそらくこの能力の開花は、天賦のものであり、同時にこれまでの長きにわたる鍛錬の賜物なのだと思った。ここから自分はこの能力を自他のために最大限に活用していこうと誓った。


次に覚えているのは、見慣れない外国の街にあるアパートの外にいた場面である。そこで私は、数人の外国人とある友人と一緒に、心肺機能を鍛えるHIITのような動きをしながら外周を何周も繰り返し周っていた。それをしながら確かに心肺機能は鍛えられていたが、負荷量としては物足りず、もう少し息がきれる運動がしたいと思い始めた。同時に、その地味な運動を通じて、心肺機能だけではなく、脳も心も鍛えられているような感じがして、これもまた新たな能力開発技法の一つなのだろうと、その効能を実感していた。そうした実感があると、その動きをすることがさらに楽しくなってきて、我を忘れてその動きに没頭している自分がいた。外は晴れており、太陽の柔らかな光も大変心地良かった。フローニンゲン:2026/8/25(火)06:27


19165. 今朝方の夢の振り返り

                    

今朝方の夢は、自分の中で長年別々に鍛えてきた知性・言語・身体が、いよいよ一つの体系として結びつき始めていることを象徴しているのかもしれない。最初の場面で日本語と英語の能力が異次元にまで高まっていたことは、単なる語学力の上達というより、自分の思考そのものが新しい自由度を獲得しつつあることの表現ではないだろうか。言葉はここでは知識を運ぶ容器ではなく、世界の複雑さを自在に折り畳んだり展開したりする翼のようなものとして現れているように思われる。難解な書物を苦もなく読み、相手の考えを瞬時に把握し、自分の考えを短くも長くも自在に語れるという三つの能力は、それぞれ「受け取る力」「見抜く力」「与える力」に対応しているようにも見える。とりわけ重要なのは、その能力を自己顕示のためではなく、他者が喜ぶために使っていた点である。周囲の感謝や畏敬の表情は、自分の深層において、能力の完成とは優越することではなく、他者に届く形へ変換できることだという倫理的感覚が育っていることを示しているのかもしれない。才能と鍛錬の双方が開花の理由だと理解していたことも象徴的である。種子だけでも、耕すことだけでも花は咲かない。長い時間をかけて耕してきた土に、もともと内在していた種子が一斉に芽吹く時期が近づいているという自己感覚が、この場面には投影されている可能性がある。続く外国の街の場面は、その能力を現実世界で運用するための「器」を鍛える場面なのではないだろうか。アパートの外周を何度も巡る運動は、一見すると同じ場所を回り続ける単調な反復である。しかし螺旋階段が同じ方向を周回しながら少しずつ高度を上げるように、夢の反復運動もまた、同じ実践を繰り返す中で身体・脳・心を同時に更新していく発達のイメージに見える。負荷が物足りないと感じたことは、自分の発達欲求が現在の水準をすでに越え始め、より大きな課題を欲していることの表れかもしれない。興味深いのは、そこで求められていたものが単なる激しい運動ではなかった点である。地味な動きを続けるうちに、心肺機能だけでなく脳や心まで鍛えられていると感じ、やがて没頭していった。これは、自分が今後求める成長が、知性だけを突出させるものではなく、身体性・集中力・感情・持続力を統合した全人的な鍛錬へ移行していることを示しているように思われる。最初の場面で巨大な言語能力が「突然」開花し、後半では地道な反復運動が続いている。この対照こそ夢の核心かもしれない。飛躍は突然起こるように見えても、その地下には無数の反復が根のように張り巡らされているのである。晴天と柔らかな太陽光は、この発達が苦行や義務としてではなく、生命そのものの自然な展開として感じられていることを象徴している可能性がある。自分はこれから、言葉を磨くことと身体を鍛えること、理解を深めることと他者に還元することを別々の営みとしてではなく、一つの循環として生き始めようとしているのかもしれない。この夢は、能力が完成したという予言ではなく、「より大きな能力を受け取れる器が整いつつある」という深層からの予告編のように思われる。そして最後に残る誓いは、その力を所有するのではなく流通させること、自分を通過した知性を自他の成長へ還元することこそ、これからの中心課題になるのではないかと示しているようである。フローニンゲン:2026/8/25(火)07:23


Today’s Letter 

What I have experienced in Groningen over the past 10 years is ineffable. It has been so rich and profound that it goes beyond words. I’ll carry all of my experiences in Groningen with me to Edinburgh as I move forward and aim higher. Groningen, 8/25/2026

 
 
 

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